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第101話『セカンド・ライフ・ビギニング』

半年失踪しなきゃ更新出来ない病か何か??(自省(短めです

「よくここ(獣界)まで来れたわね」


「メイリア様には秘密で、転移魔方陣を使ったんです。メイリア様が度々こっちに来ているのは、知ってましたから」


 流石に(ニグレド)が眠る小屋で話して、起こしてしまう訳にもいかない。小屋からは少し離れた山肌が露わになった空間にある小ぶりな岩は、ニグレドと共に回る散歩の休憩で度々利用した事がある。腰かけるには丁度いい大きさのものがいくつかあるので、代わりに話をするには都合がよかった。


 レコーア・カド・ソロモネル。『英雄の眠る街』アヴァロナル、メルセデス魔導学院にて魔術を学ぶ、孤児院出身の魔族(グァトラ)。メイリアが度々彼女の事を気にかけていたのは未だ記憶に新しいが、まさかここで彼女の姿を見ることになるとは思わなかった。


 まぁ、そんなことは今や些事ではあるが。


「――私たちの“転移”とも違う、“転生”……そういう事例が起きてたなんて、流石に考えもしなかったけれど」


「転生っていっても、今のレコーアとしてはそう何年も過ごしたわけじゃないんです。ある日突然、五十嵐恋華としての記憶が戻ってきたような感覚で……」


「……レコーアっていう子に、恋華ちゃんの人格と記憶を上書きした、っていう感覚で間違いない?」


「体感的には、そういう感じです。ただ、レコーアも間違いなく私で、五十嵐恋華も私で……自分でも、ちょっとこんがらがってますけど」


 彼女の言わんとすることは何となく分かる、推測が適切なのであれば彼女が混乱するのも無理はないだろう。突然見知らぬ世界に、見知らぬ人間の記憶と肉体の中にいきなり意識だけ放り込まれたような状態だ。


 ある程度見知った人間たちとまとめて、それも本来の自分としてこちら側にやってきたヒメノ(ミノリ)たちとも違う。或いは元の世界の自分という存在が泡沫の夢であったのだと思い込んでしまってもおかしくはない。


 よく、己を意識したままにここまで居られたものだ、と思う。


「いが、らし」


「……?」


 忘れなければならない、と強く念じ続けた名の欠片を、まさかこんな形で再び耳にするとは思ってもいなかった。


 この世界の於ける人物の名は、基本的に所謂ヨーロッパ近辺の命名法……ざっくりと言えば、『異世界の人の名前』として人々が想像しそうな名前のフォーマットが広く普及しているらしく、日本系の名を持つ人物は少なくともこれまでこの世界で暮らしてきた中では遭遇していない。


 故に、元居た世界――仮に世界そのものの事を“地球”と呼称する事として、五十嵐なんて名を持っているのは、その地球からこのアルタナにやってきた“地球人”のみだ。

 不思議な懐かしさが胸によぎる。


「……あの、それで」


「――うん」


「兄は、どこに?」


 そうして五十嵐恋華から投げられた、当然の疑問。

 始めからそう問われることは分かり切っていた、分かり切っていたからこそ、本筋からは離れた他愛のない会話でその時を引き延ばそうとしていたのだ。


 彼に妹がいる、という話は過去に地球側に居た頃一度だけ耳にしたことがある。少し興味があったというのは事実だし、“今のうちに”こちらの世界に来たクラスメイト達以外の同郷の話を聞きたかった、というのもある。


