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幕間『旅の前日』

 白髪の男女が、俺の両手をそれぞれ握っていた。

 二人はその瞳に涙を浮かべながら、何度も何度も握り込んだ俺の手を振ってくる。その様子から本当に安堵しているのはしっかりと伝わってくるのだが、しかしながら些か過剰にも思えた。いやまあ、気持ちは分かる。気持ちは分かるのだが、うん、その、流石に五分もこの状態じゃ流石に困惑する。


「ありがとう……っ、本当にありがとう……っ!」


「……お、おう……せやな……」


 いかんいかん、思わずエセ関西弁になった。

 両手を握っているのはまあ予想はしていたが、エマの両親であるギールとラナだ。以前からエマ繋がりで結構話す機会はあったのだが、こうも改まられると大分接し方に困る。


 エマと話したあの後、俺はエマに連れられてすぐに外に出る事となった。そして一晩中エマを探し回り、さぞ疲弊しているであろうと思っていた集落の様子はその真逆。むしろ何故かいつもより活気があり、集落中がお祭り騒ぎだったのだ。まだ寝起きみたいなものだった俺は当然ながら、何事かと驚愕してしまった。

 が、まあ当然ながら理由は存在し、例の『流星祈願祭』と真祖竜の討伐祝いを兼ねてのお祭りなのだとか。どうにもあの真祖竜、最近あの山の付近の森の様子がおかしかったとかで、いずれ復活するのではないかと危ぶまれていたそうなのだ。そしていざ復活したと思ったら、いつの間にか行方不明だと思っていた俺が倒していたなんて話になっていた訳だ。


 結果、俺は祭りの主賓として宴の乾杯の音頭を取らされ、自分で言うのもなんだが、めちゃくちゃチヤホヤされている。謙虚(ヘタレ)な古き良き日本男児としては、少々居心地が悪い。

 子供がまるでヒーローでも見るかのような目でこちらを見てくる。やめろ……その純粋な視線を俺に向けるんじゃない……その視線は俺に刺さる……!

 というか俺冷静に考えたらとんでもない事してね?何?行方不明のエマを探し出して助け、そのついでに復活した真祖竜を封印ではなく仕留めたってことだろ?ラノベ主人公かよ。馬鹿かよ。


「すげぇよ兄ちゃん! 一人であの真祖竜倒しちまったんだろ!? すっげーー!」


「のわっ、イサナっ!? あぶねぇって!」


 突如横から飛び込んできたイサナを何とか空中でキャッチし、そのまま受け止める。無論こんな事をしなくてもイサナは十分にレベルもあるので傷一つ負わないのだろうが、それでもついやってしまう。

 イサナはそんなこちらの気苦労を知った様子もなく、鼻息を荒くしてバシバシと俺の肩を叩いていた。このガキ、人の気苦労も知らずにはしゃぎやがって。こんにゃろーめ、こうしてやる。


 肩にのしかかってくるイサナを脇を思いっきりくすぐってやりつつ、一先ずはやり辛い雰囲気をぶち壊してくれたことにひっそりと感謝する。こういう時の子供の存在は非常にありがたい。ギールとラナの二人も、やっと涙を収めてくれたようだ。


 腕の中でくすぐられ、大笑いしながら暴れるイサナを放してやりつつ立ち上がる。十分にお祭り騒ぎは堪能した為、腹も満たされた。パンパンの胃袋にはもう干し肉一枚すら入らない。


「……何処か行くの?」


「ん?あぁ、デウスに呼ばれててさ。大切な話があるって」


 家を出て直ぐに、デウスが俺の下を訪ねてきたのだ。やけに神妙な面持ちで、『祭りを一通り堪能したら家に来て欲しい。大切な話がある』との事だ。

 ――ぶっちゃけると、その理由の予想は付いている。これだけ派手にやらかしたのだ、彼に限った話でもなく、誰だろうと気付かない筈がない。これまで聞かれれば軽く誤魔化していたが、今回ばかりは真剣に話をする必要があるだろう。

