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第44話『魔界の一番長い日・開幕戦』

「……ここが」


「そうよぉ。此処が、『黒妃』を誘導する為の魔力放出陣のある遺跡。『アダムの剣』なんて名前だったかしら、昔の人のセンスはよく分からないわぁ」


 エマ達が店の防衛に当たっている同時刻。クロがブルアドと共に訪れたのは、『黒妃』を誘導する為に設置された魔力放出陣。特に関係は無いが、正式名称は"対四黒・魔力封鎖変換放出式"などという長ったらしい名前だそうだ。

『黒妃』の誘導作戦開始まで、あと一日の猶予はある。一度魔力を置いてしまえば良いというのなら今日の内に置いておきたかったものだが、生憎と常に魔力を放出し続ける構造上、丸一日も魔力が持つ訳がない。


 故に、仕掛けるのは直前である明日。『黒妃』が確実に反応し得る領域に入るまで待機して、一気にこちらへ誘導する。それが、今回俺に任された使命だ。


 馬車から飛び降りて、目の前に建つ巨大な遺跡を眺める。ブルアドが隣に並び立ち、その鍛え抜かれた両腕を組んで口端を釣り上げた。


 遺跡と言えば、すぐに思い出すのは封龍剣山の事だ。結局あれが何だったのか、未だ俺にも分かっていない。意味深過ぎるあの配置にあの壁画など何かあるとしか思えないが、結局あの遺跡では特に情報は得られなかった。


 まあ途中で例の『影』に遭遇したのもあるのだが、旅立つ直前にでも少し調べていればよかったと後悔する。ああいや、そういえば『真祖龍』との戦いで完全に山は崩れてしまっていたから、いくら地下とはいえあの遺跡が残っているとは限らないのか。だがそれでも、せめて確認くらいはしておくべきだっただろう。


 しかしまあ、過ぎた事を悔やんでも仕方がない。今は一先ず、この目の前の問題を片付けよう。


「準備はいいかしらぁ?」


「準備も何も、出来る事は街で済ませたんだ。此処じゃ準備も何も無いだろ」


「それもそうねぇ。それじゃあ、入るわよぉ」


 歩み出すブルアドの後ろに付いて、遺跡の入り口へと足を進める。今回わざわざ此処を訪れたのは、いざ本番で魔力放出陣に魔力を通しても、道を把握していなければ逃げ遅れてしまう可能性があるからだ。そうなれば、この逃げ場のない遺跡では最悪の事態になりかねない。所謂、下見に当たるだろう。

 遺跡といっても、神殿の如く巨大な建物が建っているという訳ではない。向こう側(元いた世界)でも稀に発見されるような、山の内側をくり抜いて作られたものだ。山も封龍剣山ほど高くは無く、精々が日本の近畿辺りにある生駒山と同程度だ。さらに言えば、遺跡としての範囲は山のごく一部のみ。


 まあ、その分下には広いそうだが。


 道沿いに進んで行けば、やがて遺跡らしく奇妙な紋様や装飾が施された部屋が見えてくる。この辺りは純粋な通路のみのようで、流石にまだあの時のような壁画はない。

 というか、一度『最低最悪の魔王』についての伝承をきっちりと調べておくべきだろろう。きっと、その知識はこの先必須になってくる筈だ。少なくとも、人界にいた時によく利用した国立図書館ではそんな情報が無かったために、俺は魔界の伝承について詳しくない。


 いや、今思ったのだが、なんでそんな大規模な話が国立図書館に無いんだ。全世界巻き込んだレベルの神話だって言うなら、人界でも伝承が残っているのが自然だろうに。

 ――と。


 コンっ


「……っと、なんか蹴ったか」


 爪先に軽い衝撃を感じて、足元に視線をやる。"それ"はコロコロと壁際にまで転がっていき、やがて壁にぶつかって静止する。というか……これは明らかに見覚えがある。

 5センチ程度の金属棒、この捻れた突起と、片側だけに刻まれた十字の孔。何故こんな所にこれが有るのかは欠片も理解出来ないが、今更改めて説明するまでも無く、これは何処からどう見ても――


「……ネジだな」


 ……いや、なんで遺跡にネジ?

