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第35話『四黒』

お久しぶりです&すいませんでしたーーーっ!!!

「――っ!」


 馬車の御者台に腰掛けた男は、ただひたすら手に持つ手綱を強く握りしめて、夜の街道を走っていた。


 柱の上に設置された大型のランプが真夜中の闇に包まれる一本道を照らし出し、しかし男にはその光が酷く鬱陶しく感じられる。何故ならば己を照らすその光は、自らの位置をご丁寧にも知らせる照明になっているからだ。人知れず逃げ出したい男からすれば、邪魔以外の何物でもない。

 しかし生憎と、道はこれ以外にない。この辺りの真っ暗闇の道といえば、街道から外れた路地だけだ。しかしそういった路地では馬の目は働かず、ましてや衛兵なんかよりも遥かに『恐ろしい者』に狙われる可能性だって高い。故に彼はわざわざ衛兵に見つかるリスクも冒して、こんな正道で馬を走らせているのだ。


 完全な真夜中故に、出歩く者はまず居ない。基本的には夜中に出歩く事は自殺行為とされており、いくら整備された正道といえどもその危険性が無いとは言えないからだ。精々ごく稀に衛兵が見廻りに来る程度だが、運のいい事にまだ見つかっていない。


 早く、早く、早く。

 ただそれだけを願って、彼は馬に鞭を打つ。


 ――と。


「到着、っと」


「ーーッ!?」


 不意に、荷台から声が聞こえた。

 途端に男はその顔を真っ青にして振り返り、そこに積み込まれた『ブツ』の前に立つ異様な男の姿を見る。


 見ない顔だ。そもそも黒髪黒目など生まれてこの方見たことも無い風貌であるが、最も異様なのはその体だ。ローブで囲ってはいるものの、その下の機能性シャツから伸びる右腕には所々漆黒の痣が浮かんでいる。手の甲は指貫グローブで覆われており、その下には包帯が巻かれていた。

 そして左腕は、その漆黒の痣で完全に覆い尽くされている。浅黒い肌なんてレベルではなく、文字通りの漆黒だ。それ以外の部位は普通の肌色であるが故に、その異様さがさらに際立ってくる。どうやらその左腕を覆う痣はかなり広い範囲に広がっているらしく、首を伝って頰辺りにまで広がっていた。

 紺色のズボンの上からはこれまた漆黒の腰布が巻かれており、馬車の中に入り込んでくる突風にバタバタと激しくはためいている。その布には高級そうな意匠が縫われており、男の服が所々破れてさえ居なければ、何処ぞの物好きな貴族かと見紛えたかもしれない。


 いや、呑気に見ている暇はない。何故だ、いつバレた?何処から入ってきた?周囲には細心の注意を払って来たはずだ。見つかる可能性がある事は覚悟していたが、まさか知らぬ間に乗り込まれているとは思わなかった。


 咄嗟に腰のポーチから簡易魔導捕縛石を取り出して、男に向かって投げつけようと振りかぶる。が、寸前に手が動かない事に気が付いて、全身から冷や汗を吹き出した。


「……捕縛、完了」


「おし、さんきゅ。エマ」


「……どういたしまして」


 いつの間にか御者台に座る男の真横に来ていた銀髪紅眼の少女が、その指先を男の背に当ててその体に青白い輝きを纏わせている。体には同色のラインのような何かが浮かんでおり、その輝きは男の魂に直接作用してその行動を阻害していた。クロはまだソレを使い始めてそう経っていないので、そんな器用な真似が出来る訳もない。極限まで薄めたものとはいえ、ずっとソレを使い続けてきたエマだからこそ出来る芸当だ。


 今や男は、自ら脱力する事もままならない。


 その力の名は『禁術』。クロのように『源流』のモノではないが、それでも十分過ぎるほどに強力な大禁呪。己が体に纏えば劇的に身体能力を高め、他の魂にすら作用する禁忌の術式。かつて『最低最悪の魔王』が編み出したとされる、魔力を用いない呪いの法。

 その代償として使用者に降りかかる侵蝕は、しかし彼女の極限にまで薄められた『禁術』ではその進行も遅い。


「王城への無断侵入、及びBクラス資料の持ち出し。そこまで出来る腕は凄いと思うけど、最後にヘマしたな」


 クロが手に持った資料に眼を通しつつ、エマの禁術によって自由を奪われた男を一瞥する。勿論ながら馬の制御はエマが代わりに行っており、その進路はUターンして王城に逆戻りだ。もう少しその腕を別の正しい事に使っていれば、また違っただろうものを。


