第29話『赤髪の騎士姫』
「おぉ……すげぇ、ギルドだ。滅茶苦茶ギルドしてる……」
「……人が、一杯」
などと文字に起こすと凄まじく意味不明な台詞を吐きつつ、目の前に広がる酒場のような受付に溢れ返る屈強な戦士たちを眺めて、ゲームのような光景を実際にこの目に収めた事による感動に目を輝かせる。隣で立ち尽くすエマも興味深そうにギルド内を見回しており、その様子は第三者から見れば完全に都会に上京してきたばかりの田舎者のソレだった。いやまあここは東京でもなければそもそも村故に都会でもないのだが。
いかにも冒険者ですといった風な魔族達の横を抜け、依頼書らしき紙が大量に張り出されている壁に近寄る。やはりそれはギルドの定番、受付ボードのようで、俺の中のゲーマー魂が再び無駄に震えた。
視線を受付に移すと、窓口は大きな仕切りで三つに分けられているようだ。
まず一つ、依頼の受託受付。あの受付にここの依頼書を持って行って依頼を受けるらしい。既に結構な人数が並んでおり、その全ての人が手に依頼書を持っているのでまず間違いないだろう。
二つ目、あちらはどうやら依頼の完了報告受付らしく、受託受付に比べるとかなり人は少ない。今現在受付のお姉さんと話している人はカウンターになにやら小袋を幾つか並べており、お姉さんがその中身を覗いてなにやら確認すると、小袋を仕舞い込んでカウンターから数枚の銀貨を取り出した。小袋を並べていた男は銀貨を受け取ると軽く会釈し、傍にずれていった。どうやらアレで依頼完了らしい。
三つ目、他のカウンターに比べるとまあ当然ながら人はほぼ居ないに等しいのだが、アレはどうやら新規冒険者登録受付らしい。なにやらたまにだが、戦い慣れしていなさそうな若い魔族が登録の手続きをしていたりした。いやまあナタリス曰く魔族は皆レベルがアホみたいに高いらしいので、あの気の弱そうな青年も実際はエマのようにレベル100オーバーだったりするのだろうが。
さて、こんな光景を見てしまったからには俺たちのすべき事は決まっている。
「丁度稼ぎ先も無かったし、登録すっか」
「……うん、面白そう」
どうやらエマとはとことんウマが合うらしい。最高かよ。
青年が登録を終えて受付から出てくるのと同時に、入れ替わるように二人して受付に入る。一応耳が見えないようにローブのフードを被り直して、不自然さを出さないように受付のお姉さんに声を掛ける。
受付のお姉さんはこちらに気付くと、一瞬少し驚いたような顔をしてすぐに営業スマイルを浮かべた。ああ、そういえばこのローブ気配を隠す力があるんだっけ。そりゃいきなり目の前に誰か現れたら驚くわ。
「こんにちは、新規の冒険者登録ですね?」
「はい、二人分お願いします」
「畏まりました。手数料として二人分の銅貨6枚を頂きますが、宜しいですか?」
ふむ、登録料は一人銅貨三枚なのか。結構良心的な価格だ、それくらいならまだまだ余裕がある。懐の財布代わりの小袋から銅貨を6枚取り出して、カウンターに並べる。受付のお姉さんはその枚数を確認すると銅貨を回収してから、なにやら手のひら大プレートのようなものを取り出した。その中心にはなにやら魔法陣が刻まれており、事前知識から登録に必要なステータスの読み込み的なアレだろうと予測する。と、受付のお姉さんがすぐに解説を挟んでくれた。
「まずステータスを読み込ませていただきます。こちらに片手を押し付けて頂くとステータスが表示されますので、こちらがギルド所属の証となります。以降依頼の達成記録やランクもこちらに表示されますので、ご了承下さい」
ふむ、ギルドカードというヤツか、これまた定番のイベントだ。……って、そういや両手とも大分目立つんだよなぁ、左手は痣のせいでドス黒いし、右手も左手に比べればまだ痣は少ないけど、『禁術』の紋章があるし……いや紋章はマズイか。《最低最悪の魔王》の証とかだったら大分話が拗れるな、左手にしよう。
ローブの下から真っ黒に染まってしまった左腕を取り出し、プレートに当てる。受付のお姉さんはその左腕を見るとその顔を驚愕に歪ませて、思わずといった風に尋ねてきた。
「酷い怪我ですね……火傷ですか?」
「ええ、まあそんな所です。昔にちょっと火事に巻き込まれてしまって」
無論、大嘘だ。火事なんて近所で極稀に起きるのを人生で二、三度見た程度だし、ましてや火事に巻き込まれるなんて事は一度だって無い。が、ここは受付のお姉さんの勘違いでそのまま突っ切らせてもらおう。プレートに手を当てているとやがて青い輝きがうっすらと魔方陣から発生し、なにやらプレートに文字が刻まれていく。それはやはり俺のステータスで――って、やっべぇっ!? そういやステータスに『人族』とか書いてなかったっけ!?
