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神様は、なんか私にも手厳しい!  作者: 守野伊音
第四章 始まりの霧 終わりの鹿
74/81

73伝 何事も、予告始大事








「私にも何が起こっているのかさっぱり分からないのです」


 がちょんがちょんと腕を振ってペロンペロンが説明している。


「何故死んだ私がここにいるのかも分からないのですが、気がついたらこの屋敷に一人でいました。ただ、最近は使っていませんでしたが、ここは私が子どもの頃によく使っていた屋敷でしたので、勝手知ったる屋敷でそこは安心でした。古い屋敷でしたので、偶に肝試しにと訪れる若者達を驚かせていたら楽しかったですし。お化け屋敷だと評判になり、お客さんが増えてからは余計に楽しくて、毎日賑やかでした。もっと驚かせようといろいろ怖い動きを研究したものです」


 なんて余計な努力をしてくれたのだろう。おかげで大泣きしてしまった挙句、アラインが私は降ろされたら泣くなんて間違った知識を身に着けてしまったではないか。

 睨んでいる私の目の前で、ペロンペロンは「けれど……」と声を潜めて俯いた。林檎の芯の奥には薄暗い廊下よりもっと真っ暗な闇が広がっていて、ちょっと怖い。思わずごくりとつばを飲み込み、私を抱え上げているアラインの腕を握り締めて続きを待つ。

 ペロンペロンは、がしゃりと勢いよく首を上げた。


「ただ、そういうのでくる女の子ってなんかこう気が強そうなのかけばけばしい娘さんばっかりなんですよ! しかも大抵男連れ! 私はお嬢さんのように素直そうな普通の可愛い娘さんが好きなのに、全員肉食系の女の子が男連れできゃぴきゃぴしながらやってくるんでめちゃくちゃがっかりしました!」


 怖い話が始まるのかとびくびく聞いていた私のびくびくを返してほしい。まあ、私を抱えたまま長い廊下を黙々と歩いていくアラインはびくびくどころかびくともしていないわけだけど。




「きゃぴきゃぴって死語じゃないのかな」


 私の世界じゃそうだけど、この世界だとどうかは知らない。どうでもいい話でびくびくさせられてしまった悔しさもあり、ペロンペロンには振らずアラインに聞く。何故か壁を見ながら歩いているアラインは、ちょっとだけ私に視線を向けた。


「書類ならともかく、日常会話で使用されている言葉の使用頻度は俺には分からない」

「幽霊に聞くよりはいいかなって」

「使っている人間がいる以上死んでいないと判断してもいいんじゃないか」

「成程」


 使っている人間が死んでることについては……まあ措いておこう。


「ただある日、身に覚えのない人形がぽつんと落ちていて、何だこれって思ったわけです。けれどそれから、あれよあれよという間に人形が増え、壁紙が変わり、部屋が増え、階段がとぐろを巻き、廊下が伸びたりと、屋敷は様変わりしました」

「つまり、この屋敷は原形を止めていないのか」

「いえ、聖人様。全くという訳でもないのです。そもそもこの屋敷、毎日変わるんです」

「変わる?」

「はい、昨日風呂場があった場所に寝室が現れたりなんて可愛いもので、地下ができたり、十階までできたり、様々です。この長い廊下も昨日はありませんでしたし」


 異様に長い廊下をがちょりと指したペロンペロンは、困ったように残った手で林檎の芯、もとい頬があった場所を掻いた。


 長い廊下には窓もなければ部屋もない。台もなければ、花瓶も絵も何もない。ぽつ、ぽつ、と、申し訳程度に明かりが点されているだけである。そんな何もない廊下の先は、これまた何もない。ぽっかり四角に空いた暗闇が続いている。はるか遠くにぽつんと点された明かりが見えるだけだ。

 部屋もなければ窓もない上に、階段もなければ横に曲がりもしない。ただ延々と進むしかないこの廊下では、ここが何階なのかも分からない。それにしても、屋敷の構造がぐるぐる変わるなんて凄い。流石異世界!

