表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/107

第40話『このロリコンどもめ!』

「――!?!?!?」


「……え、な……っ、え……?」


 閉じられた瞳が眼前にまで迫り、長い金色の前髪が直に俺の鼻筋に触れている。細い両腕は俺の首に回されて、互いの呼吸が、互いの鼓動が、肌で感じられるほどの距離だ。

 腕の中で、暖かな体温が動く。俺の体を離すまいとでも言いたげに、その両腕に込める力を強め、瑞々しい唇を押し込んでくる。

 思考が停止する。鼻腔をくすぐる甘い匂いが、口に触れる柔らかな感触が、俺の持つ理知的な考えの全てを溶か――


「されてたまるかぁっ!!俺はロリコンじゃねぇぞぉぉぉぉっ!!!!」


「わーーーーっ!?」


 勢い良く体を跳ね上げて、ナイアの拘束を振りほどく。流れるような動作で立ち上がって、即座に横に退避した。何だこいつ!?いきなり何考えてんだ!?

 尻餅をついてすっ転んだナイアは不満そうにぷーっと頬を膨らませると、「なんで逃げるのー!」などと両手を上げて怒っていた。おまえはいったいなにをいっているんだ。

 顔を真っ赤にしたエマが、突然のナイアの凶行に文句を付けてくれる。


「……な、"なんで"じゃない!いきなり何してるのっ!?」


「いきなりじゃないもん!いつもは普通にさせてくれるのにー!」


「させてないっ!というか、いつもも何もその姿になるのはナイア初めて――」


 ……いつも?


 ナイアとエマのやりとりで、不意に、ブルアドと初めて出会った時の頃を思い出す。そうだ、確かナイアが初めて声を出せるようになった直後に何か覚えがあるような……



『――突っ込んでくるナイアをしっかりとキャッチして、その口先をこちらの口元に触れさせてくるナイアを丁寧に撫でてやる。ナイアは心地よさそうに身をよじると、そのまま腕の中から肩に登り――』



「アレのつもりかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 頭を抱えて屈み込む。成る程、本人の認識はドラゴンの時と何も変わっていないだけだ。ドラゴンの姿で俺に甘えていた時と同じ感覚で、同じ事をしたに過ぎないという訳だ。そりゃそうだ、これ魔法で姿を人間っぽくしてるだけなんだもの……!

 俺の心の叫びも当然ナイアに通じた様子はなく、本人にも悪気など一切無い。きょとんとして首を傾げる。俺にどうしろと言うのだ。


 少なくとも、今の人型の姿でアレはダメだ。周囲の視線的にも倫理的にも、何より俺の心臓に掛かる負荷的にも。


 繰り返し言うが、ナイアが術で変化した姿は紛れもなく愛らしい美少女である。人化状態でキスを(本人は全く意識しているわけでは無く、ただ親愛の証としてやっているとはいえ)あのペースで続けられるのはダメだ、絵面的に非常に不味い上に心臓にも悪い。

 何より、俺は初恋の相手である姫路と再会するためにこの旅を続けているのだ。俺はそんな複数人に手を出すようなハーレム気取り野郎にはなりたくない。


 ……エマとナイアだけで旅をしている時点で、説得力など塵一つもないが。


「……ナイア、次からはせめていつもの姿に戻ってくれ。心臓に悪くってな……」


「えー!エマもやってたのにー!」


『!?』


 ナイアの背後で固まっていたエマが一気に赤面し、その肩を跳ねさせる。かく言う俺も似たような状況であり、即座にこれ以上余計な事を口走らせない為にナイアの口を塞ぎに掛かる。手遅れなのが辛い。こ、このドラゴン娘……そういやあの時も部屋に居たな……っ!


 即座に周囲に視線を走らせて、聞かれていないか確認する。アイリーンは口元を押さえて「あらあら……」などと微笑んでおり、彼女の背後に控えていたメイド達も小声で「やっぱり……」だの「でしょうねぇ……」などと生暖かい目をこちらに向けてくる。おのれナイア、余計な事を……っ!


