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第16話『白銀の子竜』

 ――ぱちりと、目を開ける。


 (すだれ)の隙間とから差し込んでくる朝日の輝きに目を細めて、未だ眠気の残る体に鞭打って上体を起こす。重い瞼を擦り、俺はひとつ腕を持ち上げて伸びをした。パキパキと小気味良い音が背骨の辺りから響き、呻き声のように声を漏らす。

 あくびをかみ殺して手を伸ばし、その指先に開いた「収納」のノイズを探った。この集落に来てから作った桶を取り出して、同じく収納から取り出した水を張る。寝起きでぼんやりとした思考を引き締めるべくその冷水に顔を突っ込み、水が桶から溢れ出ない程度に顔を濯いだ。

 顔が一気に冷やされた事により眠気も吹っ飛び、やっと意識が覚醒し始める。纏まらなかった頭が纏まっていき、霧がかかったように上手く感じられなかった自身の四肢の感覚を一夜ぶりに再認識する。


 俺は横に置かれていたタオルで顔を拭うと、やっと立ち上がる。小ぶりな小屋とも言えないようなこの部屋を見渡して、ひとつ苦笑しつつも入り口の簾を手で退けた。

 その先に立っていた少女がこちらに気付き、やはりこちらも眠たげな目のまま挨拶してくる。


「……ん、おはよう、クロ」


「おう、おはようエマ。デウスさんは?」


「……朝の礼拝が終わってすぐに、外に出てる。魔王からの使者が来てるから、その対応って」


「……魔王の使者ねぇ、明らかに俺が見つかったらマズいやつか」


 エマもその眠たげな瞳を瞬かせながら、こくりと一つ頷いた。そりゃそうだろう、魔王軍は現在進行形で人族(ノルマン)と戦争中であり、人間なんて見つかったら即死刑だ。一応状況を見れば庇っている扱いになるのであろうナタリス達も当然なんらかの罰が下されるのは間違いなく、最悪の場合だと一族全員皆殺しなんてこともあるかもしれない。

 当然彼らとてそんなことは分かっている筈で、それでも何故庇ってくれるのかとラグ達に問えば、帰ってきたのは「種族が違って常識が違っても、一度同じメシを囲めばもう家族ってもんさ。家族を守るのがそんなに不思議なことかよ?」等とイケメン過ぎる台詞が帰ってきた。俺が女なら惚れてたね。


 ちなみに、どうやら『ありがとう』に代表される感謝の言葉や概念が存在しなかったのも、その思考が極度過ぎるが故の結果らしい。――"家族を守る、助ける、手伝うのは当然の事。故に感謝の言葉など必要ない"――といったところか。なんだそのイケメン過ぎる種族、ラノベかよ。ラノベみたいな状況だったわ。


 苦笑しつつもステータスを開き、現在の状況を確認する。




 ―――――――――――――


 名前:クロ・イガラシ


 Lv:89

 種族:人族(ノルマン)

 性別:男

 職業:狩人

 年齢:16歳

 HP:21500 D

 MP:19100 E

 筋力:3790 F-

 敏捷:4850 E-

 魔力:9860 D

 知力:49500 SS


 スキル

 『観察王Lv.4』『幸運Lv.-』『思考加速・瞬Lv.2』『獣王殺しLv.2』『森の民Lv.7』『騎乗Lv.4』『並列認識Lv.7』『狩人の勘Lv.8』『剣術・生ノ型Lv.5』


 固有能力:『収納』(Lv.89相当、絶対展開式(オベリスク)解放可能)

 概要:物質を特殊な空間に収納する。収納可能な物は非生物のみであり、レベルに応じて収容可能質量最大値が上がる。


 称号

『見透す者』:スキル『観察王』と『思考加速』の上位派生スキル、『並列認識』を併せ持つ者に送られる称号。その遥かを見透す眼は、千里の果てであろうと逃れられぬであろう。

