episode:5-1 春哉の実力
時計の長針と短針が60°より少しだけ近く音がした。ストーリーモードなら3分からお手頃に遊べるゲームだが、対人戦ともなればさながら戦争シュミレーションに早変わりするのがこの【フリー・コマンド】の魅力のひとつだ。
『KAZUさんがエキシビションマッチモードで戦闘を受け入れました。これより戦闘を開始します』
ゲーム内アナウンスが響き、俺はすぐにこの世界の司令官【HARU】になった。
リアルフォン用アプリケーション【フリー・コマンド】の対人戦闘は『エキシビションマッチ』と『クラスマッチ』の2つがある。『エキシビションマッチ』は純粋な練習試合で、フレンド登録をしている相手と自由な戦闘ができる。対して『クラスマッチ』はこのゲームをプレイしている人とランダムにマッチングされ、勝てば『レート』が上がり、負ければ下がる。こうして『Sレート』から『Eレート』までの階級に分けられるのである。
春哉はガチャ産キャラが居なかったにもかかわらず『Bレート』に位置していた。ゲーム開始から2週間という格下の多い状況も功を奏していたが、そろそろTwitterもアカウントを作って『Sレート』に殴り込みをかけようと思っていた。これは前哨戦だ。
ランダムに飛ばされるステージは『市街地』に決定していた。お互い司令官のHPを0にすれば勝利となる。司令官はステージの端と端に位置し、そこが各自のユニットの移動の起点となる。司令官は自らにHPと攻撃力などのステータスが設定されていて、自らも移動ができるが基本的に攻撃することはない。特別な装備がなければユニークユニットには敵わないからだ。
『おい、春哉、負けねえぞ』
「ユニークユニットを入れた俺はSレート並みだぞナメんな?」
『おいおい俺でもAレートだぞ、気が速いやつめ』
リアルタイム同時通話機能で軽口を叩きつつ、初期配置を済ませていく。
敵の配置は各キャラに設定された『索敵半径』に敵が入ると人数が表示され、『接敵』して戦闘になると細かな敵の様相が司令官に開示され『全体地図』に映るようになる。まずは『索敵半径』に入ることが重要だった。
市街地戦ではより高いビルを占拠し、街を監視するのがベターな作戦だが、和樹には【マール】がいる。素早い行動が可能な飛行ユニットには敵わないだろう。となれば、狙うのはカウンター。中央にそびえる一際高い『セントラルタワー』を中心に敵方は高層ビル街を抜けて民間の家が立ち並ぶ地形。こちらも同様だが、西側に広い公園があるようだ。そこだけ森林の様相がある。
春哉は自陣を高層ビル街にある公園付近のマンションの一室に移動し、【アリオシティ】と【ネオアリノ】の小隊で護衛させることにした。
同時に【アマテラス】には【トリノ】と魔法戦闘に優れた【ネコノ】、昨日のガチャ祭りで出た『ハイレアリティの従来型戦士』で組んだ【天照守護十兵】を従軍させセントラルタワー占拠の為に公園からセントラルタワーを狙える高層ビルに向かわせた。
【グラン】は【四天王】としてハイレアリティ従来型4体をそばに置き、【アリノ】の大部隊を従属させた本隊としてビル群の陰からセントラルタワーに向かわせた。
セントラルタワーを占拠した敵部隊を制圧する。これが最初のファクターだった。
戦闘開始から5分。アマテラスがセントラルタワー南西のシティビルに到着し、最上階付近に身を潜めた。ここからならセントラルタワーの屋上にも魔法攻撃を仕掛けられる上に【トリノ】の《爆撃》も可能だった。少し遅れて【グラン】本隊がセントラルタワーを『索敵半径』に含めた。
『グランよ。アンタ、見えてる?敵の気配がないわ』