 左腕に手を当てる。元の色白の肌はその痕跡もなく、日焼けと言うには余りにも不自然に黒く染まっている。それは当然ながら『禁術』の侵蝕によって齎された痣であり、この痣は左腕だけでなく、全身にも散らばっているのだ。違和感を感じている限りでは、多分頬にまで来ているんじゃないだろうか。

 更には、どうにも精神状態が何かおかしい。全てハッピーエンドで収まった筈だというのに、どこか心の奥底で未だ魂が警鐘を鳴らしているかのような、そんな感覚に陥る。不思議と不快感は無い。無いのだが、どうにも油断ならないような、そんな錯覚。気のせいで済ませるには、些か異常過ぎる。


 きっと、侵蝕は既にどうしようも無いところまで来ているのだろう。


 話を聞きに行かねばならない。せめて、これ以上の侵蝕を遅らせる手段くらいがあれば良いのだが。そんな楽観的な思考で気を紛らわしつつ、デウスの家に向かう。内心に確かに存在する恐怖は、今更どうしようも無い。やってしまった事なのだ。


「くるぅっ」


「っと、ナイアか。一緒に来るのか?」


「ぴぃ!」


 鳴き声のイマイチ安定しない相棒を頭に乗せて、集落の中央に向けて歩き出す。もしかすればデウスなら、どうにか出来る方法を知っている可能性も無くはないかもしれない――そんなかすかな可能性を脳裏に浮かべつつも、俺はデウスの待つ家に向かう事にした。





 ──ジッとこちらを見つめていた、エマの視線にも気付かず。








 ◇ ◇ ◇









「――どうやら、話は分かっているようですな」


「……えぇ、まあ」


 デウスの家に入るなり、座布団に座っていたデウスがそう言ってきた。どうやら俺の予測は当たっていたらしい。やはり、この体の痣の理由はデウスも知っていたか。

 頭に乗るナイアの背を軽く叩き、ナイアには一旦退いてもらう。こちらの意図を察して直ぐに飛び上がってくれた愛竜に感謝しつつ、上着のファスナーを下ろした。袖から両腕を引き抜き、その漆黒の上着を床に落とす。上着に隠れていた上体はそれは酷い有様で、そこらじゅうに黒い痣が散りばめられていた。

 デウスが僅かに眉をひそめ、俺の体の痣に視線を向ける。暫くそのままに待っていると、デウスが一つ大きな溜息を漏らして視線を上げた。半ば呆れ混じりのようなその視線を受けて俺は苦笑いし、デウスもまた苦笑して言葉を発する。


「……まずはエマを救ってくれた事、感謝しましょう。ありがとう――で良いのでしたかな?」


「ええ、合ってますよ。どういたしまして」


 ちなみに、ありがとうに代表される感謝の言葉シリーズはこの2ヶ月で大分浸透している。エマが結構聞いてくるので教えてやっていると、なぜかいつの間にやら集落中に浸透していくのだ。流石はエマの影響力といったところか。

 デウスのぎこちない『ありがとう』に答えつつ、上着を着直してからその先の言葉を促す。きっと彼が言いたい事はそんな事では無く、もっと別の事――つまりは、なるべく使用を避けるよう何度も言われていたというのに、何度も何度も、取り返しの付かない所まで『禁術』の使用を繰り返した、俺に対する苦言だ。


 俺はデウスと交渉して『禁術』の術式を刻んでもらった際、彼と幾つかの約束をしたのだ。


 一つ、『禁術』は出来る限り使用を控える事。


 二つ、仮に使用したとしても、出力はなるべく抑える事。


 三つ、一度使用した場合、絶対に連続して使わない事。


 ──つまり、俺は全て見事に約束を破ったという訳だ。彼は俺の身を案じてその約束を強要したのだというのに、その厚意を無駄にしたのだ。責めの言葉の三つや四つ、受けて然るべきだろう。


「……自身の状態は、把握していますね?」


「はい。もう取り返しの付かない所まで来ているっていうのは、分かってます」


頭の上に戻ってくるナイアを撫でつつ、自身が感じている事実を述べる。それはもう目覚めてからずっと分かりきっている事で、この侵蝕はもう魂の奥深くまで根を張ってしまっていた。それは、当の本人である俺だからこそ良くわかる。


