第11話『アカンて』
いつの間にか評価が80貯まってた……!?ありがてぇ……っ、ありがてぇ……っ!
「──っ、ぎ……」
全身が痛い、喉が酷く傷んでいる、全身がびしょ濡れで、酷い寒気と頭痛がした。
頭が上手く働かない、現状を上手く把握できずに一先ず深呼吸をして、喉の痛みに堪らず咳き込む。
視界がぼんやりと開けてくる。海水が入ることで激痛の走る目を無理矢理に見開き、痛みが未だ衰える事のない首を持ち上げて周囲を見渡した。
――浜辺、か?
それを認識してやっと、自分が置かれていた状況を思い出した。
脳裏に浮かぶのはあの忌々しい赤雲と、その下で行われた人魔戦争──そして、俺を何としてでも殺さんと迫ってきた恐ろしい殺意。それらを大切な物ごと全て振り払って、今ここに俺は――五十嵐久楼は存在している。
「……生き、残った……ぞ……!」
しわがれた声で己が『生』を主張する。力の入らない拳を握り込み、天に突き上げて、俺は一先ずはその奇跡に歓喜した。すぐにでも行動を開始しなければと起き上がろうとするが、生憎と体力は殆ど残っていないらしい。残りのHPを確認すべく、ステータスを開く。
―――――――――――――
名前:クロ・イガラシ
Lv:1
種族:人族
性別:男
職業:無し
年齢:16歳
HP:9(450) D
MP:320 E
筋力:30(120) F-
敏捷:42(220) E-
魔力:460 D
知力:2500 SS
スキル
『観察Lv.3』『幸運Lv.-』
固有能力:『収納』
概要:物質を特殊な空間に収納する。収納可能な物は非生物のみであり、レベルに応じて収容可能質量最大値が上がる。
称号
『無し』:無し
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虫の息じゃねぇか。
ってかなんか『幸運』とかいうスキル追加されてるし。なんだこれ、さっきの賭けに勝ったからみたいな感じか?大体こういうスキルって結構強かったりするから侮れないな、レベル表示が無いのが怖いが。
しかしまあ、見れば見るほどボロボロなステータスだことで。戦ってもないからレベルも上がらなきゃステータスも上がらない。 何故か『観察』のレベルは上がっているが、ぶっちゃけ使い道が分からないので意味がない。瀕死領域に入ると体が動かなくなるっていうまあ当然の摂理でステータスもいつもの数十倍クソになっているので、ロクに動けない。
せっかく生き残ったのに、このまま衰弱死とか洒落にならんぞオイ。
「……く、そ……っ、……駄目、だ……眠ぃ……」
やべっ、本気で眠い。瞼が重い、体が怠い、クソ、体の節々が痛くてマトモに動かせない……っ、せめてどっか休める場所に――
「行か、ね……ぇ、と――」
畜生、意識……が──。
────?
◇ ◇ ◇
「──。」
影が、倒れ伏す少年に差し掛かった。
白銀の髪が風に揺れ、真紅の瞳が静かに彼を見下ろしている。その視線の先では静かに流れた風がその黒い前髪に掛かる水滴を散らし、閉じられかけた虚ろな同色の瞳はぼんやりと空を映していた。
小さな手が、少年の額に当てられる。その手から伝わる熱に少し息を呑み、白銀の少女は咄嗟に辺りを見回した。
辺りには何もない。寂れたこの海岸にそんな気の利いたものがあるはずもなく、少年以外に海岸に散らばっているものは精々漂流した枝や小石といった程度だ。
「……兎に角、運ばないと」
四肢に魔力を通して、肉体を強化する。眠る少年の体を抱き上げ、すこし引きずらせながらも、少女は浜辺の外の洞窟へと少年を運び込んで行った──
◇ ◇ ◇
──っ、ぎ。
走った痛みに声を漏らすと同時に、額にピチョンと音を立てて水滴が落ちた。その感覚に気付いて瞼を上げる。先程見た浜辺は既にあらず、天井に広がるのは赤い光を受けて無数の影を伸ばすゴツゴツとした岩肌だけだった。
どうやら洞窟のようで、暗闇を照らす光源は俺の頭の横から発せられているらしい。痛みの残る首を曲げそちらに視線をやると、パチパチと火花を散らせて焚き火が燃えている。
相変わらず体は怠い、一旦目を閉じてリラックスしてから立ち上がろうと――
「……目は覚めたのね」
「あでっ!?」
――した所で、後頭部に感じていた柔らかい感覚がするりと抜け、重力に従って俺は頭を硬い床に打ち付けた。頭部に走る激痛に涙目になりながら悶え、ごろんごろんと硬い床を転がる。その過程で丸めた膝が小石を踏み、さらに悶えた。くそう、オーバーリアクションが過ぎたか。
頭を押さえながら上体を起こして、その声の主を探す。とは言っても、探すまでもなく見つかった訳だが。
「……何?」
白銀の少女は、その真紅の瞳を瞬かせた。
肌はアルビノのように透き通っていて白く、ボロボロの布のような服は、何の飾り気もなく薄汚れている。
その瞼は半ばまで降ろされ、何の感情も感じられない冷たい視線をこちらへ向けていた。
腰ほどにまで垂らされた長い銀髪は、片側で一束ほど結われてサイドアップにされている。咄嗟に言おうとしていた文句も、その絵画のような光景を焼き付けてしまったせいか、喉の奥で引っ込んだ。
その服装はボロボロでも、それを補って余りある美しさがあったのだ。
突如黙り込んだクロに少女が首を傾げるも、唐突に横に置かれていた袋を漁った。何をしているのかと呆然としながら覗き込んでいると、少女は袋の中から一枚の干し肉を取り出し、クロの口元に突き付ける。
クロが困惑していると、少女は少し口を尖らせて更に干し肉を押し付けた。
「……食べて」
「へ?」
「……いいから」
そういってもう片方の手で俺の頬を挟み込み、押し潰すように口を開けさせ、干し肉を口内に押し込んできた。とりあえずは指示通りにその口から少しはみ出るサイズの干し肉を食べようと、小さく噛み切り……噛み……きり……噛み……っ!
