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断章『天才少女の行く先』

「――『灼崩』」


 呟かれたその言葉と共に、太陽を彷彿とさせる爆炎が巻き起こる。紅蓮の炎は彼女の前に群がる魔族の軍勢(有象無象達)をいとも簡単に焼き払い、その幾千幾万という数の生命を瞬時に屍に変える。それは本来火炎魔法系統の最高クラスの魔法にすら匹敵、否、超越する筈の大魔術。その行使に必要な魔力は、並の魔法使い数百の全魔力に匹敵する。

 しかし、その行使者はたった一人。数百人で行う大規模な術式詠唱も、ましてや超巨大な魔法陣を描く事もなく、彼女はさも当然のようにその力を振るう。


『太陽の化身』。それが化け物のような彼女に――姫路(ひめじ)(みのり)という少女に、彼女を恐れた魔族が付けた渾名だった。


 そしてその想像は全くの間違いでもない。実際彼女の持つ異能である『天照らす大いなる御神(アルティメット・ワン)』は、日本の最高神格、太陽神、天照大御神をモチーフにしたものだ。

 しかし、その能力は持ち主の才能を最大限引き出すというだけのもの。それらの才能は、姫路(ひめじ)(みのり)というたった一人の少女が初めから持ち合わせていたものだ。

 彼女が最も適性を持つ火炎魔法は、この世界に来て直ぐの時に彼女自身の考えによって自重されていた。"適性があり過ぎる"が故に、簡単な初級魔法ですら常人の上級魔法クラスの力を持ってしまう。無論加減は可能ではあるが、そうするとより集中力も消費し、魔力もまた増える。

 彼女の身に収まる馬鹿げた量の魔力からすれば誤差レベルでしかないが、死の恐怖に怯え、決して油断も慢心もしない彼女にとっては、それですらも看過出来ない問題であった。


 ――けれど、半ばヤケになっている今の彼女に、そんな考えは浮かんでいなかった。


「……これでいい?」


「……あぁ、十分だ。残党は俺らで仕留める」


 以前の凜としたそれとはかけ離れた、無気力さすら感じられる彼女の声に応えるのは、空色の鎧の騎士。しかしそんな中世ヨーロッパのようなソレとは裏腹に、その髪はヨーロッパとは遠い鮮やかな漆黒だ。それはつまり、彼が(みのり)と同じく転移者である事を意味する。


 名は、神薙和也。(みのり)を除けば、今やクラスメイト達の中でも五条一成と並んでトップクラスの実力を持つ、クロの親友である少年だ。


『神風』の異名を授けられた彼の強みは、彼自身の異能である『過度加速(オーバーロード)無間歩(ノットリミット)』による超高速戦闘。音速などとうに超え、一瞬の内に幾度も打ち込まれる斬撃はこれまで何度も敵の魔族を討ち取ってきた。切り捨てた魔獣の数など、既に数え切れない。

 そして、二人だけではない。二人の後ろには5,6名のクラスメイト達が待機しており、この2ヶ月で彼ら全てが既にレベル80を超えている。人界の各地に派遣された彼らは、各地の戦場で魔族に対する切り札として戦っていた。


 が、その雰囲気は明るさとは程遠く、到底活気があるとは言えないだろう。なにせ、クラスメイトの一人――五十嵐久楼がその行方を眩ましたのだ。

 彼は確かに一部の人間からは嫌われ、少し近寄り難い雰囲気もあった。何か同じ人間として少し"歪"というか、その精神性があまり一介の高校生にしては妙なのだ。アニメのキャラクターほどではないが、考え方が何処か地球(あちら)の一般的なソレと乖離しているように感じられる。

 それでも彼は基本的に心優しい性根で、普通のクラスメイト達には嫌われてはいなかったのだ。と言うよりむしろ、彼の気遣いによって助けられた者も実は多く、主に二人と行動を共にしているのはそんな面々だ。


「和也君、加護は掛けといたから。」


「サンキュ、八重樫。それじゃあ行ってくるから、ちょっと待ってろ」


 先程まで杖を掲げ、何やら短く呪文を詠唱していた少女――八重樫(やえがし)紅葉(くれは)が剣を抜いていた和也に通知し、それを聞いた和也が僅かに腰を落とす。やがて彼の体を青白い光り輝く粒子が包み、彼の瞳をこれまた蒼く染める。これこそが、彼の異能の発動合図。輝きはやがて彼の持つ魔剣『フラスト』にも伝わり、戦場の燃え盛る炎を反射して紅く染まった刀身に蒼の光が纏われていく。和也はグッと足に力を込めると、溜め込んだ力を一気に解放した。


