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第17話『真祖龍=白神竜』

 「……どう?」


 「大分呼吸も安定してる。鼓動も大きくなってきたし、多分大丈夫だろ」


 小屋に戻ってしばらく経過し、より上質な回復薬によってその傷の殆どが塞がった白銀の子竜は、今もスヤスヤと毛布の上に眠っている。その呼吸は穏やかなもので、大分痛みも薄れているようだ。

 俺がこの子竜を連れて集落に帰ってきた時はちょっとした騒ぎになったものだが、今はデウスの家に居るらしい魔王の使者に気付かれるのも不味い為すぐに静まらせた。主にエマが。この集落、妙にエマの影響力が高いらしく、皆エマの言う事なら大概従うのだ。


 というか、ぶっちゃけて言ってしまうと、エマはモテる。やたらモテる。


 男女共に人気も高く、冷静沈着、実力もあり、顔も良いと三拍子。無論ナタリス特有の優しさや気遣いなども持ち合わせている為、それはまあモテるだろう。無口ながらユーモアもあり、子供達(これは恐らく本当に子供)と遊んでやったりや冗談を口にしたりなど、意外とクールさの下に外見相応の可愛らしさも持ち合わせている。


 まあそんなこんなで、エマのお陰で騒ぎを大きくせずに済んだという訳だ。


「……見た事ないタイプの魔物」


「え、竜とか居ないのか?魔界」


「……竜?」


 カクンと首を傾げるエマの様子を見る限り、魔界に『竜』といった存在は居ないらしい。となると、例の最強種族とかいう『王龍種(ドラグナ)』限定の呼称なのか?いや、王龍なんて名前を付けるなら他にも龍はいるだろう、龍の王と書いて王龍なんだから。統べるべき民が居ないなら、王なんて名付ける訳もない。

 そうなると他の大陸に住んでいるのか、それとも極端に数が少なくて、この付近では居ないのか。どちらにせよ、この辺りに龍について詳しい者は居ないという事になる。いやまあ、デウスなんかに聞けばもしかすると知ってるかもしれないが。


「お呼びですかな?」


「どわぁっ!?」


 急に背後から掛けられた声に驚き、思わず飛び上がってしまう。何事かと振り返ってみるとそこには、いつの間にか胡座をかいて座っていたデウスの姿があり、何事も無いかのように饅頭のようなものを頬張っていた。彼はそのままその饅頭モドキを口の中に押し込んでいき、しばらくモグモグと咀嚼していくと一気に飲み込む。

 お約束のように特に喉に詰まるという事もなく平然と平らげ、デウスは少し口元を拭うと、ニコニコと笑みを浮かべつつ言葉を投げ掛けてきた。


「急に叫ばれては、驚いてしまうではありませんか」


「いや驚かされたのはどっちだよ」


 いつも通りのテンションでふざけてみせるデウスに突っ込みつつ、冷や汗を拭って再度座り込む。この爺さん、外見とは裏腹に妙に元気だ。ああそういえばこの人、ナタリスの読心能力がヤケに長けてるんだっけ。他のナタリス達よりも正確に読めるらしく、流石に一言一句とまでは言わずとも脳裏に浮かべた光景や人物くらいならば読み取れるらしい。覚り妖怪かよ。

 というか、魔王軍の使者の相手は良いのか。普通に座ってるけど。


「あぁ、それに関してはご心配なさらず、既に追い返しましたよ。全く、戦争には関与しないと何度も宣言したというのに」


「え、戦争参加を求められてたんですか?」


「えぇ、ナタリスの扱う『禁術』は完全開放すれば、制御こそ効きませんが強力なモノですからね。恐らくは敵の中央に送って、使い捨ての爆弾にでもするつもりなのでしょう」


「うわぁ……見事に外道だ」


 ここの魔王もそんな外道系なのかと若干顔が引き攣る。こういう神が元凶系のクラス転移だと魔王が良い人だったりする時もあるのだが、どうやらここの魔王はそんな事はなかったらしい。いや、禁術の使い方教えろとか言って部下に無理矢理覚えさせないだけまだマシか?

