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神様は、なんか私にも手厳しい!  作者: 守野伊音
第四章 始まりの霧 終わりの鹿
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76伝 アラインは終年頃?







 どうやら壁一枚とはいえ隔てられていればひとまず安心らしく、アラインはそれ以上移動しようとはしなかった。だからトロイは、アラインの腕からぴょんっと飛び降りる。私もそうしようと思ったけど、アラインは私を抱えたままちょっと屈んでくれた。流石の私もこの高さを飛び下りるだけで泣いたり足の骨折ったりしないけど、せっかくの心遣いだからありがたく受け取ろう。



「ありがとう……それにしても、ここ狭いね」


 いま私達が立っている床は四角形のタイル張りだ。範囲は、手を伸ばせば壁に届いてしまうくらい狭い。アラインがぶち抜いた天井の穴はいつの間にか消え失せていたので、私達は四方の壁を確認するくらいしかすることがない。


 前に扉、左手に扉、右手に扉、後ろに扉。以上。

 四方の壁、というか、四方の扉の幅しか壁が無い。となると、必然的に進路は扉になるのだけど。



「……とりあえず、それぞれ開けてく?」

「そうなるな」


 言うや否や、アラインは目の前にある扉を開けた。鍵はかかっていないようで、扉は何の抵抗もなく開いた。鍵がかかっていようが何の抵抗もなく開いた可能性もあるけど、今度はちゃんとドアノブを回して入ったから、恐らく鍵は開いていた。はずだ。

 アラインのマントを握り、その両脇から顔を出してトロイと一緒に部屋の中を覗き込む。アライン越しに覗き込んでいるのは、アラインが一歩も進まないからだ。

 入らないのかなーと呑気に思いながら中を覗き込み、私はアライン同様身体の動きを止めた。


 部屋の中は肌色に埋め尽くされていた。なまめかしくしなる肌色に、長い手足に、まろみを帯びたふくよかな肢体。まあつまり、壁という壁に掛けられた、成人指定な絵画の数々。


「わー!?」


 私は、アラインの左手側にいるトロイの顔を覆って引き戻した。


「わ!? な、なんですか!?」

「ちょ、ちょっと待って、扉閉めてアライン!」


 慌てて叫んだ私の言葉に従って、アラインは無造作に伸ばした手で扉を閉めてくれた。

 しんっと部屋の中……外? しかもここ部屋……? …………私達のいる空間が、しんっと静まり返る。

 私とアラインは、黙って扉を見つめた。唯一トロイだけが顔に疑問符を浮かべたまま、私とアラインを見上げている。


「ど、どうしたんですか?」

「…………次の部屋、見ようね。トロイ、次の部屋、次の部屋開けよう」

「あ、はい……え? はい?」


 事情が分かっていないらしいトロイにほっとしつつ、隣の部屋の扉を勢いよく開け、ようとして考え直す。そろーりと明けて中をそっと確認する。さっきの部屋同様、何故か灯りがついている部屋の中に一通り目を通す。

 ぬいぐるみぬいぐるみぬいぐるみ。よし、この部屋は安全だ。


 ほっと胸を撫で下ろし、大きく扉を開く。最初に一確認入れていた通り、部屋の中は沢山の種類の動物のぬいぐるみに埋もれていた。奥の方には子ども用のベッドもあった。天井からつりさげられた白いレースには、星や妖精の飾りが取り付けられていて、可愛い。でも、周り中にこれだけのぬいぐるみが転がっていては、可愛さよりも不気味さが勝る。

 いつもの私ならぎょっとしたかもしれないけれど、さっきの部屋の衝撃が残っている私には不気味さよりも安堵が勝ったけど。


「またぬいぐるみだ……あ、人形もある。子どもがいたんでしょうかね?」


 足の踏み場もないから、トロイも中には入らず、一先ずいまいる場所から中を確認している。

 中の見分はトロイに任せ、黙ったままのアラインをそろりと見上げてみた。普段と変わらぬ無表情がそこにはあった。けれど、何か考えているようにも見える。




「……アライン、大丈夫?」

「何がだ」

「……いや、さっきの部屋……びっくりしたんじゃないかなー、なんてー」


 何が悲しくて好きな人と一緒に成人指定な絵画を大量に見なければならないのだ。気まずいことこの上ない。私は何も悪いことをしていないはずなのに、居心地悪い気持ちを味わう。気まずい。