そんな焦りも虚しく、刻まれていく文字はしっかりと俺のステータスを包み隠さず表示していき──
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名前:クロ・イガラシ
Lv:273
種族:人族
性別:男
年齢:16歳
HP:145700 D
MP:108790 E
筋力:12300 F-
敏捷:25780 E-
魔力:47900 D
知力:138500 SS
スキル
『観察王Lv.9』『幸運Lv.-』『思考加速・瞬Lv.MAX』『獣王殺しLv.5』『森の民Lv.8』『騎乗Lv.4』『並列認識Lv.MAX』『狩人の勘Lv.MAX』『竜殺しLv.MAX』『龍殺しLv.5』
『源流禁術Lv.-』『英雄Lv.-』『剣術・生ノ型Lv.5』
総評:ランクEX
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──あかん。
いくらか端折られてはいるけど、一番隠さなきゃならない所が全然端折られてない。ヤバいこれ思いっきりバレるやつだ、最悪のパターンだこれ。
すぐさま目を見開き、口を開こうとする受付のお姉さんを止めようと、とっさに動き出そうとする。が、到底間に合わず、受付のお姉さんはギルド内に響くほどの大声でその事実を叫んだ。ああ、早速しくじったか……っ!
「レベル273!?ランクEXって……ここ数十年では最高でもレベル126のランクSS冒険者が一人で限度だったのに……!」
……へ?あ、そこですか?
うん、いやまあ、レベル上げ過ぎた感はある。仕方ないじゃん、真祖龍文字通り死ぬほど強かったんだもん、あんな化け物倒したらそりゃレベルも爆上がりしますわ。ってか俺いつの間にランクEXになってたし。姫路と同レベルじゃねぇか、チーターかよ。いや『収納』だの『禁術』だの反則スキルある時点でチーターだったわ。
突然、ギルド内がざわつき始める。「ランクEX……!?」「273だと……!」「魔王と同等評価じゃないか……!?」等と驚愕の声がそこら中から上がり、正直物凄い小っ恥ずかしい。そして何でエマはニコニコと笑ってんのさ。
「……あの、エマさん?何で嬉しそうなんです?」
「……エマさんじゃなくて、エマ。クロはやっぱり凄かったから、嬉しい」
訂正と共にそんな殺し文句を言ってくるエマに苦笑いしつつ硬直していると、更に受付のお姉さんがなにやら驚愕の声を漏らした。何事かと視線を向けると、どうやらスキル欄に何かあるらしい。スキルに何か変なのあった……っ、け……
もしかして?→『英雄Lv.―』『龍殺しLv.5』
確かこっちでは『龍』というものは最強種族『竜』の更に上に君臨する上位派生らしく、そのレベルまで行くと最早災厄級なんて呼ばれ方もするそうだ。故に『龍』の名を冠することが出来るのは、そもそも種族からして『龍』である『王龍種』か何かしらの理由で本来あり得ないほどの力を得た竜――例えば真祖竜のような、そんな化け物じみた奴らしか至れない領域なのだ。龍というものは。
つまりは、この『龍殺し』というスキルはそんな化け物を打ち倒した証ということになり、そしてこの『英雄』なんて明らかなスキルと組み合わせるともう何をしたかなんて自分で明かしているようなものだ。
「あの、『真祖龍』という名に心当たりはあったりしますか……?」
「いえ、その――」
「……真祖龍は、クロが一人で倒した」
「真祖龍を倒した!?」
「エマーーっ!?」
目立たないの最優先って事忘れてないですかねぇっ!?