 《特典:通常視力にボーナス追加 思考速度にボーナス追加 反応速度の強化》


 ―――――――――――――





 ──この二ヶ月でよくもまあ、ここまでチートになったものだ。


 毎日毎日A+ランクの魔獣狩りを繰り返しに繰り返し、ただひたすらグサグサグサグサと収納から剣を突き出すだけの簡単なお仕事。ぶっちゃけある程度レベルが上がってからは一人でもレベリングを行うようにもなり、今やレベル89にまで達している。初日のごく短い戦闘で20以上も上がった事を考えると遅く感じるかもしれないが、流石にレベル80以上ともなると全くレベルが上がらない。A+の魔獣を100、200は狩っても一すら上がらない。まあ妥当といえば妥当か。


 ……信じられるか?俺、この中のステータスでLv.1時点の姫路に勝ってるの、HPしかないんだぜ?レベルほぼ90でやっと姫路と同等……とは言えないか。MPとか知力とか魔力とか桁が違うし。ヤバすぎるだろランクEX。


 ちなみに、観察はLv.10になったと思ったら『観察王』とやらになった。結局その効果は分からずじまいで、何かしらの行動によって今もレベルは上がり続けている。いつの間にか上位派生スキルに変化してるならそろそろ影響が現れてくれてもいいと思うんだが。


「……ん、大分マシになった」


「人界じゃこれで大分強い方なんだけどなぁ……流石魔族」


 ちなみに参考までに教えてもらうと、エマはレベル135らしい。ステータスはそう高くないそうだが、それらは例の『禁術』で補っているのだとか。どこでそんなにレベルを稼いだのかと聞いてみれば、これまで集落に侵入してきた魔物達を撃退していけば自然とこのレベルになったのだとか。それどんな世紀末。

 ……ちなみに、何年間続けてたとかは聞いてない。聞くつもりもない。聞かないったら聞かないのだ。


 エマと共に集落の入り口から見える位置を避けて歩き、食堂まで歩く。無論何か売っているという訳ではなく、単なるみんなで集まって食事をする場所という意味での食堂だ。集落に溜め込まれた食材を使って集団での当番制で調理し、約200人はいるナタリスの面々の腹を満たしていくのだ。

 無論全員入る訳もないので、グループで時間を指定し、日毎に組み合わせを変えて食卓を囲んでいる。今日は俺、エマ含む50人が第一陣なので、起きる時間は比較的早いのだ。


 食堂の前に着いた時点で結構な人数と顔を合わせ、軽く挨拶を交わして食堂に入る。かなり大きく場所が取られたそこには既に人が集まっており、軽い宴会状態になってしまっていた。まあこれが毎日朝昼晩とある光景なので、二ヶ月も過ごした俺もさ既に慣れてしまったのだが。

 空いている席に適当に腰掛け、エマも隣にストンと座る。するとすぐさま前に結構な身長差のある二人の少年がドスンと腰を下ろし、同時にエマに向けて身を乗り出した。

 名を、小さい方が『ビツ』。大きい方が『スール』。お前ら名前絶対逆だろ。


「おはよーエマ、今日は負けねーからな!」


「おはよー、そーだそーだ!負けねぇぞ!」


「……ん、おはよう。勝つのは、今日も私」


 きちんと挨拶は忘れない辺り、律儀というべきかなんというか。

 ちなみにこの負けないだの勝つだの言ってるのは、この集落で結構な規模で行われているチャンバラごっこの事だ。『ごっこ』、というには些か身体能力も剣の腕も高過ぎるのかもしれないが、一応は『ごっこ』。ルールもきっちり存在し、お互い磨き上げた剣技をぶつけ合っている。

 多少危ないといえば危ないのだが、狩りに比べればマシという事で、お互いの鍛錬の為にもこの集落の人々は大概コレを経験して育ってきているそうだ。日夜剣の腕を磨き、ぶつけ合うのは子供たちにとってかなりの娯楽になっているらしい。まあ子供達といっても、成人前のナタリス達はみんな熱中している様だが。

 付け加えると、成人という概念に年齢的な区切りはなく、とある試練をクリアすればその時点で成人、つまりは一人前として認められるらしい。が、かなり難易度が高いようで、成人への挑戦者はそう多くない様だ。

