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第14話『収納の真価:後編』

投稿遅くなりました、すまねぇ……すまねぇ……!

「……うん、これなら……多分実戦でも使える」


「おっし、流石にこの使い方は予測してなかったぜ畜生め……!」


 薙ぎ倒された(・・・・・・)アガトラムの巨木を前に一つ息を吐いて、「収納」にボロボロの剣達を戻す。ただ、アガトラムを倒した事によりボロボロになったという事ではなく、この幾つもの剣達は手に入れた時からボロボロだった。考えは見事に的中し、戦闘面ではクソだと思っていたこの能力の真価を確認した。何処のGoBモドキだよという感想も浮かんだが、気にしてはいけない。


 成程、「収納」はこう使うのか。


 そんな納得と感動を感じていると、エマが腰布を引いて急かしてくる。彼女が指差す先では既にナタリスの面々も準備を整え、それぞれが何かしら剣やら弓やらを構えてこちらに視線を向けていた。レベリングの手伝いを頼んだ手前待たせるのも忍びないので、小走りに彼らのもとへ向かう。

 俺とエマが合流すると、先程の気の良さそうな男――ラグが再びニカっと笑って話し掛けてくる。


「随分と面白い力じゃないか、魔物達もそう強い訳でもなし、それなら一人でもレベリング出来るんじゃないか?」


「無茶言うなよ、レベル1だぞ?油断した瞬間意識外からガブリで終わりだ」


 朗らかに笑いながら冗談めかして言うラグにジト目でそう返し、一つため息を吐く。『この方法』での戦闘は、如何に反応できるかが鍵なのだ。上手く行きさえすれば、絶対的な防御力と、圧倒的な火力を保有する。が、ほんの少しの反応の遅れで命取りとなるのだ。こればっかりは俺のプレイヤースキルに掛かっている。

 ……反応速度を鍛える必要もあるかね、これは。


「ははは、まあ油断はすぐに死を齎すからなぁ。まあ気を付けていれば問題あるまい」


「……ちなみに、この辺りの魔物のランクは分かります?」


 先程ここらの魔物はそう強くないと聞いたが、念の為に訪ねておく。するとラグは一つ首を傾げると、顎に手を当てて唸り始めた。と、思いきやすぐに結論は出たらしく、その口を再度開く。


「うん?確かA+だったかな」


「……」


 やっぱアンタら(ナタリス)絶対最強クラスだろ。








 ◇ ◇ ◇









 ピギィッ!!と痛々しい悲鳴を上げて、豚に似たような動物が木の葉の敷き詰められた土の上に倒れ伏す。その側面には一本の矢が突き立っており、その傷口からは何故か血が出る事は無かった。

 魔獣ではないらしいその獣は死体も残るようで、弓を射った張本人であるエマと同じくらいの歳であろう少年――イサナは、「やりぃっ!」とガッツポーズをしてその豚モドキに寄っていく。テキパキと慣れた手つきでしっかりとトドメを刺し、矢を回収して肉を削いだ。ある程度まで解体してから、その手に持った弓を頭上で振ってこちらに叫んでくる。


「おーい、兄ちゃーん!コレ入れてー!」


「あいよー!そこ退けイサナー、視界遮んなー!」


 大人しく道を開けたイサナの横に転がる死体に手を向け、「収納」で回収する。「収納」で仕舞えないのは生物だけなので、あのチート軍団にフルボッコにされていた魔森狼(フォレストウルフ)達のように、死体からならば回収も可能なのだ。まあ、魔森狼(フォレストウルフ)含む大体の魔獣は死と共に肉体を消滅させるので、死体を回収、とは少し違うのかもしれないが。

