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神様は、なんか私にも手厳しい!  作者: 守野伊音
第四章 始まりの霧 終わりの鹿
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75伝 アライン始難しい








 アラインの出した光源を頼りに暗闇を進んでいく。

 天井裏というべきか、ただ天井の方向にあっただけで、ベッドが設置されていた状況を考えると床下というべきか分からない空間を、三人で進む。

 アラインのマントは私とトロイに掴まれているため左右に広がっているけれど、咎められることはないまま命綱代わりになっている。あと、心の支え。



「暗いー……怖いー……」


 胸元まで持ち上げ、両手でぎゅうっと握ったマントはたぶん皺くちゃになっている。この屋敷に関わってからの、アラインのマントの負担は半端ない。

 でも、どこまでも続く暗闇も、しんっと静まり返った空間も怖い。三人でほとんど固まって進んでいるのにまったく軋まない足元の材質も怖い。これ、何でできているのだろう。

 恐る恐る進む私に、アラインは心底不思議だといわんばかりの顔だ。


「何が怖いんだ」

「……暗いのが」

「明るければいいのか?」

「まあそりゃ、暗いよりは」

「夜を無くせばいいのか?」

「待って、これいま何の話してる?」


 なんだかとんでもない言葉が聞こえた気がするんだけど、気のせい!?


「止まる」

「夜が!?」


 びっくりした私は、突然立ち止まったアラインの背中に激突した。若干左側を歩いていたから、正確には肩にだけど。その腰辺りではトロイも激突していた。そして大変に恐縮して謝っている。大丈夫? 剣帯で顔打ってない? 私はマントを止めている飾りで盛大に額打ってめちゃくちゃ痛いです。


「す、すみません師匠」

「ごめん、アライン……」


 止まるってアラインが止まることだったのか。寸前っていったら寸前だったけど、ちゃんと予告してくれたのに全く反応できなかった。

 打ちつけた額を押さえながら、前方に視線を向ける。アライン、どうして止まったんだろう。





「鎧……?」


 私より先に前方を確認したらしいトロイが、不思議そうにぽつりと呟く。もしかしてペロンペロンかなと思ったけれど、前方に立っている鎧は見覚えのない鎧だった。何より、ペロンペロンになっていないのだ。

 アラインの持った光源が届いていない位置だったけれど、アラインが炎の大きさを変えたことで光が届くようになっていた。

 どこもひしゃげず不備の無い、つやつやに磨き抜かれた銀色の鎧は、暗闇の中でもよく映える。でも、まっすぐに立っている鎧の右手には剣が握られているのが不気味で、マントを握り締めたままアラインの背中に隠れてしまう。

 ぎっと、鎧が音を立てた。しんっと静まり返り、他に一切の音が無いこの場で、その音は酷く響いた。怖い。


「ひっ」


 あの鎧の中に誰かいても怖いし、誰もいなくても怖い。

 結論、何がどうなっても怖い。


「動いた……中に誰かいるんでしょうか」

「……トロイあのね、この屋敷の鎧ね、中に誰もいなくても動くんだよ」

「え!?」

「ペロンペロンとか……」

「ペロ……何です?」


 ぎっ、ぎっ、と、鎧が小刻みに音を立てる。どこが動いているのか分からないけれど、音が鳴っているということはどこか動いているのだろう。

 よくよく視線を凝らしてみれば、剣を持っている方の腕が上がっている。



「…………さぬ」



 何かが、聞こえた。

 空洞の中を反響する声をペロンペロンによって初めて知ったけれど、それと同じ音がわんわんと響く。しかし、ペロンペロンのものより低く割れていて、よく聞き取れない。


「あの鎧なんて言っ」

「この屋敷を出ることは許さぬ!」


 そぉっとアラインに聞こうとしたら、それを打ち消す音量で鎧が叫んだ。

 思わず両耳を塞ぐ。咄嗟に見たらトロイも同じように両耳を塞いでいた。わんわん反響する声は、塞いだ後も鼓膜を突き破りそうな勢いで響いて脳を揺らす。流石のアラインもうるさかったらしく、身体を捻り、鎧に向けている側の耳を塞いでいた。


「誰一人、我が屋敷から出ることは許さぬ!」


 がたがたと剣を持っている右腕が激しく揺れ、鎧が大音量の言葉を撒き散らす。

 あまりのうるささに、鎧が動いて叫ぶ恐怖より先に、鼓膜が破れる恐怖のほうと戦わなければならなくなった。

 恐らく鎧の動きと一緒にぎしぎしと軋む音がしているのだろうけれど、如何せん声が大きすぎてそれ以外の音が全く聞き取れない。反響した音を言葉として読み取るだけで精いっぱいだ。