 ぞっとした。



 ペロンペロンの言い様を見るに、これは異世界でも異例の事態なはずだ。そもそも、ペロンペロン自体が異例だけど、それは措いておこう。さっきから何も解決していない気がするけれど、いろいろ措いて話題を選択していかないと、全く話が進まないのはもう経験済みなのだ。

 そう、話題は選んで、優先事項の高い順から……。




「アライン、なんでさっきから壁見てるの?」


 廊下は延々と延びているだけだし、足取りに危なげは全くないから別にいいのだけど、気にはなる。

 アラインは、窓も部屋もなければ、花瓶も絵もないただの壁をじっと見ながら歩いていた。

 私の問いに、壁を向いていた視線がようやくこっちを向く。


「この方向から音がするが、トロイの確証がない」

「トローイっ!?」


 淡々と教えてくれたとんでもない事実に、慌てて声を張り上げる。全力で張り上げた声が、長い廊下をわんわん響きながら通り過ぎていく。

 すると、かなり小さくはあるけれど、声が返ってきた。


「六花さん!?」


 壁の向こうから。




「アライン下ろして!」


 ぺんぺんぺんとアラインの腕を連続で叩いて、勢いで下してもらおう。よかった。これ勢いがなかったら下ろしてもらえなかった感じだ。私は床と感動の対面を果たした。足裏で。久しぶりだね、床!

 アラインの腕から滑り降りて壁にべたりと張り付く。私は壁と感動の対面を果たした。顔で。


「ふべふ!」


 顔面を強打したけれどそんなのどうでもいい。慌てて耳を壁に当て、もう一回叫ぶ。


「トロイ!? そこにいるの!?」


 壁紙越しのはずなのに、何故か鉄板に顔を押し付けたかと思う程痛かった。そして冷たい。更に硬い。まあ、ペロンペロンの言を信じるならば毎日形を変える家に使われているのだ。私の知らない未知なる素材が使用されていてもおかしくない。それより今はトロイだ。


「トロイ!?」

「六花さん!」


 異様に冷たい壁の向こうから、声が微かに聞こえてくる。隣の部屋というよりは、何枚も壁を隔てた向こうにいるかのようにくぐもっているけれど、確かにトロイだ。耳を更に押しつけて、もっとよく聞こうと壁にへばりつく。


「トロイ、無事!? 怪我はない!?」

「僕は何も! 六花さんこそ!」

「私はないよ! アラインも一緒にいるよ!」

「師匠もいるんですか!? ああ、よかったぁ……」


 ほっとしたらしく、力が抜けた声では語尾が聞き取りづらかったけれど、無事なようで私もほっとした。こんな変なお化け屋敷で、一人でどんなに不安だっただろう。まだ姿は見えないけれど、無事が分かって一安心だ。




「トロイ」

「は、はい、師匠!」


 それまで黙っていたアラインが壁に一歩近寄り、いつも通りの声を出した。それでもトロイはしっかりアラインの声を拾ったらしく、声がぴしりと正された。きっと背筋もきちんと伸びているのだろう。これは聖人の聴力が凄いのか、それとも弟子が師匠へ向ける尊敬の念がなせる業か。


「お前、これまでに声を上げたか?」

「い、いえ……すみません」

「分かった。もし何か異変を感じたら、すぐに声を上げろ。距離を測る」

「距離? 分かりました」

「お前がいる場所の様子は」

「家具などは何もない部屋です。暗いので天井付近はあまり見えませんが、かなり高い位置に小さな窓らしき物が見えます。ですが明かりが入ってくる様子はないので通風孔の可能性もあります。光源は手持ちの灯石を使用しました。あと、部屋の中に異様に人形があります」

「人形?」

「はい、床どころか壁も途中まで見えなくなってしまっているので、異様な数があると思われます。師匠達とはぐれてしまう直前に、大量の人形が覆いかぶさってきたんですが、その何倍もあります」


 そう言えば、離ればなれになってしまう直前、トロイは何かに対して気持ち悪いと言っていた。どうやらその人形について言っていたようだ。確かに、普通だと愛らしいお人形でも、お化け屋敷に転がっていたら不気味だし、動いたら不気味だし、大量に存在しても不気味だ。……あれ? 不気味な要素しかない?