 ノイズのような『ソレ』に飲み込まれていく死体を見つめて「おぉ……!」と声を漏らした。

 続いて他からもお呼びが掛かり、そちらに意識を向けて死体を回収する。


「次はこっち頼むー!」


「はいよー!」


 今度は何やらダチョウのような死体を回収する。これも食用なのだろうか。


「クロー!」


「今行くー!」


 纏められた草木を回収する。多分野菜か。


「回収班ー!」


「俺しか居ないけどなぁ!」


 再び豚モドキ。


「クロ!こっち頼むー!」


「待ってろー!」


 ワンモアダチョウ。


「出たぞー!」


「オーケー!」


 オーラルカ鉱石。


「頼むー!」


 異世界野菜。


「これ取ってくれー!」


 高級そうな異世界キノコ。


「兄ちゃーん!」


 豚モドキ。


「次ー!」


 ダチョウ×2


「クロー!」


「頼むー!」


「兄ちゃーん!」


 …………












「多いわっ!?頭痛いんだけどっ!?」


「……お疲れ様。でも、『ライヴ』も、レベリングも、まだ」


「分かってるけどさぁ……ぐぅ……っ」


 一先ず食料集めの為の狩りが終わり、「収納」の中には大量の食料が鎮座していた。一気に大量に回収したせいか頭痛が酷く、脳内を膨大な量の情報が流れていく。これまた新知識だ、一気に回収し過ぎると頭痛が起こるのか。はてその原因は……まあどうせ脳で処理し切れないだけの負荷が掛かっただとか、そういった理由だろう。ファンタジーでは定番だ。

 同時に歩き回って消耗しきり、両手両足を大の字に投げ出して枯葉の上に寝転がる俺の横で、ナタリスの面々は平然と武器を研いでいたり、弓の弦の調子を確認していたりする。イサナなんかは俺の足の近くで屈みながら「なさけねぇなぁ」なんて言ってやがった。おうデコピンしてやるぞ中坊め。ってかお前ら何歳だよ、見た感じエマと揃って中1くらいだけど。それかアレか、人外特有の『合法ロリショタ』って奴か。イサナもエマも両方百年くらい生きてたりすんのか?だとしたら俺生きてロリショタジジババに会えた訳だ、流石ファンタジー。俺たちに出来ないことを平然とやってのける。そこに痺れもしねぇし憧れもしないからさっさと帰らせろ。


「ほれ、行くぞクロよ。乗れ〜」


「ぐえっ、襟を掴むな……っ、首が絞まる……っ!」


 後ろからぶっとい腕が伸びて俺の首根っこを掴み、いとも簡単に持ち上げられる。そのままラグの馬に乗せられ、撃沈したまま暫く移動を続けた。馬は結構上下運動も激しく、疲れ切った脳が揺らされて吐き気が増していく。もう泣きっ面に蜂である。つらたん。

 ってか何?アンタらいつもこんな重労働やってんの?慣れてんの?体力頭おかしいんじゃね?死ぬの?


「うん?いや流石にいつもはもうちょっと自重してるさ。今回はクロが居るからな、いつもの三割増しで狩った」


「ふざけんなぁ……っ」


 あまりにもあんまりな返答に理不尽を感じて、ダウンしながらも抗議の声を上げる。馬の腰に干されているような状態から無理矢理に首を持ち上げると相変わず森が視界を流れていき、小さな蝶のような虫がちらちらと舞っていた。それらに視線を合わせて襲い来る気持ち悪さから現実逃避していると、その視界に馬が割り込んでくる。その上には、平然と手綱を引きながらこちらを見下ろす紅眼の少女が居て――


「……体力、無い」


「うるせー、飛ばされる前までロクに運動してこなかったんだよチクショー」


 容赦無く割と傷付く事を言ってくるエマに不満を乗せて返し、バタンと首と腕を下ろす。ボスッと馬の後ろ足の側面に鼻から突っ込み、意外と硬いその感触に微かな痛みを感じた。小さな手がペチペチと俺の背中を叩き、 その手から何か温かいものが全身に染み渡っていく。次第に体の不調がマシになっていき、完治とまではいかないものの倦怠感は大分取れた。何事かと見上げると、馬の上から少し手を伸ばしたエマがその手に淡い白光を纏わせているのが目に付く。

 回復魔法という言葉が一瞬浮かんだが、それは無い。彼女自身が話してくれたことなのだ、ナタリスは『禁術』以外の術式を使えない。


 それは?と疑問気に視線を送ると、エマは「……ああ」と自身の手を見つめた。


「……『禁術』の応用。脳に直接干渉して、不快感を散らした……というよりは、感じられないように潰した」


「あれっ!?おっかしいな、一気に真っ黒になったぞ?」


「……大丈夫、効果は長続きしないから」


「そういう問題ですかねぇ!?」


 脳を弄って感覚を潰すとか、字面に起こすと完全にアウトだぞ。

 と、そこで後ろを走っていたイサナが軽く速度を上げ、エマのそのまた奥に並ぶ。軽く覗き込むように首を傾けて、涼しい顔で禁術を纏った左手を見せびらかすエマに話し掛けた。


