第4話『性能確認』
――で。
「あ"ーーーー終わってみるとクッソ恥ずい畜生めあーーーーっ!」
姫路が眠ってしまった後にやけに笑顔だった衛兵に連れられ、割り当てられた自分の部屋に戻った俺は、ベッドの上で先ほどの臭い台詞を思い出しつつ悶えていた。
顔が熱い、羞恥で顔が真っ赤に染まる。まるでギャルゲの主人公のような頭の悪いテンプレな台詞をこの口が本気で言ったと思うと、当時の自分をぶん殴りたくなった。ファッキンメン
「さっきから何を悶えてんだよクロ、そんなんじゃ休めねぇぞ」
「和也……俺って阿呆なのかなぁ?阿呆だよなぁ、馬鹿じゃねぇの?馬鹿じゃねぇの?ああぁぁぁぁぁーーーーっ!」
「おちつけもちつけ」
運良く割り当てられた同室である和也の忠告すら耳に入らず、枕に顔を埋めて悶え苦しむ。その様子を二段ベッドの上から和也が苦笑しつつ眺め、ついでに困惑していた。そりゃそうだ。突然倒れたクラスメイトを担いで行って、暫くして帰ってきたらずっとこの様子なのだから。何があったとでも言いたくなる。
というか、まあ。
「姫路が倒れた時、女子に任せずに問答無用で自分が背負っていったあたりで既に大分恥ずいけどな」
「言うなぁぁぁーーーっ!やめろぉ、やめろぉ!」
さらなる追い打ちにビタンビタンとのたうちまわり、湧き上がる羞恥心が全身を火照らせる。「あぁぁぁぁぁ……」などと声にならない悲鳴を上げて痙攣するクロを見かねたのか、和也が「それで?」と話を切り出した。
「結局のところ、どうだったんだ?姫路。なんで倒れたんだよ」
「あー?あぁ、異世界に来て帰れなかったらどうしようってな不安とか、ショックとか、そういうもんが全部ごちゃ混ぜになって暴発したんだと思う。精神状態に肉体が影響されるなんてのは良くあることだしな」
「不安?姫路が?全然イメージ湧かねぇんだけど」
「俺だっていざ直面してみるまで欠片もイメージ湧かなかったよ」
思い出したのは姫路が目覚めてすぐの事。目を覚ました彼女は、異世界に来たのが夢ではなかったと確認すると、錯乱し、恐慌し、目の前に居た多少の繋がりがあった俺にしがみついてきて、それをなんとか安心させてやろうと手を握って、背を軽く叩いてやって──
うん、待て。相当恥ずい事してないか、俺。
あんな状況とはいえ、弱ってる美少女なクラスメイトに縋られて錯乱でもしたか。それこそギャルゲかラノベの主人公かよ、現実に弱ってるとはいえ女の子いきなり抱き締めるとかそんな度胸持った男いねぇよ馬鹿かよとか思ってたら俺がその本人だったよファッキン殴りたい。しかも無意識だったってのが尚更恥ずい穴があったら突っ込みたい。
先程の状況での自分でも引くレベルにキザな行動を全力で貶しつつ、凄まじい自己嫌悪に襲われながらそんな具合にガンガンと頭を柱に打ち付けていると、それまで苦笑していた和也が「そういえば」と思い出したようにニタリと笑って――
「で、どうだった?姫路の抱き心地は」
「……What?」
つい英語で返してしまった。
というか待て、それをなぜ知ってる。なんで知ってる。いや考えるまでもないかっていうかもう可能性は一つしかない訳で。
「……見てたな?」
「おっとなんのことやら」
「隠す気ねぇなお前!?」
動悸が酷くなっていく体をなんとか抑えて、現状を把握する。つまりはどういう事だ、あの光景を和也に覗かれていたという事はつまり、交友ネットワークが広い和也という広大な荒波に誰にも見られたくない秘密の宝を放り込んでしまったようなもので――
「拡散すんなよ!?いいか、絶対だぞ!?」
「そこまで熱烈なコールをされるとつい拡散したくなるじゃないか」
「ざっけんなぁ!」
あの衛兵が変に笑顔だったのはテメェが理由かぁっ!