エマの肩を掴んでブンブンと振ったところで、エマが小さく「あ……」と呟いた。天然ですかエマさん、今の状況じゃビックリするぐらい笑えません。ほら受付のお姉さんが物凄い形相でこっちを見てる。周りからは魔族の冒険者たちが物凄い目でこっちを見てくるんだ。コミュ症の俺にこの状況はとても辛いものがある。
受付のお姉さんは物凄い超越存在でも見るかのような目でそちらを凝視し、しかし直ぐに俺の左腕に視線を移すと、納得したように一つ大きく頷いた。いや何を納得してんですか受付嬢さんや、色々と突っ込みどころあるでしょうよ。
「……成る程、その真っ黒な腕はその時のせいで……さぞ辛い戦いだったでしょう。お疲れ様でした」
「えっ、あ、その……はい」
いやまあ、間違ってはないけれども。この腕も『真祖龍』からエマを取り戻そうとした結果の腕千切れてからの侵蝕だし、確かに死ぬほど辛い戦いだっけれども。ただ何か違う、コレジャナイ感が尋常じゃない。いやあの、なんか物凄い凄い奴みたいな目で見られてますけんども、俺が頑張ったの最後の対真祖龍戦だけよ?その途中のあの『影』だって倒したのは『誰か』だし……そういやあいつどうなった?結局死体を確認できたわけでもないので、実は生死不明なのだ。アレが逃げるとも思えないので多分殺したのかもしれないが……
まあ兎に角アイツを倒さなきゃ俺は挑む事すら出来なかった訳で……いやあいつより真祖龍の方が普通に強いよな。感じたプレッシャーと殺気とか、真祖龍のが明らかに強かったし。比べるのすら烏滸がましいレベルには。
……いやなんでちょっと前まで普通の学生だった俺がプレッシャーだの殺気だのを感じ取ってんだよ。大分毒されてんな異世界に。
「少々お待ち下さい。ギルドマスターを呼んで参ります」
「あ、はい、分かりました」
受付のお姉さんは丁寧な仕草で席を離れると、パタパタと小走りに奥の部屋へと入っていく。暫くは待っていた方が良いのか、一先ずは近くのベンチに腰掛けて自身のギルドカードに目を通す。どうやら他の数値やスキルがインパクトがあり過ぎたらしく、人族の項目は見逃されたようだ。それとも、いつも魔族ばかりだからそもそも見ていなかったのか。
エマが隣に腰掛け、何処か気まずそうに周りを見ている。一体どうしたのかと彼女の視線をなぞり周りを見回すと――あ。
――そうじゃん、これ、早々に逃げなきゃいけない奴じゃん。
とそんな今更な事を、こちらを凝視して固まっている大量の魔族冒険者達を見回しつつ思い出した。
「お、おいっ!アンタ、ランクEXって本当かよっ!?」
「真祖龍を殺したっ!?『神』ですら殺せなかったような化け物だぞ!細工してないだろうなぁ!」
「す、ステータスプレート見せてくれっ!」
「ちょ、ちょっ!ストップストップ!待ってくれ!」
いや流石にこんだけ見られたら『人族』の表示が誤魔化し切れない。バレたらその時点で魔王軍に通報→アボンとなる可能性が高過ぎる。というかほぼ確実にそうなる。そうなると人界に帰るのが非常に困難になるし、そもそもエマに危険が及ぶ可能性がある。ギールとの約束もあるが、絶対にエマをこれ以上傷付ける訳にはいかないのだ。
流石にこのレベルとは言えど現役魔王にどの程度対抗できるものか分かったものではないし、そもそも対抗すら出来ずに完封される可能性だってある。そんな未知数の相手に自ら正体を明かして喧嘩を売るつもりなんてないし、売られたとしても全力で逃げたい。
どうやってこの場を切り抜けたものか。
――等と、そんな事を考えていると。
「おい」
と。
聞こえてきたその呼び声は、少し低めではあるが、れっきとした女性の声であった。
やけに通るその声はギルド内の冒険者達を一斉に黙らせて、その視線を一箇所に集中させる。それはギルドの入り口、大きく広げられた門のど真ん中に、一人の少女――というには、少し大人びているか。そんな女性が、黄金の軽鎧の腰に差したこれまた黄金の剣に手首を置いて、紫紺の瞳でこちらをしっかりと射抜いていた。
その赤髪が風に靡き、その下に隠れる美貌を晒している。少し切れ長のその目は凛々しさを感じさせ、整った顔立ちが更にその女性の美しさを際立たせている。
さらにその後ろ。こちらは白銀の軽鎧を身に纏った壮年の男であり、厳格そうな顔立ちは男が存在の根っこの部分から武人であるという事をありありと感じさせる。こちらも腰に差した剣からは相当に使い込まれた年季を感じ、この男性が相当な間何かと戦い続けてきたのだと感じさせる。
どちらも、『何でも屋の冒険者』といった感じではない。明らかに『戦いに生きる修羅』、そんな感覚だった。
余りにも絵になったその二人の立ち姿に目を奪われていると、女性の方がなにやらギルド内を見渡して口を開く。
「――今、真祖龍を殺した、という言葉が聞こえた。誰が殺った、顔を出せ」
明らかな命令口調ではあるが、何故か反感はあまり湧かなかった。その声に込められた威厳と言うべきか、何か逆らうべきではないとそう思わせる声なのだ。周りの冒険者達もそうだったのか、彼らは黙って道を開けて俺を彼女からも見える位置に――っておい普通に道譲ってんじゃねぇっ!?