 きっと、このタイミングを逃せば。

 彼女が話を聞いてくれるタイミングは、ないだろう。


「――ごめんなさい」


「え?」


「彼に、貴女を会わせてあげることは、出来ない」


 きっと彼女は、私の事を嫌ってしまうから。






 ――――――――――――――






 夜が明けて、木々の隙間からは強い日差しが差し込み始める頃になった。


 結局、やはり彼女はかなり取り乱してしまった。

 彼女の目的は分かっている、いきなり何の縁も繋がりもない世界に投げ出されて、過去に紡いだ繋がりは遥か遠く、抱いた不安の大きさはヒメノもこの身で痛感した。

 そこに実の兄が現れた――当然彼女は、彼の隣に行こうとするだろう。自身の家族と共に居たいと、そう願う。


 ――そして“■■■■■(イガラシクロ)”を、“ニグレド”に求めてしまう。


 それは出来ない、それは許されない、あってはならないのだ。ニグレドに“彼”のことを、ほんの少しでも、片鱗ほどに僅かでも、思い出させる訳にはいかない。


 もはや彼はニグレドでしかなく、五十嵐恋華の兄はここにはいない。いや、もはやこの世界のどこにも存在しない。彼女には悪いとは思うが、諦めてもらう以外に手は――


 いや、違う。取り繕っていても、結局自分自身の事は誤魔化せない。


 結局のところ、本音はそこではないのだ。ここに居るのはニグレドでしかないとか、思い出させる訳にはいかないだとか、諸々の建前を並べても、結局のところヒメノの意図はただ一つ。


 ――彼の隣を奪われたくない。


 それだけ、ただそれだけの為に、ヒメノは異世界に孤独に放り出された少女から、実の兄という大切な家族を取り上げているのだ。


 なんとも身勝手な話だ、我ながら酷い女だと思う。


「……ヒメノ?」


「……ん、起きた?おはようニグレド、今日はいいお天気よ。散歩すると気持ち良さそうな――」


「ヒメノ」


 彼女の話を遮って、ニグレドがヒメノの名を呼ぶ。今の彼にしては珍しい主張の強さにヒメノは目を丸くして、何かあったのだろうかと、彼の言葉の続きを待った。


「俺が眠っている間に、何かあった、のか?」


「――、っ」


 心の中でも覗かれている気分だった。

 彼は確かにあの時眠っていた筈で、それはヒメノ自身常に小屋から感じていた休眠状態の生命の魔力反応から確認している。彼が知っている筈がない――

 あぁ、いや、そもそもの話、知らないから“何かあったのか”と聞いているのだ。冷静ではなかった、と反省もそこそこに、平常を取り繕う。


「いいえ?私も眠っていたし、特には。急にどうして?」


「いや、気のせいだったら良いんだ。けど、さっきの君の表情が……何だか、苦しそうに見えた気がして」


「――、そう」


 眠っているからといって、気が抜けてしまっていたのだろうか。表情に出てしまっていたのかもしれない、迂闊だった。

 時が流れていくにつれて、彼と生活をしていくにつれて、どうやっても心の中の制御が効かなくなってくる。生憎と己の心を制御する方法など、これまでに見たどの本にも、どのメディアにも載ってはいなかった。


 どうしても、自分一人では限界がある。資料から得た知識はあくまで知識であって、経験として根付いている訳ではない。ヒメノ――姫路ミノリはあくまで、ヒトより少し物覚えがいいだけの小娘に過ぎないのだから。


 彼の隣を、離れることはできない。

 けれど、このままではダメだと思った。ヒメノ自身も、ニグレドも。


 ――変化が必要だ。


「ねぇニグレド。今日は少し、遠出をしましょうか」


「遠出?いいのか?」


「とはいっても、山の麓を少し回るくらいだけどね。たまには息抜きをしなきゃ、貴方も流石に退屈でしょう?」


 正直、彼の――ニグレドの体を蝕む漆黒の痣については正直な話、匙を投げざるをえない、というのが現状だった。

 この世界に来た瞬間から目覚めた“魔力”という概念に対する知覚能力。ヒメノは既にその知覚能力から得られる道の情報を整理、分析に成功している。魔力の扱いについては既に最初期の感覚のみによるものではなく、理論建てた術式の構成も自在に可能になった。