 それなのに、トロイの声は意外にしっかりしている。涙を誤魔化しているようにも聞こえない。トロイは涙を隠すのが上手なのか、アラインの言うとおりそうそう泣いたりしないのか。私だったらそんなにたくさんの人形に囲まれたら恐怖で泣いてしまうこと間違いなしだ。だってペロンペロンでさえ泣いてしまったのだから。本当に、あれは一生の不覚だった。

 でも、トロイが怖がっていないのなら一安心だ。怖がっていようがいまいが、すぐに会えるよう頑張ることには変わりないけど、一人でいる時間が今すぐ終わるんじゃない以上、待っている時間は怖いより怖くないほうが断然いい。



 淡々と指示を出すアラインと、従順に従うトロイの会話が一段落ついた辺りで首を突っ込む。壁に向いて立っているアラインの腕に首を突っ込み、私も壁を向く。あ、アラインの脇腹暖かい。さっき壁に張りつけた側の頬っぺたが冷たくなっていたので、ありがたく暖を取る。

 しかし、暖を取っていたのがばれたのか、そのまま腕を下ろされて首を固定された。


「ねえねえトロイ。なんでアライン呼ばなかったの? 私はさっきそんな暇なかったけど、あったら絶対アライン呼ぶために叫んでた」

「そんな! 僕の回収のために師匠の手を煩わせるわけには……六花さん何かあったんですか?」

「え? あ、ほら、入り口に甲冑いたと思うんだけど、あの甲冑に泣かされ……追いかけられて、驚いちゃって」

「大泣きしていた」

「アラインさーん!?」


 固定されていた首をアラインの腕からすっぽぬき、アラインの前に回って胸倉を掴んで渾身の力で揺さぶ、れない。体幹しっかりしすぎてびっくりだ。流石私を抱え上げてもびくともしないアラインである。少々の嵐が来ても全く問題がないほどしっかり立っている身体を、それでも諦めずうおおおと揺らす。


「なんで言っちゃうのー!?」

「事実だろう?」

「トロイの前では恰好つけたいお年頃なの!」

「つけてどうするんだ」

 

 真顔で返されるといろいろつらい。


「泣くし笑うし一人だと泣くのがお前だろう。隠してお前がお前で無くなるわけでもないのに、隠してどうするんだ」


 真面目に返されると本当につらい!




 私は両手で自分の顔を覆って呻いた。

 凄い、アライン好き。大好きだけど、いや、大好きだからこそいろいろつらい!


 真面目に真剣に向けられた疑問を茶化したり誤魔化して返すほど、私はアラインのことをどうでもいいだなんて思っていない。むしろ好きだから答えられるものなら全部答えたい。

 だけど、どうにもうまく噛み合っていない気がする。それは、会話の内容だったり、真面目な空気で話をする機会だったり!

 この手の話を真面目にするのは少し恥ずかしいけど、アラインが私のことに限らずいろんなことを知りたいと思って質問してくれたのなら答えるのは吝かではない。

 だけど。


「何を隠そうと本質は変わらないだろう?」

「その話後にしよう!?」


 他に会話を聞いている存在がいる上に、お化け屋敷でトロイが無事だった喜びにはしゃいでいるときにしたいかと言われると、答えは否一択である。

 私もアラインもお互いを拒絶していないのに、どうにもこうにも噛み合わなくて、結局私がうるさいだけになっているような気がする。なんだこれ。私、最近凄い叫んでる!


「り、六花さん! 僕なんにも聞こえてません! 聞こえてませんからー!」

「トロイ優しい! 大好きー!」


 叫びすぎて一歩後ずさる、というかよろめく。

 子どもに気遣われる、このありがたさと遣る瀬無さとわが身のふがいなさ。


 子どもには必ず訪れると言われるなぜなに期。あれはなに? これはなに? どうして? なんで? そんな目についたことを片っ端から聞いて回るなぜなに期に、何故か子どもじゃないほうのアラインが突入してしまったらしい。

 いろんなことに興味が出てきたアラインは可愛いけど、大好きだけど、大好きだけど!