「貴様か」
「……あぁ。確かに、俺は真祖龍を殺した」
何故だか嘘をつく気にもなれず、正直に話す。その答えを聞いた女性はほんの少しだけ目を見開くと、考え込むように口元を抑えた。
「……何故、あの龍は不死の力を得ていた筈──もしや不死を破ったというのか?」
「不死?いや、俺が戦った時は普通に戦ってると倒し切れたんだけど……」
「……馬鹿な」
女性は再び考え込むように視線を落とし、なにやらブツブツと呟き始める。何故だか声を掛ける気にも彼女から離れる気にもなれず、ただ彼女の結論が出るまで待機する。自分でも何をしているのかは分からないが、何故だかそうした方が良いような気がするのだ。
女性は一つ何かを思いついた様に顔を上げると、背後に控えていた壮年の騎士に何かしら語り掛ける。
「ジライヤ、あの者を連れてこい。力を測る」
「御意に」
女性は一瞬その身を翻したかと思うと、唐突に空間から彼女の姿が消える。テレポート系統の魔法だとは思うが、もしやあの鎧か剣のアーティファクトだったりするのか。残された方のジライヤと呼ばれているらしい騎士の男性は、その金属製のブーツをコツコツと鳴らしてこちらに歩み寄り、俺とエマの目の前で立ち止まる。エマが何やら額に汗を浮かべていたが、ジライヤは関係無いとでも言いたげに俺の前で一つ、深く頭を下げる。
何事かと固まっていると、ジライヤはその少しシワの入った厳格そうな顔を少し優しげに緩めると、背後の先程まで女性が居た辺りに視線を向ける。俺もつられてそちらを見ると、図ったようにジライヤは声音を高くして笑う。
「申し訳ありません、キルアナ様は少々気難しいお方でして。ただ真祖龍を倒すという偉業を成し遂げたという貴方に興味があるだけなのです。どうか、付いてきては頂けませんかな?」
ふむ、それならとりあえず付いて行った方が良いか。とりあえず今の状況から再スタートすればマズいことになるのは目に見えているので、一先ず逃れるためにも一旦ついて行った方が良いだろう。エマと共に立ち上がって、ジライヤに付いて行く。それにしてもあの雰囲気と外見、話し方から中身がそうとは、意外と可愛い人なのかもしれない。
ギルドを一旦出て、薄暗い路地に入っていく。エマに何の反応も無いという事はジライヤに騙す気が無いという事なので、一先ず黙って着いて行く。
そして、少し広い広場に出た、その時。
「――シィィッ!」
「っぶねぇっ!?」
そんな、極大の殺気と共に放たれた一撃を、何とか『収納』で弾き落とす。間に合っていなかったら胴体を両断されてしまったであろう一撃はそのまま背後の壁に突撃し、大きなクレーターを作る。何だそりゃ、騙す気は無かったんじゃ無いですかねぇ。思いっきり酷い事なんですが。そんな具合に心臓をばくばくと鳴らしつつ、目の前に立つ腰の鞘から剣を引き抜いた女性に抗議を込めた視線を送る。が、女性は感心したように「ほう」と呟くだけで、何の謝罪も無かった。
エマをすぐに後ろに押しやり、腰の剣を引き抜く。『収納』の状態を確認してから、いつでも展開出来る様に気を張っておく。最悪『禁術』の行使も考えねばならないし、最大限警戒して構えた。直感的に感じるのだ。恐らく、彼女はとんでもなく強いだろうと。
いきなり殺しにくるとか、もう怒ったぞ。何のつもりだ、等と聞くのは全てが終わってからだ。一先ず今は彼女の攻撃を食い止めて、その行動を封じる。その為にも、一つ気合を入れる為、叫ぶ。
「いいぜ、やってやる──っ!」
「流石に良い気迫だ。いいぞ、殺す気で来い……ッ!」
あまりにも唐突過ぎるギルドテンプレの一つ――腕試しが、今始まった。