と内心で叫びつつ、さらなる羞恥に襲われる。ヤバい、明日からどんな顔して姫路に会えばいい。友達認定したばっかで顔も合わせらんないとか不甲斐ないにも程があるぞ畜生和也め余計な真似をしやがる……っ
人の部屋を覗くとはなんと趣味の悪い奴か。
「ちなみに覗く提案したのはその時隣に居た八重樫と山口な。そりゃ姫路の泣き声とお前の声が聞こえたら多少は気になるだろ」
「両方そこそこ顔広い女子じゃねぇかさようなら俺の集団生活!」
「いやぁ、あの二人はいい反応してたなぁ。二人して顔真っ赤にして満面の笑みで『キャー』とか小声で……」
「やめろぉっ!聞きたくないっ、聞きたくない!」
顔をブンブンと降って現実から目を逸らし続ける俺を笑うだけ笑うと、和也は「弄るのはこれぐらいにしておいて」と話を切り、笑みを引っ込めて次の話を切り出してきた。
「で、能力は確認したか?確か『収納』だったろ」
「……あ?あー、そういやまだ使ってねぇな……全員にストレージみたいな能力があったら完全にクソだぞこれ」
「安心しろ、流石にそこまで便利な基礎スキルは誰にも与えられてない」
和也のフォローにボヤきつつもステータスを開き、その中身を確認する。相変わらずその中身はボロボロのクソステであり、唯一SSランクに届いている『知力』も魔法が使えないので意味がない。ふざけてんのか。
ちなみに和也曰く、他のクラスメイト達は全ステータスはどれだけ低くともC以上らしい。しかもそれぞれが何かしらチートな能力持ち。スキルは少なくとも三つあり、全てある程度レベルが高いという。それと比較すれば、如何に俺がクソステなのかが分かる。姫路の異常さも分かる、見た感じスキル確実に30以上はあったぞ。しかも固有スキルらしきものも結構あった、最強かよ。
まあ彼女の本音を聞いた後だと、そう言って持ち上げる事もあまり気が引けるが。
どうやら魔法や体の動かし方なんかは、スキルに対応して体に染み付いているらしい。固有能力の方も同じらしく、直感で使い方が分かるのだとか。
スキルの方は一つたりとも持っていないので実感など湧くはずもないが、『収納』の方はなんとなくだがその使い方も分かる。近場のテーブルに置かれていた羽根ペンを取って、空間に扉を接続するイメージを脳裏に思い描く。
馬鹿みたいにだだっ広い世界を認識し、その世界の『穴』をこの世界の空間の切れ目に繋ぎ合わせるように、その門を開く。
「『収納』」
突如、ノイズのような、何色とも取れない『それ』が開く。
手のひらサイズ程の『それ』は羽根ペンを握るその手の下でその口を開けており、その手を開くと羽根ペンは吸い込まれるように『それ』へと消えていく。脳裏に意識する世界に羽根ペンの構成概念が沈み、解けて、溶けた。しかし確かにその存在は感じられ、失われる事はない。
そのいかにもファンタジーな光景に息を呑みつつも、しかし浮かれてはならないと思い直す。これはあくまで性能の確認だ、浮かれて何か大切な要素を見逃してもいけない。
再度、脳裏に浮かぶその広大な世界から、たった一つ存在する概念を集わせる。物質を構成し、存在を付与し、今一度この世界に顕現させる。
キーワードは要らない。ただ、想うだけ。
「……おぉ」
隣で見ていた和也が、感嘆の声を漏らす。
新たに現れたノイズから羽根ペンが浮き出て、広げた手のひらの上にしっかりと質量を持って落ちた。
成る程、チートという程ではないが確かに便利だ。藤堂達の言う通りなのは癪だが、荷物持ちとしてなら尋常ではない程適している。馬車も何も要らず、ただ俺一人がいれば恐らくはこの世界に何もかも仕舞ってしまえる。本当にこの『穴』の先に感じられる世界は、驚く程広大なのだ。
但し、戦いに活かせるとは言ってない。
やってみた感じだと、この穴を広げられるのは自身が認識できる範囲全般のようで、遠く離れた誰かに収納した物を渡す事もできるようだ。これを転用して某英雄の王のように中身を射出できないものかと試してみたが、確かに勢いを付けて撃ち出す事はできた。けれども、その勢いも一瞬で衰え、重力に従ってすぐに落ちてしまうのだ。やはりそう甘くもない。
