第32話『待て、あわてるな、これは孔明の罠だ』
おおう、ちょっと待ちたまえ。今明かされる衝撃の事実多過ぎんだろ、何処ぞの真ゲスかよ。
え、何?魔王が人族?全然魔族の王じゃねぇじゃん、人間じゃん、いや待てどうしてそうなった。というか人間が率いてる魔王軍ってそれでいいのか魔族、なんか色々とそれでいいのか。
そんで魔王、人族ならなんで魔族率いてんだよおい、アレか。ラノベ的展開でよくある"人間に手酷く裏切られたからその復讐に"って奴か。勝っても領土も奪えないのに挑むのは魔族の誇りを守る為、みたいな解釈だった俺はまたも盛大に空回りしていた訳だ。恥ずかしい。
ってか人族で評価EXとか相当じゃないのか?地球出身のチート軍団の中でも姫路ぐらいしか居ないだろ規格外なんて。
「……初耳、おじいちゃんはそんな事言ってなかったのに」
「基本的には秘匿事項です、魔族から反感の声が上がる可能性がありますので。しかし人族であるクロ殿と、彼と共に行動する貴女であるならば明かしても良いと判断しました」
極めて冷静に言ってみせるハレルヤからは、全く他意は感じられない。人との駆け引きなどほとんどした事も無いコミュ症が言おうが全く信憑性は無いのだが、それでもその言葉は本心からのものだと信じさせる力があった。
いやまあ一応大陸縦断の為に慎重になっている故に一応注意を払っていただけで、この老人に何かやましいものがあるなど欠片も思ってはいないのだが、それでも一応確認すべき事はある。
「そんな秘匿事項を、言っちゃ悪いんですが、こんな北も北にある辺境の村のギルドマスターがどうして?」
「これでも昔は、少しばかりはしゃいでいた時期があったのですよ」
言ってハレルヤが取り出したのは、俺とエマも持たされたギルドプレート。その真ん中には横一文字の傷が入っているが、しかし彼のステータス――どうやら今のステータスではなく、傷を入れた時点で更新を止めた過去のステータスのようだ――は、そこに記載されていた。
レベルは113、総評はS。エマには劣るものの、しかしギルドの人達含む全体から見れば十分過ぎるほど十分に強いステータス。そこに並ぶ無数のスキル群はそのどれもが高いレベルであり、相当な経験を積んできたであろう証拠がしっかりと残されていた。
「年をとって衰えたにも関わらず、調子に乗って油断をしましてな。大切な相方を亡くしました。以来引退して、こうして裏方作業に徹してきた結果、今の立場に収まった訳です。魔王については、その頃のツテから知りました」
「……悪い事聞きました?」
「話を飛躍させたのは私です。不幸自慢をしたい訳でもありませぬ故、軽く聞き流して下さい」
軽く微笑みを浮かべるハレルヤの顔には、少しばかり憂うような表情が浮かんでいた。きっと余計な時間を取らせないために質問される可能性のある事を先に言っておいたというだけの話なのだろうが、それでも少しばかり罪悪感は湧く。
成る程、一先ずは理解した。出揃った情報は『この村の住人が怯えていたのは『真祖龍』の復活が原因』『魔王は人族であり、《最低最悪の魔王》とは基本的に無関係』、これは未だ半信半疑ではあるが『俺の前世が《最低最悪の魔王》である』という事。
さて、ここまで聞けば後は人界への帰還に関する情報のみ。至極簡単な問いだ。
「……んじゃあ最後に。魔界から人界まで……いや、大央海を『俺達が』渡る手段は、ありますか?」
「……正直難しくはありますが、なくはありません」
魔界から人界に渡る為には魔界を縦断して最南端に行く必要があるのだが、その後に大央海を渡る必要もある。その間に一切の『陸』はなく、魔界の全長と同じくらいに長い海を一度に渡らなければならない。
流石にそんな距離をこのファンタジー世界故に文明の遅れた船で渡るなど、時間も掛かるし危険もある。それ以前に船すら出ていない確率の方が高いし、唯一船を出せる可能性があるのは魔王軍だ。忍び込むのはかなり無理臭い。
明らかに化け物ステータスな俺やエマを見つければ魔王軍がタダで返してくれるとも思えないし、魔王軍に楯突く存在とでも取られれば全面戦争になる可能性だってある。というか実際、人界に戻れば人間に味方するつもりではいるのだから。
そんな理不尽で死ぬくらいならばクラウソラスでも足場にして渡るという手もある。が、その間に一切の補給や休憩は無理だ。エマも共に付いてくる以上、そんな手は最終手段という事になる。
