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第45話『エマ/××』

「――!!」


「ぐあぁっ!?」


 振り抜いた大剣の側面が男の頭部に直撃し、大きく錐揉みして吹き飛んでいく。腕の回転に任せて上体を捻り、勢いを乗せて一気に体を下げる。左足を軸に右足を大きく伸ばし、回転させて背後の男を転ばせる。

 頭上から剣を振り下ろして来る三人目の手を肘で打ち、落とした剣をそのまま強奪する。地面に叩きつけて刀身を真っ二つにし、放り投げて無力化。次いで両足に力を込めて、一気に上空へと飛び出た。


「……火の型、『焔の太刀』」


 エマがそう呟くと同時、青い輝きが肌に現れる。それは勿論ながら『末端禁術』――正式名称、『禁忌術式(タブー)第一鎖(ファーストチェイン)』による産物だ。空気の壁を蹴って推進力を生み出し、大剣を横に一閃する。


 それは大剣を主に扱う、ナタリスは勿論、世界中に伝わる剣闘術。『火の型』を始めとした火に関連する名を冠する型であり、一部ではそれらを全て合わせて、"一撃必殺、必倒の剣技"という意味を込め、『一倒流』などとも呼ばれている。

 大剣のリーチと重みを生かした、一撃の威力に特化した流派。連続攻撃こそ不得手ではあるが、その一撃はそれらを真正面から打倒するパワーを秘めたものだ。エマが今まさに放った技……『焔の太刀』は、ある意味その典型とも言える技だ。


 基本にして原理、完全なる水平切り。ただそれだけの技ではあるが、重力に従って振り下ろせばいいだけの垂直切りとは訳が違う。


 常に上から重力が掛かった状態で、自身の身長よりも遥かに大きい大剣を『完全に』水平にして振り抜く。上下一ミリのズレも無く、自身の視界の上下を二分するように振るう。その実現はそう簡単なものではないが、完全な横一直線に進行する大剣はその力を刃に収束させれば、あらゆる防御を打ち砕く一閃となる。


 そこに、禁術のブーストも載せて、放つ。


「は、ぁーーッ!!!!」


「な、……っ!?」


 その魔法障壁の存在をエマは感知できていなかったのだが、知らず知らずに叩き割る。今度は刃をしっかり立てていた為に、その男が纏っていた鎧が粉々に砕け散った。

 凄まじい勢いで吹っ飛んでいく男を横目に着地して、周囲を警戒する。少なくとも周囲に敵意はこれ以上感じられないが、念には念を入れておいた方が良いだろう。エマは強くはあるが、真剣な対多数戦においては素人だ。警戒するに越した事はない。


 と、不意に背後から近寄ってくる気配を感じ取る。敵意はない、これは――


「……ヘルメス?」


「うん、僕だ。こちらでも大方捕縛は完了したよ、ちょっと呆気なさすぎて心配だけどね」


「……お疲れ様」


 肩を竦めて鞘に剣を収めるヘルメスは軽い口調でそう呟き、背後に存在する馬車を顎で指す。幕の隙間から中を覗けば、金属の枷で両足首を繋がれた『オーディンの槍』構成員達が意識を失って倒れている。指の一本一本、果ては口にも厳重な拘束具が装着され、彼らの自害を許さない。

 その数、約40。大規模な組織という割には少ないが、少数精鋭で来たと考えれば妥当か。後の構成員達については、現状捕らえた彼らから居場所を聞き出す他無い。


 家の中からは、しっかりとナイア達四人の心がぼんやりながらも感じ取られる。その内二つからは警戒するような意思が伝わってくるので、これは恐らくエイラとナイアだろう。子供達にこの状況を伝えているとも思えない。


「……妙だな、追撃が無い」


「……うん。もう、完全に体勢を立て直してるのに」


 先に少数精鋭を奇襲という形で送り込み、相手の体勢を崩す。そしてその混乱を支えに本丸が出陣し、連携の乱れた敵軍を一気に叩き潰す。これは現魔王が考案した対人族用の連携攻撃であり、魔王軍の者達は基本的にこの戦術を愛用している。

 ただ、これが通じるのは人族に限らない。魔族相手にもこの戦術はかなり有効であり、一般的な私兵もこの戦術を参考に作戦を組む事は良くある話だ。だからこそヘルメスもそれを予期していたのだが、そうなるとこれでは余りに追撃が遅過ぎる。あまりにお粗末だ。