「……くそッ、なんなんだよテメェら……!衛兵じゃねぇな……?俺に何しやがった……っ!」


 体を動かせなくなって呻く男が、クロの方を睨み付けて悪態を吐く。『一応は』機密事項ではあった為答えるわけにはいかないが、一応もう片方の問いには荷台に積まれていた機密資料の束を確認しつつ、答えておく事にした。『禁術』の効果も永遠に続く訳ではないので、腰に巻きつけていたポーチから捕縛用の縄を引っ張り出し、男の前に掲げながら口を開く。


「ただのアルバイト」




 お前(評価規格外)のようなアルバイトがいるか。






 ◇ ◇ ◇






『特務』――なんて大層な名前ではあるが、要は未だこの世界に慣れていないながらも強い力を持った俺達に、失敗しても構わない依頼を回してくれるように頼んだ、要するに訓練用の依頼だ。正式名称は『ギルド認定特別訓練任務』。俺達が例えミスをしたとしても、あのまま道を進んでいれば街道を固めていた衛兵に捕まって終わりだった。故に、成功すれば多少の報酬金が貰える程度。


 が、その程度でも丁度良い。街からの正式な依頼の為に交通費もあちらで用意してもらえるし、帰りも無論送って貰える。一応ある程度の用事が終わればこの城下町を訪れるつもりであったが、まだアルカナラの仕事も残っている。それまではあの村を拠点とするつもりなので、そのままここに留まると言うつもりはない。


 あくまでここに来た目的は、これまで集落の中でしか暮らしてこなかったエマ共々、仕事を通してこの世界に慣れるためだ。


 が、当然ながらこれでは魔王の刺客といった相手に対する訓練などにはならない。そちらに対する訓練は、ブルアドに頼んで了承してもらった。彼は冒険者でこそないものの、こちら(地球)の世界でも有名な『吸血鬼(夜の帝王)』だ。その力はこちらでも変わらないらしく、彼自身相当な力を有している。


 ブルアドはどうやら相当強力な力を持つ魔族らしく、昔はかつて存在したとある国の軍に所属していた事もあったのだという。しかしながら魔王によって魔界全土が統一され、国の垣根が消滅して以来、現役を退いたのだとか。


「……うむ、確かに盗難された資料は全て揃っている。依頼完了を確認した、依頼書は持っているかね?」


「ええ、勿論……っと、あったあった。これで良いんでしたよね」


 再びポーチから依頼書を取り出し、騎士甲冑を全身に纏った男に差し出す。

 彼が唯一肌を晒している頭は浅黒く、その耳はやはり魔族特有の長めのものだ。額からは、浅黒い肌とは反対に真っ白な角が大きく伸びている。

 彼はこの街を統治する大貴族ウパムの専属騎士団、その騎士団長を務めているそうで、鍛え上げられたその体と、カッチリと着込まれた漆黒の鎧はまさに『騎士』といった風貌だ。その手に持った同じく真っ黒な大槍は相当年季が入っており、塚の所々には刀傷のようなものも見受けられる。流石に刃の部分は手入れされているのか、傷一つ見当たらないが。


 男は受け取った依頼書に目を通すと、懐から印鑑(勿論異世界なので、印鑑『みたいなもの』ではあるが)と朱肉(以下同文)を取り出して、達成証明の判を押す。後はこの依頼書をギルドの受付まで持っていけば、依頼書と報酬を交換して貰って任務完了だ。


「……それにしても、鮮やかな手際だった。見た事もない術式のようだったが、彼女は『適正』持ちではないのだろう?」


「地方の秘術みたいなもんでして。詳しい事は企業秘密で頼みます」


 隣でエマがピクリと反応したのを隠しつつこちらが苦笑して言うと、男は一瞬訝しむような目を向けてきたが、すぐにふっと笑ってパンと手を叩いた。それと同時に屋敷の奥の小さな扉が開き、白銀の子竜が凄まじい勢いで飛び出してくる。


「ぴぃぃぃぃぃぃぃっ!」


「っ、とと。待たせたなナイア、お前ちょっとデカくなったか?」


「ぴぃっ!」


 突っ込んでくるナイアをしっかりとキャッチして、その口先をこちらの口元に触れさせてくるナイアを丁寧に撫でてやる。ナイアは心地よさそうに身をよじると、そのまま腕の中から肩に登り、いつもの定位置に着いた。エマが頰を緩めてその背を撫でると、ちろちろとその舌先を真っ白な指に触れさせた。