で、思い出すのは人族と魔族の戦争だ。明らかに結構な頻度で人界に入ってきていた彼らがわざわざ船でやってきているとは思えない。出航と到着でのタイムラグが大き過ぎるというのに、あそこまで攻勢に出られるはずも無いのだ。
では彼らはもしかすると、特殊な移動方法を会得しているのかもしれない。それがこの質問の理由であった。
そしてその答えは渋るようなものだとはいえ、YES。
「――魔王城の地下に眠る魔導図書館に、神代の魔法の記録や魔道具が無数に存在しております。そこに転移の魔法を封じ込めた『鍵』のアーティファクトが存在するという話を、旧友から耳にしました」
「っし……!」
少し声を漏らし、机の下でガッツポーズを取る。正直、眠っているのが『転移の魔法』だったら危なかった。
俺には魔法の適正なんて殆ど無い故に、そんな化け物揃いな神代の魔法が使えるはずも無い。そしてエマは《最低最悪の魔王》の残した呪いにより、『禁術』以外の一切の魔法が扱えないのだ。
しかしアーティファクトであるならば多少の魔力さえ用意出来れば誰でも使えるし、以前人界で測ったように魔道具の適正は馬鹿みたいに高い。消費魔力こそ変わらないが、その精度や範囲はより大きくなるだろう。
が、問題はどうやってそこまで辿り着くか。
一応、手は二つある。
まず一つ目、先ずは魔王城――魔界の中心にあるらしい――まで辿り着き、強行突破でも潜入でもなんでもいい、その魔導図書館には入りアーティファクトを使用するという手。
使い方についてはそこに辿り着くまでに、魔王軍に属する者から直接聞き出すしか無い。幸い魔王軍は巨大故に、忠誠をあまり持っていない者の方が多いそうだ。ただ魔王が強いから従っている、そう言った奴の場合、『魔王に命令されてはいない』事象に関しては比較的協力を得やすい事が多々ある。これもまあラノベなんかの知識ではあるのだが、これまでその知識がまあまあ通じてきた所を見るに馬鹿にはならない。
そして二つ目は、魔王軍の一員となったフリをして人界に向かう戦力となり、人界に到着してから裏切るという手。
この場合は一つ目の手段ほど危険は少ないのだが、もし魔王に目を付けられれば厄介な事になる。この自分でもどうかと思う程の過剰ステータスだ、何かしらトラブルがあるのは確実と見て良いだろう。それにただでさえ俺は人族だ。入る理由次第では魔王と友好な関係を築ける可能性も無くはないが、逆に魔王との不和を買ってしまう可能性だって勿論ながら存在している。その場合は一番最悪なパターンだ、要するに魔王と直接対決する可能性が跳ね上がるのだから。
そうなると、相手は評価EX。それも俺のように戦闘慣れしていないなんて訳でも無く、聞いたところこの数十年戦い続けてきた猛者だ。しかも真祖龍の様に的が大きい訳でもないので、キルアナと戦った時の様に『収納』とはとんでもなく相性が悪いだろう。『禁術』を使えばまだ分からないが、どちらにせよ勝ち目はかなり低い。
一先ずの二択ではあるが、そのどちらに辿り着くにも確実性が足りない。経験も足りない。知識も足りない。
故に、先にやってしまえる事をやってしまおう。
「ちょっと、頼みたいんだけど――」
◇ ◇ ◇
「……ちょっと、心配」
「それでも最善手……だとは思う。やるしかねぇや」
「ぴぃっ」
話し合いが終わりギルドから出て、既に数分が経っている。俺とエマ、そして俺の肩に乗ったナイアは、すっかり日も暮れた村の中、ハレルヤに紹介してもらった例の宿に向かっていた。
どうやら話し合いをしている時に騒ぎを聞きつけたアルカナラがギルドを訪れていたらしく、先にその宿に向かっていて貰ったとの事だ。馬車を任せたきり放ったらかしにしていたので、少々悪い気もする。後で礼を言っておかねばならないだろう。
一応宿の信用はあるそうなので、こういった異世界ファンタジーの宿屋にありがちな盗難なんかは無い……とは思いたい。商人のアルカナラに盗みは天敵だ。
取り敢えず、正式にギルドへの登録は完了した。それぞれの大陸で別物にはなるが、ギルドプレートがあれば魔界なら全域のギルドで依頼を受ける事も、完了報告も出来るそうだ。特殊なアーティファクトの能力により即時連絡もできる様なので、他の支部で受けた依頼の報告をまた別の支部で報告する、といった便利機能もある。
よくファンタジーモノで存在する依頼難度が分けられるランク制度は無いらしく、全ての依頼は受けるだけならば誰でも受けられるそうだ。ただし、その冒険者が依頼に見合わない程度の実力しか持っていない様な場合は、受付から注意勧告が掛けられるらしい。そう言った観察眼が依頼受託の受付担当には必須らしく、その精度は今の所ほぼ100%。『依頼受付に止められた場合は、まず達成不可能な依頼だと思った方が良い』とはジライヤの言だ。どうやら彼も昔は冒険者であったらしい。