 だが勿論ながら、これで終わるとも思えない。何かしらの作戦を練っているのなら、その計画は未知数だ。全神経を尖らせて、あらゆる奇策にも対応出来るよう気を配る。


「家の中は大丈夫かい?」


「……うん。みんなの気配はある、店の近くにも誰もいない」


 そう問うてくるヘルメスに簡潔に答えてから、両目を閉じて周囲の心に意識を傾ける。様々な感情、想いがエマの脳裏に届き、その元となる人々のカタチを映し出す。


 ナタリスの血を引く者のみが持つ能力、『心透視』。他人の心を、感情をその赤眼から読み取る、神話にあるような所謂"魔眼"の一種だ。実際、アルタナ神話に登場するナタリスの先祖達も、この魔眼を用いて神話の戦争を生き残ってきた。


 通称、"紅の眼(リード)"。


 "蒼の眼(シー)"、"黄の眼(カバー)"、"白の眼(ロスト)"と並ぶ四大魔眼の一角であり、ナタリスの高い戦闘能力と並び、象徴とも言えるものだ。最も、いくら人の心がぼんやり分かるからと言って、それが四大魔眼に入る事にはエマも疑問を感じられずにはいられないのだが。


 ……と。



 ――――――。



「……?今、何か……」


 ふと、感じ取れる心の内に違和感を感じ取る。その発生源は非常に遠いようで、エマからでは細かい場所までは分からない。というか、これ程この眼の感応範囲は広がったのかと軽く驚愕するほどだ。

 改めて意識を絞り、今度はその声にのみ意識を集中させる。どんどんと声が近くなってくるあたりを見れば、その心の持ち主はどんどんと近付いてきているようだ。


 ――――――。


 この感情は、何だろう。真っ黒に塗りつぶされたような、そこだけぽっかりと穴が開いてしまったかのような、奇妙な異質感。その心は遠くから感じられる筈なのに、周囲の人々と変わらない程にその存在を誇示してくる。

 敵意ではない、それどころか、悪意ですらない。だとすれば友好的な意思かと思えば、それもまた違う。言い表すとすれば……




 ――いか、ないで。




 寂しさ、だろうか。


 かつて感じたことのない程の、しっかりとした"声"。ぼんやりとしか心が見えない筈の瞳に届いた、余りにも大きな感情の奔流。思いもよらない誰かの声が脳内で直接響き、その奇妙な感覚に驚いてたたらを踏んだ。


「……なに、今の……っ」


 自分の中で、誰か別の存在が声を上げる。その感覚は余りにおぞましく、思わず自身の肩を抱く。そしてこの声が誰かの心によるものだった事を思い出して、この主がここに近付いてきていると思い出した。咄嗟に抜刀して、心を感じた方角に構える。

 ヘルメスもまたエマの抜刀に合わせて剣を抜き、構える。だが、そのおぞましい此処へ声――明確な心の存在は、どうやら此処へとは向かってはいないらしい。



「――――LAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaーーーーッ!!!」



「……っ……!?」


 咆哮、と言うべきか、嘆き、と言うべきか。

 獣の叫びではない、完全なる"ヒト"の叫び。先程の声とは違う、純粋な空気の振動として伝わってくる巨大な音。同時に町の遥か先から巨大な土煙が立ち上り、紅い電光が一瞬で頭上を越えていく。

 ソレは余りにも限界を超えた速さで空を渡り、一定以上の質量が空気の壁を突き破った事により莫大な規模の風が吹き荒れる。その風は電光が通過した上空より遥か下に在る筈のこの街にすら届き、ヘルメスがその顔を覆って一歩押し下げられた。輝きは街を容易に飛び越えて、その先に在る山へと落ちていく。


 その紅い輝きを、エマは何度か見たことがあった。


 この街に来る前……ワクタナの村にまだ滞在していた時に、あのキルアナという剣士と戦ったクロが、一瞬だけ纏ったのも同じものだ。それ以前で言えば、『真祖龍』との戦いでその身を削りながら、嫌という程使っていた。


 使えば使うほど身を削る『禁術』の源流。エマ達ナタリスが使う末端とは訳が違うソレは、圧倒的な力と引き換えにその侵蝕速度も速い。何故かクロは未だ――とは言っても、取り返しのつかない程に進行しているのは変わらないのだが――半身を呑まれた程度で収まっているが、本来なら数秒と持たずに肉体を呑み込まれて、後は膨大な力を目的なく振るい続けるだけの化け物が出来上がる。


