第30話『神話の残滓』
「――う、らァァァァァァッ!!」
「――死ャァァァッ!!」
がぎぃぃぃぃぃぃぃっっ!!
凄まじい金属の衝突音と大量の火花を撒き散らし、二振りの西洋剣がぶつかり合う。その主であるキルアナと俺は、双方その顔に獰猛な笑みを浮かべながらその剣を押し込み合った。双方の力はほぼほぼ互角ではあったものの、やがて俺が少しずつ押し込んでいく。
少し眉をピクリと跳ねさせてキルアナはそれを悟ると、瞬時に洗練された足捌きで力のベクトルを変化させ、双方の剣に込められた剛力を打ち上げる事により、硬直状態を終わらせる。そして体勢を落として肩から俺の懐に突っ込み、その黄金の軽鎧で体当たりしてくる事により、咄嗟故の不完全な防御を打ち崩してきた。
体勢を崩しかけた俺にすぐさまキルアナがその直剣を振るってくるも、俺とてその程度の事は想定済みだ。すぐさま体を後ろに倒して横振りの剣を回避し、地面に手を付いてそのままキルアナの手を蹴り上げる。蹴りはしっかりと手首を打ち上げるも、しかし尋常では無い握力で握り込まれた剣が吹き飛ぶ事は無い。
キルアナもまた一度後退し、逆手持ちという独特の構え方で俺の行動に備えた。
「……で、終わらせる気は?」
「終わらせたいならば私を殺せばいい。『真祖龍』を倒したというのなら、その程度容易い事だろう」
「わーお極論」
相変わらずとんでもない事を言ってのけるキルアナに苦笑いしつつ、再び剣を構え直す。無論殺す気など欠片もなく、お互い無傷のまま無力化出来るのが最善だ。「収納」で拘束するのも手の一つではあるが、しかしそうするにはあまりにキルアナが速い。狙いを外せば腕の一本や二本奪ってしまうかもしれないし、流石にそこまで行くともう俺の意思に反する。防御に使うには、あまりに戦闘が速すぎて邪魔になる。こんな弊害があるとは思わなかったが、それ故に「収納」はまず使えない。というか、たとえ離れていたとしても使わせてくれない。
『禁術』?使えるわけ無いじゃん、また侵蝕が進むしオーバーキルにも程がある。加えて広場とはいえこんな街中で使ったら被害が尋常じゃ……ってなんかギャラリー居るーーっ!?見せもんじゃねぇぞゴルァ!
とチンピラじみた思考を浮かべて、一歩後退する。背後に居たエマが心配そうな表情をこちらに向けてくるが、それには一瞬笑顔を向ける事でまだ余裕はあると伝えておく。いやまあ余裕があるとはいえ、油断したら一瞬でアボンな訳だが。
というか何なのこの人、やたら上手い。ステータスは俺とそう大差ないのだが、とんでもなく戦い慣れているのか所々に小技を挟んでこっちの思惑を全部叩き潰してくる。一旦離れた時に「収納」を使おうものなら──
ヒュガァァァッ!!
「――っ!」
これだ。
一瞬でも「収納」のノイズが出現すれば、その瞬間に距離を詰めて鍔迫り合いに持ち込んでくる。その踏み込みの速度が尋常ではなく、コンマ一秒で展開出来る「収納」をもってしてもまだ足りない。さらにその際に起こる突風でこちらの体勢に負担も掛けてくるのがタチが悪い。この人まさか『禁術』でも使ってんじゃないだろうな。素でこの身体能力とかどんだけだよ。
いやまあ、俺も人の事は言えんが。
思いっきり踏み込み、周囲の地面を打ち揺らす。この時点でもう既に人間卒業しているような気がしないでもないが華麗にスルーして、踏み込みに合わせて地面を揺らされても尚その勢いを衰えさせないキルアナを警戒する。より正確に言うのならば、足を揺らされて体勢を崩してはいるのだが、それでも尚謎の高速足捌きで体勢を立て直して突撃してくる。どんな技術だ。
「そら、『真祖龍』は私よりも弱かったか?あの邪龍はその程度ではなかったぞ!」
「やりにくいんだよ小回りの効く相手だとぉッ!」
若干舌を噛みそうになりながらも迫り来る黄金の剣による連撃を打ち落とし、今度はこちらから攻め入る。が、俺の扱う『剣術・生の型』は剣筋の読みにくさが売りだというのに、キルアナは全て的確に、余裕を持って弾き落としてきた。『剣術』のレベル幾つだよこの人、いくら俺がレベル5と中途半端とはいえ、かなりステータス差は――って、俺の中途半端な『剣術』スキルで打ち落とせる攻撃の割には随分防御上手いな。ああそういや『実力を測る』とか言ってたっけな、手を抜いてる系?あり得るな。
よろしい、ならば戦争だ。
振り抜いてきた剣閃をギリギリで躱し、バックステップと共に高く跳躍する。当然ながらキルアナも凄まじい追随し、そして自身の間違いに気付いたかのように苦々しげな顔で防御体勢を取った。勘のいい事で。ホントにアンタギルド参加時特有の腕試し系荒くれ者かよ、絶対違うけど。1ボスが真祖龍で2ボスがアンタレベルとか、それどんな糞ゲー?