 私だって思春期真っ只中の年頃の乙女なのであって、せめて二人だけで話すのならともかく、何が悲しくてペロンペロンを間に挟んでこんな話を……。




「え?」


 私とアラインの間にペロンペロンがいる。ばきばきになった甲冑の隙間から覗く空っぽの闇が、じぃっと私を見ていて、思わず喉が引き攣った。ぬらりと、滑らかでいて薄気味悪さを残す動きでペロンペロンの姿が揺れる。


「ひっ」

「きぃあああああああ!?」


 ペロンペロンが引き攣った声で悲鳴を上げた。待って! そこ私が上げるとこ!

 ペロンペロンに悲鳴を上げさせられるのも悔しいけど、私より可愛らしい悲鳴を上げられたらそれはそれで悔しい。



 絹を引き裂いたような悲鳴を上げて、私の前から凄い勢いでペロンペロンが消えた。右から左へ残像を残して消えたペロンペロンに、慌てて左を見ると、凄まじい速度で長い廊下の向こうへ消えていく。


「ええー!?」


 なんで!?

 凄い速さで走っているのかと思いきや、その足は全く動いていないように見える。どうやって動いているのだと足元を見て、ぎょっとした。廊下が五等分くらいに細かく縦に割れ、その内の一本であるペロンペロンが立っていた箇所が凄まじい速度で動いていた。

 破損したにしてはやけに綺麗な断面がつるつると滑ってペロンペロンを運んでいく。


 何が起こっているのか分からず唖然としていた私の身体が、がくんと何かに引っ張られたかのように傾いた。

 同時に、アラインの手が伸びて、立ったままの私の膝裏を片手で掬い取った。自立歩行を再び奪われたけれど、今度は下ろしてなんて口が裂けても言えやしない。だって、五等分にされた廊下全部が動き始めたのだ。


 蝋や油でも塗っているのか疑いたくなるほど、細長く切り分けられた廊下が交互に流れ始める。しかも、動き始めたのは床だけではなかった。

 がこんと妙な音に床から視線を上げれば、壁が数え切れないほどの真四角にへこみ始めている。

 まるで積み木のように出っ張り、引っ込み、位置を器用に入れ替え始めた壁を見て、思わずアラインの身体にしがみつく。これが、ペロンペロンが言っていた屋敷が変わるということなのだろうか。

 屋敷は、見る見る間にここが廊下であったことを忘れてしまいそうな姿へと変わっていく。屋敷の変化は、私達のいる場所だけに留まらなかったらしく、壁の向こうからトロイの声がした。


「師匠、この部屋、壁が一部消失しました!」

「分かった」


 私が動く屋敷にアラインの服を握り締めている間も、アラインは何の動揺も表に出していなかった。驚いていたのに顔に出していないのか、全然驚いていないのか。後者のほうが正解のようにも思うけど、今はそれどころじゃない。


「ア、アライン、これ何?」

「知らない」


 アラインは、私を抱えたまま四角にせり出した壁の一つに飛び乗った。動く廊下はアラインがいなくなった途端全てがばらばらの方向に跳ね上がり、落ちていく。

 まるで屋敷全部が分解されているようだった。長い廊下があった場所には何故かお風呂場が迫り出してきているし、しかも湯船が五つもある。

 さっきまでの異様な長さはどこに行ったのか、いつの間にかできていた壁が迫ってきて、アラインはさっきまで壁だった四角い出っ張りの上をいくつか飛んで位置を変えていく。

 七個くらい駆け上がった場所で見た景色に、私は呆然とした。




 あちこちでパズルが行われているようだ。ぽっかり空いた床の四角にさっきまでどこかの何かだった物が嵌まっていき、ぴたりと収まる。蛇のように蠢く階段が十数個にぽきぽきと折れていき、何故か窓があると思わしき場所に嵌まっていく。


 そんなぐちゃぐちゃな屋敷の中を、家具や雑貨が位置が定まらないのかふよふよ漂っている。

 顔がぐしゃぐしゃに塗り潰された肖像画、破れた本、壊れた箪笥、錆びた包丁、黄ばんだシーツ。何一つとして無事な物はない。

 びゅんっと風を切るような音だったり、ふよふよと漂ったり。速度は様々だったけれど、誰もいないのに宙に浮いていることには今更驚かない。だって屋敷全部がぐちゃぐちゃに動き回っているのに、物が浮いている程度はもう些末事だと思うのだ。

