表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/107

第22話『一人か世界か』

『――ああは、すごいね。一応結界を幾つも張っておいた筈なんだけど……全部粉々だ』


 目が覚めた。


 周囲の状況確認。トレース、コンプリート。周囲の環境は水中、呼吸は可能、視界も『禁術』の赤光により良好。身体状況把握開始。身体の強制稼働、未確認。体内に潜むと思われる《誰か》の声、未確認。心に不可解な補正を加えていた激情、消失を確認。身体に詳細不明の痣が多数出現、通常活動に支障は無し。オールクリア。全機能の正常を確認。客観性自己暗示、終了――。


「……っ」


 戻って、きた。

 失われた筈の左腕を見ると少々浅黒くなってはいるが、確かにソレは存在している。その腕を食い千切られた時の痛みでのたうち回っていた際に付けた傷も、全て完全に再生していた。案の定、それらの場所は全て浅黒く染まっているが。

 そして俺は、この色を見た事がある。言うまでもなく、右手の『禁術』の紋章――その下に広がる痣と、同色なのだ。


 つまりは、俺は失われた左腕や傷を全て無かったことにした代わりに、その分だけ『禁術』によって侵食されたという事になる。多分、というかこれ絶対やらかした奴だ。確実にこれ、取り返しの付かないところまで侵食されてる。


 いや、今は考えるな。そんなもの後で考えろ、今俺が五体満足にこんな所にいるという事は。


 ──エマが、この腕の中で眠っているという事は。


「……アレに勝つとか、よくやるなホント」


 得体の知れない《誰か》に感謝しつつ、未だ意識を取り戻さないエマを抱えたまま全力で上昇する。あまり得意とも言えない水泳だが、未だ残る『禁術』の身体強化に肖って凄まじい勢いで水面から飛び出した。この奇妙な海は思いの外広く、超巨大な部屋――あの巨剣『クラウソラス』ですら横幅だけならば入る大きさ、要するに500mはありそうなほど広い。真ん中から少し入口らしき道側に少しだけ寄った程度の所にいる筈なのに、奥の空間が霞んで見える。

 と、いうか。


 その『クラウソラス』が、この海を二分するように突き刺さっているのだが。


 その巨剣は、相変わらず青白いスパークを溢れんばかりになっ迸らせている。しかしその輝きは水中からは見えなかった事から察するに、この海には魔力を遮断する性質でもあるのか。

 そしてクラウソラスがここにあるという事は、この上が封龍剣山――そして、この海の底に『真祖龍』が眠っている、という事になる。更に言えば先程の声は、その真祖龍の声以外には現状考えられない。


 勢いを付けて飛び出し過ぎたのか少しばかり滞空していたので、『禁術』の身体能力で空気を蹴る。それだけで風圧の壁を蹴り、ゴパンッッ!という音と共に入口付近の陸地に着地する。岩で形成された陸地が足がなぞったライン通りに削れ、岩全体に多少のヒビが入った。眠るエマを慎重に下ろし、『収納』からクッション代わりの布をいくらか取り出して枕代わりにする。その顔色は悪く、やつれているように見えた。ただ単に栄養不足とでもいう訳がないので、その可能性、と言うより結論には、すぐに思い至る。当然ながら、魔力不足だ。


 そしてその原因は何かと聞かれれば、それはもう確定していると言っても良い。


「……この子の魔力を喰いやがったな」


『うん。彼女のソレは特別製でさ、この剣を抜くのに必須だったんだ。まあ今も足りてないから、貰ってるけどね』


「クソ野郎が」


『失礼な、私これでも性別的にはメスだからね』


「突っ込む所そこかよ」


 おちゃらけてみせる真祖龍に毒づき、水の中にいたせいでびしょ濡れの髪を掻き上げる。この魔力を遮断する海の底に居るであろう真祖龍を見下ろし、その存在に唾を吐いた。

 当然、こちらから何かをする事はできない。するつもりも無いし、必要も無い。エマをここから連れ帰り、自然のマナを吸収させればすぐにでも回復する筈だ。すべての生命体は体内の魔力がなくなれば、自然からそのマナを吸収する事が出来る。それは例え魔法が使えないナタリスでも例外では無いという事は、『ライヴ』という魔力の結晶を取り込める時点で証明されている。


 アレを使う所を実際に見た事があるが、アレは侵食を浄化すると同時に体内に溜まった魔力を丸ごと新しいものに交換していたのだ。新しい魔力を取り込めるのなら、待機中のマナとて取り込める。


 エマを抱き上げてから『禁術』を発動し、全身に紅いスパークを纏わせる。身体能力が劇的に向上し、右腕の紋章の痣が少し広がった。気持ち悪い感覚に襲われ、自意識にモヤが掛かったかのような感覚が全身を覆う。が、それでもハッキリと目的は認識していた。

