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第33話『ナイア、やらかす』

 少しばかり冷たい外気が布団の中に滑り込み、ひやりと肌を撫でる。その無遠慮な隙間風に肌寒さを感じると同時に、微睡みに目蓋を重くしながらも腕の中に暖かな感触を感じた。寒さを誤魔化すようにその暖かさをもっと感じようと、『それ』を包み込むように抱き締める。

 ふわりと柔らかな香りが鼻をくすぐり、腕の中の暖かな感触がもぞもぞと……もぞもぞ?


 目を開ける。窓から差し込んでくる朝日に目をやられて一瞬視界が真っ白になるも、視力を取り戻してから腕の中にすっぽりと収まっている『それ』を見る。


「…………っ」


「……ごめん滅茶苦茶寝惚けてた」


 起きて早々顔を真っ赤にしていたエマに謝り、バッと抱きしめていた手を離す。丁度俺とエマの間に挟まる形で眠っていたナイア(元凶)がその衝撃で目覚めたのか、その白銀の鱗をしなやかによじりながらゆっくりと首を上げた。蒼い瞳が俺とエマを交互に見回し、すぐにベッドから降りた俺の肩に乗ってくる。呑気に欠伸しやがって。


 なんとか平静は装っているものの、やはり内心物凄い恥ずかしい。無論ぼんやりと人の心が分かるナタリスであるエマにはモロバレではあるのだが、一先ずは態度だけでも落ち着く事でお互い冷静になろうという思考であり決して認識したら羞恥でヤバいとかそういう訳ではない。改めて言うな頼むから。


『収納』からタオルと桶を取り出して、タオルを桶に放り込んで上から水を注ぐ。これまた『収納』から取り出したものだ。液体まで収納出来るというのは中々に便利だが、細かい調整が出来ないのでちょくちょく跳ねてくるのが玉に瑕だ。冷たい水の中に手を突っ込み、タオルを持ち上げて絞る。ひんやりと湿ったタオルを広げてから、寝ぼけた顔を拭った。


 頭を物理的に冷やす事によりようやく思考をクリアにして、水が溜まった桶をベッド脇のテーブルに置いておく。エマ用に新しいタオルを桶に浸けておいて、自分のタオルは『収納』に突っ込んだ。


 小っ恥ずかしくてエマの顔が見れない、くそ、なんだこれ。地球じゃリア充に程遠かった俺が好きな相手出来た途端にこれだと……っ?なんだこの安っぽいギャルゲーみたいな展開、リアルでこんな事あるとか予測出来るかよ。仕事しろ知力SS。


 少し外の空気に触れて冷静になろうとブーツを履き、よれた服を直す。エマに一言伝えて部屋から出ようとして、しかし。


「く、クロっ!」


 当のエマに呼び止められてしまった。結構勇気ありますねエマさん、俺マトモに顔見れないです。

 頰を引き攣らせながらも振り返り、ナイアの要望によって(ほぼ強制的に)一つ余っていた方のベッドに腰掛けるエマと目を合わせる。その顔はやはり恥ずかしさで真っ赤に染まっていたのだが、エマはそれでも微笑みを浮かべて、口を開く。


「……おはよう、クロ」


 ――おっと、ゴタゴタしていてすっかり忘れてしまっていたか。集落に居た時は一度も欠かさなかったのだが、こうも錯乱すると習慣に染み付いていてもド忘れしてしまうらしい。挨拶は大事だ。故に俺も自然と笑顔を浮かべて、言葉を返す。


「おはよう、エマ」


 その一言から、1日は始まるのだから。






 ◇ ◇ ◇






「ゆうべはおたのしみでしたね」


「はっ倒しますよアルさん」


 っていうかなんでソレ知ってんだよ。一言一句同じじゃねぇかふざけやがって、この様子から見るに何か事情があった訳でもないみたいだし、絶対狙ってやがったろ。くそぅ、やってくれる。


 互いにやっと平静を取り戻してからエマと宿のロビーのソファに腰掛けて談笑していると、しばらくしてアルカナラがようやく起きてきた。どうにも俺とエマは妙に早起きしてしまったようで、先程外の空気に当たりに行こうと外に出たら未だ日も出ていなかった。精々空が少し明るくなってきた程度だ。

 目はハッキリ覚めてしまっている為に二度寝する事も出来ず、一先ずはロビーに出てエマと色々と話していた訳である。案外、宿に泊まる冒険者らしき人達は朝が早いようで、俺がロビーに出た頃には既に結構な人数がロビーに居座っていた。