「と、兎に角、いつも通りでいいから!ほら、それ魔術なんだし、魔力使うだろ?何かあった時に魔力が無きゃ困るんだからさ」


「むー……分かったー。でも一緒に寝る時はこれでいいー?」


「これまた返答に困る条件を……」


 さりげなく一緒に寝る事を条件に加えてきたなこの幼女竜。


 そうしてナイアとの約束のすり合わせをしている内に、徐々に固まった思考回路が冷静になっていく。一先ず、俺たちが思っていたような最悪の事態が起きたという訳ではないらしい。部屋の中を覗いてみれば、どうやら使用人達が集められているようだ。床には沢山の服が散らばっている。

 状況から察するに、突如ナイアが人化したために屋敷内が軽い混乱に陥って、とりあえず服だけでも着せた、といった所だろうか。つまり何が言いたいかといえば……


「ウチのナイアがご迷惑を……」


「ああいえ、問題ありませんよ。その服も私が幼かった頃に使っていたお古ですから。娘が生まれればあげようと思っていたのですが、別に急を要するものでもありません」


 アイリーンが片手を振って、大丈夫だというジェスチャーを取る。心の広い人で本当に助かった。

 とりあえずは一段落したため、座り込んで一つ溜息を吐く。当然の如く膝の上に座ってくるナイアに若干頬を引きつらせるも、退かせる気力も失せたので放置だ。過度なものに届かないのならば、気にしない事にする。子供に接する心構えで行こう。

 髪を撫でてやると、心地好さそうに声を漏らす。……というか、些か前髪が長過ぎない気がしないでもない。後でゴムかヘアピンか何かを買っておこう。

 ……と。


「所で、思いの外お早いお帰りでしたが……何かあったのですか?」


「……そうだ、クロ。何があったの……?……あの時のクロ、すごく怖い顔してた」


 アイリーンが不思議そうにそう尋ねてくる。その問いで思い出したかのように、エマもまた質問を重ねてきた。そういえばナイアの件で完全に頭から抜けてしまっていたが、こちらが本題だ。危ない所だった。

 元より事情は話すつもりだった。流石に"他言無用"と言われれば俺の一存で話す事は出来ないが、その他の事なら一応どう話すかは頭の中で纏めてある。


「……ちょっと長くなるんで、まずは落ち着ける所に座ってからにしましょう。エマにも、一緒に話す」


「……わかった」


「……?」


 何が起きたのかをまるで知らないナイアは、こてんと首を傾げるしかなかった。











 ◇ ◇ ◇











「……『オーディンの槍』」


「オーディンの槍?」


「はい。……恐らく、クロ様方が出会ったという男は『オーディンの槍』を名乗る組織の末端でしょう。攻撃性魔道具の開発、『神話の遺産』と呼ばれる『共栄主世界戦争(ワールド・エゴ)』の残り火……具体的に言えば、戦争に於いて用いられた兵器の発掘を推し進める組織です。その『レイル・キャスト』という魔道具も、彼らが開発したものとされています。ほんの少しずつ情報を得てはいますが、そのどれもが決定的な証拠にならず……」


「トカゲの尻尾切り状態か……成る程、面倒なタイプの相手だな」


 ラノベなんかでもよく見るタイプの組織だ。徹底された情報機密体制により、殆どその足取りを掴めない厄介な敵。俺が先ほど見た様に捕まれば即座に自害し、組織に関する情報は一切吐かない。お陰でその目的も判明しなければ、そこに至る為の手段も分からない。


 "何がしたいの分からない"犯罪ほど恐ろしいものは無い。特に、こんな非日常が当然の事であるこの世界では。


 それにしても『グングニル(オーディンの槍)』とはまた大層な名前だ。必勝の槍、必殺の槍。一体何処からそんな名前をつけようと思ったのか。

 まあ知った事ではないのだが、しかし俺にも『封龍剣(クラウ)断世王(ソラス)』の一件がある。グングニルもクラウソラスと同じく、神話上に存在する武器だ。クラウソラスの一件を振り返るならば、この『オーディンの槍』という名にも何か意味があるのかもしれない。


 まあ、そもそもそんな奴らと関わるなんてまっぴら御免なのだが。


「それで、『王土鱗(ドラグ・アーマー)』ってのは……?」


「『最低最悪の魔王』が纏ったとされる武器です。詳しくは分かりませんが、己の意思を持っているかのように宙を舞い、鎧にも剣にも、果てには矢にさえも成ったという伝承が一部では残っている、紛れも無く呪われた品ですね」


 成る程、つまりは武器種可変、攻防一体のファ○ネルという訳か。自重しろ(キルアナ曰く)俺の前世。


 兎に角、その詳細については今は一先ず置いておこう。問題はそんな呪いの品を何故その『オーディンの槍』が求めているのか、という事になる。直ぐに思い浮かぶ用途となれば単なる戦力増強だろうが、こういった相手の場合そう話しは単純では無い……というのがお決まりのパターンだ。

 勿論確証などある筈もなく、これまで俺のラノベ知識から来る悪い予感は大概当たってきている、という経験則によるものだが。


 と、情報交換をしてみたはいいが、だからと言って俺達に何か対応が出来る訳でもない。そんな国が手を焼くような相手に、いくらチート能力を手に入れたからって俺達が突っ込んでも余計な事をするだけだ。逆に足を引っ張る可能性の方が高い。