キルアナの従者となってからは、それも引退した様だが。
話しながら暫く歩いていると、すぐに紹介された宿に辿り着く。某ドラゴンなクエストでよく見るような酒場の入口ドアを押し開けて中に入ると、ロビーのソファにアルカナラがドサッと腰掛けていた。相当お疲れのようで、こくりこくりと船を漕いでいる。苦笑いしつつも俺達が近付いていくと、彼はこちらの気配に気付いたらしく不意にパチリと目を開けた。
「……ん、おおう……お疲れさん。大変だったみてぇだなぁ」
「見た感じその言葉はアルさんにそのまま返却するのが適切だと思うんですがそれは」
「……お酒臭い」
アルカナラはよっぽど村を歩き回ったのか、ボロボロのブーツをソファの横に乱暴に脱ぎ散らし、フローリングの床に足を投げ出していた。その瞳は眠たげで今にも眠りに落ちそうであり、本気で疲れているのが分かる。何してたんだこの人。
ソファの横に備え付けられている小さなテーブルには、部屋番号の書いた板が付けられた鍵が二つ乱雑に放置されており、その横にはなにやら透明な液体が僅かに残る一杯のジョッキが置いてあった。先にチェックインしてくれていたのは有難いが、やたら酒臭い。絶対周りに迷惑かかってるだろコレ。エマなんか五感強化のせいで鼻が利くから、顔を顰めて鼻を摘んでしまっている。これじゃあ礼を言っても明日には覚えていないか。
「ほらアルさん、寝るなら部屋行きますよ。立てます?」
「おーぅ………ふ、あ……」
アルカナラは大口を開けて一つ欠伸をすると、少しふらつきながらも立ち上がり、鍵の一つを取ってロビーから廊下の方へと入っていく。部屋番号の近さ的に、俺達もあちらの方に部屋があるのだろう。アルカナラが倒れない様に部屋に入るまでは見送り、入った部屋からかちゃりと鍵を閉める音が鳴ってから、先に座っていたエマとその膝に乗るナイアの横に腰掛ける。
長期移動からの戦闘、ギルドマスターとの会談と、中々心休まる機会がなかった故か、自然と深いため息が出た。それと全く同タイミングでエマもまた深くため息を吐き、二人して苦笑いを浮かべる。
取り敢えず今日は休むとして、明日の予定は一応決めてある。ハレルヤに聞いたのだが、どうにもギルドには物品鑑定の依頼も出来るそうだ。これは冒険者の仕事ではなく専門の鑑定人に一定の報酬を払って鑑定してもらうというものだが、鑑定を依頼しておきたい品があるのだ。
他に何があるわけでもないので、無論『真祖龍』のドロップ品だ。今俺の収納の中には無数の鱗や骨、肉に臓器など、妙にグロテスクなものまでしっかりと収まっている。それはいいのだが、その中に一つ如何にも秘宝といった感じのドロップが紛れ込んでいたのだ。
あの漆黒の巨龍からの面影の欠片もないほど真っ白に輝く、水晶玉の様な結晶体。その輝きはまるで心臓の鼓動の様に脈動し、膨大な魔力の気配がその内に潜んでいる。明らかに普通のアイテムではなく、それが一体なんであるかも分からない。『収納』に入れている限りは安全ではあるのだが、得体の知れない物を持っているというのも気が重い。
エマにも一応その事は言ってあり、明日はナイアも連れて二人+一匹でギルドに向かう予定だ。その為にも早く寝ておこうと、残された一つの鍵に手を伸ばし――
――ようやく、鍵が『一つ』なのに気付いた。
ギギギ、と油の切れた機械の様な動きで首を上げて、同じくその事実に気付いて硬直しているエマを見上げる。彼女の頭の上に陣取ったナイアが、不思議そうに「ぴぃ?」と鳴いた。
バッと飛び出して鍵に記された部屋の前に滑り込み、同時に付いてきたエマと共に部屋を開ける。確かこの宿は一人部屋と二人部屋があった筈だ、アルカナラが入ったのは確か一人部屋だった筈なので、そうなるとこちらは当然ながら二人部屋、という事になる。
──脳内で、爽やかな笑顔を浮かべたアルカナラがサムズアップしてきた。取り敢えずぶん殴った。脳内なら仕方ない、仕方ないんだ、殴らせろ。
元よりあの人は俺達の事を揶揄っていた節がある。移動中でもその好意を他人の目から見てもわかる程度には存分にぶつけてくれたエマだったのだが、その影響かあの人は俺達をくっつけようとでも画策しているのかもしれない。くそぅ……余計な気を利かせやがって……恨むぞアルさん……っ!