「グランの索敵半径は500m。セントラルタワービルの前兆は613mだから、ビルの真下に立っても最上階は索敵圏外だ。多分、屋上付近に潜んでるんだろう」
『はあ?じゃあわかんないじゃない』
「あぁ。今のままだとな。【トリノ】1体は《セントラルタワー屋上へ移動》しろ。【アマテラス】は《巫女の加護》で【トリノ】を保護。【ネコノ】は《火炎弾》を《待機状態で維持》しろ」
『見殺しにする気?』
「グラン、これは必要なことだ。見す見す殺させやしない。ちゃんと保護してる」
『バッカじゃないの?そんなの索敵半径に入ったら見殺しにする気じゃない』
「おい、グラン」
危惧はしていた事だが、扱いにくいな。
『司令官様。本隊が移動を始めております』
「な、おい【グラン】!直ちに《引き返せ》」
応答なし。だが、索敵半径にないという事はタワー下層には敵はいない。恐らくタワー北部のビル群の中に歩兵部隊がいるんだろう。それなら突っ込んでも。
『あ、あのう。司令官さま』
『ん、どうしたアリオ』
『このままだとセントラルロードからグラン本隊が直線上に交わります。横から撃たれたりしちゃったら…』
確かに西側から進むグラン本隊はセントラルタワーに向かうと北側から南側に真っ直ぐつながるセントラルロードに直角に侵入する事になる、がしかし、セントラルタワー周辺は円形の広場になっている。ビル群からは400mは離れているんだ。そんな長距離を狙撃できるユニットなんてそうそういない。いや狙撃兵【イヌノ】なら可能かもしれないが、その程度の火力なら【グラン】がやられる事はないはずだ。それに【四天王】の1人【守護機神アースガルド】の防御力で耐えられるはずだ。
『グラン本隊がセントラルタワー入り口に到着した模様でございます。それから【トリノ】の『索敵半径』がもうすぐで屋上をとらえます』
「アマテラスは引き続き警戒を続けてくれ」
『畏まりました』
とにかくタワーに入ってもらうしかない。説教はその後にしよう。
『《守護壁》発動』
突然、【四天王】としてグランにつけていたアースガルドが勝手に《指示》を発動した。《緊急時は身体保護を最優先する事》という傾向で登録したはずだが、何が起きた。全体地図には敵影ない。
『こちらアヌビス。グラン本隊が攻撃を受けた。【アリノ】部隊が壊滅した。【アースガルド】のおかげで我々の被害は少ないが、第二波は耐えられないであろう。指示を求む』
『こちらアマテラスでございます。【トリノ】は敵影を細くしませんでした。たった今、ビルごと赤いレーザーが貫いた模様です。セントラルタワー崩壊の様子。どうなさいますか』
市街地戦とわかって、春哉が何を考えるかはすぐにわかった。「セントラルタワーの奪取」を至上命題にするだろう。市街地戦は『クラスマッチ』では『Aレート』以上でしか出てこない高難易度ステージだ。建物の高さによる3次元的な戦闘と倒壊した建造物による行動不能エリアの発生があるからだ。そして『Bレート』の春哉はネットでの断片的な情報のみで実戦経験はなく『Aレート』にいる俺は実戦経験があるというのが重要であった。
すぐさま拠点を近くのビルに据えると中央セントラルロードに【アンドレス】を先頭に【マール】【アリノ】【トリノ】の大連隊を敷いた。セントラルタワーに近づいたらセントラルロードを挟んで向かい同士のビルに【イヌノ】を配置し、完全なる迎撃態勢を敷いた。当然、全体地図には様子は映っていないが、狙撃兵である【イヌノ】による目視があれば【アンドレス】の《マグマバースト》でセントラルタワーに俺らがいると思っている春哉の兵を倒せると踏んでいた。
『こちら【イヌノ狙撃部隊】から報告。敵本体と思われる大部隊がセントラルタワーに接近』