……。
ダメだ、硬い。とてもじゃないが、衰弱が残っている今の状態では噛み切れない。これアカンやつや。
仕方ない……暫く口の中に置いておいて湿らせて柔らかくするしか……
「……噛めない?」
「……あー、まあ……うん」
「……貸して」
と、突如手を伸ばした少女が俺の口から半分ほど出てきた干し肉を掴み、引っ張り出した。おいそれ俺口に入れてるぞ、噛めるやつに替えてくれようとしてくれてるんだろうけど、その干し肉洗って食うとしてもそれでいいのかお前さん。
と、そんな具合に内心ツッコミを入れていると――
ぱくっ。
もぐもぐもぐもぐもぐ
「……んきゅ、んく、ん……」
「……why?」
少女は俺の口から引っ張り出した歪な歯型の着いた干し肉を、そのまま自分の口の中に半分入る程度まで放り込んだ。一瞬だけ彼女の真っ白な肌に青白い光のラインが複数浮かび上がり、その直後に少女はあれほど硬かった干し肉を平然と噛み潰していく。
……こ、こいつ……ダイレクト、だと……っ!?
お、オーケーオーケー、ちょっと整理しようか。何が起こった?えーっと、この子に干し肉を渡されてそれを食おうとしたけど、硬すぎて全然噛めなくて、それを見たこの子が干し肉を回収していきなりそのまま食べ始めて……
うん待ておかしい。何してんのこの子。
「……ちょっ、おまっ!?それ口ん中に入れたヤツだぞ!?」
「……ひーはら、はっへへ」
少女はお構いなしに口を動かして干し肉を咀嚼し、焦るクロの言葉も相手にせず口元に指先を当てている。心の底から困惑しながら目を白黒させて見守っていると、やがて少女は何度も嚙み潰して柔らかくなったその干し肉を口から取り出した。
そして――
「……これで食べれる」
「むぐっ!?」
そのまま俺の口に押し込んできた――って何してんの!?ねぇちょっと君何してんの!?いや割とマジで何してんの!?お兄さんにネットの馬鹿騒ぎでしか使わない何してんのの三段活用をマジで使わせるんじゃないよ!?
と文句を言おうとして口を開けようとしても、その前に少女に口を押さえられる。抗議を含めた視線でその赤眼に訴えかけても、少女は「……噛む」などとワガママな子供に言いつけるくらいのテンションでキッと見つめてきた。このままでは埒が明かないので、柔らかくなった干し肉を口の中で嚙み千切り、少しずつ飲み込んでいく。少女はその様子を見て一つ目を瞑り、小さく息を吐いた。
ちなみに、よくよく噛んでみると結構味があって美味かった。マヨネーズと白米があれば尚良し。
と、一旦冷静になって周囲の状況を見回してみる。
相変わらずの洞窟であり、三方を壁に囲まれて唯一一方向だけに道が続いている……というよりは、ここから入ったのだろう。ってかそれ以外考えられない。そして先ほどまで浜辺に居たはずなのに何でこんな所に移動してるか――といえば、それもまた答えは一つしかない。
要するに、倒れてた俺はこの子にここまで運ばれてきた訳だ。なに俺、姫路といいこの子といい女の子に助けて貰わなきゃ生きていけない呪いでも掛かってんの?ってか男としてどうなのその呪い不名誉過ぎんだろ。
……まあ取り敢えず、そうと分かれば言うべき事はあるか。
「ありがとな、お陰でさんで助かった」
取り敢えずしかめっ面で言うのもどうかと思い、ぎこちないものの笑顔を浮かべて言う。それを受けた銀の少女は不思議そうに顔を傾け、その桜色の唇に手を当てて困惑の感じられる声音でこちらへ疑問を投げ掛けてきた。
「……ありがとな……?」
「って、そこからか」
稀によくある事態だ。要するに文化や言い回しの違いで、こちらの言葉が通じないという事になる。今回の場合は恐らく彼女の持つ常識の中に『ありがとう』という言葉は存在せず、代わりに他の言葉が存在する……といった所か。クラス転移や異世界転生などジャンルに関わらず、ファンタジー世界では定番の流れだろう。取り敢えず今は、ありがとうの意味を伝えておく事にする。
「ありがとう……ってのは、まあ要するに感謝の言葉だな」
「……感謝?」
「あれ、思ったより酷い!?」
感謝って言葉もないのか、結構ガラッと違うもんだな。などと内心驚きつつも、流石にここまで言って放置というのもアレなので補足で説明を付け加える。
「んー……誰かに嬉しい事をしてもらった時だとか、助けてもらった時だとか、そういった時に相手にお礼として伝える言葉……って言ったら分かるか?」
「……分かった、と思う」
少女は微妙そうな顔付きで何やら考え込んでいるが、大体のニュアンスが伝わったのなら良い。取り敢えず他にも色々と聞きたい事があるのだ、助けてもらった手前あまり迷惑を掛けるのも気が引けたが、ここで回復してから別れたとして次にいつ人に会えるかなど分かったものではない。先に情報は入手しておくべきだろう──というか。
「そういや、君は」
「……きみ、じゃなくて、エマ」
──ここに住んでいるのか?