目の前に広がる少々広めの、ベッドが二つ置かれた部屋を見てからエマに視線を移す。すぐ正面のアルカナラの部屋からは僅かにいびきの音が漏れ出てきた、爆睡してやがる。文句の一つも受け付けないってか、孔明め……!
エマの顔は困惑に満たされており、部屋の内装を見回すと共に次第に赤くなっていく。もう部屋は取ってしまったし、俺が外で眠るという手も無くはない。が、今の時期だと少しばかり外で眠るには厳しい寒さになって来たし、一人分の宿泊料が無駄になる。なまじ先にアルカナラに払って貰っている以上、外で寝るのも彼に悪い。これも計算尽くだとしたら、アルカナラはもう商人なんかやってないで魔王軍率いて軍師やればいいと思う。
「……く、くろ……どうしよう……」
「おちつけエマ、素数を、素数を数えるんだ。素数は勇気をくれる数字なんだ……!」
「……おち、落ち着いてクロ!声裏返ってる……!」
落ち着けと言い合いつつも全く落ち着いていない二人を尻目に、エマの頭から飛び立ったナイアが片側のベッドに突っ込んでいく。枕横にポジションを定めたらしく、小さく丸まって首を掲げ、「ぴぃ!」と俺を呼んでいた。おうナイア、お前俺にこの状況で平然と寝ろってか……!
エマに視線を向けて、お互い顔を染めつつそれぞれ別のベッドに向かう。一応、旅立ちの前日にエマに抱き着かれたまま眠ってしまった事はあった。移動中に寝ぼけたエマが抱きついてきた事もある。あったのだが、色々とこちらも寝ぼけていたり錯乱していたようで対して抵抗は無かったのが、こう改まった今ではやたらと恥ずかしい。
大丈夫だ、あの時よりはまだお互い距離はある。俺は節度ある古き良きジャパニーズだ、一時の欲求に振り回されたりなど――
「ぴぃ!」
「!?」
もう片側のベッドに潜り込もうとしていたエマを、こちらは既にブーツを脱ぎ、布団に潜り込んでいた俺の横でナイアが呼び止める。何時もは片側結っている髪を解いたエマはその顔をトマトのように真っ赤に染めているのだが、無邪気なナイアに容赦は無い。「みんなで一緒に寝よう」とでも言いたげに、エマを呼ぶのだ。おいおいナイアさんや、それはちょっとハードル高いんじゃ無いですかね。流石に俺にそんな度胸無いからね?
俺本命居るんだからね?いくら気持ちは絞っているとはいえ、俺そんな事しちゃったら社会的に抹殺されるからね?そこんとこ分かってますかナイアさん。言葉通じないんだからわかる筈無いだろいい加減にしろ。
エマが一度はそれをスルーして掛け布団に手を掛けるも、同時に再びナイアが鳴く。我儘さんかよ。そういや白神竜ってそんな種族だったな畜生!
一歩も引く気は無いとでも言いたげなナイアの態度にエマが気圧され、困ったように顔を染めてナイアと俺の顔を交互に見る。そしてナイアのジッと見つめる瞳に小さく「……うぅ」と漏らすと、その足先をこちらのベッドに向けた。
取り敢えずベッドの端に寄り、なるべくスペースを空けてやろうと場所を譲る。エマは恥ずかしそうにしながらもベッドの端に膝を乗せ、ゆっくりとその上体をベッドに横たわらせた。ベッドは本来一人用の為、いくら端に寄っているとはいえかなり距離は近く、エマの顔が眼前にある。俺の黒い瞳とエマの真紅の瞳が交錯し、お互いの紅潮した顔をしっかりと捉え合った。
もうここまで来ると見つめ合っているよりは、とエマがギュッと身を寄せてくる。胸の中に暖かな人の体温が広がり、エマの吐息が直接感じられる。押し付けられた胸からは、心臓の鼓動がバクバクとハッキリ伝わってきた。
もう、吹っ切れるしかない。ここまで来るとロクに寝られないのがオチだ、何もかも命がけのこの世界で、『寝不足で死亡』なんて間抜けな死に方をするつもりは毛頭無い。力一杯目を瞑って、俺とエマの間に体を潜り込ませてきたナイアの体温も感じながら、深い眠りに就こうと全ての思考を絶った。
結局、俺が眠れたのは3時間後の事だ。