 足に力を込め、跳躍と同時に天井を突き破ろうと、エマを持つ両腕の片方に力を込める。


 ──その時に。


『いいの?魔力の徴収は私の近くに居るからってわけじゃ無いけど』


「……どういう事だ」


 疑問気な声音で言ってくる真祖龍の意味深な言葉に振り返り、その本意を尋ねる。魔力の徴収が真祖龍そのものから行われているのでなければ、どういう原理で行われている?それを解明しないという事はつまり、魔力の徴収がエマの魔力が尽きるまで実行され続ける可能性が高まるという事だ。そうなれば自然、エマは死ぬ。

 魔力とは即ち、生命力。魔法とはそれらを代償に放つ、一種の諸刃の剣。その根源たる魔力を吸い尽くされれば、その生命体は例え一切の外傷がなくとも、その活動を停止させてしまう。


 例えその後に魔力を取り戻したとしても、一度『死』が認められれば、その魂は肉体と乖離してしまうのだ。


『うん?私の核をその子の魂に直接埋め込んであるからね。例え魔力を遮断するこの海があろうと、外にある核から直接魔力を吸い取っているんだから、阻める訳もない』


 俺の問いに、真祖龍は平然と答えてくる。まるで、それを伝えてもどうにもならないとでも言いたげに。というか、実際どうにもならない。何を言ってんだコイツは、馬鹿じゃねぇのか?魂に直接埋め込むって何、(物質)(非物質)と同化させてんじゃねぇよ、どうなってんだソレ。どうやったんだソレ。

 魂の概念なんて、俺が知る筈もない。もしかしたら姫路なんかはそういった魔法を使えたりするのかもしれないが、彼女はこの魔界には居ない。無い物ねだりをしても現状が変わる筈もなく、どうしようもない現実に歯噛みする。

 無論、動けない真祖龍が嘘を吐いてエマをここに留めさせようとしているという可能性も無いわけではない。むしろ、その可能性が普通なら限りなく高いのだろう。けれど、どうにも俺には真祖龍が嘘をついているように感じられない。


 奇妙な感覚だ。真祖龍は嘘を吐かないと、相変わらず俺の体に巣食っている《誰か》が訴えてくる。俺の体を奪って死に物狂いでエマを助けに行ったと思ったら、今度はエマを今にも殺そうとしている真祖龍を擁護している。本当何なんだよお前は、何がしたいんだ。


 ああクソ、知識が足りなさ過ぎる。土壇場で全部信用もできない相手の知識に頼りっきりになるなんて、恐ろしいにも程があるだろう。いつ罠に嵌められてもおかしくないのに、その情報しか知らないから頼るしかない。どう足掻いたって俺だけの力ではどうしようもなく、いつも誰かに頼りっきり。エマを助けられたのだって、結局はこの《誰か》に頼ったからに過ぎない。本来俺は、エマを諦めていた筈だったのだ。見捨てようとしていたのを、この《誰か》に強制されて助けた。客観的に見れば、つまりはそういう事に過ぎない。自分の命を二度も救われたというのに、薄情にも程がある。


 けれど今、もう一度その選択肢を迫られた。


 エマを救う方法はある。けれど、リスクが大き過ぎるほどに大きい。例え今エマを救ったとしても、その後に失敗してしまえば俺もエマも――いや、下手すれば世界そのものに大打撃を与えてしまう可能性だってあるのだ。何せ、この方法が成功するという事はつまり、"真祖龍を封印から解放するという事"に他ならない。故に、選択肢は二つ。


 エマを殺してしまって、魔力の供給を止めるのか。

 真祖龍を解放して、エマを救う為の賭けに出るか。


 ――実質、一択じゃねぇか。


 自分で考えておきながら、自分を嘲笑う。最悪、先程の戦いに勝利するよりも可能性は低いのかもしれない。だが、攻略法が存在するのであればまだ可能性は存在する。

 けれど、失敗すればそれで終わり。すぐに俺もエマも殺されて、それどころかナタリス、果ては魔界を出て世界中にその影響を及ぼすかもしれない。案外人界までいけばチーター共が何とかしてくれるかもしれないが、魔界の真反対である人界まで行けばもう、世界中に大損害が出ているという事に他ならない。けれど──


 ──俺に大を救う為に、小を切り捨てるような度胸があるとでも思ってんのかよ。


 こちとらつい2ヶ月前まで現代のぬるま湯に浸かって生きてきた一介の高校生だぞ。後ろにどんだけ大量の人の命が懸かってようが、どんな大義があろうが、直接の人殺しなんてこのヘタレに出来るわけ無いだろうが。俺はちょっとでも挽回の可能性があるなら、嫌な事からすぐ逃げ出すタイプの人間なんだよ。