いやまあ、防御とか意味ないんですが。
「ウェルカム」
意地の悪い笑みを浮かべて「収納」を自身の周囲に展開する。自身の背後とキルアナの通り道を入り口に限ってはノイズから武具を展開せず、自身がノイズの檻から飛び出して、入れ替わるようにキルアナが入ってから、その非殺傷用の槍の塚の全てを展開させる。空中ならば、『源流禁術』のようなチートスキルでもなければさらなる加速も掛けられない。目の前の超人も流石にその例には漏れないようで、ノイズ群を抜ける事も出来ずに飛び出してくる無数の槍を必死に捌き……さば……はぁっ!?ちょっと待てっ!なんで捌き切れてる訳!?化け物にも程があんだろチートもいい加減にしろ!
ブーメランとか言うな。
キルアナはノイズから出現する無数の槍を全てを把握しきり、それらを全てその片腕で流していたのだ。剣を逆手に握った右腕は掲げたまま、左腕はそのしなやかに伸びる指先で槍先を流す事により、自身の重心を細かく移動させている。どういう技量してんだよ、どんな人生送ったらそうなんのさ。いやまあ魔族だから人じゃないんだけど。
森の中で複雑に絡み合う枝の如く、交差した無数の槍の隙間をどこをどうやったのかスルスルと抜け出してきたキルアナは再度その逆手持ちの黄金剣を構え、突撃を始めようと槍に足を添える。が、その前に「収納」に槍を全て仕舞い込み、その目論見は潰した。
土台となる槍がなくなった事により宙に放り出される形となったキルアナは、しかしその体を限界まで捻る事によって回転を生み出して俺の追撃を防ぐようにその剣で自身を守りつつも、回転にタイミングを乱される事もなく静かに着地する。着地後にピクリとも揺れないのを見るに、勢いは着地と同時に全て流しきっているようだ。どういうことなの。
ヤバいな、この人本気で強い。
それこそ『真祖龍』と戦う前の俺じゃまず確実に勝てない。いやまあ『禁術』を使えば勝てるのかもしれないが、素で勝つというのは無理がある。レベル273と渡り合うって相手方も相当……いや俺のステータス、成長率がクソなんだった。SSとかSSSとかならそりゃレベル差あっても拮抗するわ。下手したら負けるわ。いやまあ全ステータスSS以上とか姫路くらいしか知らないんだけども。和也はSS超えてるのも敏捷だけだったし。俺だってSS超えてるのは知力だけ……の割には体力とか魔力とか多いな、何故に。
いやまあそれは置いといて。
「……そういや確か実力を測るとか言ってたよな。まだ測れねぇのかよ」
「まだまださ。まだ一番重要な情報が出ていない」
「俺をそれに付き合わせないでくれませんかねぇ!」
「そう言うな。同じ『神話の残滓』を飼っている者同士、仲良くしようじゃないか」
「だからぁ…………ぁあっ?」
キルアナが漏らした単語に聞き覚えを感じて、思わず奇妙な声を発しながらもその大元を探る。いつの記憶だ、いつ聞いた、『神話の残滓』だ。間違えるな、何かとてつもなく重要な事だった、記憶を掘り起こせ。少なくとも、この世界に来てからナタリスの村に行くまでの間ではない。それほど昔の記憶ではなかった。ならばその後――何か印象に残ったものは……本?違う、本に載っていたのは『禁術』の成り立ちなんかだけだ。デウスに聞いたか?いや違う、デウスに聞いたのはナタリスについてだけだ、『神話の残滓』なんて単語を言う可能性があるのは……
アイツか。
そうだ、アイツが言っていた。いや、直接は多分聞いていない、聞いたのは恐らく俺の代わりにあの影を倒した『誰か』だ。じゃあ何故俺が知っているのかとなるが、それに関しては俺自身もよく分からない。けれど、俺はその言葉を確かに知っている。倒すべき敵が言っていた言葉として。
そしてその情報を、この女は知っていた。つまり。
「成る程、次のキーキャラがアンタって訳だな……本気出せってか……!」
「『きーきゃら』だのなんだのは知らんが、手を抜かれていたとは残念だな……ッ!」