そう聞こうとしたところで、少女はこちらの言葉を遮って自身を指す。言葉のニュアンスから考えるに、彼女の名前はエマと言うのだろう。異世界でこの知識が通じるとも思わないが、元いた世界では英語圏での女性名で、確か由来はEmmaだったか。とんでもねぇな。
とそんな小説を読んでいる内に集まった無駄な知識を披露しつつ、分かったと一つ頷いて改めて聞く。
「それじゃエマさんは──」
「……エマさんじゃなくて、エマ」
「エマさ──」
「……エマ」
……。
……勘弁して下さい、コミュ症に名前そのまま呼べとかなんて拷問ですか。なんだ、新手のイジメか、そうなのか。
なんて馬鹿な事を考えつつも、このままでは話が進まない気配は濃厚だったので、腹を括って再度問い掛ける。
「エマ、聞いて良いか?」
「……ん、そう。いいよ」
取り敢えずやっと許可が下りてホッと一息吐き、先程言おうとして詰まってしまっていた質問を、今度こそ投げ掛ける。
「エマはここで暮らしてるのか?」
「……ううん、近くの集落。封龍剣山の麓にある」
「……封龍剣山?」
なんだその如何にもなネーミングの山、聞いた事もないぞ。と、そんな具合に首を傾げて聞いてみると、エマは意外そうにその目を見開いて驚いていた。えっ、何?この世界じゃかなりの常識だったりすんの?あれ、座学はちゃんと聞いてたつもりだったんだけど……うん、やはり聞いた事もない。
「……知らない?昔、真祖龍と神が争った末に、神がその巨大な剣を以って龍を封じた山。……多少遠くから流されてきてたとしても、あんなに大きな剣だし、かなり有名だと思う」
「……聞いた事もないな」
なんだ?結構有名なら城にも本の一つや二つあっても構わないと思うんだが、城の資料室でそんなもの見た覚え全く無いんだが。まさか相当離れた所に来たのか?だとしたらヤバいな……帰れるのも大分遅く──
と、視線を上げたところで、偶然視線を逸らしていた少女の横顔が目に入る。
その少し汚れた、けれど凛と美しさを備えるその銀髪の隙間から、耳が覗いていたのだ。それだけならば、俺も特に気にする事もなく考えを続行していた所なのだろうが……生憎と、それは流石に見過ごせなかった。
人間の耳では、なかった。正確には、人族の耳ではなかった。
エルフ耳という程長い訳でもなく、毛が生えている訳でも無いので獣耳でも無い。人間のものより少し長く、エルフ耳よりは短いその耳は──
明らかに、魔族のそれで。
「……なぁ、エマ」
「……?」
少女が不思議そうに首を傾げる。その動作は大変可愛らしかったが、今はそれは置いておく。緊急事態だ、最悪のパターンに陥った可能性大だ。そんな絶望の欠片を胸に宿しつつ、覚悟を決めてエマに問い掛ける。即ち──
「ここって、一番大きく分けるとすると、何処?」
本当に僅かな希望も込めて、問う。当たっていればもう死刑宣告のようなものだが、外れていれば一先ずは安心できる。だから、震える手を抑えながらも真剣な面持ちで彼女に問い掛けた。彼女はまたも「何を言っているのか」と疑問気な表情を浮かべたが、すぐに引っ込めて俺の目を見てきた。真剣に言っていることは伝わったのか、エマは一つ溜息を吐く。
……そうして、その質問を受けて彼女が返した簡素な答えは――
「……『魔界』の、最北端の海岸。『世界の果て』に最も近い場所」
絶望を濃縮に濃縮した右ストレートが来やがった。このスレは早くも終了ですね。




