第41話『ターニングポイント・第三の鎖』
お待たせいたしました……現在テスト期間中故、更新ペースガクッと落ちます。すまない……執筆速度が遅くて本当にすまない……
「――うっそやん」
「どう!?どーだった!?すごいでしょっ!?」
地面を背にして天井を見上げていると、頭上――俺が寝転んでいるために正確には横からだが――からナイアが俺の顔を覗き込んでくる。その背に生えた翼をバタバタと羽ばたかせ、ついでに銀鱗に包まれた尻尾もブンブンと振っていた。
大の字に投げ出された両手両足は完全に脱力しきっており、ロクに力が入らない。どんどんと感覚が戻ってくる現状から察するに、もう暫くすれば動けるようになるだろう。が、今気にするべきはそこではない。
「チートかよ……」
「ちーと?」
首を傾げるナイアを、戦慄とともに見つめる。確かに、俺とまるまる同じ経験値を手に入れたのだから相当強くなっているとは思っていた、が、流石にここまでは予想外だ。多少の見栄もない事はないが、こればっかりはどう足掻いても言い訳のしようがない。
完膚無きまでに、負けた。
一体何が起きたのか、とまでは行かない。流石に俺も相当レベルは上がっているし、ナイアがした事は俺も大まかに把握出来た。だが、この把握に一切の間違いが無ければ、俺は正直、『禁術』を全力で使いでもしない限り、ナイアに勝てる気がしない。
相性とかそういう問題ではなく、その力がある限り、最悪姫路ですら――いや、もしかしたら姫路なら何とかしてしまったりするのかもしれないが、それ程にとんでもない。
室内だからと、気を付ける暇もなかった。一切の時間の猶予もなく、一切の抵抗も許されない。俺は一瞬で地を這うことになっていた。
「……な、ナイア?今の……」
「なんか出来るようになってた!」
困惑した様子で問うエマに、ふふんと胸を張って言うナイア。たが、流石にそんな力を『なんか』で習得されてはかなわない。
などと苦笑していると、彼女はそのまま俺の腹の上にのし掛かり、俺の頭の左右に両手を付いてずいっとこちらの顔を覗き込んできた。
「ね?私、ちゃんとクロを守れるくらい、強くなったよ!」
「……だなぁ、これは否定のしようもねぇや」
ぱあっ!と嬉しそうに笑って、そのまま動けない俺の体に倒れ込んでくる。勿論体の不調という訳ではなく、ただ純粋に甘えたいだけだろう。ナイアの羽のように軽い体から伝わってくる体温が、床に接して冷えた体に心地いい。
そういえば、何度もこんな敗北をした覚えがある。あれはいつの話だったか。
――ああ、そうだ。ナタリスの集落に居た頃、何度も何度も今のようにエマに叩きのめされたのだ。木刀を用いた模擬戦とはいえ、状況は今のように俺が下で、相手が上。
ステータスが莫大に上がった今でも、またあの試合をすればきっとエマには勝てない。剣術の腕は到底エマに及ばず、彼女の背の遠さに溜息を吐く未来が簡単に読める。
それを、いつからそこまで驕っていたのか。
念のため、念のためと言って、彼女達の強さを信頼していなかった訳だ。阿呆らしい。これまでもいつだって、俺は彼女達に助けられる側だったのに。
二人は強いのだ。誰かに守られる必要もないほど、十分に。
痺れた体を動かして、困ったように笑うエマに視線を向ける。エマはその視線に気付いたのか、直ぐにこちらを向いた。
「……エマ、どうしたい?俺は『黒妃』を誘導しなきゃいけないから、エイラさん達を守れない」
エマは一度驚いたように目を見開くと、しかし直ぐに嬉しそうな笑顔を浮かべる。
彼女は俺の直ぐ横に座り込むと、その紅い瞳が俺の眼を覗き込んだ。
「……信じてくれる?」
「そ、そう来るか……」
俺の反応にエマがクスクスと笑い、答えを促して来る。『真祖龍』との決戦前、俺がエマに向けて言ったことの真似だろう。あの時、エマは俺を信じて送り出してくれた。であれば、俺が返す答えも一つしかない。
「――信じてる。ナイアと一緒に、エイラさん達、頼んだ」
「……任せて」
話は決まった。俺の浅はかな考えをナイアに文字通り叩きのめして貰ったところで、次の方針を再確認する。