「カウントに合わせて【アンドレス】は《マグマバースト》を敢行せよ。その後【マール】は《守護神ノ使イ》にてセントラルロードに壁を作り、大連隊は待機」
ノリノリで命令して、ほくそ笑んだ。
「これが『Aレート』だよ、ハル」
『被害甚大の模様ですが、如何致しますか』
アマテラスから催促がくる。
「本隊はグラムを中心にアマテラスに合流。【アリノ】と【ネコノ】は1階と2階にて警備。《籠城》の初期配置につけ。これより司令官もそちらに向かう」
『イヤよ!絶対にイヤ!このままセントラルビルを取る!』
「グラム!命令を遵守しろ!お前の命令違反で兵が死んだ!違うか?」
『イヤ!でも、だって、アンタが捨て駒のように‥』
その言葉を遮るように俺は重ねた。
「どの兵にも死なないようにできる限りの事をしている。今お前のすべき事は残ってる兵をより安全な場所に移動する事だ。わかってるだろ?そこは射程圏内だ」
グラムは暫く答えなかったが、やがて小さな声で言った。
『イエス、ボス』
「よし。【アヌビス】は《砂埃》で視界を塞いでくれ。【ノーム】は【アースガルド】を運べ。【カース】は《幽鬼行列》を【アリノ】部隊に!」
【四天王】は忠誠心が高く防御系に優れた戦士たちだ。【アヌビス】はエリア干渉系の指示が多く、【カース】は味方の回避率を上げたり夜目を効きやすくするようなバフや敵を呪うデバフが得意なのでこの2人は【グラム】の戦闘をサポートできると踏んでいた。【ノーム】はHPが高く、《自動指示》として《不死身のカケラ》という能力を持っていて、HPが2割を切らない限り、部位欠損をせず、徐々に回復する能力を持つ『従来型最強』と言われるユニットの1つだ。【アースガルド】は広範囲高防御の指示を多く持つ。
『こ、これは』
【アリノ】部隊が薄く透けるようになっているのが映し出される。
「《幽鬼行列》成功ナリ」
うしし、とボロボロのフードの中で笑う【カース】による回避率アップのバフだ。どうやら上手くいったらしい。
「全軍移動だ」
グラム本隊は砂埃に紛れて、近くにあるアマテラスの陣へと移動を開始した。
『あ、あの、わたしたちも移動するんですかぁ?』
上目遣いに聞いてくるアリノシティに安心させるべく答える。
「あぁ、お前も移動だよアリノシティ。……アリノシティってなんかヨソヨソしいな。アリィと呼んでもいい?」
『え、あ、はい!アリィです!』
ニコニコと笑う幼女にニヤニヤしてる自分を危険だな、と思い直したので深呼吸。
「‥じゃあ、アリィ。それに【ネオアリノ】諸君。中央東寄りのビルまで南回りに移動する」
『はい!』
『了解』
「アリィ。《公共交通》を頼む」
『頑張ります!』
可愛らしく小さな手を握りこむと、【アリノシティ】は自分から直径250mに線路を生み出した。可愛らしい機関車の客車に全員が乗り込むと機関車は見た目以上の速度で走り出した。
【アリノシティ】は直径250mの範囲を《アリノシティ》に改変する能力を持つ。拠点防衛型のキャラクターで移動しながら使える指示はこの《公共交通》と《国際貿易》くらいで他は静止した状態でなければ使えない。しかしこの《公共交通》ならば安全かつ速やかにアマテラスに合流できるはずだった。
『敵連隊を補足いたしました。セントラルロードに恐らく全部隊が集中しているかと』
「そうか。恐らく防壁があるだろうから合流までは下手な事をしないでおこう」
『いえ、どうやらそうもいかないように思われます。徐々に南下してきています』
《マグマバースト》の射程に収めようとしてるのか。和樹、でもそれは急いだ方がいいぞ。
「いいこと思いついたよ、アマテラス」
episode:5-2に続く