ただ、門の複数展開や、途中まで出して待機、もしくは再収納というのは出来るようなので、見た目だけならG○Bごっこも出来るようだ。ただし今は中身がすっからかんなので、展開する宝物がそもそも無い。というか、そんなものあったらウチのチート勇者達に配布されている。
一応使える使えないは別として、スキルを持たない俺に護身用として持たされた直剣は中々の業物のようで、柄にはなにやら豪華な意匠が施されている。こんな素人に持たせる剣としては些か過度ではないかとも思ったが、王族としての立場上、如何に無能といえど召喚した勇者に与える物を出し惜しむ事はあってはならないそうだ。そう言われてしまえば、王族の苦しみなど分からない俺にそれを拒める度胸はない。
まあ、他の剣士型の勇者'sに渡された武器は、業物なんてレベルではないようだが。なんだ抜き身の時は常に雷だの炎だの纏ってる剣って、ファンタジーかよ。ファンタジーだったわ。
当然、そんな武器が配給されているという事は衣類も配られており――
「やっぱどうしてもコスプレ臭くなるよなぁ」
「まあその辺りは仕方ないわな」
和也が纏っていたのは、これまたやたら豪華な騎士服に軽鎧だった。
騎士服はマントを含めて全体的に青を基調としており、少しばかり動きにくそうではある。が、着ている和也曰く体操服並に動きやすいらしい。軽鎧の方も適度に体を守りつつ、その動きを阻害していない。腰のベルトに吊られた剣もやはり魔剣のようなものらしく、どうにも持ち主に風の加護を与えるのだとか。ステータスを見た限りスピード型らしい和也にはピッタリな剣だろう。
対して、こちらは。
「……違和感が無いのが辛い」
「ま、まあ余計な装飾が無い分、動きやすいんじゃないか?」
素材は確かに高級そうだが、金のラインが入った、真っ黒な上半身のみ且つ半袖のボディスーツ。少しゆったりとしたジーンズに似た色合いのズボンに、裾の長い、細やかな赤い柄の装飾の施された黒の腰布。更には、所々に鉄板が散りばめられた革のブーツ。そして、先ほどのなにやら豪華な剣を腰のベルトに吊っている。
確かに向こうで着るなら少々違和感はあるが、剣さえ除けば普段着で通してもまあ信じられる程度だ。ファンタジーさは薄れるが、動きやすいのは良い。
オマケとして、幸運の祝福が施されているらしい透き通った翡翠色の宝石のブローチを貰った。
……おい、偉いさん方。哀れむんじゃねぇ。
とりあえず試しに着てみたが動きに支障は無し、十分に動けるだろう。明後日から始まるらしい訓練でもある程度の動きは出来る筈だ。
確認を終えて用意された部屋着に着替えた俺達は、そうして明日にあるらしいの歓迎会に備えて、眠る事にした。
◇ ◇ ◇
割とリアルに、昨日の自分をぶん殴りたい。
と、そんな思考が頭をよぎったのは、歓迎会の最中に一部の女子達に無理矢理連れ出され、人気の無い廊下に立たされていた時だった。普段ならばこんな5、6人の女子に囲まれるなんて予想だにしない状況にテンパり、ロクに話も出来ない所だったのだろうが、今回は生憎とその原因も分かっている。というか、女子達――昨日の光景を覗いていたという八重樫、山口がそこに混じっていた時点で、すべて察した。
マズい。ただひたすらマズい。この色恋沙汰に飢えた肉食系女子共、完全に目がイってやがる。
「ねぇ、五十嵐君って姫路さんと付き合ってるの?」
「付き合ってないです」
即答。
事実だ。昨日はただお互い話し合える友人になっただけ、あの状況で色恋なんて不純な動機だったらもう完全にクズだ。ああそうとも、完全にクズだろうさ。例え強く手を握られて、縋りつかれてそれを抱き締めたなんて状況だったとしても姫路は本気で悩んで苦しんでた訳であって、俺も必死過ぎて余裕が無かったからあんな行動になった訳で、そこにそんな余分な感情が入ってくる余地は──
「えー?でも昨日も抱き合ってたし、今日の歓迎会でも姫路さんの方をチラチラ……」
「ああもうそうだよ付き合っては無いけど好きだよ悪いかっ!」