「……全く、困ったものだ。こっ酷く叱ってやりたい気持ちはあるというのに、貴方が居なければエマも救えず、真祖龍すらどうにも出来なかった」


 デウスが複雑そうな面持ちで頭を掻き、苦笑しながらも言う。迷惑を掛けてしまったようで、多少の罪悪感が生まれてくる。なんか、こう、すいませんでした……いやホントに。若干『禁術』に頼り過ぎたという自覚はあったのだけれども、いざこうして面と向かって言われると自分の浅はかな行いを反省する。

 一応エマを救い出せたとはいえ、その救出に行こうという時点でかなり無謀な作戦ではあったのだ。なんたって、その時の森は夜。夜の森には、昼とは比べ物にならないほど強力な魔物が出現する。平均レベル200オーバーの集落の精鋭達ですら中々に厳しい状況なのだ、俺だって『禁術』で一気に突破していなければ死んでたかもしれない。そして当の『禁術』も、本来決して使ってはいけない『源流』のものなのだ。それはもう散々集落の禁忌を破った事になる。

 しかしそれらの禁忌は全て、ここに住む家族達(ナタリス)の身を案じてのものが全てだ。


 ――故に彼が"こっ酷く叱ってやりたい"という気持ちも、俺を心配しての事なのは分かっているのだ。


「明日にでも、発つつもりなのでしょう?」


「……はい」


 俺がこの集落に留まっていたのは、魔界の大地を身を守りながら渡れるようにする為。が、今や俺のレベルは273だ。確かナタリスの最高レベル保持者であるラグが258だったので、俺はいつの間にかナタリスでも最高レベルに到達していたらしい。まあ何分実戦経験が少な過ぎるので今でもラグに勝てるとは思わないが、自衛程度の力は身につけたつもりだ。

 それにこの『禁術』を、いつ何処で使う事になるかなど分かったものではないのだ。侵蝕が進んで《最低最悪の魔王》とやらの意識に書き換えられる前に、早く人界に戻らなければならない。彼女ならきっと大丈夫だとは思うが、姫路の事だって心配なのだ。これでも一応彼女に惚れている身だ、会いたくない訳がない。


 ただ、心残りはある。そしてそれと同じように――


「エマが悲しむでしょうなぁ……」


「……うぐっ」


 あんなに堂々と『信じる』と言われている手前、明日になって唐突に『帰ります。これまでお世話になりました、さようなら』じゃああまりにもあんまりだ。絶対に認めてはくれないだろう。連れて行くなんて以ての外だし、それで旅立ちを遅らせていればズルズルといつまでも引きずっていってしまう。こればっかりはキッチリと終わらせてしまった方が絶対に良いし、『禁術』の進行具合的にも早く発たねばならないのだ。だからこそ、彼女にはなんと説明したものか。

 ……本格的にどうしよう、上手い説明が全く思い浮かばない。これでもこの2ヶ月、結構あの子には世話になったのだ。その恩を全部バッサリ切り捨てて一方的に別れを告げるのは、流石に良心の呵責が酷い。ヘタレの俺には出来そうもなかった。

 思わぬところから出現した新たな問題に頭を掻き、どうしたものかと考え込む。何が知力SSだポンコツ脳め、人付き合いもロクに出来ないで何をチートステータス気取ってやがる。


 考え込む俺にデウスが苦笑し、横に置いてあった木製のコップ注がれていたお茶を啜る。くそう、このじーさんめ、他人事だと思いやがって。


「実際他人事ですからな」


「……なんでそこまで詳細に読み取れんだよ……」


「年の功というヤツです。別れの言葉については、明日までに決めておく事ですな」


「ぐぅ……っ」


 呻きつつも立ち上がり、扉に手を掛ける。ニコニコと皮肉たっぷりの笑みを浮かべつつ手を振ってくるデウスにイラっとしながらも会釈し、俺はお祭り騒ぎも収まりつつある集落の帰路に着いた。くそっ、あのじーさん、最初に会った時の威厳は何処にやったんだよ。段々やる事が陰湿になってきてるぞおい、俺のせいか、俺のせいなのか。