俺はブルアドの援助を受けつつ、魔力放出陣による『黒妃』の誘導。エマとナイアは衛兵達と合流し、『オーディンの槍』による店への攻撃から、エイラ達を守護。可能ならば構成員の捕縛だ。
二人が居るのなら、きっとあの家族は大丈夫。そう信じると決めたのだ。むしろ、心配なのは俺の方か。
ブルアドの言を真に受けるならば、最悪『黒妃』と直接相対したとしても撃退は可能だ。出来る限りこの切り札は切りたくないが、最悪『禁術』を使って切り抜ける事も選択肢としては存在する。
勿論、仕留めるのは論外。『真祖龍』レベルの相手と好き好んで殺し合うなんて、馬鹿のやる事だ。
何より、この任務に於いての最上はそもとも"遭遇すらしない"事だ。当然ながら、それを最優先の目標として誘導する。が、これまたメタ的な視点から見た予測ではあるが、こういうのは大概そう穏便には済まない。
何故なら、展開的に"面白くない"から。全てが上手くいって何事も無く終わっても、『物語』として見ればそれは面白くない。当然ながら当の俺達からすれば傍迷惑この上ないのだが、非常に遺憾ながらこのメタ知識による読みは今の所は大概当たっている。
であれば、その時に備えない手は無い。
ステータスウィンドウを開き、その項目を見直す。単語それぞれに注目していき、やがてその大き過ぎる存在感に眼を取られた。ああ、そういえばこんなものもあったと苦笑する。
「明日一日は練習かな」
まだ城に居る内に"これ"の使い方も調べておけばよかったと、俺は後々後悔することになった。
◇ ◇ ◇
「――嘘、だろ」
『望遠』スキルによって強化された視界の先で、信じられない光景が映し出される。
神薙和也という少年は、この剣と魔法のファンタジー世界『アルタナ』に流れ着いてから、ただ一度の過信も無くここまで進んできた。
事実、彼の念入りなまでの生存戦略はこれまで何とか成功し、クラスメイト達はただの一人も欠けずにこの『魔界』にまで辿り着いた。勿論ながら、かつての戦争で激流に呑まれてしまった『彼』は除くが。
五十嵐久楼という少年が行方不明になってから、クラス間の雰囲気は最悪だ。
それは勿論、彼が消えた事で、自分達にも命の危険があるという事を再認識したのだという事もある。だが、それ以前の問題として、度重なる戦闘行為が純粋に彼らの心を摩耗させていく。
何より、殆どの戦争が彼女――姫路実に依存している、という現状だ。自らの消耗を度外視して圧倒的な力を振るい続ける彼女は頼もしくもあったが、それ以上にその消耗具合が深刻だ。この調子では、いつまたこの世界にやって来た時のように倒れるか分からない。
そして彼女が倒れてしまえば、クラスメイト達は精神的な支柱を失ってしまう。確かにクラスメイト達は皆それぞれ強力な力を持ってはいるが、人生経験の少ない子供に過ぎない。騙し討ち、不意討ち、搦め手は幾らでも存在する。
それらを全て未然に防いでこれたのは、姫路の超人的思考による指示のおかげだった。だからこそ、彼女が挫かれれば、確実にクラスメイト達は恐慌状態に陥る。それ程に彼女の力は絶対的で、圧倒的なものだった。
――故に。
目の前のこの状況を、そう容易く受け入れられる筈も無かった。
「――!」
姫路が眼を見開いて、息を呑む。彼女もまた保持する『望遠』スキルにより、遥か彼方に存在する"ソレ"の存在を認識している筈だ。距離は約数十キロ、といった所だろうか。
魔王城、というものなのだろう、アレは。だが、今それは重要ではない。何よりの問題は、そこへ姫路が既に攻撃したという事……いや、より正確に言えば、"既に姫路が攻撃したにも関わらず、その城には傷一つない"という事だ。
姫路が撃ち放った火炎系統最上級魔法『白日』は、極細の真っ白な熱線を撃ち込み、対象を貫く事に特化した魔法だ。敵の内部に超超高温の熱を直接撃ち込む事により、その肉体を内部から燃焼、崩壊させる。
それ故に範囲こそ小さいが、その威力は姫路の持つ数多の魔法の中でもトップクラスのものだ。未だこの魔法を防げたものはおろか、ほんの少しでも逸らせた者もただ一人として存在しなかった。
しかし、"ソレ"は――『魔王』は。
いとも簡単に、その魔法を相殺してみせた。
「……混合魔法展開、火炎術式、氷結術式、各二十番から四十番、同時展開。魔力同調、開始――完了。一斉掃射ッ!」
