episode:4 戦闘準備
和樹と別れてから3分ほど歩くと、左手に見えてくる一軒家が我が家だ。表札は「桜庭」と「山県」の2つが出ている。母型の祖父母との二世帯住宅だ。
「ただいま」
「おかえりなさい。いまあんたの好きそうなテレビやってるわよ」
「え、ほんとに? なんだろ」
「その前に、手洗いうがいね」
「はーい」
手を洗いながら、戦術を練り直す。今まではフィールドドロップのキャラや無料ガチャの戦士で戦っていた。今回の戦力増強は素直に嬉しい。しかしどうしても喜びきれない。
洗面台の端にかけてあるコップを取り水を注ぐ。うがいをしながら頭を悩ませているのは『コスト』の問題だった。
『コスト』とは1度の戦闘に持ち込めるキャラクターの総数の事だ。キャラによってコストは異なり、低コストのキャラであれば多くの戦士を戦地に投入できるようになっている。ある程度までは高コストでも強いキャラさえいればそうそう負けることはない。だが一定のところまでくると数の暴力には勝てなくなると思っていた。
「おぉ、おかえりハルくん」
「ただいまおじいちゃん」
「ほれ、いま、ハルくんの好きなやつが特集されてるよ」
そういってテレビを示すおじいちゃんにつられて、ソファに腰掛けながらテレビを見ると、どうやら、リアルフォンについての特集のようだった。『コスト』の件はうやむやのまま、記憶の隅に押しやられた。
『ええ、ですからスマートフォンとは全く別と考えるべきなのです。スマートフォンは明確な定義はありませんが、電話とメールに加えて何か他の機能を持つ携帯端末ということになっています。対してリアルフォンとは〈情報処理端末〉と〈Bluetoothシステムを使用した極薄型アジャスト装置〉の複合機械であるという明確な定義があるからです』
『なるほど。それは〈腕輪型〉とか〈ネックレス型〉と言われているのが〈情報処理端末〉ということにならのでしょうか?』
『そういうことになります。そして〈Bluetoothシステムを使用した極薄型アジャスト装置〉というのが、皆さんが俗に言う〈コンジャスター〉です。コンタクトレンズのコンタクトとアジャスターから来た造語ですね。目に入れたり、眼鏡になっていたり、最近は見なくなりましたがHMDなんかもその類ですが、情報処理端末と近距離高速通信を使用して現実の視覚に情報を付け足していくわけです。例えば何もない空間に画面を付け足す。例えばあなたの乗ろうとしている電車の乗車率を示す。例えばあなたの行き先までのルートを光の軌跡で示す。そういった従来では画面の中の写真や映像で補っていたものを全て視覚に重ねていくというものです』
基本的なところから話しているようだが、気になるのは右上の見出しに「大ヒットゲーム【フリー・コマンド】の秘密に迫る」とあることだ。目線を合わせると「約6分後」と表示されている。
「なんのことだかさっぱりわからないわ」
「ワシもじゃ。なにスマートフォンができた頃に生まれたんじゃから、スマートフォンなら詳しいんじゃけど」
「おじいちゃんもおばあちゃんも初期設定してないもんね」
「老ぼれには不要なのよ。なにせ、目が見えてないんだからねえ」
そういったおばあちゃんにおじいちゃんは大きく笑い、つられてみんな笑った。
晩御飯は肉じゃがだったが、あまり味は覚えていない。あの後、「フリーコマンド」のプロデューサーである紀基康氏が現れたからだ。
『今後、【フリー・コマンド】は大きく進化していきます。まだこれはどこにも言っていないのですが、近く、世界同時開催のイベントを行います。技術の発展とともにこのゲームは進化するでしょう』
と言って幕を閉じた番組で興奮が止まらなかったからだ。
腕に嵌めた黒い細めなブレスレットが震える。同時に目の端にメールのアイコンが点滅した。
『おいテレビ見たか?世界大会だ。もちろんでるだろ?まずは前哨戦だ、コテンパンにしてやる』
騒々しいやつだが、前哨戦という響きはいやに魅力的だった。
目の前の空間に映るパネルをスワイプし、【フリー・コマンド】のアイコンをタップ。すると、さっきまでベットが透けていたところに、透明度の落ちた美しい宇宙が描かれた。後ろからロゴが現れるより早く画面をタップしてログイン。『パーティ編成』を選択する段になって、後回しにしていた難題を思い出した。
「コストどーしよ」
思わずため息を1つ。
「もう一度、纏めるか」
グラム、アマテラス、アリオシティ。今日手に入れたキャラクターの情報を整理すべく、FCとメモをマルチタスクして情報を書き込んでいく。
グラムの性格志向は『ツンデレ』だから『忠誠心』は高いが一言多い。場合によっては司令官に攻撃することもあるな。武器は『大聖剣』だから魔法+近接攻撃。火力は高いが地上歩行戦士で移動速度は普通。
「めぼしい指示はあるかなっと」
流石にユニークユニットとなると指示数は尋常ではない。基本的な《移動系》や《攻撃系》だけでも距離が長かったり、細かく指示できたりするようだ。
だが、やはり気になるのは固有指示だろう。ユニークユニットだけのスキルで、名前だけ違くて内容が同じ、みたいなのはよくあるが、たまに他とは明らかに違うスキルを持っている場合がある。和樹の【マール】が有する《防御系固有指示・守護神ノ使イ》なんかは初めて見た。ネットにも似たような情報はなかった。グラムの場合は《近距離攻撃系》《範囲攻撃系》《特殊変化系》の3つがあるようだ。
「どれどれ。『《近接攻撃系固有指示・ガイアクト》は聖剣が放つ剣の波動を操り剣戟距離・攻撃力を増加させ、敵を木のツタで縛りつけることがあります』か。一定時間のエンハンスって印象かな」
このゲームの『指示』は戦闘中に増加する『指示ポイント』を消費することで使用できる。これは全ての『戦士』に共通しているので、強いキャラの強い技を出してると、その後誰にも指示を出せなくなる『枯渇』状態に陥る。
他のキャラのスキルも見て回り『枯渇』しないように戦いのプランをいくつかシュミレーションする。時計は既に10時を指していたが、まとまった案をすぐにでも試したかった。
メールアプリを起動すると和樹に「今からやろう」とメッセージを送り、FC内のフレンドリストから『KAZU』を選び対戦を申し込んだ。