 まあ、究極的な対策は『関わらない』という事に尽きるのだが。


 だが、あの様子だと『オーディンの槍』は『王土鱗(ドラグ・アーマー)』を諦めるつもりはないだろう。最悪強硬手段に移りかねない――いや、移ったからこそ、あんな結果になったのだ。

 一応、それは衛兵達も承知している筈だ。今頃はあの店にも警護が付いている事だろう。


「……エイラさん達、大丈夫、かな」


 エマがその紅い瞳を伏せて、小さく心配そうな声を漏らす。どうやら聞いたところによると、俺があの男を運んで帰って来るまでの内に、あの家族とはかなり仲良くなったらしい。

 その話を聞いている時、彼女は本当に楽しそうにその時の事を語ってくれたのだ。であれば、彼女があの家族の事を心配するのも無理はないだろう。俺とて、一度知り合った人が不幸な目に合うのは望ましくない。


「……あまり考え過ぎない方が宜しいかと。後の作戦にも響きます」


「……はい、分かってます」


 そうだ。勿論エイラ達の心配もあるが、今最優先で意識すべきなのは『黒妃』の誘導。それをしくじってしまえば、『オーディンの槍』からエイラ達を守るどころか、この街そのものが焦土と化してしまう可能性だってあるのだ。


 エイラ達の事は衛兵に任せるしかない。エマ達はこの街に残るとはいえ、俺とエマの2人なら兎も角、彼女1人だけで入っても戦力の比重が偏ってしまう。戦力の偏りは、敵の付け入る隙を生む。であれば、俺達は俺達で、自分の仕事に専念すべきなのだろう。


「……クロも、エマも、どうしたの?さっきからずっと変……」


 膝の上で俺の体にもたれ掛かっていたナイアが、その眉を八の字に曲げて俺に聞いて来る。流石にナイアの性格では中々重い話かと苦笑して、どうにか誤魔化しておこうと話を練る。……が、その前に。


「要するに、その"えいら"って人達が危ないけど、クロたちはその人を守ってあげられないんだよね?」


「え?あ、あぁ……話ちゃんと分かってたんだな……」


 突然俺達の懸念を分かりやすく纏めたナイアに内心驚きつつ、彼女の問いに肯定で返す。それを聞いたナイアはこくんと一つ頷くと、「じゃあ!」と明るい笑顔を浮かべて、告げた。


「わたしがその"えいら"って人達を守れば、クロも安心だね!」


「……うん?」


 待て、どうしてそうなった。


「えーと、ナイア?かなり危ないから、それは辞めとけよ?何が起きるか分かったもんじゃないんだ」


 自信満々にそう言い放つナイアに、思わずそう忠告する。事はそう単純な話じゃない。相手は社会に慣れた、結束の強い組織だ。俺たちのような世間知らずが立ち向かっても、ロクな結果にならないのは見えている。

 こちらの忠告を聞いたナイアは「えー」と不満そうに唇を尖らせると、しかし「でも」と反論をしてきた。


「だからって何でも怖がってたら、何にも出来なくなっちゃうよ」


「――。」


 それは、確かにそうだ。万が一、万が一と延々に続けていれば、いずれ何も出来なくなってしまう。あれも怖い、それも怖いでは、結局必要最低限の事すら出来なくなってしまう。

 成る程、確かにナイアの言う通り、時には勇気を出さねばならない時もあるのかもしれない。だが、命はたった一つだそれを失っては元も子もないし、そもそもナイアはまだ子供だ。そんな危険に晒すわけには――


「むー、今すっごい馬鹿にされた気がするー!」


 と、唐突にナイアが勢い良く両手を天井に突き上げる。ぷくーっと頰を膨らませたナイアは俺の膝から降りると、とてとてと走って俺の後ろに回って怒ったと言いたげに腰に手を当てて、ジト目を向けて来た。


「わたし、今度はちゃんとクロを守れるくらい強くなったもん!」


 ――同時に。


 ナイアの背から、一対の翼が伸びる。


 それは普段のドラゴンの時の姿で持っていた翼をそのまま大きくしたような、銀鱗に包まれた翼。いつの間にか腰からは尾も出現しており、彼女の憤りを表すようにブンブンと左右に揺れている。


 同時に、魔法の才能が欠片も無い俺にも分かるほどの、魔力の奔流が巻き起こった。

 あまりに突然なソレに呆然として、ただ目を見開くしかない。だが、そんな俺を気にした様子もなく、ナイアは全身に纏う魔力をさらに強めると、その圧倒的な気配とは裏腹に、可愛らしい怒り顔で、叫ぶ。



「わたしがすっごく強くなったって、教えてあげるっ!!」



 直後。



 ――景色が一変した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