 今回の依頼を遂行するに当たって、流石にナイアを隠密任務に連れて行くわけにもいかず、ナイアの世話は彼らに任せていたのだ。その分の金額は無論ながら給金から差し引かれてはいるものの、精々全体の2割といった所である。子竜一匹の面倒を見る程度なら、大した労力は要らないのだろうか。


 当初、子供とはいえ一応は竜種であるナイアを預けるのは大丈夫なのかと心配していたが、子供のうち、加えて人に懐いているのであればだが、別に預かるくらいなら構わないそうだ。ナイアは基本的に人懐っこい為に誰かに手を出すという事はなかっただろうが、やはり何か粗相をしていないかなどは少し不安になる。


「良い竜だな。子供の身だというのに、人に迷惑を掛けず、きちんと加減も弁えている」


「へぇ、お前そんなに良い子だったっけ」


「ぴっ!」


 冗談交じりにナイアの額あたりをつついてやると、心外だとでも言いたげに腕の中から抗議の声を上げてくるナイア。そんな可愛らしい銀竜を存分に撫でてやりつつナイアが出てきた部屋に視線を向けると、何やら桃色の髪を持つ見慣れない少女が、ドアの端からひょっこりと顔を出してジッとこちらを見つめていた。


 正確には、俺の腕の中にくるまって顔を擦り付けてくるナイアを、か。


「……あの人は?」


 隣からエマがチラリと視線でその少女を指すと、騎士もそれに気付いたようで少し目を見開き、驚いたように息を呑んだ。


「……む、お嬢様が客人の前で顔を出すとは珍しい。あちら、この屋敷の主人であるエイリーク・ウパム様の御息女、アイリーン・ウパム様だ。少しばかり臆病な方で、普段は部屋に閉じ籠って居られるのだが……」


  言われて見てみれば確かに少女――アイリーンの服装は、貴族らしい豪華なドレスだ。が、桃色の髪から覗く空色の瞳は不安げに揺れ、オドオドとしたその態度はあまり貴族らしくはない。しかしまあ見たところ歳も10歳前後なのだから、貴族といえどもそんなものか。

 ナイアも彼女の視線に気付いたのかくいっと首を傾げると、彼女を呼ぶかのように一つ大きめの声で鳴いた。


 突然ナイアに呼ばれたアイリーンはビクッと体を震わせると、おそるおそるといった風に歩み出てくる。ナイアも嬉しそうに俺の腕から飛び立つと、彼女の周りをくるくると回り出した。

 アイリーンも頰に笑みを浮かべてナイアに手を伸ばし、それを察知して動きを止めたナイアの銀鱗を優しい手つきで撫でる。


 もしや、預かってもらっている間に仲良くなったりしたのだろうか。


「お早う御座いますアイリーン様、もしやそちらの子竜と接触を?」


「お早う御座います、ライウッド卿。この子……ナイアと言いましたか、昨夜廊下を歩いているとばったり遭遇しまして、少し遊んだのです」


 少し声は小さいながらも、やはり専属騎士というだけあって見知った仲なのだろう。貴族の娘らしい口調で話す落ち着いた少女の姿は、確かに上品さを感じさせる立ち振る舞いだ。

 ちなみに依頼の遂行は夜中だったので、ナイアを預けたのは昨日の夕方。誰しもゆっくりと寛ぎたいであろう夜中にナイアと廊下で遭遇したという事は、結構自由な行動が許されていたのだろうか。というか平然と他人の家を徘徊するとは、この竜結構ふてぶてしいな。


 ナイアをうっとりとした表情で撫でていたアイリーンはこちらの視線に気付くと、「あっ」と小さく声を漏らし、すぐに佇まいを正した。


「し、失礼いたしました。私、ウパム公爵家次期当主、 アイリーン・ウパムです。クロ様にエマ様ですね、お話は伺っておりました」


「ご丁寧にどうも、五十嵐(イガラシ)久楼(クロ)です。ウチの竜が世話になりました」


「……?エマ、です」


 名前を知られているのに名乗った俺へエマが不思議そうな顔を向けたが、「苗字はまだ言ってなかったからな」と補足すると納得したような顔を浮かべ、続いてぺこりと頭を下げる。