ちっとも残念さの欠片も孕んでいないような声で言うキルアナに苦笑して、自身の脳に意識を向ける。ぶっちゃけ一番使いたくなかったやり方ではあるのだが、一瞬ならばまだ大丈夫だろう。無理矢理のドーピングではあるが、ただの一撃であれば保ってくれる……と思いたい。
『禁術』を起動する。しかし全身の強化は行わず、強化するのは己の脳のみ。
僅かに意識が曇り、不快感こそ無いものの己の意識が少しずつ蝕まれているような感覚に襲われる。が、それを歯を食いしばって耐え、前方から迫るキルアナの挙動を観察する。
最高レベルまで強化された『思考加速スキル』の賜物か、その一挙一動が手に取るように分かる。もしや『観察王』スキルとかも効果発揮してたりするのか、アレまだイマイチ使い方が分からないんだが。
逆手に持った黄金の剣が、見事な軌道を描いて俺の首元目掛け降り抜かれる。しかしその手首をしっかりと掴んで懐に潜り込み、思いっきり足を払った。当然ながらキルアナもすぐさま地面に手をつく事により体勢を立て直そうとするが、生憎とこの距離で意識のみを数十、下手をすれば数百倍にまで加速している俺の前でそれは無意味だ……なんか悪役じみた思考になってるな、まあいいや。
その手を再度払って、体勢を崩したキルアナの首を掴んで叩き落とす。地面に打ち付けられた事によりキルアナが少し呻いたが、案の定すぐに平静を取り戻して立ち上がろうとしてきた。が、その前に「収納」から隙間なく剣を展開し、動けば斬るという威嚇も込めて一本だけ首の皮を薄く切らせつつも拘束する。こうなればもう、どこぞのバ○バラの実の能力者でも無ければ抜け出せないんじゃないだろうか。アレ何気に強いしね。
「……で、満足か?こっちも色々と聞かせてもらうけど」
「――あぁ、負けてしまったか。いいとも、満足だ。私の知る限りの事は答えようじゃないか」
まあ、こういう人は負けたら潔いわな。お約束。
勝負が付いたと判断したのか、ぱたぱたとエマがこちらに走り寄って来る。突然襲ってきたキルアナには若干の憤りを感じているようではあったが、少し宥めるとすぐに落ち着いて冷静になる辺りはエマの美徳だろう。うんまあ取り敢えず雰囲気を読もうとしてくれてるのは助かるんだけど、迷ったその結果服の裾を遠慮がちに握るとかいう萌え仕草に移行するのはやめてください自制心がしんでしまいます。天然なのが恐ろしい。
さて、まずは聞くべき事を聞いておこうか。
「で、散々言ってくれてたけど、真祖龍とはどういう関係だよアンタ」
「秘密だ」
…………こいつ。
◇ ◇ ◇
取り敢えず話を纏めると。
赤髪の女騎士の名は、キルアナ・カナストル・ノッデス。なんでも、とある目的の為に世界中を旅して回っている旅人という話だ。ギルドプレートはそもそも冒険者で無い故に持っていないそうなので自称ではあるが、レベルは187。俺はそもそも色々とチートの恩恵があるので除外として、ギルドの受付のお姉さんの話から考えるに魔族の中でも規格外にも程があるナタリスでも上の下程度のレベルを持っている。おい何が『ナタリスはそれほど強い種族でもない』だ、規格外にも程があるだろいい加減にしろ。
ちなみに周りにいた野次馬共はいつの間にか彼女の従者――ジライヤと呼ばれていた男性が払っていた。レベル的には彼の方が高いらしく、なんと206。ナタリスでも上の中くらいは……こう考えるとナタリス色々ヤバいなホント、まあいいや。
さて、話を戻すと、真に驚愕すべきはキルアナのスキルにある。問題のスキルがコレだ。
『剣術・水の型Lv.MAX』『剣術・激流の型Lv.MAX』『剣術・清流の型Lv.MAX』『剣術・雨の型Lv.MAX』『剣術・嵐の型Lv.MAX』『剣術・海の型Lv.MAX』『剣術・津波の型Lv.MAX』etc……