 と、その前に聞く事があったんだ。


「で、聞きたい事があるんだけど――」


「そちらの竜について、ですな。存じておりますよ」


 おっ、流石長老。話が早い。


「そうですな、まずはその竜の名についてですが……」



 なんでも、この竜は『白神竜(ヴァストス)』なる種類の竜種だそうだ。なんと驚く事に『王龍種(ドラグナ)』の近縁らしく、成長し切った個体のランクは驚きのSS。場合によればだが、SSSに到達する個体も居るらしい。

 特徴としてはその白銀の鱗と、その鱗の下に生える黄金の毛並みがあるらしい。なんとも特殊な事に鱗の下に体毛があるような進化を遂げてきたようで、稀に討伐された際はその美しい鱗や輝かんばかりの黄金の毛が高値で取引されるのだとか。

 さらに言うとこの竜は体内に神性──つまりは『神の血』を少量だが継いでいるとされ、一部では神の使いとして崇めている地域も存在しているそうだ。


 その気性は荒い――と言うよりは、『活発』だろうか。しょっちゅう空を飛び回り、好きなように暴れて好きなように喰らい、好きなように眠る。その行動に一切の規則性はなく、ただ気の赴くままに行動を続ける。と思っていれば決して頭脳が発達していない訳ではなく、寧ろかなり賢い部類になる。

 ある程度育った個体は人の言葉すら解し、魔法を扱い、国すら作る事もあるのだとか。


 これまでに一番強力だった個体のランクは驚異のEX(規格外)。まあ同じ規格外といえど差はあるのかもしれないが、魔王と同ランクのその竜は『真祖龍』と呼ばれ、神にも等しい存在として存在し、魔族達と争いを繰り広げたと――っておい。


「もしかして、あの山(封龍剣山)に封じられてるのって……」


「ええ、この竜と同種族の成体です。他の個体とは一線を画し過ぎる力を持っていますがね」


「うぉい!?」


「……それ、初耳」


「まあ、ほぼ別種族と考えて良い程差があるからね。特に意味もない情報だったし、昔読んでやった童話には載っていないのさ」


 はっはっはっ、と楽しげに笑うデウスにエマがジト目で抗議の視線を送っている。どうやらこのエマ、知識欲の塊みたいな部分もあるらしく、俺も集落に暮らし始めて暫くは人界の事について毎日毎日質問されていたものだ。そんなエマからするとそういった情報も欲しかったようで、不満気に頬を膨らませている。

 デウスはポンポンとエマの頭を撫でてやると、エマも口を尖らせながらも引き下がる。どうやら続きがあるらしく、俺も浮かんでいた質問をグッとこらえて話を聞きに戻る。



 この子竜が怪我をしていた理由だが、それについてもおおよそ予想は付いているらしい。

 最近の事らしいが、この近辺の洞窟に『白神竜(ヴァストス)』の巣が発見されたそうだ。丁度その時は子供を産んで数週間といった程度だったらしく、成体の白神竜(ヴァストス)はかなり疲労していたようだ。そこを魔族の傭兵達が突き、見事成体の白神竜(ヴァストス)を仕留める事に成功したのだとか。が、その際にその子供達をいくらか逃してしまったらしい。白神竜(ヴァストス)という種族はあまり子を成さない種族という訳ではなく、子を成しても幼い頃に喰われてしまうとだとか。

 成体が強力故にあまりイメージが湧かないのだが、幼い頃の白神竜(ヴァストス)はかなり非力だそうで、生き残れる数は少ない。更に言うと親は放任主義らしく、子を世話するのは自分で動けるようになるまで。それ以降は全て自分で狩り、自分で喰らう。なんとも強者らしい種族だ。


 ちなみに、王龍種(ドラグナ)の方は元からエゲツなく強い上に、成体になるとSSSと手が付けられなくなる。流石はSSS(一級接触禁忌対象)


 とまあ余談は置いておいて、要するにこの子龍が怪我をしたのはその逃げる際に剣やら魔法やらでザックリいかれてしまったようだ。傷を負った体でなんとか飛んだのは良いものの、途中で力尽きて墜落。俺達が居たあの場所に落ちてきたという訳だ。


 なんとなく不憫に感じてその子竜の頭を撫でてやると、小さく鳴いて体をよじった。どうやら起きたという訳ではないらしいが、その仕草は大変可愛らしい。……ふむ、旅のお供にペットとして飼うのも割と本格的にアリか。


「飼うつもりならば、存分に甘やかしてやると宜しいでしょう。賢い種族です、恩義には報いてくれるでしょうな」


「おぉう、バッレバレだぁ」


「……確かに、可愛い」


 エマが微笑みながらその子竜の翼を撫でる。子竜はそれに反応するかのように小さな尻尾を持ち上げて、すぐにパタンと落とした。それと同時にピクリと全身を震わせ、少しずつその真っ白な目蓋を開いていく。

 猫の目のように透き通ったその瞳は、鮮やかな蒼色だった。


「……くるぅ?」


 小さく喉を鳴らして見上げてくる子竜が、不安気に視線をこちらに向ける。どうやら怯えているようで、デウスの予想が的中していたのだろうと理解する。なるべく怯えさせないように体に隠して「収納」を探り、一枚の干し肉を取り出した。無論、俺が此処に流れ着いた時にエマに食べさせられた干し肉である。