 なんだかもじもじしてしまってさっきの扉自体を視界に入れられない私とは違い、アラインは視線を扉へ向けた。


「気にはなる」

「気になるの!?」


 びっくりだ。びっくりな声を上げた私にびっくりしたトロイが飛びあがった。ごめん。


「え、ええ!? アライン、興味あるの!? そんな、え!? 嘘!?」


 いや、そりゃ、アラインだって年頃の男の子のだから興味ないよりある方が健全なんだろうけど、なんだか衝撃というか、勝手にああいうことに興味がないんだろうなと思っていたというか、筋違いと分かっているけど何だか傷ついたような気持ちになるような、いやでも興味あってくれないと恋人になれる目は皆無ということになるから興味があってもらわないと困るんだけど。

 大混乱のままぐるぐる考え込んでいる私に、アラインは不思議そうに首を傾げた。


「この部屋といい、今までの部屋といい、基本的に生活のための家具か、子どもが対象となる玩具や家具が主だったが、あの部屋だけ対象年齢が上がっていた。ただの偶然か、それともあの部屋だけ他とは違う何かがあるのか」

「あ、そういう……」

「お前が死にかける何かがあったのなら言え。俺には気づけない」


 ある意味即死級の衝撃が襲ってきたけれど、そんなこと言えるわけがない。


「そういう訳じゃないけど……ある意味疲れたかなー、なんて……」


 それ以外にどう言えばいいのだろう。でも何気なく口にしたことで、思っていたより自分が疲れていることに気づいた。



 私とアラインを不思議そうに見上げていたトロイの目も、どことなくとろんとしている。私の視線に気づいたトロイは、はっと自分の目元を擦ったけれど、その動作でとろんとした目の正体を察してしまった。……そういえば、いま何時なんだろう。


「アライン、いま何時だと思う? 私、なんかちょっと、眠たいかもしれない」


 お腹は空いていないけど、疲れを自覚したら眠たくもなってきた。だって、よく考えたら私達は今日この町に着いたばかりだったのだ。

 あっさり次の部屋の扉を開けて、乗って遊ぶ馬の玩具や積み木や絵本が散乱する部屋を眺めていたアラインは、ちょっと考えた。


「深夜の可能性がある」

「だよね……このお屋敷、時計ないね」

「ないな。飲め」

「何を!?」


 唐突に目の前に突き出されたのは、細長い筒だった。これは水筒だ。鉄っぽいけど鉄じゃない謎素材で作られていて、長い間淹れたときの温度が保たれる不思議水筒で、初めて見たときは感動した。


「水だ」

「水は分かった」

「飲め」

「わ、分かった?」


 大人しく受け取って蓋を開ける。これアラインの水筒だけど口つけていいのかなと、今更ともいえる心配をしてちらりと見上げた。私の乙女心と気遣いのこもった視線に、アラインは早く飲めという視線を返してきた。どうもすみません。

 大人しく口をつける。冷たい水が喉を流れて、思っていたより喉が渇いていたことに気づく。時間の感覚がくるっていたけれど、もしもいま深夜ならずっと飲まず食わずだったことになる。

 アラインから視線を向けられたトロイも、慌てて自分の水筒を取り出して飲み始めた。この水は不思議水で、氷のような石を水筒に入れておけば、石が溶けて無くなるまでずっと水が飲めるのだ。

 なんでもこの石は、大量の水を魔法で凝縮しているらしい。不思議水万歳だ。




「ありがとう」


 水筒を返せば、アラインも無造作に水筒を煽って水分補給した。これは水分補給水分補給と自分に言い聞かせる。いま赤面でもしたら、アラインからあらぬ誤解を受ける。ここで熱が出たと勘違いされてみろ。どうなるか考えるのも恐ろしい。壁という壁をぶち抜いて突き進む聖騎士の誕生だ。怪談かな?