「そういやエマ、侵食は今どんなもんだ?」


「……ん、まだ軽い……前の浄化が二週間前だから、あと一週間は持つ」


 侵食とは無論、『禁術』の反動による呪いの事だ。

 術者の自我や記憶を奪い、その体を乗っ取って、完全な悪魔の遺産として完成させる。《最低最悪の魔王》の眷属達は世界を食い荒らし、他の三種族に甚大な被害を齎したそうだ。精霊族(エルヴィ)獣人族(ビースタ)に至っては頭を討たれており、そのせいでこの二種族はそれぞれ第三席、第四席という立ち位置に収まったのだとか。なんとも不憫な話である。獣人族(ビースタ)ともなると、たったそれだけの理由で各国から奴隷扱いだ。なんつー暴論だっての。それで通じるこの世界も世界だけどさ。


 そんな具合に愚痴を漏らしつつもマシになった体を起こし、ラグの手も借りて普通に座り直す。無論俺は馬の乗り方なんて知らないので、ラグの後ろで縮こまっているだけだが。


「……ん、もしかしてアレか?」


「ん?ああ、よく見えたな。そう、あれが『ライヴ』だよ、クロには、アレを全部持って帰ってもらう事になる」


 俺の視界の先――まだ暫く続く森を抜けた先の空間に、黄金の岩のようなものがいくつも立っていたのだ。

 そのクリスタル状の子供の背丈ほどまでありそうな岩は地面と繋がっており、その黄金のラインを辺り一帯に張り巡らせている。そのラインは全て大地を伝って奥の山に伸びており、上の方へと伸びて行っていた。その出所が気になって空間に抜け、山を見上げたところで、やっとその正体に気付く。


 剣のようにそびえる巨大な山の頂点には、文字通り巨大な剣が突き刺さっている。

 幅は500mあるかないか、刃渡り目測で7000m超、もうこのレベルになると頭がおかしいとしか言いようがないが、ソレは紛れもなくその山の中心に立ち尽くしていた。昼の陽光を眩く反射させて煌めくそれは、紛れもなく神が創ったとされる巨剣。

 つまりは、いつの間にやら俺達は『封龍剣山』の麓にまで辿り着いていたのだ。

 ライヴの暴発による魔力爆発がどの程度の規模なのかは不明なので、一応万全の警戒態勢を取っておく。


 ある程度離れた所で停止し、ナタリスの面々には下がっていてもらう。本日何度目かも忘れてしまった『収納』を開き、どちらの世界へとつながるノイズをライヴへと接続した。


 ……まあ、そう大げさに書かずとも変わらず「収納」は機能し、キッチリとライヴを呑み込んだのだが。

 脳裏の世界に概念として分解されたライヴは結構な量で、収容量の十分の一を占めている。それでも埋まり切る事はない辺り、流石は荷物持ち特化チートといったところか。先程機能を再確認した『戦闘用のチートとしての機能』は本来使い方としては邪道なのだろうし、結構頭が疲れるのだ。

 ただ、多分俺はこの力に頼り切って生きていく事になるだろうとは宣言しておく。この能力、使い方さえキチンと考えれば意外と戦闘にもかなり機能するのだ。実際、あちら側の世界では樹齢1000年程に当たる大木を数秒足らずでヘシ折ったのは「収納」の裏機能オンリーである。


 さて、ライヴは回収したので後は──


「……まさか向こうから来るとは」


「……多分、ライヴを一気に回収したから。大気の魔力密度が減ったら、魔力をよく行使する生物は違和感を感じる……らしいの」


 急に森から出てきた魔物達を見つめていると、エマが横から付け加える。

 その魔物達は、ただでさえ巨大だった魔森狼(フォレストウルフ)よりもさらに大きい、熊のような魔物だった。その毛並みは真っ黒で、揃って胸に十字傷が付いている。個体限定かと思いきや、群れとして出てきた彼らの肉体全てに同じような傷が付けられていたので、おそらくは何らかの習性なのだろうか。お互いの胸に十字傷を付けるって、どんなおっそろしい習性だよ。怖いわこのプ○さん野郎め。

 因みに、ラグ曰く名を『十文字熊(クロスベア)』というそうだ、そのまんまなネーミングだなオイ。ランクは当然A+、以前の俺なら普通に逃げの一手だっただろうが……


「そらっ!やっちまえクロ!」


 バツンッ!と、本日数百度目の銀閃が奔る。


 ラグの振るったその剣は即座に熊の足首を薙ぎ、その巨大を地面に叩き伏せる。大きな悲鳴を上げて暴れ出す十文字熊(クロスベア)に意識を向けて、『収納』を開いた。ノイズが十文字熊(クロスベア)の頭上、側面、今まさに十文字熊(クロスベア)が転がっている地面などに展開されていく。準備は整った……さあお披露目だ……見よ、これがっ!隠された「収納」の力……っ!