 アイリーンも流石に様になった礼を見せると、腕の中に収まったナイアを優しく撫で、一つ思いついたように提案した。


「そうだ。折角ですし、お上がりになってくださいな。お茶菓子も御座いますし、少しお話ししませんか?」


「あ、アイリーン様!?」


 アイリーンの提案に騎士が動揺したように声を荒げ、何事かとでも言いたげな目を彼女に向ける。彼ほどでは無いが驚いたのはこちらも同様故に、騎士へ「どうしたのですか?」などと無自覚にも言っている彼女へ問いかけた。


「構いませんけど、どうしてまた?」


「その子ともう少し遊んでいたいというだけの、ささやかなわがままです。どうかお付き合いくださいな」


 照れ臭そうに頰を掻いてそう言うアイリーンは、小走りで奥の部屋へと向かっていく。困惑してエマと顔を見合わせてみるも、特に何か分かるわけでも無い。返された依頼書を丸めてポーチに戻して、彼女について行く。

 艶やかな髪を揺らして応接間らしき部屋の椅子へと座るアイリーンに促され、こちらも反対側のイスに腰掛ける。


 依頼の受託は書面で行ったのでこの館に入るのは今日が初めてだが、さすがは貴族と言うべきか。高級そうな装飾で飾られた部屋は気品があり、ただ座っているだけでも俺の庶民的感覚では息が詰まる。それはエマも同様らしく、少しばかり緊張している様子だ。


 ……ナイアは全く意に介した様子も無いが。


「……ん、これは」


 机の上に視線を向けると、一枚の資料が目に留まる。それを手に取って見てみると、記憶通りならば、魔物の生態を記載している図鑑なんかと同じ形式で情報が記されている。タイトルは――


「……黒妃(こくひ)?」


 聞きなれない種族名に首を傾げていると、それに気付いたアイリーンが「ああ」と目を細めた。


「聞いた事はありませんか?Lv5危険指定魔族……『真祖龍』、『最低最悪の魔王』、『日蝕』と並ぶ、アルタナ最悪の四体、『四黒』の一角です」


 ……うん?


「『四黒』……?」


「……神代に現れた『最低最悪の魔王』と、それを縛る三つの鎖。不死身の真祖龍、災厄の日蝕、霧散の黒妃…魔界では、すごく有名な話」


 エマが横からそう補足して、俺の手にある資料をひょいと覗き込む。ただ、魔力を通して読み込めるギルドカードやステータスウィンドウとは違って、この資料はただの紙だ。ナタリスの集落に文字が流通していなかった以上、エマにもこの資料は読めない。転移者特典で言語自動翻訳能力を貰っていなければ、これまで何度詰んでいた事か。


 違う、そこはいい、そうじゃない、今確認すべきはそこでは無く……


「『最低最悪の魔王』と、『真祖龍』は分かる……それと同格クラスが、まだ二体居るのか……」


「ああいえ、現代に残っていた『四黒』は、『真祖龍』と『黒妃』のみです。前者はクロ様が倒されたと聞きましたし、現在残っているのは『黒妃』のみですよ……とは言っても、その単体でも壊滅級の被害が出ているのも確かなのですが」


 苦虫を噛み潰したような顔で呟くアイリーンの言葉で、未だ脳裏に深く刻み込まれた化け物の姿を思い出す。

 漆黒の巨龍。無尽蔵の力と無限の再生力を持つ、人智を超越した最悪の存在。命を賭して戦って、『禁術』などという過程をすっ飛ばしたチートを使って、更に尋常ならざる『幸運』に恵まれても尚ギリギリの勝利だった、あの戦い。


 あれはもう無理だ、二度と戦いたくない。あんなもの、ステータスが上がったからといって太刀打ち出来る相手ではない。『真祖龍』に勝てたのは、『真祖龍』の倒す唯一の方法であるクラウソラスと、『収納』の相性が良かったというだけの話。


 その偶然が、『真祖龍』の同格らしい『黒妃』とやらに通じるとも思えない。絶対に、戦うような展開は避けるべき――


 あっ、これフラグだ。


「……"ライウッド"、監視はありませんね?」


「勿論だ、"アイリーン"」


 唐突に、二人がその顔つきを変えた。


 先程の主従関係は何処へやら、お互いの呼び名から敬称を抜いた二人はそう確認すると、こちらへと視線を戻して神妙な顔つきを見せる。

 唐突な変化に何事かと身構えていると、アイリーンが不意にその頭を下げた。



「クロ様――『真祖龍』の討伐に成功した、『英雄』の誉れを持つ貴方に、お願いしたい事があります」



 まだ、災難は続くらしい。




なるべく更新します……(

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