 ちなみにナイアはまだ眠たいようで、俺の肩に乗ってもたれかかるように眠っている。地味に重い。


「はっはっはっ、その割には一緒のベッドで寝てたじゃないか。随分と仲良いねぇ」


「なんで知ってんだよっ!?」


「おっ、敬語が抜けたな。それぐらいの方がやり易いしタメ口で良いぞ。……あと今のは出任せだったからな?まさか同じベッドで寝てるとは思わなかった」


「畜生やられたッ!」


 面白半分呆れ半分といった感じの様子で言うアルカナラに頭を抱えて悶える。シラを切っとけばよかったと遅過ぎる後悔をしながらもニヤニヤと笑うアルカナラを睨み付ける。おのれ孔明、イスカンダル連れてこなきゃ。


 そんな具合に茶番をしつつも『収納』からローブを二枚取り出して、片方を自身で羽織り、もう片方をエマに手渡す。アルカナラは暫く物資補給の為に村に留まる予定らしいので、その間に俺達は俺達の予定を済ませに向かうという訳だ。


 一応、収納の中に例のブツがある事を確認する。どういう原理なのかはよく分からないのだが、わざわざ取り出さずとも『収納』の中に何が入っているのか、それがどういった形なのか。そういう事がぼんやりと分かるのが収納の便利な点の一つであり、地味に思考まで圧迫してくる困った点でもあるのだ。

 そういった知識が膨大な量流れ込んでくる為、意識を収納から逸らそうとも思考が妨げられる事がある。容量があるからといって詰め込みまくるのも困りものだ。


 宿を出てからアルカナラとは別れ、俺とエマ、ナイアはギルドに向かう。時折ナイアがふらふらと何処かへ飛んで行こうとするのを呼び止めるのに一苦労したり、真祖龍を倒しただのなんだのでしつこく話を聞かれ、時間を食ったりしたが、そこは長くなってしまうので割愛しよう。


 まあそんな具合になんだかんだとありつつも、俺達はギルドに辿り着いた訳だ。


 ギルドの戸を開けて、ひっそりと壁際を伝って入り込んでいく。下手に騒ぎになっても面倒なので、こちらに気付いた訳知りの受付嬢さんには軽く会釈しつつ、物品鑑定受付の扉に滑り込んだ。


 速やかに戸を閉めて、一息つきながらも目の前にあるカウンターへと視線を移して――




『ソレ』を、見た。




「――あらぁ?お客さんかしら、珍しいわねぇ」


 野太い(・・・)声がカウンターの奥から響き、明らかに二メートルはあるであろうという巨体がゆっくりとその重い腰を上げる。異様な雰囲気を纏った『ソレ』はしっかりとした足取りでカウンターまでやってきて、そこに置かれていた大きな椅子にドッサリと座り込んだ。

 肩辺りまで伸ばされたウェーブの掛かった髪は薄紫色で、長い前髪から覗く瞳は黄金に輝いている。口の端には凶悪そうな牙が見えており、耳は他の魔族達よりも更に尖っていた。明らかに他と違う点は、この男──なんと化粧をしている。

 唇には紫色の口紅(確かこの世界に口紅はないので、口紅に似た何か)を差し、眉も無駄に綺麗な曲線で描かれている。そこいらの女性よりも遥かに化粧をし慣れた感の漂う男は、先程の言葉も考慮に入れれば直ぐにどんな人物かは理解できた。


「オネェキャラキターーっ!?」


「あらまあ、初めて会った相手に怖がられないのは初めてよ坊や。嬉しいわぁ」


 そういって口元に手を当て、無駄に優雅な仕草で微笑む巨漢は明らかにそこいらの冒険者よりもガタイが良い。その体から放たれる威圧感も、その紫色という毒々しいメイクも合わさってやたら威圧感を醸し出していた。エマが思いっきり俺の手握って震えてるじゃないか、オマケに真祖龍相手に一歩も引かなかったナイアが悲鳴を上げて後ろに隠れたぞ。どんだけだよ。


 よくよく見れば、そのやたらと華美な服装の胸ポケットにはバッヂが付いており、ギルドプレートに似たそれにはなにやら彼を表すのであろう言葉が書かれていた。


『魔界冒険者ギルド、ワクタナ村支部物品鑑定受付担当・ブルアド・ツェルペス』


 成る程、彼が例の物品鑑定受付という事らしい。いやまあオネェキャラはラノベなんかでは大概いい人だったりするので俺としては是非とも仲良くはなりたい所なんだが、せめて心の準備くらいはしたかった。おのれハレルヤ、妙にここの紹介をする時に様子がおかしいと思ったらこういう事か。