 すれ違うたびにはしゃぎながら声を掛けてくる子供達を適度に受け流しつつ、たっぷりと疲労の溜まった体を動かして自分の小屋に辿り着く。子供は本当に元気だ、お兄さんもうずっと働き詰めの社畜状態続きで疲れちまったよ。もう休んでもいいよねパトラ○シュ。


 そんな具合にネタ的思考で気を保ちつつも、倒れ込むようにベッドに落ちる。もう少しぐらいなら起きていられるだろうが、そろそろ眠気も近付いては来ている。このまま目を瞑っていれば、自然と眠りに落ちれるだろう。そう思ってシーツに顔を埋め、深い眠りに身を任せようとしていると、思わぬ声に中断させられる。


「……クロ」


「……んぁ、エマ? ……って、あー、簾下ろしてなかったか」


 しまった、いくら疲れていたとはいえ防風用の簾を下ろし忘れたまま寝るとか、風邪一直線だぞ。明日旅立つってな大事な時に風邪をひいてちゃ世話ないや。

 そんな考えの元エマに礼を言いつつ、簾を閉めに行こうと立ち上がった所で――


 ばふっ、と。



 なにやら、エマに抱き着かれてしまった。



 勢いに押され、ベッドに尻餅をつく。エマはそのまま自身も膝をベッドに乗せ、俺の膝の上に乗って背に手を回してくる。頭から振り落とされそうになったナイアが枕の方に飛び移り、簾はその時のエマの手に触れた為か、カシャンと落下するように落ちた。

 ……うん、うん。うん?

 いや待て、ウェイト、どういう事だ?なんでさ、どっからそうなってこうなった?あの、ちょっ、エマさん?何をしてらっしゃるんです?そんななんの前触れもなく年頃の女の子が思春期の男の子に抱きついちゃいけませんからね?いやあの本気でどうなさったんです?そんないきなりこんな事にエマが及ぶ理由なんて――


 ――まさか聞かれてたか。


「……もしかして、聞いてたのか?」


「――。」


 こくんと。

 胸の中で、エマが小さく頷く。やっぱりか、やっぱりそういう事か。あちゃぁ、やっちまった、迂闊だった。もっと周りに気を配っとけば良かったか。


 エマはぎゅっとその腕に込める力を強めてくる。その、家族(ナタリス)的には寂しい時は抱擁とかもよくある事なんだろうが、いかんせんナタリスの文化に染まっていない俺だと別の意味に錯覚してしまう。うん、違う、エマはそういう感情は持ってない、去れ煩悩。色即是空、空即是色。脳を空にしろ、余計な感情は持つなよクロ、お前には初恋の相手が居るだろう。


 酷く動揺しながらもなんとか理性を保ち、胸の中に居る少女を見下ろす。さて慕われているのは嬉しいのだが、どうしたものか。おいこらナイア、空気読んで寝てるんじゃないよ。


 「……あー、エマ?その――」


 「……私も」


 声を掛けようとした俺の言葉を遮って、エマがしっかりと告げる。その主語のみの言葉が意味する事を推し量ろうと吟味し、そして一瞬で理解した。

 答え合わせは、当の本人がすぐにやってくれるらしい。


 「……私も、一緒に行く……っ!」


 ……うそやん。

 えーと、今エマは一緒に来ると言ったのか?えーと、確かエマには目的地は話したよな?人界だぞ?魔族を徹底的に嫌ってる人間が住んでる場所だぞ?めちゃくちゃ遠いぞ?エマは基本賢いし、それくらいは分かってるよな?