 だがそのヒメノの眼を、知識を、理論をもってしても、彼の身を蝕むそれが何であるのかは何も分からなかった。そもそも魔力によるモノなのかすら疑わしい、確かに結果として膨大な魔力を周囲にこそ宿してはいるのだが、その大本たる彼の身にどういった効果が働いているのか、何も見えてこないのだ。


 彼に自由を返すためには、『源流禁術』の対策は必要不可欠――そう考えて数か月が経過したが、未だ解決の糸口はその末端も見えない。このままでは、彼の精神に不要な悪影響を与えかねないだろう。


「でも、一つだけ約束。危ないことはしないで。いい?」


「分かってる。基本的には絶対安静、だもんな」


「ん。よく分かっているようで大変結構です」


 彼の黒く染まった頬に触れて、その体温を指先から感じる。するりとそのまま指をなぞらせて、白と黒の入り混じった――というよりは、いくらか色の抜け落ちたような髪の毛を梳いた。


「ふ、ぁ」


「ふふ、まだ眠い?はい、これで顔拭いて。スッキリするよ」


「あぁ、ありがとう」


「どういたしまして。ご飯の支度してくるから、着替えたら居間に来てね」


 冷やした濡れタオルをニグレドに手渡し、彼が顔を拭っている間に離席する。所詮、先程の提案も咄嗟の思い付きに過ぎない以上、計画のブラッシュアップは急務。万一があってはならない、慎重に動くべきだろう。


 一先ずの、具体的な候補としては――。










「――。」


 ぎぃ、と木製のドアが閉ざされて、ヒメノの姿がその奥に消える。ニグレドは拭い終わったタオルを脇のテーブルに置かれた氷水の張った桶に戻すと、ベッドから降りる事はせず、もう一度ごろんと寝転がった。


「――、ぁ」


 夢を、見ていた。


 ついさっき、目覚める寸前までの事だ。

 具体的には覚えていない、夢の中ですら意識は曖昧で、その中での単語もまるで空白が開いたみたいに抜け落ちている。

 空白だらけだ。まるで絵画のそこらじゅうを墨で塗りつぶしたみたいに、“ある筈のモノ”が欠落している。何より求めている――なぜ自分がそう思うのかすら分からないが、きっと自分が何より欲しているそれらは、意図したみたいにどれもこれもがらんどう。


 “――■■。”


 そんな中で、声が聞こえるのだ。

 何を言っているのかも聞き取れない、何を言いたいのか分からない。けれど、その声だけは絶対に聞き逃してはならないという、強迫観念にも似た感覚。


 そんな聞こえぬ声の残響が脳裏に響き渡って、どこか懐かしい、白銀の輝きが――。


「……やっぱり、ダメか」


 その正体に辿り着くことなく、夢は終わる。ニグレドの求めるそれらは儚く幻のように消えて、目覚めて少しすれば、夢の事を思い出す事すらままならなくなる。


 そして、またこうして夢を見て、忘れた心の飢えを思い出すのだ。


 きっとこの夢は、記憶なのだ。自身の忘れた記憶の発露、その断片が夢として表れているだけの、ニグレドの前の“自分”の名残。

 取り戻したい、思い出したい。ニグレドという自分自身の手がかりがそこにあるのだと、確信めいたものを感じている。


 だが――。


「聞けない、よな」


 ヒメノは、のニグレド過去を多少なりとも知っている。けれど、それを彼女に直接問うことは躊躇われた。ニグレドがその記憶を求める素振りを見せるたび、どこか複雑そうな表情をしているように感じられるのだ。

 記憶の喪失は対処療法の結果とは聞いた――つまり、この身を蝕む呪いには、失われた記憶そのものが密接に関わっているという事。


 分かっているのだ。

 この記憶が、取り戻すべきでないモノなのだろうという事は。


 だがそれでも、それでも。


 “――■■、■■!”


 あぁ、それでも。

 その声が、夢の残滓に過ぎないその音が。


 頭にこびりついて、離れないのだ。

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