即座に実が魔法を展開し、無数の爆炎と氷塊を生成する。それらは実の組み上げた術式に則り行動を開始し、遥か彼方に居るその存在を打ち砕かんと放たれる。音を超える程の速度を出して進むそれらの魔法は、それ相応の風圧すら気にした様子もなく『魔王』の元へと直進する。
しかし『魔王』は冷静に魔法を組み上げ、的確にそれら全ての反魔法を発動する。
ただそれだけならば驚かない。これまで何度も同じように反撃して来た者も居た。最も、それらは全て実の魔法に触れると同時にその圧倒的質量に飲み込まれ、消滅したが。
だが『魔王』は、当然のように相殺して来る。既にレベルは120を超え、数えるのも馬鹿らしい程の桁となった姫路のステータスから放たれる、兵器と形容する事すら生温いような、実の最上級魔法を。
「……『アレ』が魔王で、間違い無いんだよな」
「そうじゃなきゃ、どうやって魔王なんて倒せばいいんだよ……クソッ!姫路でも殺れねぇのか……っ!」
呆然とした和也の呟きに、藤堂が悪態を吐いて答える。その目には明らかな焦りがあり、それは彼だけでなく、他のクラスメイト達ほぼ全てにも共通するものだ。
実は、言うまでもなくクラス中最強だ。それも、彼女に次ぐであろう『神風』神薙和也や、『栄光剣』五条一成が二人で立ち向かったとしても、何一つ抵抗する事も出来ずに二人して敗北する程には。
その彼女でさえ押し切れない相手が、あの『魔王』。そして、あの『魔王』を倒さねば、彼らは元の世界へと帰還する事は出来ない。それはつまり事実上――
――詰みを、意味する。
魔族自体は、そう大した敵ではなかった。最初こそ手こずったものの、戦闘を繰り返しレベルが上がるにつれ、やがて彼ら一騎一騎が正に一騎当千と呼べるほどになった。魔族の軍勢程度、今やこのクラスの誰もが一掃出来る。
だが、これまでがずっとその程度だった故に、『魔王』の理不尽なまでの強さが一際目立つ。次元が違う、なんてレベルでは無い。
正に、住む世界が違う。あの魔王も、実と同じ領域の深層に至った者だと、彼らの心中に深く刻み込まれる。
が、当の実は。
(――違う。)
ただ、戦慄していた。
だがそれは、魔王が己と渡り合った事にではない。自身の魔法を受け止められた事にでもない。それ以前に、実はそこまで"驕ってはいない"。
しっかりと目視した。その顔は真っ黒な仮面と長い髪により隠されて居るが、その長髪から覗く耳は、確実に人族のものだ。それだけでも驚愕に値するが、しかしそれ以上に。
(……完全に、手加減されてる。)
あの『魔王』は……いや、"魔王として存在する人間"は、自分の遥か上を行く。
反魔法に無駄が多い。それもただ熟練度が足りない故の無駄ではなく、敢えて『互角』という状況を演出する為だけの、『完璧を欠損に偽装』するよう組み上げられた魔法だ。
だが、それでさえ実の本気、完璧に組み上げられた術式を真っ向から打ち消す。それはつまり。
あの存在が本気を出せば今この瞬間に、この場に居る転移勇者達――私立石宮高等学校一年五組、クロを除く三十五人全ては、全滅している。
だが、現にそうなっていない。であれば、あの人間には、この場の三十五人を生かす理由がある。
唯一自らの命を脅かす可能性のあるであろう、召喚勇者達を生かすほどの、理由が。
回せ、回せ、回せ。
思考を回し続けろ。唯の一度も考えを止めるな。今この瞬間に得る全ての情報と、これまでに得てきた全ての情報を結合しろ。あの魔王を見て得た全てを材料にしろ。
今この時に使わずに、その化け物じみた、忌避され続けた天才をいつ使うというのだ。
――人族の魔王。
――クラスから離脱した"彼"。
――ありとあらゆる書物を集め、頭に丸々叩き込んだ、この世界全ての伝承、地理。
――そして"彼"のように、この世界が物語を土台とした世界と、仮定する。
――もしも、もしも、だ。
この仮定が正しければ、この結論が正しければ。
あの『魔王』の――いいや、違う。あの『魔王』を名乗る人間……より正確に言うならば、あの、『日蝕』の、目的は。
「――『最低最悪の、魔王』……っ!!」
"彼"が、危ない。