 「……エマ、俺が行こうとしてる所が何処かはわかってるよな。人界だ、魔族が敵として扱われてる場所なんだ。エマにとっては、とんでもなく危険な場所なんだぞ?」


 「……分かってる。でも、行く」


 断固として、そう言う。


 「……とんでもなく長い旅になる。下手すれば、数年は帰ってこれないような本当に遠い場所だ。家族と、会えなくなるんだぞ?」


 「分かってる。けど、行く」


 結論は変わらず。エマは、俺の体を離さない。


 「…………男と二人旅だぞ?そんな長い間俺と二人っきりの旅だ、それでも良いの――」


 「……私はっ!」


 エマが、俺の声を遮って不意に叫ぶ。驚いて言葉に詰まる俺に、エマがその赤い瞳に涙を溜めつつ宣言する。

 未だ俺の服を握り締めるその指からは未だ力が抜けず、その頬も少し紅潮していた。けれど、それすらも関係無いと、エマは口にする。


 「……クロが、好き。だから、一緒に行きたいの……!」


 そのままエマはその桜色の唇を、俺の唇に重ねてくる。

 柔らかな感触が伝わり、ふんわりとした優しい香りが鼻に届く。可憐に整った美しい少女の顔が、目の前にまで来ていた。驚きに目を見開き、目の前の少女を見る。

 ――無論、その『好き』という言葉に、ナタリスの家族特有の意味合いなどはない。ただ純粋に好意を伝える言葉と、異性としての好意を示す口付け。その意味は例え、ナタリスであろうとも変わらない。


それは確かに、エマという1人の少女が、異性としてイガラシ・クロという1人の少年に向ける、明確な好意だった。


 確かに混乱はしているものの、彼女のその気持ちは、一人の男として、そしてイガラシ・クロという存在として、ただ純粋に嬉しい。俺で良いのか、等と無粋な考えは自然と浮かばなかった。


 ――しかしそれでも、俺の『一番』は既に埋まってしまっている。


 俺が好きなのは、姫路実という少女だ。俺は彼女と再会し、元の世界へ戻るために、人界に帰らなければならない。だから、エマの気持ちには答えられない。それは、これまで散々俺が人界に残してきたもの聞いてきたエマだからこそ、一番良く分かっていることだろう。

 これまで散々無様を晒してきた俺にも、そのくらいの矜持はある。


 唇が、離された。


 「……クロに、好きな人が居るのは、分かってる」


 エマが、僅かに声のトーンを落としていう。その声は何処か悲しそうで、胸の中の罪悪感がチクリと痛む。けれど、せめてこの意志だけは曲げない。曲げられない。曲げたくない。


 エマはそんな俺の意思を汲み取ったかのように無理に笑みを浮かべて、再び俺の胸に顔をうずめる。


 「……けどせめて、それまでの間だけでもいい。クロと一緒に居たい、クロと一緒に世界を見てみたい、クロと一緒に旅をしてみたい、クロの隣で、くろを支えたい。私を助けてくれた大好きなくろを、今度は私が助けたい……!」


 更に、込められる力が強まる。ああ、きっとこの決意は、俺には止められない。エマは1つこうすると決めると、頑固なのだ。こうなってしまうともう、エマは止まらない。それはこの2ヶ月で、嫌という程思い知っている。

 ……なんで俺みたいな奴に惚れちまったんだか。どうやら、男を見る目はないらしい。


 「……俺は、そんな大層な男じゃないんだがなぁ」


 「……クロは、凄いもん」


 身に余る過大評価に苦笑しつつ、そのまま倒れ込む。エマもそのままつられて倒れ、俺の胸の上から退く気配もない。背に回された手は、未だ俺の体を抱き締めたままだ。

 予想外の好意を向けられて困惑していたが、混乱も大分収まってきた。『一番』を変えるつもりはない為に抱き締め返す事は出来ないが、せめてと彼女の背をポンポンと叩く。

 これからの旅を想像して、一つ新たに浮かんだ懸念に溜息を吐いた。即ち──


 ──また助けられるなぁ。と


 「……これからも、よろしくな」


 「――! ……んっ!」


 明日は説得に忙しくなるなぁとそんな事を考えつつも、俺は目を閉じ、ようやく深い眠りに就いたのだった。







次回、2章突入!感想、評価、指摘等、お待ちしております!

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