 そんな舐めたことを考えていたからだろうか。半分に割れたお皿が顔面めがけて突っ込んできた。


「やっ」


 やめてとか、お皿相手に言っても無駄なことくらい分かっているけど、咄嗟に出てきた悲鳴に深い意味などあるはずがない。私にできたのは、せいぜい顔の前に腕を持ってくるくらいが精いっぱいだ。

 だけどお皿は、私の顔面には届かなかった。上から下へと急に吹いた突風に思わず瞑っていた瞳を薄ら開けると、アラインの拳がお皿に叩きこまれた瞬間を見てしまった。

 上から下へと真っ直ぐ落された拳を叩きこまれたお皿は、よく分からない音を立てて急降下していく。その過程でぱらぱらと砂みたいになって散っていくお皿の末路を見て、そろりと視線を上げる。


「あ、ありがとう」

「お前は」

「はい嫌な予感」

「どの程度の衝撃があれば痛みを感じるんだ」

「大抵どんな衝撃でも痛みを感じます」


 嫌な予感に導かれるまま素直に答えたけれど、アラインは視線をこっちに向けていない。

 足場を確保するためにもそれは正しい判断なのだけど、見ていないのにこっちに飛んできた物を次から次へと叩き落とすのはどうかと思う。

 故意というには間隔が空くので恐らくは偶然なのだろうけど、ちょくちょく私達に当たりそうになる物は全て、アラインの拳という名の盾に防がれて、文字通り粉々になって消えていく。「アラインの拳」という、どう考えても防御よりは攻撃に適していそうな名前なのに、凄まじい防御力だ。

 

「お前、虚弱体質なのか?」

「凄い、アラインといると今にも死にかけの重病人になった気持ちになってくるそんな訳ない!」

「トロイ」

「トロイ!?」


 淡々と話題を急回転させたアラインは、特に何の予告も派手な動作もなく、一歩を踏み出した。そう、一歩。ぐるぐる壁も床も物も飛び回っている場所に、一歩。

 まあ、床がない場所に一歩踏み出せば、すとーんっと落ちるのなんて当たり前であって。


「いやぁあああああ!?」

「六花、うるさい」


 迷惑そうに首を傾けて耳を遠ざけたアラインは、飛んできた巨大なソファーにアラインの拳を発動させて吹き飛ばした。落下中なのに凄い威力だ。


「六花、下」

「下ぁあああ!? あ、トロイ」


 様々な物が一緒くたにぐるぐる飛び回っている空間の下方から、ゆっくり浮上してくる鉄の塊があった。四角いそれは、部屋というには小さく、周囲の壁が一目で分かるほど鉄丸出しなこともあり、まるで牢屋のようだ。

 天井部分と四枚の壁の内一枚が失われた鉄の箱の中に、大量の人形が詰め込まれている。壁が失われたことで人形はぼろぼろと零れ落ちていくのに、中にある数は一向に減らない。何故か一部に偏っている人形の山の前に、見慣れた子どもの姿があった。


「トロ、いぃい!?」

「六花、うるさい」


 だったら予告してほしい。

 私を抱えて落下していたアラインは、その辺を漂っていたタイルの壁を蹴って、落下の向きを変えた。突然身体に受けていた風の向きが変わり、力任せに風を切る衝撃に、内臓とか全部置き去りにしちゃった気持ちになる。

 アラインは次から次へと何かを足場にしながら飛び移り、ずだんっと二人分の体重分の音を立ててトロイの前に降り立った。大量にあった人形がその衝撃で飛び散り、部屋の中から落ちていく。中には踏みつぶされて綿ぶちまけた物もある。運がなかったと諦めてほしい。



 目の前に飛び降りてきた何者かに咄嗟に剣に手をやったトロイは、それが私達だとすぐに気がついて嬉しそうに顔を輝かせた。


「師匠! 六花さっ…………大丈夫ですか?」

「無理ぃん……」


 でも、宙をだんだん飛びまわった衝撃に目を回している私はすぐに立ち直れそうにない上に、内臓の忘れ物はないか確認しなきゃいけないので、もうちょっと時間をくれると嬉しいです。








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