 それも、連続過ぎて許さぬ許さぬさぬさぬさぬさぬぅと聞き取ってしまうことがほとんどだけど。


「黒髪の女は、屋敷に足を踏み入れるは許さぬ!」

「へ?」

「死ねぇ!」


 同じ言葉の連続だったはずなのに、それだけやけにはっきりと聞こえた違う言葉に目を向いた瞬間、鎧が凄い速度で走り出していた。

 鎧を着た人としても、鎧単体としても、信じられない速度だ。大股で跳ね飛ぶように駆け寄ってくるから、まるで誰かに放り投げられたんじゃないかと思ったくらいだ。

 でも、そんな鎧に、名指しで剣を振り被られた私はそれどころじゃなかった。


「やっ、助けてお父さん!」


 瞬く間に眼前に迫った鎧の勢いに一歩しか下がれなかった私は、さっきまで耳を塞いでいた両手を上げて反射的に頭を守った。

 妙な風圧が髪を揺らす。私は、それを鎧が剣を振り被った風だと思った。そんな私の前に飛ぶように駆けてきた鎧が、今度は横に飛んだ。

 直角に。


「………………え?」


 翻っていたアラインのマントが、ふわりと定位置に落ち着く。けど、私は全然落ち着かない。

 直角に飛んだ鎧は、見間違いでなければ本体自体も直角に折れ曲がっていたような、気が、する。


「…………え?」

「六花、この場にお前の父親がいない以上、一番戦闘に適しているのは俺だ」

「うん…………え?」

「六花」

「え?」

「六花」

「え?」


 何?


 鎧を凄まじい速さと力の回し蹴りで蹴り飛ばしたアラインが、じっと私を見ている。

 え? 私はこれ、何を望まれているの?

 てっきりその後にいつもの嫌な予感の質問なり意見なりが続くのかと思って待っているけれど、一向に要求がこない。


「え?」


 待って、この問題難しい。下手な試験よりよっぽど難しい。だって問題を解くための援助が無いに等しいのだ。アラインがじっと私を見てることから、何か要求ないし不満があったことしか分からない。


 さっきの自分の言動が問題であることは想像に難くないので、さっきの自分の言動をもう一回思い出し直す。自分で答えを見つけるしかなさそうだ。だってアラインはどう考えても説明が上手じゃない。下手すると自分の感情も自分でよく分かってないんじゃなかろうか。

 だけどそれがアラインにとって大事なことなら、私が見つけないと。アラインが拾えないアラインの大事な物を、全部掬い取っていくと決めたのだから。

 例えそれが、説明が一切ないめちゃくちゃ難解な問題であろうとも!


『へ?』は問題はないはず。『やだ』も問題ないはず。だってやだし。となると後は……。



「……お父さん?」

「俺はお前の父親じゃない」

「知ってる」

「この場にお前の父親はいない」

「知ってる………………助けてお父さんじゃなくて……助けてアライン?」


 ふいっと視線が外れた。

 え!? これ正解!?


「アライン難しい!」

「六花、うるさい」

「ペロンペロンとのときはアラインも呼んだよ!?」

「俺は何も言っていない」

「え、えぇー!?」


 視線を戻してこないアラインのマントを掴み直す。そういえばさっきのときは鎧が発した音があまりに大きすぎて、私もトロイも両耳を塞いでマントから手を離していた。だからアラインは遠慮なく回し蹴りできたんだなと今更気づく。


 アラインは私がマントを引っ張ってもそっぽを向いたままだ。正確に言えば鎧を蹴り飛ばした方向だけど、暗闇の先は何も見えない。

 物言いたげな気持ちが篭りまくった私の視線から逸らし続けている紅瞳が、僅かに細まった。


「……妙だな」

「何が?」

「あれが壁にぶつかった音がしない」

「そう言えば……」


 鎧はあれだけの勢いで吹っ飛ばされたのだから、壁なりなんなりにぶつかっているだろうに、何の音もしない。地面に落ちた音すらしないなんておかしい。

 片手で灯している光が幾重にも分散し、アラインを中心にして広がっていく。一気に広くなった光が空間全部を照らしていくにつれて、この場の異様に気づいた。


「……果てが、ない?」


 呆然とした声を上げたトロイも、再びアラインのマントの裾を握る。





 アラインを中心にして広がっていく光は、どこまでも際限なく照らしているのに、壁が無いのだ。どこまでもどこまでも平面の床が続く。床は、石にしては柔らかく、木材にしては硬い、つるつるとしたよく分からない材質だ。この場所に来るときは、確かに木の天井をぶち抜いたはずなのに、今は何かよく分からないものの上に立っている。