 ドパンッ!と音の壁を超える音が響き、蒼い残像を残して和也の姿は搔き消える。


 同時に残像と同色の剣閃が奔り、燃え盛る戦場の炎を薙いで加速する。彼は焔の煙に紛れて逃走を図ろうとしていた敵の指令部隊に一瞬で追いつくと、その並んでいた幾つもの首を一息に落とした。が、一番奥の甲冑を着込んだ魔族のみが寸前で和也の剣を弾き、少し仰け反りながらも何とか押し返してくる。金属と金属が擦れ合い、無数の火花が散っていった。どうやら、今の一撃を防げる程度には強いらしい。しかしそれも、未だ限界ではないこの速度ですら防ぐのが精一杯のようだが。


 レベルが50辺りを超えてからこれを防げるものは中々居なくなったので、ほんの少しだけ驚いて更に速度を上げる。


「――っ、ぐぁ……っ!」


 甲冑の魔族が小さく呻き、防ぎきれなくなった剣撃が徐々に鎧へと傷を付けていく。際限なく加速していく斬撃はやがてその大振りの剣を根元から叩き折り、無防備に空いた胴体へと和也が剣の柄を叩き込んだ。魔族はあまりに加速したその一撃に吹き飛ばされ、鎧の中心にヒビを入れて地面へと倒れ込む。咄嗟に起き上がろうとした魔族の首付近を踏み付け、その上体を地面に固定した。呻く魔族の首元に剣を当てて、既に状況は詰んでいる事を思い知らせる。


「……っ!」


「聞きたい事がある」


 すぐには殺さない。クロの行方不明以降、此処が完全な命がけの戦場である事は嫌という程思い知らされた。今和也が行っている事は立派な殺戮であり、誰かの命と繋がりを奪う行為だ。けれど、それでも戦わなければ事態は変わらないのだ。

 こんな時に、こういったジャンルに詳しいクロが居ればどれ程頼もしい事か。和也が読むのはアニメ化されているものや、メジャーなライトノベルばかりだ。そういったものの中にはあまりこういった異世界転移モノは少なく、和也は余り詳しくない。元より和也はバイトや勉強で時間を取られていた為、趣味に回す分の時間がクロに比べてかなり少なかったのだ。クロは和也よりも勉強しているとはいえ、やはりバイトに回す分の時間の差は大きい。


 だから、和也が今その親友を見つけ出す為に思い浮かぶのは、この程度の事だけだ。


「……イガラシ・クロという名を聞いた事はあるか?」


「……聞かない名だ」


「そうか」


 言葉を返されて直ぐに、甲冑の魔族の首を落とす。

 深く追求するつもりはない。時間を取ればそれだけ戦場に居座る事になり、その分だけ死に近付いていくという事になる。姫路によると未だ死んではいないらしいクロの所在を掴むまでは、死ぬ訳にはいかない。

 これでも、(クロ)の親友を名乗っているのだ。まだ見ぬ遥か遠くの大地に居るであろう親友の無事を願わずして、そんな大層肩書きを名乗れるものか。


 振り抜いた剣をそのまま剣帯に挿す。無論、血を拭う必要はない。音速で振り抜かれたこの剣には血の一滴も付いておらず、首から溢れ出る血は全て音速の風圧に飛ばされ、明後日の方向へと飛んでいった。そのまま踵を返して、コツコツとブーツの底を鳴らしつつクラスメイト達が待機する高台へと戻っていく。

 高台に近付いたところで一つ跳躍し、戦場の範囲外となるその安全圏に一先ずは戻った。


「はぁ……っ、やっぱり、知らないってさ。魔界の下の方には居ないっぽいな……となると、獣界か精霊界、魔界の上の方か。最悪のパターンは魔界の上の方に出る事だけど……」


「……そう」


 答える姫路の様子はやはり無気力的で、目の下にはうっすらとクマが見える。髪にも以前程の艶やかさは無く、何処かやつれているようにも見える。明らかにそれはクロという初めての友人であり、初恋の相手を、死んではいないとはいえ、失ってしまった悲しみによるものだろう。極度のストレスと続く徹夜が祟って、今の彼女はとても見ていられない。

 彼女は、彼女自身の異能の恩恵である神宝の一つをクロに持たせた事により、彼との繋がりが途絶えていないのは確認済みだそうだ。けれど彼が世界の何処にいるのかはまでは分からず、繋がりから把握出来るのは彼の生死のみ。

 故に、彼女はただひたすら戦場に赴き、莫大なまでの魔力を湯水のように使っていた。クロとの再会の為に、少しでもその道を広げようと。


「なぁ姫路、そろそろ休めよ。ここ最近ずっと寝てないだろ。もしクロを見つけたって、お前がまた倒れたらどうしようもない」


「……駄目、まだ遠すぎるの。まだ五十嵐君は生きてるから――早く、見つけ出さないと」


 この調子だ。

 まだクロのように力が無く、長い間動いていれば直ぐに動けなくなってしまうようなステータスならまだ休ませる事もできただろう。けれど生憎と姫路はあらゆるステータスが他のクラスメイト達を遥かに上回っており、しかも半数以上が数倍、数十倍では利かない程の差だ。余計に体力も魔力もある分、本来の人の限界を超えて活動出来てしまう。一週間徹夜の俺も大概人の事は言えないが、それでもここ2ヶ月近くずっと一睡もしていない姫路と比べるとまだ可愛いものだ。