 その紅い輝きを宿した弾丸が向かったのは、何処だ。

 アレが落ちた山は、確か魔力放出陣……クロが向かった遺跡があった場所だ。彼は前準備と言っていたが、もしやアレはクロが何かをした結果なのだろうか。


 ――そんな訳があるものか。


 根拠はない、理由はない、だが判る。判ってしまう。あれは違う、クロではない、クロが齎したものではない。どうしようもない、出処も分からない嫌悪感が警鐘を鳴らしている。

 あれは、あってはならないものだ。あれは、存在してはならないものだ。あれは、許してはならないものだ。


 誰かがその存在を認めたとしても、いや、他の誰もがその存在を認めたとしても、エマだけは、この存在を許容出来ない。許せない、許してはいけない。早急に排除しなければならない。


 でなければ、何か、大切な何かを、失ってしまいそうで。



「――エマ!!」


「ーーっ!!」


 近くから聞こえたそんな大声で、意識を現実に引き戻される。いつの間にか眼前に迫っていた矢じりを寸前で回避して、次々と迫り来る弓撃を次々と逸らしていく。

 しまった、と、内心歯噛みする。眼前に冷静さを失っていた。自分が何故あれほどまでにあの存在に嫌悪感を示したのかは分からないが、今集中すべきはこちらなのだ。


 クロは、信じてくれると言った。であれば、その期待に応えるために最善を尽くさねばならない。


 本音を言えば、あの輝きの下に居るクロが心配ではある。

 もしもアレがクロが使っていたものと同じ――『源流禁術』によるものならば、その代償を支払うことによる圧倒的身体能力というアドバンテージは、綺麗さっぱり消滅する。何せ、相手も同じ力を使っているのだ。そもそも『禁術』など、特にクロのような『源流』ならば、まず使うべきではないモノである。


 確かに強力な力を得るとはいえ、クロがソレを使う事は、エマとしては本来、絶対に避けたい事だ。

 この旅を初めて何度か彼と共に夜を越したが、そのどれも彼はロクに眠れていない。馬車の中というのもあるのだろうが、精々が4時間と言ったところだ。しかも、彼は眠りに落ちるたびに苦しそうに呻く。


 如何なる悪夢を見ているのか、エマには分からない。だが、その間に少しずつ、ほんの少しずつではあるが、『禁術』による痣が広がっていくのだ。

 彼が無意識に『禁術』を使っているのかは分からないが、彼の見ているであろう悪夢がもしも禁術の侵蝕によるものだとすれば、きっと止めさせるべきなのだろう。一度でもいい、ぐっすりと眠って、身を休めて欲しい。


 三日前――あの"特務"を受ける前日に一度だけ、そう彼に言ったのだ。だが、なんだかんだとエマに甘い彼も、この願いだけは聞き入れてはくれなかった。


『――流石に、そりゃ無理だ。此処じゃ、何があるか分かったもんじゃないんだ……だから、誰かが備えなきゃいけない。ありがとな、心配してくれて』


 そう言って、彼はそれでも引き下がれないと言うエマの頭を撫でた。照れ臭そうに笑って、謝って、でも、これだけは聞き届けてくれなかった。エマが代わりをすると言っても、彼はその役目を譲ってはくれなかった。


 エマが何を言っても、彼はエマを守ろうとする。それはもう、どうやっても変えられない。

 ならば、エマは自身が出来る限りの範囲で、彼に報いる。



「――集、中……っ!」



 そう自身に喝を入れて、大剣を構える。いつの間に第2軍が現れたのか知らないが、そんなものエマに関係はない。どれだけ来ようとも、どれだけ数を並べようとも、絶対にあの家族は守り抜く。

 何故このタイミングで二軍が現れたのか、それは分からないが、何かしらの意図はある筈だ。考えろ、そこにこの襲撃を越える鍵がある筈。それを見つけ出して、大元からこの作戦を叩き潰す。


『オーディンの槍』――持ち主である"オーディン"と、彼が持つ槍である"グングニル"というものについては、クロから出来る限りの説明を受けてきた。もしかしたら役に立つかも知れないとクロがくれた知識を、可能な限り脳裏に展開する。


 なんでもいい、ヒントを見つけ出せ。そこから、彼らの狙いを察知しろ。可能性を全て洗い出せ。


 仮説でもなんでもいい、思いつく限り、思い出す限り、あらゆる仮説をピックアップする。検索、終了。該当仮説――


 ――三件。




「……!――ヘルメスっ!」




 検証、開始。


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