 まるで意味がわからない、何か機材でもあるのか。いやそもそも、この世界に機械とかあるのか?少なくとも、この世界に来てから一度たりとも見た事はないが。

 とそんな具合に頭を捻らせていると、ひょいとネジをブルアドが取り上げる。どうかしたのかと視線をやると、彼は摘み上げたネジを眼前にまで近付けて観察すると、ひょいと背後に投げ捨てた。


「触らないほうがいいわぁ。アレ、かなりの曰くつきだからねぇ〜」


「え"っ、マジ?」


「マジよぉ〜。それこそ神話案件だからねぇ」


 ヒラヒラと手を振ってそう戯けてみせるブルアドの言葉に、若干ながら青ざめる。何故こんなもんが神話関連になってるのかはまるで分からないが、触らぬ神に祟りなしとも言う。一応は放置が安定か。

 勿論、俺の知るネジはなんの変哲も無いただの金属ではあるが、此処は全てが非常識で構成された異世界だ。呪いだのなんだのが付与されていても困る。


 諦めて再び歩き出し、周囲に視線を移す。相変わらず何も見当たらないが、まだ遺跡に入ったばかりなのだ。もう少し進めば色々とあるのかもしれない。


「……遺跡の事が気になるのかしらぁ?」


「ん……まぁ、ちっとだけ」


 ブルアドがそう微笑みつつ問い掛けてくるので、苦笑しつつも肯定を返す。彼は「物好きねぇ」なんて小さく呟いて一つ考え込むと、指を立てて「ある程度なら教えてあげるわぁ」とありがたいことを言ってくれる。


 聞けば、どうにも此処はアルタナ神話――《最低最悪の魔王》と創造主アルルマ、そして『共栄主世界戦争(ワールド・エゴ)』について記された神話のうちの一部、主に、『黒妃』と、アルタナ階位第三席、『精霊族(エルヴィ)』による戦争についての伝承が主に記された遺跡らしい。


 非常に高い知能と、永い寿命、莫大な魔力を持ち合わせる精霊族(エルヴィ)は、基本的には相当強力な種族だ。戦闘能力に優れるとされる魔族と戦っても、渡り合える程度の力は持っているだろう。だが、それでも階位三席という微妙な役割に収まったのは、その性格的特性が由来する。


 彼ら精霊族は、その魔導技術と豊富な知識に絶対の自信を抱いている。それ故に他者よりも自信が優れている、と言った思考を持つ者が殆どなのだ。

 故に、その団結は脆い……いや、脆いなんてレベルではない。少し小突いてやれば簡単に均衡が崩壊する程に、彼らには全く協調性が無いのだ。

 《最低最悪の魔王》は、己の眷属に四大種族の殲滅を命じる。『真祖龍』は魔界に渡り、『黒妃』は精霊界に渡り、『日蝕』は獣界に渡り、己は人界へと向かった。


 それぞれ侵攻により各地は壊滅的な被害を受け、絶滅寸前と言えるほどにまで追い込まれたという。此処に記されているのは、そんな『黒妃』と『精霊族』との戦争の話らしい。


 どうにも、相当一方的な戦いだったそうだ。何しろ、『黒妃』には『精霊族』の最大の武器たる魔法が、ロクに通用しなかったという。


 曰く、『魔力吸収体質』。周囲に存在する魔力を根こそぎ奪い取り、自身の中に貯蔵するという、魔法使いにとっては夢のような体質だ。つまりは、自分以外の者が使う魔法を全て封じられるのだから。

 だが、生憎と言うべきか、幸いと言うべきか、『黒妃』には魔法が使えなかった。


 故に、純粋な身体能力勝負。であれば、基本的に身体能力が低い『精霊族』では、全世界で見ても規格外の更に上を行くような『黒妃』を止められる筈もなかった。

 繰り返される殺戮によって、ほぼ当時の精霊族は絶滅したと言って良い。それでも尚今精霊族が持ち直しているのは、唯一神アルルマの御技によるものなのだという。一体何をどうしたら絶滅寸前に追い込まれた種族が持ち直すというのか……


 完膚無きまでに敗北したという屈辱を押し殺し、絶滅寸前にあった『精霊族』達は地下に身を潜めたという。彼らも諦め半分であったようだが、幸い『黒妃』の五感はとうに失われていた。魔力さえ隠してしまえば、『黒妃』は殲滅を完了したと判断し、精霊界から去ったという。

 その戦争……戦争というには些か一方的過ぎるが、兎も角その戦いで得た情報は、『黒妃』が五感を失っているという事。『黒妃』に魔法は通じないという事。『黒妃』は《最低最悪の魔王》と同じ力を使うという事。そして――


「……後は、全部が終わった後に、泣いていた。なんて話もあるわぁ」


「泣いていた?」


「『ごめんなさい、ごめんなさい。わたしは、置いていかれたくない。ひとりになりたくないから。』……なんて、言ってたらしいわよぉ。伝承によると、だけどねぇ」


 ……つまり、どういう事だってばよ。


「……資料じゃ、『黒妃』には理性が無いとか書いてた気がするんだけど」


「ないわよぉ?但し、"最近の観測結果では"ねぇ」


 つまり、昔はあったという事か。

 もしも黒妃が使っている術というのが俺と同じ『禁忌術式(タブー)源流(オリジン)』だとするならば、理性を失うという事はつまり、『禁術』に自意識を呑まれ切ったという事に他ならない。だが、だとすると解せないのだ。

 伝承の通りならば、この『禁術』は《最低最悪の魔王》が創り上げたものの筈。であれば、何故自らの眷属である『黒妃』の自意識を奪ったのか。それは、己の戦力をわざわざ自分で削っているという事だ。


 ……『禁術』は、《最低最悪の魔王》にも制御出来ないのか?