そりゃこれまで完璧超人で格上も格上だと思ってた理想の子が、実は心の奥の方にちゃんと人間らしい部分もあって、普段とのギャップも加えて友達宣言の時のあんなとびきりの笑顔見せられたら誰だって落ちるわ。俺だって落ちたわ。
これまでは完全に別世界の存在だと思っていた相手が、やっと同じ世界に居るんだって分かったんだ。そりゃ惚れもする。悶えていたのだって、あの時こそ姫路も笑ってくれていたが、後々になって冷静に考えるとかなりキザでアホなギャルゲー主人公(笑)みたいな言動で引かれるんじゃないかとか心配な節もあったのだ。
顔を真っ赤にして廊下の壁に頭を打ち付けていると後ろから「キャー!」などと野暮な声も上がっており、尚更恥ずかしくなった。っていうかコレ絶対
「まさか姫路の方にも行ったんじゃないだろうな……!」
「そりゃ行くわよ。めちゃくちゃ顔真っ赤にして恥ずかしがってたから、話どころの騒ぎじゃなかったけど」
「あぁぁぁーーーーっ!どんどん集団での居場所が無くなっていくーーっ!?」
「昨日はキュンと来ちゃったわ……必死に縋り付いてくる姫路さんに、『俺はここに居る、大丈夫だから』なんて……カッコいい事言うじゃない」
「やめろぉっ!?頼むから黒歴史を掘り返すなぁっ!」
何度でも言う。昨日の俺、馬鹿じゃねぇの!?馬鹿じゃねぇの!?馬鹿じゃねぇの!?馬鹿じゃねぇの!?なんだ!?厨二病ってヤツか!?ラノベなんかのハーレムモノ主人公に憧れたか!?それがあの状況で自然と出てくるとかふざけんなよ!?寒いキザ野郎じゃ無いんだからさぁ!
女子勢の執拗な追い討ちに絶叫しつつ悶え苦み、ブンブンと真っ赤に染まった頭を振る。ああ、風が気持ち良い……
そんな具合に何度目かも分からない自己嫌悪に押し潰され掛けていると、ようやく満足したらしく八重樫が「本題を言うとね」と切り出した。
「状況はどうあれ、五十嵐君はあんな事になる程度には姫路さんに心を許されてるって事でしょ?」
「はぁっ!?……あー、まあそうなる……のか?抹消したい記録過ぎてあの時の会話を鮮明には思い出せんが」
「私、姫路さんと同じ中学だったんだけどね?中学に入ったくらいからずっとあんな様子だったの。誰からも一線引いたような態度だし、中々人と関わろうとしない……っていうよりは、誰かと関わるのを怖がってるっていか……」
「あー……それもそうか」
また友達だった人たちを失い、また一人になるのが怖くて、彼女は誰とも関わろうとしなかったのだ。それが、あそこまで心を許されたというのなら――
「……光栄な事で」
顔を真っ赤にしつつもそう呟き、目を逸らす。こちらのそんな様子を見て苦笑する女子達を尻目に、前に出てきた山口が代表する様に口を開いた。
「だから五十嵐君、これから姫路さんの事お願いね?今の所姫路さんとマトモに話せるかもしれない人、五十嵐君しか知らないから」
これはまた、珍しいパターンだと内心で思う。
何でもかんでも当てはめるのはどうかとは思うが、よく知るクラス転移モノの内容にこんなテンプレは無い。それ以前に、俺がこれまで女子達は姫路を避けていたと思っていたのもあって、そんな事を考えていたのかと結構驚いていた。失礼ではあるが。
姫路の信頼的な意味では彼女達の期待に添えるかどうかはまるっきり分からないが、せめて友人として彼女の人生の後押しを出来るのなら、それも良いと思った。
「……あー、分かった。なるべく気をつけとく」
「ならよし!」
俺の返答に満足気に頷いた八重樫が、「じゃあ、よろしくね」と手を振りつつ歓迎会に戻っていく。女子達もそれに続き、廊下には俺一人だけが残された。嵐の様に過ぎていった状況を振り返り、しかし把握しきる事も出来ずに座り込む。真っ赤に染まった顔を押さえて天井を仰ぎ、羞恥から来る冷めぬ熱を冷やすようにかぶりを振った。
一人しか居ないシンとした廊下に、静寂が満ちる。
「――あぁもう!」
未だ胸の内に残る気恥ずかしさを紛らわす為に、とりあえずはコッソリと『収納』していた唐揚げらしきモノを取り出し、口の中に放り込んだ。
……意外と熱くて舌を火傷した。馬鹿め。
次回からようやく異世界らしくなります。Don't来い戦闘描写