「……ハレルヤさんの紹介で来ました、イガラシ・クロです。一応話はハレルヤさんが通してくれているとの事だったんですが」


「あぁ、ハレルヤが言ってたクロ君って貴方の事だったのね。あらあら、結構イイ男じゃないの。そっちの後ろに隠れちゃってる可愛らしい子はガールフレンド?」


「そ、それに関してはかなり複雑な事情にあるので、なるべく追求しないで貰えるとありがたい」


「……エマ、です……」


 ナイアと共にガタガタと震えて半泣きになりながらも、エマが掠れた声でブルアドに名乗る。ナイアも小さな声で「ぴ、ぴぃ……っ」と力なく鳴いていた。いや待て二人(?)して流石に怖がり過ぎやしてないだろうか、確かに威圧感は凄いけど震えるほどじゃないだろう。

 などと困惑しつつも二人を宥めていると、当のブルアドが「仕方ないわよ」と助け船を出してくる。何かまた魔族的な理由があったりするのか。


「アタシ達ヴァンパイア族は、女の子にとっては天敵みたいなモノですものねぇ。大丈夫よん、取って吸ったりしないから」


 その最後に付けた一言で更にエマが顔を青くし、俺の腕に手を回してギュッと抱きついてくる。相当怖いようでその体は生まれたての子鹿のように震えており、胸が腕に当たってるだとかそんな下心も自然と失せていった。一先ずエマを落ち着かせるのが先決と、その震える背を撫でてやる。というかヴァンパイアなのかよ、道理でやたら牙が鋭いなと。


 そんな様子を見てあらあらと頰を緩ませるブルアドに苦笑いで返しつつ、一先ず刺激してやらないように頼み込む。ブルアドは「分かってるわよ、先にお仕事しなきゃね」と一つ指を鳴らした。それと同時にカウンターの前に光が集い、透明な結晶体が二つ椅子の形となって出現する。まさかこれ魔力の物質化かよ、『ライヴ』の劣化版を人工的に作ってるようなもんじゃねぇか。地味に強くねぇかこの人。


 促されるまま席に座り、収納の中から例の宝玉を取り出す。右腕は怯えてしまったエマによって塞がれている故に、『禁術』によってドス黒く染まった左手で出さざるを得ない。恐らくはハレルヤにもその辺りの事情は幾らかだけだが伝えているので、下手に追求される事もないだろう。


 と、思っていれば普通にブルアドは俺の左手を見て驚いたように目を開き、直ぐに俺の顔を見てきた。


「……源流禁術を、こんなになるまで使ったのね」


「……おっかしいな、ハレルヤさんには源流とかその辺は話してなかったはずなんだけど。何処が機密事項……!?」


 村の外では秘密にされてるだの何だの言ってた割にはやたら知られてないか禁術。キルアナはまだ色々と謎だから分かるにしても、流石にギルドの物品鑑定受付の人がここまで訳知りなのは解せぬ。実は秘密にしてると思ってたのはナタリスだけで、外じゃ知識だけならメジャーでしたなんてオチじゃないだろうな。

 そんな俺の疑問に答えるように、ブルアドが自身の胸のバッジを取って裏返し、俺の前のカウンターに置く。それはどうやら彼のステータスらしく、そこに書かれていた年齢は――何とびっくり、6950歳。桁違いなんてレベルじゃねーぞ。


「これでもヴァンパイア族だからね、長生きなのよ。長く生きていれば、それだけ色んな知識も入ってくるわ」


「そういう問題ですか……」


「そういう問題よ」


 駄目押しのように俺の言葉を使って言ってくるブルアドに頰を引き攣らせ、彼の前のクッションが敷かれた台に宝玉をセットする。彼は小さく「ふむ」と一つ呟くと、横に置いてあった小道具箱の中からルーペを取り出し、宝玉をジッと観察し始めた。光に当てて回したり、時には軽く指で突いたりと色々としていたが、一番衝撃的だったのはいきなり宝玉にキスした事だ。彼自身はそれで何か得心がいった様な顔をしていたが、俺から見ると何もかも全くわからない。いやまあブルアドが分かればそれで良いんだけれども。


 そうこうしている内にブルアドが台に宝玉を戻し、考え込むように口元に手を当て、何事か唸り始める。どうやら邪魔をすべきではない雰囲気だった事もあり黙っていると、不意にこれまで震えていたナイアがピタリ止まり、その宝玉に目をやった。


「……ナイア?」


「ぴぃ」


 俺の呼び声に反応したかの様に小さく鳴くも、やはりその視線は宝玉から逸らさない。急にナイアは俺の肩から飛び降り、宝玉に首を近づけて、その口先を宝玉に当てた。


 それと同時に。




 シュウーーーッ!




 と、そんな蒸発でもしているかの様な音を立てながら。


 ──宝玉が、消滅した。







「いや待て何したバカ(ナイア)ーーっ!?」

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