 と、そんな推測をしているうちに、どうやらかなり進んでいたらしい。不意にブルアドが足を止める。

 前に視線をやればそこには直径15mほどの巨大な魔法陣が部屋中に行き渡るように描かれており、ぼんやりと赤い輝きを放っている。これが、恐らくは魔力放出陣なのだろう。


 後に話を聞けば、空気中の魔力を吸って放出し、そしてその放出した魔力を吸収するというループが起こっているそうだ。これは自然の純粋な魔力だからできる事で、一度体内に取り込まれた魔力ではループは出来ないらしい。


「『黒妃』は今どの辺りに居るんだ?」


「大体、街から馬車で半日といったところかしらねぇ。相手は徒歩だから、辿り着くのはもうちょっと後よぉ」


「理屈は分かるかけど、ギリギリにやらなきゃならないってのはかなり辛いな……」


 魔力を通すのは、『黒妃』が街に辿り着く直前。黒妃が確実に反応するであろう射程に収めてから、魔力を通す。いくら多少は残留するとはいえ、そう長くは持たないのだ。

 面倒な仕様ではあるが、仕方のない事だ。失敗は許されない。これを失敗すれば、町の住民が皆命の危険に晒されてしまう。相手は精霊族という四大種族の一角を滅ぼした化け物だ。あんな町一つ、簡単に壊滅させられてしまうだろう。


 一応、ブルアドの協力もあって『切り札』は何とか用意できた。ある程度使い方もマスターしたし、『黒妃』相手といえど撤退戦程度ならば何とかこなせる……と思いたい。

 きっと、エマ達の方は大丈夫だろう。あちらはあちらで任せて、俺は今俺がすべき事をする。


 本番で手間取っても困る。試しに予行はしておくべきか。


 と、そんな考えで魔法陣に触れて、自身の魔力の流れを意識する。その流れを魔法陣へと繋いで、循環の一部に魔法陣を組み込んだ。真紅の術式が光り輝き、部屋中の陣から膨大な魔力を放出していく。

 紅の粒子は空気中に散っていき、俺の魔力をそのまま力として上空に吹き上げる。天井に空いた大穴から魔力が空へと舞い上がり、気流に身を任せて四方へとその輝きを散りばめていく。中々に美しい光景だ。


 少し加減はしたが、中々に伝導率は高い。本番では、本気で魔力を込めて置くべきだろう――






 ――と。





 

 思った、所で。










 ――LAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaーーーーッ!!!










 それは、叫びだった。


 それが絶望のものか、怒りのものか、歓喜のものか、悲しみのものか、そこまでは俺には分からない。ただただ、何か胸の奥に溢れ出す感情をそのまま吐き出さんがための、純粋な叫び。


 ああ、判る。判ってしまった。俺はその叫びを聞いた事も無いはずなのに、何処か聞き覚えがある。知るはずの無い声を、なぜか知っている。だが、今はそんな事はどうでもいい、構わない、何だっていい。


 不味い、拙い、マズい。


 理解した、把握した、確信した。これは、確実に、"来る"。





 風切り音が空を薙ぐ。天上の青を漆黒の霧が覆い隠し、弾丸の如き速度で『ソレ』は宙を駆けた。


 逃げろ、逃げろ、逃げろ。嘘だろ、聞いてない、後一日の猶予はなんだったんだ。どういう事だよ。どうしろってんだ。今の俺には、クラウソラスのような弱点の持ち合わせは無いというのに。


 影が差す。天井から覗いていたはずの日光が翳り、突風が縦穴を縦断した。漆黒の『ソレ』が甲高い金属音を立てて大地へと着地し、靄に隠れて見えない瞳をこちらに向けて来る……様に感じられる。

 一瞬靄の下に見えた、腰ほどまでの真っ黒な髪。それとは逆に、真っ白な服の様な布切れ。二本の大角に、巨大な大剣の様な腕。その特徴は、クロが知るものと完膚無きまでに一致しているものだ。


 間違う猶予もない。間違う筈もない。嘘だと、否定したいほどだった。だがこれは、この存在は、確実に――




「ふざけんなよ……『黒妃』……っ!!」




『四黒』と呼ばれた者達に、間違いなく共通する事がある。






 ――それは、全員が全員、どうしようもない程の規格外だという事だ。

 





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