 この干し肉、どうやら異常な栄養を秘めているらしく、怪我を治すとまではいかないまでも衰弱している者に食べさせると、不足している栄養分を早急に補うことができるそうだ。あの時俺の体調がすぐに良くなったのも、この干し肉のお陰だ。

 ちなみに作り方は、干し肉を作っているランドナーおばさん曰く「ヒ・ミ・ツ♡」だそうだ。


 干し肉を小さく千切り、一欠片を子竜の前にチラつかせてやる。子竜は鼻を近付けてクンクンと匂いを嗅ぐと、恐る恐るながらも干し肉をパクリと食べた。


 俺と同じように噛み切れないかもしれない――なんて遅過ぎる後悔をしていたら、普通に噛み切って飲み込んでいた。それで味をしめたらしく、未だ出されたままの干し肉を持っていた指をペロペロと舐めてくる。なんだろう、なにか、こう、釈然としない。

 若干謎の敗北感を覚えつつも干し肉を更に新しく千切り、また出してやった。子竜は飛びつくように干し肉を食べ、美味しそうに咀嚼している。ますますペットみたいで可愛らしく、出してやる度にパクパクと食べていく。その勢いは衰えを知らず、10枚ほど食べ終わった所でようやく落ち着いた様だった。


 ……一応、一枚手のひらサイズ程はある筈なのだが。


 ケプッ、という擬音が似合いそうな顔で満足気に口元を舐める子竜は、そのまま軽く飛んで俺の足の上に乗ってきた。どうやら怪我も問題ないらしいと安心し、ホッと一息ついて油断した俺の口辺りを容赦なく舐めまわしてきた。


「くるっ!くるるっ!」


「わっぷ、ちょっ、犬かお前はっ!?」


「くるるるッ!」


 多少驚きつつもその美しい鱗の輝く頭を撫でてやると、嬉しそうにまた一つ鳴く。どうやら早速懐かれた様で、今度は舐めることはせずともその硬い口先をこちらの口に当ててくる。なにか白神竜(ヴァストス)の中での信頼の証だったするのだろうか。それはよく分からないが一先ず撫でていると、心地良さげにそのまま胡座をかく右膝の上で丸まり、眠り始めた。

 ……いや早いなオイ、色々と。飯食って懐いてすぐ寝るって、ああそういや白神竜(ヴァストス)ってそんな種族だったっけか。寝辛くないのかそこ。


白神竜(ヴァストス)ですので」


「……『真祖竜』とやらも、こんだけ可愛けりゃそうはならなかったんだろうがな」


 サラッと心を読んで口を挟んでくるデウスに苦笑しつつ、子竜の背を撫でる。先程と同じ様に心地良さげに「くるぅ」と鳴く光景に笑みを浮かべて、小屋の柱に背を預けた。しばらくはこの可愛さを堪能しておこう。どうやら様子を見る限りエマもその様にしたらしく、子竜を微笑ましげな顔で見守りながら――


 ――寝転んで、俺のもう片側の膝に頭をセッティングした。


「……あの、エマさん?何をしてらっしゃるんどすえ?」


「……エマさんじゃなくて、エマ……ここ、一番よく見えるから」


 いやまあ、確かに現在進行形で膝に寝てる子竜は内側に頭を向けてるけどね?そこに居られるとね?お兄さん的には大分緊張しちゃうというかなんというか、ね?……あの、なんか、これ、新手の拷問か何かですかね。滅茶苦茶過ごしにくいなにこれやだこれ。

 基本女慣れしてないヘタレなDTお兄さんにこの所業は酷くないですかね?


「……?……緊張しなくても、もう大分治ってる。また傷口が開く心配、ない」


「……あ、あぁ。うん、そっか」


 自覚無しですかそうですか。


「ハハハ、では私はそろそろ失礼致します。まだやる事が幾つかありますので」


「……あぁ、すいませんでした、時間取らせて」


「なに、知っている事を少しお話ししただけの事。家族ならば当然のことです」


 そう言って笑みを浮かべたデウスはそのまま立ち上がり、すぐに出て行ってしまった。いつもなら見送りついでに礼を言う所なのだが、今は生憎と両足に二人ほど先客がいる。悪いな上半身、この両足二人乗りなんだ。

 そんな馬鹿な事を考えつつ、動く事も出来ないので頭を再度柱に預ける。両手は地面に投げ出し、両足で眠っている一人と一匹の頭を撫でてやる。



 ――いつの間にかこれまた素晴らしい速度で眠ってしまったエマを見て苦笑しつつ、俺も鍛錬の疲れを溶かす様に眠りに就く事にした。


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