 例え体力と魔力が保とうとも精神面の方向で確実に負荷が掛かっているのは分かりきった事だし、その負荷がどれ程に悪影響を齎すかもよく理解している。故に、まだ捜索を続けようとする姫路を俺は止めようとしているのだ。


 いかに姫路が万能だといえど、そのパフォーマンスを落とすところまで落とせばいずれ足元をすくわれる。それは彼女自身もこの世界に来た直後に言っていた事だというのに、今の彼女はそんな事考えてもいないとでも言うかのように荒れていた。


「せめて仮眠くらいはしてくれ。何かあった時にお前が万全じゃないと、お前も俺達も困るんだ」


「……分かった」


 最後の手段として、狡い言い方とは思うが俺達周りの命の危険を説得のテーブルに出す。彼女単体によるの圧倒的な迄の戦闘力は言うまでもなく俺達を何度も救ってくれたし、各地で引き起こされる戦争も彼女1人の手によって鎮められる事も多々あった。

 無論、超広範囲の大規模殲滅魔法による皆殺し、という手段によってだが。

 最初こそ彼女もその虐殺に嫌悪を抱いていたようだが、なにやら魔法の一つで自らに暗示を掛けたらしい。『相手は死ぬ気で戦場(ここ)に来ているのだから、死んでもそれは仕方のない事だ』という、地球出身の人間からすればあまりにも馬鹿げた理論を、彼女は自らの脳に刷り込んだ。

 勿論その暗示も、永遠には続かない。暗示が切れれば自然とその行為を思い出し、彼女が何度も嘔吐していたという話も八重樫達から上がっているくらいだ。彼女とて、完全に割り切れてはいない。


 姫路が青白い顔を背けて、先に戦っていた兵士達を匿っていた救護用天幕に入っていく。その足取りは重く、他の怪我をしていた衛兵なんかよりもよっぽど見ていられない。


 深く溜息を吐いて、空を見上げる。其処には今にも晴れようとしている赤い雲があり、それはクロが姿を消してしまった時と殆ど同じ光景だった。


 本当に、この2ヶ月で随分と遠くまで来たものだ。


 ――人界大陸上部、大央海(たいおうかい)近辺に存在する街、『ネクロス』。その表面に展開された戦線は、今や終局に向かおうとしている。姫路という人類の切り札は、幾千幾万も迫り来る魔界の勢力をまるで死神の如く滅ぼしていった。


 今や人族(ノルマン)は魔界の勢力を押し返し、これより再び魔界への進軍を始めようとしている。


「──なぁ、今何処にいるんだ?クロ」


 虚しい呟きだけが風に乗って舞い上がり、やがて完全に消失した。









  ◇ ◇ ◇








 割り当てられた簡素なベッドに身を投げ出して、とても長い間その機能を働かせ続けた両の目を塞ぐ。乾いていた瞳にじんわりと微かな痛みが広がり、やがて潤いがほんの少しだけ戻ってきた。

 ただ数秒そうしていただけだというのに、この怠惰な体は今にも深い眠りに落ちようと意識を削り取っていく。今ばかりは神薙君()の言う通り仮眠を取るつもりだけれども、起きればまた暫くは眠るつもりなどない。

 早く、もっと早く、五十嵐君を助けたい。そんな想いだけが荒んだ心に木霊し、収まることを知らない。


 彼自身の『無能主人公の法則(途中離脱)』に当てはめるとするならば、きっと彼は放っておいても生きて帰ってくるだろう。下手をすれば私よりも立派なチート性能を手に入れて帰ってくる可能性だってある。けれど、それはあくまでも推測でしか無いのだ。


 いつ彼が死ぬかなど、誰にも分からない。だからこそ、私は彼を探し続ける。たとえ彼自身が強くなったとしても、強さと心配は別問題なのだ。


「――いがらし、くん」


 名前を呼ぶ。今はもう遠く離れてしまった、彼の名を呼ぶ。


「いがらし、くん」


 名前を呼ぶ。再会できるかすら分からない、彼の名を呼ぶ。


「……くろ、君」


 名前を、呼ぶ。


 2度と、本人の前で呼ぶ事も出来ないかもしれない、彼の名を。


 彼の優しさに救われた。彼の暖かさに救われた。

 彼がこの手を取ってくれたからこそ、私は未来に希望を抱く事が出来たのだ。

 だから私は、君を絶対に見つけ出す。今度は私が、君を救い出してみせる。


 そうしてやっと、姫路実というたった1人の少女は、身を癒す深い眠りへと就いたのだった。

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