 とまあそんなわけで、このチャンバラごっこは子供(っぽい外見の奴)から大人(っぽい外見の奴)まで幅広く楽しまれているゲームという訳だ。


 俺も結構な頻度で参加しており、今では『剣術・生ノ型』なんてスキルを頂戴している。尚、この『生ノ型』とやら、要するに剣の合理などは一切考慮せずに、ただ状況に合わせてコロコロと使い方を変えるというものらしい。良く言えば先の手が読み辛い、悪く言えば適当だ。多分、最初参加した時に剣の心得なんて欠片も持たなかった俺は剣を適当に振り回して子供にフルボッコにされたので、ムキになって剣を習わず独学で練習した結果だろう。


 まあ俺のメイン火力はあくまで「収納」による防御貫通攻撃だ。剣はサブウェポンのようなものなので、達人級にまで昇華させる気は毛頭ない。最低限この魔界から人界に帰るまで、色々とインフレ気味な魔族達から身を守れる程度の腕前さえあれば良いのだ。


 そんな訳で、その程度の腕前さえない俺は、しっかりと朝食を取って今日の試合に備えることにした。









 ◇ ◇ ◇








「……ッ!」


「はぁーーッ!」


 カァン!と木刀のぶつかり合う気持ちの良い音が響き、次々と迫り来るその攻撃になんとか反応しつつ躱す。恐ろしい程の眼光を孕んだ紅い瞳が、殺気すら感じさせる視線でこちらを射抜いてくるが、こちらもまた精一杯の気力を以って相対する。

 重い踏み込みが森の大地に散らばる小枝を踏み折り、衝撃で枯れ落ちた木の葉が宙に飛ぶ。その踏み込みによって生み出された力は足を伝い、胴体を伝い、腕を伝い、木刀の切っ先に集中され、俺の胴体目指して突き出される。

 咄嗟に防御しようと木刀を掲げるも間に合わず、全霊の力が込められたその一撃は見事に俺の心臓付近へと吸い込まれていき……


 ゴスゥッ!


 鈍い音を立てて、俺の体は宙を舞った――。













「だーーっ!くっそ、勝てねぇなぁ……」


「……練習の時間が違う。勝てないの、当然」


 屈み込んでこちらを見下ろしてくるエマにほんの少しドヤ顔でそう言われ、少しイラッとしつつも事実なので押し黙る。未だ少しばかり痛みの残る胸を押さえつつ先ほどまで俺が立っていた辺りの地面を首を傾けて見る。仰向けになって寝転んでいる状態なので少々体勢がキツいが、少しだけなので我慢しよう。


 その辺りの大地は、木の葉がまるで地面ごと削られたかのように放射状に地表が露わになっていた。


 言うまでもなく、エマが放った突き技が原因だ。流石にレベル135ともなるとステータスはもう尋常ではないらしく、ただの木刀の一撃でこの有様だ。俺もかなり厚い装甲を重ねて、尚且つレベル89でなければ痛いどころの騒ぎでは済まなかっただろう。これまで経験値になってくれたA+ランクの魔物達に感謝を。

 というか言ってる俺の身体能力もそろそろ人間離れしてきてるのが最近目立ってきた。いつの間にか一回のジャンプでアガトラムの木の枝まで登れるようになったんだけど、アレ見た感じ一番下の枝でも高さ8mはあるよな?俺一回のジャンプで8m以上跳べんの?馬鹿なの?死ぬの?


 まあ、あのクラスメイト(最初からチート)共はレベル20前後でこの状態だったっぽいので、如何にステータス差が酷いか分かる。俺が離脱して既に二ヶ月以上が経過しているのだ、あちらも更なるチートになっている可能性が高い、というかそうなる未来しか見えない。


 そんな特に理由もない思考を終わらせて、呻き声を漏らしつつ四肢を大の字に投げ出す。エマがくすりと笑って立ち上がり、地面に突き刺していた木刀を引き抜いた。


 ──と。


 不意に、エマが森の一点を見つめて固まった。


「……?」


「ん、どうした?エマ」


 彼女の視線を辿ってみるもそこには何もなく、ただ木漏れ日の差し込む美しい森が広がっているばかりで、何か異様な光景は見られない。――いや、違う。草で隠れていただけか、よく見ればそこには確かに何かが存在していた。距離にして30メートルといったところか、その辺りに広がる草木の中に何かが……鱗のようなものが見えるソレが存在していた。

