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神様は、なんか私にも手厳しい!  作者: 守野伊音
第四章 始まりの霧 終わりの鹿
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74伝 終わらない予告講座





 少し時間をもらって確かめてみたけれど、どうやら私の内臓は取りこぼしもなく正しく身体の中に納まっているようだし、眩暈も吐き気も時間をかければ落ち着いた。

 その間、必死に背中を擦ってくれるトロイは優しい。いつの間にか動くのを止めて、無くなっていた天井と壁が出現してぴったりと閉ざされた周囲を蹴り飛ばしているアラインは凄い。振動が。

 一体あれは何だったのだろう。模様替えや引っ越しをするのは変ではないけれど、屋敷自体が模様替えして、家具が独りでに引っ越しするなんて聞いたことない。見たことはある。今ここで。

 こんな経験、別に要らなかった。




 そして、アラインはなんで壁を蹴り飛ばしているんだろう。


 物凄い振動で揺られながら不思議だったけど、落ち着いて周りを見たらすぐに分かった。どうやら扉が無いらしい。四方全部ただの壁だ。ちなみに、天井にはみっしりとベッドが張りついている。どういうことなの。





 これ、振動で落ちてきたりしないだろうか。天井を見上げてかなり心配になったけど、アラインは特に気にした様子もなく壁を蹴りつけている。ベッドが落ちてこない確信があるのか、落ちてきても問題ないと思っているのか、さあどっちだ!



「六花さん、大丈夫ですか?」

「うん、平気……ねえ、トロイ」

「はい」

「なんでこの人形、こんなに一か所に偏ってるの?」


 もともと部屋にみっちり詰まっていた人形は、波の途中で止まったみたいに、一方に高く積み上げられていた。

 それらは、アラインが壁を蹴る振動でぼろぼろ転がり落ちてくる。また一つ雪崩れて転がり落ちてきた人形は、私の足に当たって止まった。

 三つ編みの物から下ろしたなみなみ髪のもの、赤髪金髪茶髪など様々だったけど、黒髪だけなかった。普通にしていれば可愛いお人形なのだろうけど、数が集まればなんでもそれなりに怖いというものだ。

 足先でちょいちょいと触っている私の視線の先を辿って、トロイは「ああ」とこともなげに言った。


「さっきまで天井近くに小窓があったんで、足場にしようかと思って。でも、小窓も無くなっちゃったので、他の出口を探さないと駄目ですね……」


 なんでもないことのように、にこにこ笑って言う子どもを尊敬する。

 この謎の人形の山を、ただの足場にしてしまうとは。



 しかし、それはともかくとして、確かに出口は大事だ。出入り口だなんて両方を兼ね備えた贅沢は言わないから、せめて出口は欲しい。なんだこの行き止まり。入口もなければ出口もないなんて。

 何故か子ども部屋のような壁紙が張られている床を見ても何もない。何の足がかりにもなりそうになかったので、上を見てみる。みっちり張り付いたベッドは、お互いの間に隙間がないほどだ。これはきっと、床にあっても異様な光景に見えるだろう。そして、天井にあるから更に異様だ。


「ん?」


 でも、ベッド同士の間はみっちりくっついていても、全面そうはいかなかったらしい。

 ベッドの装飾のおかげで、壁との間に僅かに隙間がある。僅かしか隙間が無いともいうけど。このベッド、本当に大きい。


「アライン」

「何だ」

「あれ。ベッドの下……上? に」

「裏」

「それだ! ベッドの裏に扉っぽいのが見える」


 天井を指さした私の位置まで戻ってきたアラインは、私の指の先を視線で辿った。壁とベッドの間に僅かにできた隙間から、天井とは違う色が見える。


「……扉だな。トロイ、六花を連れて壁際まで下がれ。念のために人形とは反対の壁だ」

「はい! 六花さん、こっちです」


 アラインに場所を譲ったトロイに手を引かれ、壁際まで下がる。私達が、雪崩を起こしている人形と反対側の壁まで辿りついたのを確認したアラインは、その場で何の予備動作もなく跳躍した。それも、ぴょんっと可愛らしく飛び跳ねたわけではない。天井のベッドを掴んでしまえる高さを、予備動作なしの無造作に飛んでみせたアラインに驚いたのは私だけだった。

 そして、この唐突な跳躍には覚えがある。バッタだ。



 バッタアラインは、天井に敷き詰められているベッドを掴み、壁とベッドの隙間からその裏を確認している。


 どうやってベッド外せばいいかなと考えた瞬間、凄い音がした。


 目を瞠った視界の中には、もうもうと埃が立っている。慌てて鼻と口を塞いだ私の前で、ベッドが天井から引き剥がされていく。隣のベッドを掴み片手で自分の体重を支え、片手でベッドを引き剥がすアラインは本当にとんでもない。何で引っ付いているかは分からないけれど、引っ付いている物はベッドなのだ。それも結構しっかりした造りの。そんなものを張り付けている強力な何かを完全に無視して、まるで糊で張りつけた紙を剥いでいくような気軽さでベッドを引き剥がさないでほしい!