 だからこそ、この交渉に全てが懸かっている。ここでは『禁術』なんて役に立たない。今この状況で役に立つのは、この長年の努力で鍛えてきたこの頭と、与えられたチート能力である『収納』のみ。

 落ち着け、焦るな、大丈夫だ、信じろ、きっと上手くいく。


「なぁ、真祖龍」


『なぁに?』


 相変わらず余裕たっぷりの声音で、真祖龍が返してくる。というか、実際余裕なのだ。どう足掻いたってエマだけを救って真祖龍は封印したまま、なんて事は当然ながら出来ないし、俺が直接潜って下に封印されているであろう真祖龍を殺す事なんてできる筈も無い。何たってこんな馬鹿でかい剣が突き刺さっても尚死なない相手なのだ。如何に『収納』の無敵性を利用した防御無視攻撃と言えども、到底殺し切れる訳がない。

 故に俺は、真祖龍そのものを倒す事は出来ないだろう。例え出来たとしても、精々()()()する程度。


 だが、それだけ出来れば上等だ。


「ちょっと解放してやるから、エマを見逃してくんね?」


『……は?』





 真祖龍が、間抜けな声を漏らした。










 ◇ ◇ ◇










「くそっ、もう夜が明けるぞ……!」


「エマ達はまだ見つからないのかっ!?」


 村中に怒号が響き渡り、普段なら静寂に包まれているはずの森をざわめかせている。既に真っ黒だった空には日が差し始め、徐々にその風景を明るく染め上げていた。それでもナタリスの面々の眠らない夜は続き、その焦りも最高潮に達している。

 初めにエマの失踪から始まり、お次はエマを探しに出たクロの失踪。更に次は封龍剣山の噴火だ。クラウソラスの突き刺さる頂上こそ何も起こらなかったが、その斜面が突如暴発して大噴火を引き起こしたのだ。膨大な煙にガス、火山弾が上空へと伸び、雨の様に落ちてくる火の嵐が辺りの森を灼熱に包む。それらの現象はただおぞましく、ナタリス達を錯乱させた。

 それに加えて、少し前に起きた、三度の地震。これまで『地震』というものに襲われた事のないナタリス達にとって、それは天変地異にも等しい大災害であった。幸い建物が崩れるといった事はなかったが、子供達は泣き喚き、大人達も混乱のドン底に陥れられた。エマやクロの行方知れずも交わって、着実にナタリス達の精神力を磨耗させていく。


「エマ……っ、一体どこに……!」


「大丈夫、あの子は賢い子だ……絶対に戻ってくる……!」


 蹲って泣き出した女性を、男性がその背をさすって慰めている。その二人こそがエマの不在をデウスに知らせた存在であり、エマと本当の意味で実際に血の繋がった親子。母親(ラナ)父親(ギール)である。いよいよ本格的に声を漏らし始めたラナをギールが抱き締めるも、しかしその表情には明確な意志はない。確かに娘の無事は祈っているが、本当に帰ってくるのか。それだけが疑問で恐ろしく、二人はエマを探す事すら出来ず、待ち続けるしかなかった。


 既に、操作範囲は森全域にまで広がっている。ナタリスの手練れ達が夜中の魔物を撃退しつつもエマを探すが、しかしその姿も形も見当たらないのだ。


 なんの手掛かりも残っていない。なんの道標も存在しない。エマは本当に唐突に、居なくなってしまった。それを追ってすぐに出て行ったらしいクロも、その行方は知れないまま。もしかしたら二人が合流していて、クロが連れ帰ってきてくれるんじゃないか――なんて可能性も考えたが、クロが出てから既に7時間は経過している。いくらあの『収納』という力を持つクロといえど、昼間とは全く強さも厄介さも桁違いな夜中の森でそう長く生きられるとは思えない。今頃、もしかすればエマごと──


「――――っ!」


 そんな恐ろしい想像をしてしまい、咄嗟に耳を塞いで目を閉じる。そんな現実が、受け入れられる筈が無い。大丈夫、きっと二人は生きている。そんな虚しい希望に縋って、一睡もしていない事で混濁とし始めた意識を正す為に、ほのかに赤みがかった朝の光を目に入れる。

 背後から登った太陽を背負い、天に伸びるクラウソラスの輝きには相変わらずの神聖さが感じらる。その輝きが重い目を灼く。そうだ、こんなことを考えている暇など無い。早く探し出して、二人を連れ帰らなければならない。絶対に見つけ出す。そう決意を浮かべて、再度遥かなるクラウソラスを見上げた。




 ──見上げようと、した。




「――ぇ?」






 封龍剣(クラウ)断世王(ソラス)は、音もなく消滅していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