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第97話『対価』

完全失踪だけはしないことに定評のある男、懲りずに最近の騒ぎによって生まれた時間を頼りに更新を再開した模様。

「……意識は戻ったな」


「――はい、感謝します」


 感覚は思いのほか鮮明だった。

 四肢の感触はハッキリとしている、視界も明瞭で嗅覚もしっかりと機能しているようだ。幸いにも、特にこれといった身体の障害はないらしい。


「状況を、伺っても?」


「魔王軍の幹部級は全員撤退、雑兵は全て鎮静化させて、現在街の動ける皆が保護活動に当たっている。あの様子を見るに、雑兵たちは殆どが今回の襲撃は本意って訳じゃあ無かったんだろう」


 “源流禁術による強制統括だろうな”と付け足した蒼衣の男――英雄ジーク・スカーレッドは、その手に持った薄青い結晶を削ったような板に目を通しながら、彼の眼前に鎮座する巨大な柱……そこに刻まれた複雑な魔法陣の中心に片手を当てて、何やら調整を施しているようだった。


 そこまで見てから、改めて周囲の状況に目を向ける。どうやらいつの間にか屋内に運び込まれていたようで、エマが横たわるベッドは真っ白な無地の簡素なもの。

 周囲には彼以外の人影は見えないが、『紅の眼』が部屋の外……今エマ自身の居る建造物内に大量のヒトが居ることを示している。どうやら規模からするに、メルセデス魔導学院の敷地を開放して先の騒動の避難先にしているのだろう。


「……?」


「イガラシ・クロか」


 内心をずばりと言い当てられて、体が一瞬こわばる。


 (クロ)の気配が見当たらない、結局彼がどうなったのか分からないままにエマは意識を失ってしまった。もしかすると誰かが彼を止めてくれたのでは、と淡い希望にすがっては見たが、どう見たって彼の気配が何処からも感じられないのだ。


「……メイリアからアイツの事は聞いた。安心してくれ、気配が無いの特殊な部屋に入れてるからだ。命に別状はない」


「そう、ですか」


 ジークの言葉に、ひとまずは胸を撫でおろす。恐らくはナイアもそちらに居るのだろう、あの惨状からよく持ち直してくれたと幸運に感謝し、ほっと一つため息を吐こうとしたところで、ふと彼の言葉の引っかかる点が脳裏に浮上した。


「……あの、特殊な部屋、というのは?」


「……」


 ぴたり、とジークの腕が止まる。

 そのリアクションを前に突如として、すっと全身が冷えていく。背筋につうっと冷たいものが走るような感覚、何か彼の身にまずい事が起こっているのではないか、という予感。


 遠くに絶えず聞こえていた喧騒が遠くなっていく、余計な音を取り込んでいる余裕はなかった。


 ぱたりとその手に持った結晶板を机に置いたジークは、部屋の端に立てられていた棒に引っかかっていた大きめな外套を手に取ると、エマの横たわるベッドに投げ渡してくる。


「案内する、直接会ったほうが良いだろうしな。だが、一応覚悟だけはしておいてくれ」


「覚悟……?あの、あの方に、一体何が……?」


 “雨上がりで少し冷える、羽織っておけ”とだけ告げた彼は、かちゃりとドアを開けてついてくるようにジェスチャーする。不安に駆られながらも外套持ってベッドから降りれば、確かに少し肌寒い。

 外套を羽織ってベッド下に置かれていた靴に足を通し、立ち上がる。歩行もとくに問題なく行えそうであると確認してから彼を追って外に出ると、廊下から覗ける講堂には話の通りたくさんの住民たちの姿があった。


 共通して保存食や毛布を支給されているらしく、特別不自由そうな印象は見受けられない。普段からある程度災害等に対する備えはしていたのだろう。メルセデスの教員たちも事態への対応をしっかりと心得ているように迅速な行動を取っているようだった。


「さっき伝えた通り、命に関わるような傷はない。どころか、俺が身柄を引き受けた時点で無傷と言ってもいいくらいだった。ただ問題はそこじゃなくてな……意味は分かるか?」


「――源流禁術、ですか?」


 恐る恐る返したエマに、前を歩くジークはこくりと頷きを返す。


「源流禁術……正式名称を『禁忌術式(タブー)源流(オリジン)』。最低最悪の魔王が用いた術式で、使用者に莫大な身体能力と生物の領域を逸脱した再生能力、そして魂への干渉を可能とする。現在は魔族、ナタリスにのみ継承されており、その殆どは血筋による免疫と族長の封印により、効果を非常に薄めた代わりに代償も薄い改善版を行使している――君が把握してるのはこの辺りまでという認識で相違ないか」


「は、い。ご存じなのですか」


「『四黒』とは直接対峙した身だ。概要は掴んでいるのと、メイリアから現代での状態は聞いた……そこまで認識しているなら、イガラシ・クロの状態にも凡そ予測は出来ているんじゃないか?」