 草の隙間から見える限りで確認してみた所、翼や尻尾、小さな手のような部位もある。大きさで言えば数十センチといったところか。その姿はまるで小さな竜のようで……


「……っていうかアレ、確実に竜だよな」


「……見えるの?」


「え、見えてたから反応したんじゃねぇのか?」


「……血の匂い、風で流れてきたから」


 エマの言う通り、その純白の鱗には紅い血が幾筋も付着していた。つまりそれがどういう事かと言えば一つしかない訳であって。


「怪我だよなぁ……ちょっと見てくる」


「……手負いの獣、危険。気を付けて」


「分かってる、さんきゅ」


「さんきゅ……?」


「『ありがとう』の別の言い方!」


 言いつつも小走りに近付き、容体を確認する。どうやら意識はないらしく、怪我の位置は背中のようだ。鱗で包まれた肉体には一筋の切り傷が走っており、そこから少しずつ血が流れ出ている。地面に流れている出血量を見るにそう時間は経っていない様なので、恐らくは空から落ちてきたか。いくらチャンバラに熱中していたといえど近づいて来た気配に気付けないとは、少し気が緩んでいたか。

 と、思考を続けつつも「収納」を探り、包帯代わりの細長い布を取り出す。元々この世界の包帯はボロ布を巻く程度の物だったので、新しい清潔な布を切り分けて包帯代わりにしてあるのだ。一緒に取り出した応急用の回復液を傷口に垂らして、布で傷口を塞ぎ、少々キツめに縛る。

 一応回復液は即効性の為、すぐにその効果を発揮してくれたらしく、出血は止まったようだ。ひとまず安心して、余った布で鱗に付着した血を拭う。


 ……流石に、明らかに子供な傷ついている奴にトドメを刺すほど割り切れてはいないのだ。人を見つけ次第襲ってく魔獣とは違い、良心に響く。


 とまあ重要なのはそこではなく、この子竜だ。


「……見た事のない魔物」


「エマも知らないのか?」


 とてとてと駆け寄ってきたエマが、その顔に驚きの色を浮かべて子竜を見る。

 確かに、俺もたったの二ヶ月とはいえほぼ毎日森に来ているのだ。それなのにこれまで一度も見た事がないというのは、まあ可能性は低いだろう。

 忘れている、という可能性も低い。何故ならばこんな真っ白な、それも『竜』なんて今まで一度だって見た事がないのだ、一度見れば必ず覚えていられる自信がある。ファンタジー世界の超王道種族なんだ、忘れる筈もない。


 放置していても他の獣に狙われれば終わりなので、傷口を開かないように、ゆっくりと持ち上げる。その白銀の鱗が木々の隙間から漏れ出る陽光を受けて輝き、未発達の小さな牙が口の中にちょこんと頭を出している。呼吸に合わせて微妙に翼が動き、子竜を持っている手のひらからは鼓動に合わせて弱々しい感覚が伝わってきた。


「……取り敢えず、家に運ぶか」


「……ん、何かちゃんとした治療用のお薬、持っていく」


「助かる」


 エマが先に走っていき、バフンッ!と強烈な風圧を撒き散らして空へと跳んでいった。木の葉が飛び散り、数枚が俺の顔にクリーンヒットする。地味に端で擦って痛かった。本来なら俺もエマのようにとはいかないまでも、アガトラムの木々をジャパニーズSINOBIの如く飛び移って帰る所なのだが、生憎と腕の中には重症患者だ。そういう訳にもいかない。片手で地面に挿しておいた木刀を抜き、腰のベルトに挟む。


「うーん、助けて傷を治して野生に還す……となるとまたやられる可能性もあるしな……飼うか?竜だし、食料は肉食わせれば良いだろうけど……」


 未だ眠る子竜を腕に抱きつつ、後の事を考える。が、一先ずはこの子竜を助けるのが先決だと思い直し、なるべく揺らさないよう、俺は一度寝床に借りている小屋へ戻る事にした。



 ――白銀の子竜の体は、思いの外熱かった。








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