 ずっとここから出られないのも困るので、いざとなったらその手を使うしかないけど、それは最終手段に取っておいてほしい。



 つつがなく水分補給を終えたアラインは、残りの二部屋もさっさと開けて中を確認した。

 一つは、平面全てに窓が貼りついた部屋だった。ただしこの窓、壁に張りついているだけでまったく窓の役割を果たしていない。硝子の向こうに壁が見えているので、当然窓を開けても壁だ。カーテンすら設置されていないので、壁が丸見えだ。もう少し窓の存在意義を生かしてほしい。

 最後の一部屋は台所、らしき部屋だった。らしきというのは、相変わらず上下左右のおかしさと、同じ家具や器具がずらりと並ぶ異様さ満載だったからだ。右壁に貼りついた調理台、左壁から半分埋もれた状態で突き出している洗い場。そして、天井にみっしり生えている包丁を見て、私達は無言で扉を閉めた。





 全部の部屋を見て回ったけれど、見れば見るほど普通の建物が恋しくなる。家具が地面に置かれているだけで普通判定するので、是非守ってほしい。あと、包丁はしまってほしい。天井に生っているのが果物なら喜んで収穫したかもしれないけど、包丁が生っていても全然嬉しくない。


「……どうする?」


 全部の部屋を見た結果、全部の部屋が変だったという結論しか見つけられなかった。


「唯一寝台があった部屋で休む」

「いいの?」

「仮眠を取ったらもう少し散策する。何も変わらないようなら、壁を壊して脱出する」

「…………はーい」


 結局それしかないらしい。そもそも私達は霧の調査に来たんであって、謎屋敷散策部隊ではないのだ。軽く霧の様子を確かめるだけのつもりだったから、食料も持っていない。今は水筒で水は飲めるけど、この水が尽きたら万事休すだ。

 まともな窓もなく時計もないから時間の進み方が分からないけど、しっかり疲れていることを考えると結構な時間が経っているのかもしれない。

 アラインに抱えられていたこと以外は、よく考えたらずっと歩きっ放しだし、確かにそろそろまともな休憩を挟んだほうがよさそうだ。

 じゃあありがたく、と、大量のぬいぐるみがあった部屋の扉を開けて、私は動きを止めた。

 扉を開けたら、壁しかなかったのだ。


「…………なんで?」


 ぺたぺたと壁を触ってみる。壁だ。どう触っても壁だ。壁に扉が貼りついているだけの空間を無言で眺める。壁だ。

 私と一緒に壁を触っていたトロイが、隣の部屋の扉を開ける。ここは壁に窓が貼りついていただけの部屋だ。つまり『あ、これ壁だ』部屋元祖である。

 しかし、そこに『あ、これ壁だ』部屋元祖はなかった。

 全方位に伸びる階段が延々と続いている部屋の扉を、トロイが無言で閉める。

 アラインは包丁が生っていた部屋を開けた。鍋が生っていた。閉めた。


「…………え? 閉める度に部屋の中変わるの?」


 開けたら壁、は、部屋の中に区分されるかは知らないけど。


「らしいな」


 そう言ったアラインは、特に何の気負いもなく、無造作に扉を開けた。最初に開けた、成人指定の部屋の扉を。

 一瞬ぎょっとしたけれど、閉める度に中が変わるなら中身は変わっているはずだと気づく。赤面する前でよかった。



 部屋の中は、最初に見た肌色の行列ではなくなっていた。ほっと胸を撫で下ろしたけれど、ほとんど何もなくなっていて困惑する。今まで見た部屋の中で一番広いかもしれない、部屋というより広間と呼んだほうが正しそうな部屋だ。全面が木の壁なのも珍しい。今までと違う。ただ、同じなのは木の壁という素材だけであって、左の壁はきちんと整列した長方形の木が組み合わされていて、右の壁はぴかぴかに磨かれたほとんど節目のない一枚の大きな板でまるで机みたいだ。足元は色んな色の木が組み合わされて作られ、天井は節目がたくさんある一枚板だった。