 引っ付いていようがいまいがお構いなく、ベッドが足を残して壊れていく。足だけは天井に張り付いたままだけど、それより上はあっさり壊されて地面に落下してきた。


 粉々になった木片と綿が舞いあがり、慌てて開いた上着の中にトロイを包み、身体を壁に向ける。せめてマントがあればトロイを完全に包めたけれど、腰をちょっと超えるくらいの長さしかないこの上着では、せいぜい覆いかぶさって直接木片が飛んでくるのを防ぐので精一杯だ。もうもうと立ち昇る埃までは遮れない。

 しかも出口が無いので、埃はいつまで経ってもどこかに流れていってはくれないのだ。……空気孔とかどうなっているんだろう。

 そんな心配をしつつ、袖口で自分の口元を押さえ、片手でトロイを包んだまま落ち着くのを待つ。






 部屋中を覆った埃が少し落ち着いた頃、恐る恐る目を開けて周囲を確認する。トロイはとっくの昔に目を開けていたようで、心配そうに私を見上げていた。


「六花さん、大丈夫ですか?」

「大丈夫。トロイは?」

「……六花さんが、かばってくださったから、平気です」


 トロイはちょっと照れくさそうだけど、咽ていないからうまく盾の役割を果たせたようだ。私は大変満足である。

 どうだ、とアラインに視線を向けたら、まだぶら下がったままこっちを見ていた。


「六花」

「はい嫌な予感」

「死んでないな」

「この程度じゃ死にはしないけど、死ぬかもしれないと思ってるならもうちょっとこう……やり方があったんじゃないかなって思うんです!」

「やり方?」

「予告するとかね!?」


 アラインは隣のベッドから、現れた扉の取っ手に移動した。ぶら下がり続けながら、ちょっと考える。はい嫌な予感。それと、その扉、鍵でもかかってるの? 取っ手丈夫だね。


 扉は、取っ手にアラインがぶら下がってもびくともしない。開きもしなければ取っ手が壊れもしないのだ。こうなってくると、あれは本当に扉かどうかも怪しくなってきた。そして、まるで地面に立っているみたいに普通に会話しているアラインは、本当にぶら下がっているのか怪しくなってきた。もうこの屋敷、アライン含めて全部怪しい。


 ちょっと考えて結論が出たらしいアラインは、まっすぐに私を見た。


「六花、死ぬな」

「違う! そうじゃない!」

「六花、難しい」

「え、えぇー……」


 これは私がいけないのかな……。

 教育方針というべきか子育て方針というべきか、とにかく方法と方向性に悩んで壁に額をつけた私の裾を、トロイが控えめに引っ張る。


「あの、六花さん……師匠が他人に何か望むのって奇跡に等しいので……あの……だから……」

「……だから?」

「…………羨ましいですぅ!」

「今のやり取りに羨ましがられる要素があるとは思わなかったなー!」


 うわあああんと泣きついてきたトロイを抱きとめながら、身体をアラインへ向け直す。未だ天井からぶら下がっているアラインは、特に苦もないようで、平然と私達を見ていた。


 そう、こっちを見ているのだ。



 出会ったばかりの頃は、話しかけ続ける私を平然と引きずり、ずたぼろのぼろ雑巾にした人が、話しかけられてもいないのにこっちを見て反応を待っている。

 ない物ねだりばかりじゃなくて、いまあるもの、できていることを大事にできたら、もうそれでいいんじゃないだろうか。話しかけたら答えてくれる。こっちを見てくれる。出した答えはともかく、こっちのことを分かろうとしてくれる。

 ……え? 完璧じゃない?