 真っ当な彼の指摘に、エマはつい押し黙る。そんな彼女の様子に少し慌てたように“ああいや”と口を挟んだジークは、バツが悪そうに頭を掻いた。


「すまない、少し酷なことを言った。ただ、およそ君の予想から外れない状態になっているのは確かだ……それともう一つ、まずい事になっているという問題もある」


「もう一つ……?」


 彼の後を追って歩いていくと、どんどんと地下に向かっているようだった。依然受けた説明ではメルセデスの地下には大地の魔力を利用した儀式用の石室や、特殊な用途に用いる施設が多く集まると聞いたが、また今回は一段と深い。


 長い階段を下り終わって辿り着いたのは、思いのほか簡素な扉の前だった。


 別段扉事態に特殊な術式が施されているという訳でもないようで、特別な部屋といった印象は見受けられない。ジークが一歩前に出て扉を数度ノックすると、中からうっすらと聞き覚えのある声が聞こえた。


「……ジークさん?」


 扉を開けて顔を出したのは、真っ黒な髪と翡翠の瞳を持つ少女。ほんの短い時間ではあったが、その姿には見覚えがあった。朧げな記憶を揺すって思い返して、心当たりに辿り着く。


 ヒメジ・ミノリ。イガラシ・クロという少年の同郷であり、彼が想いを寄せていたという人族(ノルマン)の少女。彼が再会を切望し続け、旅に出る事を決意した要因。


 クロが、天才と呼んだ少女。


「エマが目覚めたから連れてきた。彼の様子はどうだ」


「変わりません……彼女が来た、という事は」


「あぁ、すぐに説明する。が、その前に今の奴の状況を彼女に知ってもらうのが先だ、少し待ってくれ」


 焦るような様子でちらりとエマに視線を向けたミノリはこくりと頷くと、扉を完全に開放して奥に進むように促す。

 ジークと共にその案内に従って部屋に入れば、その部屋の異様さは一目瞭然だった。


 天上からは無数の鎖が吊るされていて、一本一本の根元にはそれぞれ同種の魔法陣が描かれている。魔法陣が齎す効果は常に鎖全体に行き渡っているようで、全ての鎖は部屋の最奥、仕切り板で区切られた小さなスペースに集中している。

 更にはその区切り板の空間を中心にして一つの部屋全体を覆う程巨大な魔法陣が敷かれており、魔法陣の模様は絶えず形を変化させ続けている。


 ふと部屋の片隅に目をやれば、うずくまるように膝を抱える小さな人影があった。


「ナイア」


「……え、ま?」


 先の戦闘で切れてしまったのだろうか、普段まとめて縛っているゴムがないせいで、長い前髪が下ろされて彼女の綺麗な蒼眼は殆ど隠れてしまっていた。

 だが近付いて膝をつき、その顔を覗き込めば、それだけで目端に残る涙の跡は隠せない。その瞳に宿る普段の活気も、今はただただ衰弱し切っているように見えた。


 彼女の衰弱具合から見ても、その要因は容易に推測できる。


「それ程に、酷いのですか」


「――っ」


 唇を噛んで、こくりと一つ頷くだけ。


 たったそれだけの動作が、今はただただ心を軋ませた。。


「奴を見つけたのは、白の巫女様だ。その子(ナイア)から聞くには、魔王に身柄を奪われたはずの奴をどうやって取り返したのかは知らないが、本人には違いないという確証も取れた。だが彼女から身柄を譲り受けた時にはもうこの状態でな」


 ナイアの前から立ち上がって、部屋の最奥にある仕切り板で区切られたスペース、その入り口に歩みを進める。一歩一歩と進める足が異様に重く感じて、見たくないと二の足を踏もうとする自分の体をぐっと制する。


「ここはかつて最低最悪の魔王を封じ込めた封印と限りなく似た構造を再現している。『源流禁術』の侵蝕も、そこに居る限りは一先ず止める事は出来るよう組み上げた」


 スペースに足を踏み入れる。一歩、一歩と。


「俺の力で中和できる穢れには限度がある、そいつはもう俺が救うには“浸かり”過ぎた。この封印から出れば、禁術がそいつを完全に食い潰すまで半刻も掛からない」


 跪き、震える手を伸ばす。


 声が掠れる、指先は震えていた。手のひらに触れた肌の感触はとても人のソレとは思えないほどに冷たくて、あまりにも『命』が薄かった。


 少し伸びた前髪――いくらか白く色の抜けた黒髪から覗く真紅の瞳に生気はなく、既に全身に漆黒の痣は広がってしまっていた。

 まるで、死体のような。まるで、人形のような。



「――“それ”が、今のイガラシ・クロだ」



 虚ろな目でエマを見つめ返す真っ黒な少年は、半開きになった口から微かに、あまりにも小さな声で。


 “ごめん、ごめん”、と。


 ただ、繰り返すのみだった。

就活。。。もうまぢむり。。。

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