 部屋の中には今まで大量に見てきた人形やぬいぐるみもない。唯一存在しているのは、部屋の一番奥にぽつんと置かれているバスタブだけだ。


「え、えぇー……」


 最早どう反応すればいいのか分からない。自覚した疲労がばっちり乗った声を上げた私をちらりと見たアラインは、私とトロイを掴んで部屋の中に歩を進めた。


「ど、どうしたの?」

「し、師匠、どうしたんですか!?」


 たたらを踏んでいる私とトロイなんて気にも留めず、アラインは黙々と部屋の一番奥にぽつんと設置されているバスタブの前まで進んでいく。そして、目的地まで到達したらぴたりと止まった。


 他に見る物もないので、仕方なくバスタブを覗き込む。特にこれといって何か特筆すべき点もない、ただのバスタブだ。ここにさえなければ特に気に留めることはなかったであろう、ただのバスタブである。

 金の足が四本生えてはいるけれど、設置式ではないバスタブならこんなものだろう。

 そんなことを考えながら眺めていた私とトロイの身体が、ひょいっと持ち上がった。最早驚くことにも疲れた。人はこれを慣れと呼ぶ。

 アラインに小脇に抱えられた私とトロイは、お互い顔を見合わせた。そして、視線を上げる。私達と抱えたアラインはそのまま空っぽのバスタブに入る。そして座った。


「寝る」

「ここで!?」


 驚くことには疲れたけれど、譲れない驚きも中にはある。

 飛び上がって驚いた私とトロイを抱えたまま、アラインはバスタブに背を預けた。長い足で反対側を押さえることで、ずるずると滑り落ちていくことを防いでいる。私とトロイだったら、そのままずるずると沈み込んでいっただろう。その私とトロイは、アラインの身体を支えに沈み込んでいくことを防いでいる。


「本気でここで寝るの!? ベッドが出るまで扉開け続けるんじゃ駄目なの!?」

「それでもいいが、面倒だ」

「面倒」

「部屋の変貌と家具が移動することを考えると、一纏めになって仮眠できる場所ならどこでもいい」

「成程?」


 一応面倒だけが理由じゃないらしい。確かに、部屋の中はぐるぐる変わるし、最初のときみたいに勝手に引っ越し大作戦な状態になって家具がぶんぶん飛び回る状態になったら、三人一纏めになっていた方が安全だろう。バスタブなら他の家具にぶつかってもそれなりに耐えられそうだし、万が一水に落ちても逆さまにならない限りは他の家具よりもつし……意外とバスタブが有能で困る。


「え、えっと……失礼します」

「アライン、ちょっと動くね」


 もぞもぞと据わりのいい位置を探し始めたトロイをとりあえず抱える。そのままアラインに凭れたら、アラインも少し動いて据わりのいい位置を調整した。しばし三人でごそごそ動いて、お互い楽な位置を模索する。

 アラインを背凭れにした私をトロイが背凭れにして、今日の寝床が完成した。


「意外とおさまりがいい……」

「六花さんが間にいてくれなかったら、そんなこと思えません……」


 私越しでも師匠に凭れるのは緊張するのか、最初は恐縮しきりだったトロイも、次第にとろんと瞳をとかしはじめる。私も、背中とお腹がぽかぽかして一気に疲れが出てきた。

 アラインを見上げたら、既に瞼を閉じていた。早い。出会ったばかりの頃の、まったく睡眠をとらなかったアラインはいったいどこにいったのだ。大変いいことだから、是非いまのアラインでいてほしい。


「ええと、じゃあ……おやすみ、アライン、トロイ」

「おやすみなさい、師匠、六花さ……」


 よっぽど疲れていたのだろう。トロイは最後の言葉を言い切る前に、すぅっと眠りについてしまった。私も、二つの温度に挟まれていたらすんなり目蓋が落ちて、あっという間に眠ってしまった。










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