とこんな具合に、『水の型』系統の派生剣術スキルを全てMAXまでコンプリート。一つの剣術スキルをLv.MAXに持っていくだけならばまだ楽だが、一つの流派を完全に習得し切る事は余程の才能、そして莫大な年月を掛けねば不可能なのだ。ましてや、全体の力の流れを強く意識する『水の型』はただでさえ応用や複雑さが他の流派に比べて多く、完全習得など歴史上に一人居る程度。しかもその人物とて本当に小さな時から魔族の長大な時間に任せて剣に打ち込み続け、それを寿命によりその生涯を終える寸前まで続けてやっと辿り着いた極致だ。いくら魔族だからといって二十歳前後程度の外見のキルアナが達して良い領域ではない。さっきの試合でも恐らくは手加減されていたのだろう、本気で何がしたいのか。
そしてジライヤ。彼も彼で『火の型』系統の剣術スキルをキルアナまでとは行かずともほぼほぼコンプリートしている。練度で言えばキルアナが勝るようだが、レベル差もある為キルアナと戦えば互角といった所か。ホントに何者なのさこの二人。
「――で、最後な。『神話の残滓』ってのは何だ」
「ほう、知らないのか?かなり深くにまで食い込んでいるようだが」
「食い込んでる……って事はこれの事か?」
キルアナの表現に禁術による『侵蝕』の事かと思い自身の痣を指差すも、キルアナは「いいや」と否定する。何、どういう事なの。またアレか?ラノベ的展開か?俺がそういう感じの力に選ばれて力を手に入れたとかそういう感じの話?厨二かよ。……いやこの外見既に滅茶苦茶厨二臭くね?あれちょっと待ってすっごい恥ずかしくなってきた。
と、そんな俺の焦りも知った事ではないと言わんばかりに、キルアナは話を継続する。
「そうさな、『神話の残滓』というのは要するに、神代の時代に存在した超越者が残したとされる魂の残滓──つまるところ、神話の残滓の持ち主はその神話の存在の転生体、という事になる」
「えぇ……」
一気に胡散臭くなったぞオイ。
俺そもそもこの世界の住人じゃないんですが、そこの所どうなんですかキルアナさん。転生体とか言うなら転生前の人格とかも無きゃ……あるわ、『誰か』居たじゃん、アレかよ。クッソ物騒じゃねぇか、第一声が『殺してやる』な前世とか俺嫌だよ。何したんだよ俺の前世。なんで俺の前世エマ知ってんだよ、怖えよ。
苦い顔で封龍剣山での一幕を思い出しつつその言葉に違和感を覚え、思考を続ける。とは言ってもあの『誰か』、俺が覚えている限りでは"殺してやる"と"今行くから、エマ"としか言ってないもんだから何一つさっぱり分からない。
「……ちなみにこの子――エマもそうだったりしないのか?」
「うん?いいや、神話の残滓を持っているのはお前だけだ」
どういう事だってばよ。
なんで俺の前世がエマの事を知ってるんだよ。そもそもなんでこの世界の存在が転生して異世界の俺に……いやまあそれはまだ分かるか。魂に世界の垣根は存在しないとか言われれば納得するしかないし。何?アレか?この世界で死んだ俺の魂が時間逆行して、現実の俺の魂に入ったとか言うありがちな設定か。その場合ある意味タイムリープモノという事になる。阿呆か、一生単位で繰り返すタイムリープ、更に記憶保持無しとか無理ゲーなんてレベルじゃないだろいい加減にしろ。
自分で自分にツッコミを入れつつ、思考は更に加速させる。色々とこういったクラス転移だの異世界転生だのそもそものファンタジーモノだのの知識は幸い色々とある為、シナリオの予測がし易いのは有り難い。いやまあ予測しても全く別の方向に行く可能性が大量にあるので全く安心は出来ないのだが、それでも知識があるのと無いのとでは天と地ほどの差があるのだ。更に考え込む俺を見かねたように、キルアナが更に俺の残滓についての情報を落としていく。
――とんでもない爆弾を。
「まあ、お前の前世は軽く予想が付くのだがな。本来神話の残滓というものはその子孫にしか継がれないものなのだが……何せ見ただけでその異様さが分かるのだ、なぁ?《最低最悪の魔王》様よ」
……What?