「なんちゃって『(ゲート)(オブ)○宝(○ビロン)』っ!」


 気の抜けるような名前の宣言と共に、ドシュゥッ!と生々しい音を立てて、無数の剣や槍が十文字熊(クロスベア)に突き刺さった。

 なんの抵抗もなく熊の胴体に吸い込まれていったそれらの刀身はボロボロの筈なのに、今回の使用では傷一つ付いていない。対して熊の体表は硬いらしく、中々切るのは難しいとのことだったのだが……どうやら、魔族相手でも問題なく目論見は上手くいったらしい。


「収納」から物質が完全に取り出されるまでの間、物質に付与される無敵性。エマの言葉によってこの情報が出た瞬間に俺が目をつけたのはつまり、これを攻撃に転用できないかということだったのだ。無敵性と絶対的な行動の規則性を用いた、防御不可の貫通攻撃。無敵のせいでこちらに反作用による衝撃は届かず、これまた無敵のせいでノイズから出ようとする物質を肉体は押し返せない。

 要するにどれだけ相手が硬かろうが、『無敵』は武器に与えるだけでもチートだったという話だ。あらゆる防御性を無視するから、ザックザック刺さる。


 うん、これ俺もあいつらの事チート軍団とか言えねぇわ。なんだこれ。


 本当に某英雄王の如き勢いでノイズを展開し、他のナタリスの面々にも足止めしてもらっていた十文字熊(クロスベア)達を無数の武器の数々に貫かせていく。鮮血が撒き散らされてほんの少しの不快感はあったが、なるべく深く見ないようにして気を紛らわす。これをゲームとして客観的に捉えてみると、やはり多少の爽快感はあるようだった。ヒュー。

 範囲は視界全体、コンマ一秒あれば展開可能、回避以外の防衛は不可、防御に於いてはどれだけ相手の攻撃が強かろうが『無敵』なので必ず防ぐ。チートじゃねぇか、いいぞもっとやれ。


 特に意味のない腕の振りに合わせて「収納」から剣を真下に突き下ろし、断末魔を上げる熊達を串刺しにする。なにこれ楽しい。グロテスクな光景から目を逸らせば。


 大体こういうクラス転移モノって、主人公が一人離脱してその後にチート能力手に入れたりする訳だけど、こんな簡単に手に入れちゃっていいの?調子乗っちゃうよ?俺調子乗っちゃうからね?うっひょう楽し──って熊が一匹抜けてきたうわあっぶねぇ!?


 思いっきり油断してたらなんとか殲滅陣を突破して突き出された熊の爪が、鼻先を小さく掠める。風圧がゴォッ!と頬を叩き、その余波だけでたたらを踏んだ。こっえぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?マジ調子乗ってましたごめんなさいごめんなさいっ!


 などの一人芝居をしつつも、その熊もキッチリ「収納」から伸びた剣で仕留める。なんだこれチートじゃね?


「うぉぉ……強い」


「……でもそれ、範囲魔法でやられたら終わり」


「うぐっ」


 調子に乗っていると突如エマの横槍が入り、変な声が漏れる。確かにあの王城なんかで姫路がやっていたマヒャ○みたいな氷魔法や、他にも雷や炎、水なんかと結構大量にある範囲攻撃には弱いだろう。なにせ、盾一つが保った所でそのまま後ろにまで届いてくるからだ。盾が無敵だったとしても防げなきゃ意味が無い。

 つまり、この「収納」での戦い方は基本的に――


「先手必勝か」


「……暗殺、とも言う」


「イメージ悪いからやめてね!?」


 更に言えば、範囲攻撃をやられたら終わりだからと言って、戦士タイプの相手には有利かと聞かれればそうでも無い。実際、あのチート軍団はこの程度の防衛戦なら無駄にアクロバティックな動きで軽くすり抜けてくるだろう。やはり他のチート軍団と比べると少し劣っているか。

 せめて相性の良いアーティファクトみたいなモノがあれば話は別なんだが、生憎とそんな便利なものは無い。


 と、粗方熊を殲滅した辺りで、脳裏にファンファーレのようなモノが鳴った。同時に俺は嬉しさで咄嗟に拳を握りこみ、ガッツポーズを取る。即座に胸に手を当てて、小声で「ステータス」と呟いた。


 こんな状況でファンファーレが鳴るとか、もうその理由なんて一つしか無い。





 ──そう、お待ちかねのレベルアップだ。








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