「アライン好きー!」

「ぼ、僕も師匠好きです!」


 どさくさに紛れた私の告白に、どさくさに紛れたトロイが便乗してきた。

 どさくさ紛れの告白×2を受けたアラインはちょっと考え、一つ頷く。


「扉開けてもいいか」

「あ、どうぞ」


 ここで俺も好きだよと返さないところが非常にアラインらしい。もうそこすら好感がもてると思えてきたので、あまり細かいことは気にしないでおこう。何と比べても、ぼろ雑巾にされていたことを考えると全部問題なく思えてくる。ぼろ雑巾は魔法の呪文。





 アラインはぶら下がったまま身体を揺らし、勢いをつけて天井に両足をつけた。……え? それどの筋肉酷使したらできる体勢なの? そしてそんな動きでもびくともしない扉は、本当に扉なの?

 アラインが落ちる心配をすべきかもしれないけど、全く危なげがないのでその辺りは心配しなくて良さそうだ。問題は、あれが本当に扉かどうかだ。扉を開けた先が普通に壁だったら、この部屋本当に出入り口が存在しないことになってしまう。


「アライン、それ開きそう?」

「開く気配はない」

「え!? じゃあどうするの!?」

「開ける」

「…………え?」


 両足を扉に着けて取っ手を引っ張っていたアラインは、全く動かない扉から片手を離した。


「あぶっ」


 叫ぼうとした私の前で、引かれた腕が扉に叩きこまれた。

 アラインは扉にめり込んだ腕を何事もなかったかのように引き抜き、開いた穴を掴んでばらばらと木片を床に落としていく。穴はあっという間に大きくなり、人が一人余裕で通れる大きさになった。


「なくなかった」


 なんという力技。開かない扉は叩いて壊せ。

 私は「師匠凄いです」と目をきらきらさせている少年に視線を落とした。


「…………君のお師匠さんは、頭使うの苦手なの?」

「師匠は凄く頭いいですよ? その上で手っ取り早いと判断したほうを選ぶので、ああなるんです」

「面倒くさがり、と……」

「たいてい自分でやったほうが早い師匠が誰かに何かを望むって、本当に凄いんですから! …………羨ましいですぅ!」


 わっと抱きついてきたトロイを抱き返したまま、身体を揺らしながら扉の下まで移動する。開いていない扉に腕の力だけで入っていったアラインの姿は見えない。どうやら扉は本当に扉だったようで、穴の向こうには暗闇の空間が見える。

 扉もまさか閉まったまま侵入を果たされるとは思っていなかっただろう。私も思っていなかったので、扉に共感します。もう半分以上扉じゃなくなってるけど。




「アライン、何か見える?」


 暗闇に向けて声をかけると、ぼぉっと橙色の光が見えた。その光を伴い、アラインがひょいっと顔を出す。その掌には炎が浮かんでいて、アラインが自分で光源を確保したんだと分かった。


「何も。広さはありそうだから、ここから他の出口を探す」


 ここから探すと言いながら、アラインは穴から飛び降りた。危なげなく私の目の前に着地して、私のほうがびっくりしてトロイを抱えたまま一歩下がる。下りるんなら一言欲しかった。……ぼろ雑巾にされないだけでもう完璧だと思ったけど、やっぱり予告は必要だな。私の精神の安定の為に。


「アライン、びっくりするから行動の前に予告してほしい。目の前に飛び降りるよ、とか」

「したらどうなる」

「私がびっくりしない」

「六花、掴むぞ」

「へ?」


 何? と、頭を疑問が巡るより早く、私の首根っこが宣言通りアラインによって掴まれた。


「へ?」


 私に抱きつくトロイの力が強くなったと同時に、間が抜けた私の声が取り残される。

 気がついたら、暗い場所にいた。正確にいうと足元に空いた穴からは光が届いているけれど、全体的には全貌が見渡せないほど暗い場所に私はいた。

 もっと正確にいうと、さっきまで見上げていた穴の中に、私とトロイとアラインはいた。

 さっきまで見上げていた場所を床にして立ちながら、私はアラインの胸に額をつけた。間に挟まれたトロイが潰れたけれど、特に苦情は出なかったのでちょっと我慢してもらおう。だって、腰が抜けそうなのである。


「…………アライン」

「何だ」

「…………予告ってね、行動ぎりぎり手前じゃあんまり意味が無いんだ」


 どれもこれも素直に行動してくれるから改善する気持ちは本人にしっかりあるのに、ふがいない私の説明では、前途はまだまだ多難のようだ。

 アラインが私を驚かさないで行動できるようになるのが先か、私の心臓に毛が生えるのが先か。


 いざ尋常に、勝負!





 ちなみに、私を掴んで穴の中に戻ったアラインの行動にトロイは全然驚いていないので、トロイは凄く大物になると思うし既に大物の気もするけど、これは彼の素質によるものなのか、そうならなければやっていけなかったからなのか、判断に困るところである……。









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