 そんな床は延々と続くのに、果てが無い。どこまでも途切れず続いている景色は、野原や海なら雄大の一言で済んだけれど、建物の、それも天井裏に存在するとなるとただの異様でしかない。


 さっきアラインに凄い勢いで蹴り飛ばされた鎧の姿もない。どんな勢いであってもどこまでも飛び続けるはずが無い以上、どこかに落ちているはずなのに。壁が無いため良くも悪くも遮られない視界の中でぽつんと目立つはずの一点の障害物は、影も形もない。






「わっ!?」


 突然視界が上がって、ぐらついた身体を支えようと慌てて近くのものを抱え込む。くしゃりと乱れた感触は慣れたもので、もう目を瞑ったって何か分かる。


「六花、前が見えない。少し離れろ」

「よ、予告してってば!」

「急いでる」

「そうなのっ!?」


 私とトロイをそれぞれの手で抱き上げたアラインは、いきなり床に踵を叩きつけた。何で出来ているか分からない床は、アラインの怪力に耐え切れない素材だったようで、盛大な罅が入った。

 アラインは言葉通り急いでいたようで、私がぎゅうっと胸に抱えていたアラインの頭を解放する前に既に床をぶち抜く作業に入ってしまっている。私は慌てて自分の胸から頭を離して、アラインの視界を確保した。その代わりにどこを掴もうかちょっと悩んだ先では、反対の手に抱え上げられたトロイが躊躇いがちにアラインの肩を掴んでいたので真似させてもらう。

 その間も、アラインは一寸の躊躇なく床を砕いている。


「何!? どうしたの!?」

「ここは駄目だ」

「何が!?」

「理からずれた世界は基本的に作り主が存在する。作り主がいる以上、ここはそいつの領分となる。俺一人ならともかく、お前らがいるなら不利だ」


 そう言うや否や、再び渾身の力で振り抜かれた踵が床に盛大な穴を開けた。作り主の領分となる空間の床をあっさりぶち抜く人が自分の不利を語っても、まったくそう見えない。

 なんともいえない気持ちになった私達を抱えたまま、アラインは躊躇なくその中に飛び込んだ。下がどうなっているかとか全然確認してないけど大丈夫なのかと思ったけれど、そんなことを告げる余裕は皆無で、私とトロイは必死にアラインにしがみつくしかできなかった。




 ずだんっと、三人分の体重が勢いよく落ちた音が響く。直接足を下ろしていない私にもびりびりとした振動が走り抜けていったのに、アラインは平然と周囲を見回していた。この人、本当に何があったら損害を受けるんだろう。そりゃ怪我なく痛みなく元気なのが一番だけど、あまりに凄すぎて、心配するのを忘れてしまったらどうしようと心配になってきた。

 アラインは自分を全然大事にしないので、私は忘れずに大事にしていきたい。

 でもその前に。


「…………六花」

「…………何?」

「お前、死ぬのか?」

「…………何で?」

「心臓の音、凄いぞ」

「そうですね!」


 いきなり落下されたら、誰だって心臓ばくばくになると思うのだ!

 ぎゅうっと抱きしめている頭のつむじめがけて顎を乗せる。心持ちぐりぐりさせてみたけど、アラインはびくともしない。


 結局アラインの頭を抱き直してしまったけどこれは不可抗力である。私は、平然と落下する人の腕に片手で抱かれて、平然としていられるほど人間できていないのである。

 もうアラインが上に行ったり下に行ったりするだけで私の心臓は大忙しだ。おかしいな。好きな人と一緒にいるときの心臓の高鳴りは、こういったことで起こるものじゃない気がするのだ。それと。



「六花、お前」

「……何でしょうか」

「今までもこんなに心臓を鳴らしていたのか?」

「……そうですね」

「…………死なないのか?」

「かろうじてね!」


 ようやく事の重大性を理解してくれたらしいアラインは、ちょっとびっくりした顔をしていた。可愛い……じゃなくて、よかった。これで少しはびっくり行動する前の予告を心がけてくれるはずだ。










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― 新着の感想 ―
アライン、自分に助けを求めてほしいの可愛い!六花も、多分アラインが気付いてない心の動きを考えて答えっぽいところを口に出せるの偉い!この二人キュンとします。
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