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神様は、なんか私にも手厳しい!  作者: 守野伊音
第四章 始まりの霧 終わりの鹿
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69伝 ここ始どこ





「なんでこんなことになったんだろうね」

「なんででしょうね」


 胸の前で手を組んだまま、仁王立ちで首を傾げる。トロイも同じ姿勢で、これまた同じように首を傾げた。可愛い。私より何十倍も可愛い仕草を見るために下ろしていた視線を上げて隣を見る。


「アライン、なんでだと思う?」


 私とトロイの間には、左手は剣帯に引っ掛け、右手は垂らしたままどうでもよさそうに周囲を見ているアラインがいる。


「知らない」

「ですよね!」


 私の友達兼好きな人は、至極真っ当な意見を返してくれた。

 そんな私達の周囲は真っ白である。上を見ても下を見ても、右を見ても左を見ても、視界は白一択。


「すぐ晴れるんじゃなかったの!?」

「うるさい」

「ですよね!」



 アライン・ザーム聖騎士様ご一行。

 現在、真っ白な霧の中で遭難中。









 事の始まりは、今から二日遡った晴れた日。

 シャムスさんの一言だった。


「欠片があるかもって情報入ったから、お前らちょっくら行ってこい」


 眩暈やふらつきが残っていた私の身体はだいぶ落ち着いてきたし、歩くことも出かけることも問題はない。

 問題があるとしたら、夕飯後、部屋で三人そろってデザートの果物剥いている所にノックもなく飛び込んでくるや否や、何の説明もなく親指立てて出張命令出したシャムスさんだ。

 更に。


「分かりました」


 何も聞かずに頷いて旅支度を始めたアラインもアラインなので、そこんとこどうにかしてほしい。








 世界中に散らばってしまった、大切な欠片達。

 皇帝の錫杖、クレアシオン。

 王帝の錫杖、エンデ。

 どちらも半分は私の中にあるけれど、残りの半分は無数の欠片になって世界中に飛び散ってしまった。


 クレアシオンは皇帝、エンデは王帝にしか扱えない。クレアシオンは聖人を傷つけないし、エンデは闇人を傷つけない徹底っぷりだ。だから、私が砕けかけたあの時、エンデはアラインの身体を傷つけずに通過したけれど、掠っただけのトロイの頬に切り傷をつけたのだ。

 錫杖は帝そのものであり、世界の意志そのものである、はずだった。

 錫杖としての形を保っていればそれで済んだ。けれど、錫杖は砕け散り、その形を失った。そして欠片は、ただの力だった。

 世界中に散らばってしまった力は、望む者がいる場所に呼び寄せられるという。帝という形が、民の願いによって形作られるものだからだそうだ。




「あちこちで色々起こってるんだよなぁ」


 シャムスさんはどっかりと椅子に座り、アラインが剥いた果物をひょいひょい自分の口に放り込む。あっという間に空になったアラインのお皿に、トロイが慌てて自分が剥いた果物を乗せていく。そうして空になったトロイのお皿に私の果物を乗せる。ちらりとこっちを見たアラインがもう一個剥き始めた果物は私のお皿に乗った。


 予定外に一周回ったデザートを食べながら話の続きを待つ。

 話し終わるのを待っていたら、シャムスさんに全部食べられるからである。シャムスさんが喋っている間に黙々と食べる無礼の許可は、既に先日エーデルさんから貰っているので問題ない。

 私が剥いたものより断然綺麗な断面を眺めつつ、口に放り込んでもしゃもしゃ咀嚼する。じゅわりと甘い果汁が出てきて大変美味しい。美味しいけれど、これなんていう果物なんだろう。

 大変申し訳ないことに、私が剥いた果物が一番不恰好だ。けれどトロイは嫌な顔一つせず、むしろにこにこと食べてくれた。なんていい子なのだろうと感動しつつ、自分の分を食べる。アラインが剥いてくれた果物は、地味に一個一個が大きいので、口から果汁が溢れそうになった。

 アライン、もし次があったらこの半分くらいの大きさでも充分です。



「欠片は厄介なんだよ。何でもできるからな。錫杖なら扱える存在が限られるが、欠片となるとそうもいかねぇんだよなぁ」

「何でもできるって、どんなことできるんですか?」


 ちょうど口の中の物を飲みこんだ所だったので聞いてみた。シャムスさんは、そうだなぁと髭の剃り残しを探すように顎を撫でた。


「不老不死」

「初っ端から飛ばし過ぎじゃないでしょうか」

「死んだ人間を生き返らせるのもありだな」

「私、怪談はちょっと……」

「毎日飲んでも飲んでも無くならない不思議な酒瓶とかも可能だな!」

「確かに不思議ですけど、それ今の流れの最後に持ってくる程でしたか!?」


 どう考えても、お酒が無くならない酒瓶より不老不死のほうが重要案件だと思う。でも、そんな些細……些細かな……な、ことを気にしてるのは私だけのようで、アラインとトロイは大人しくシャムスさんの続きを待っていた。


「本当は聖騎士全員投入して掻き集めたい所なんだが、半分入ってる六花を国外に出すのもどうかって二の足踏む奴が多いんだよ、これが。悪いが、お前らはしばらく国内担当してくれ」


 その後、私達のお皿から追加でひょいひょいと果物を奪っていったシャムスさんが、途中入室していたエーデルさんに投げ飛ばされて落下していったまでが様式美である。







 白い霧が出るらしい。


 私達に与えられた情報は、なんとそれだけだった。どこどこで出たよ! 程度の情報だけが申し訳程度に添えられていたけれど、冗談抜きでそれだけである。合いの子であるアラインに対する嫌がらせかと思いきや、冗談抜きでこれしか情報がないらしい。

 霧なんて基本的に白いものだし、前が見えないくらい濃い霧だって出やすい場所はある。問題は、ちょっと先も見えなくなるくらい深い霧が出始めたのが、ここ最近だということだ。

 幸い、少し足を止めるなりしていればすぐに晴れるらしいので、これまでに特に被害はない。けれど、今までこんなに深い霧が出たこともなければ、環境が変化しそうな災害があったりもしていないというのだ。地形が変わったわけでもないのに、目の前が見えなくなるほど深い霧が頻繁に出るのはどうもおかしいと、お城まで情報が上がってきたらしい。



 そんなこんなでお城を出たのが今朝方。

 大きな馬に三人で乗ってきた。手綱を操るアラインを真ん中に、私とトロイが挟む形だ。身体の大きさ的にトロイが前のほうがいいと思ったけれど、トロイの大変な恐縮によって私がアラインのお腹側、トロイが背中側と相成った。

 どれだけ大変な恐縮だったかというと「そんな、僕なんかが師匠に抱えてもらうなんて駄目です! 僕なんて荷物と思ってください、なんなら馬の横側に垂れさがっています!」というくらいだ。何がどうして垂れ下がる結論に達してしまったのかは分からない……わけでもなく、とりあえず今までのアラインの所為だということはめちゃくちゃ分かってしまったので、その辺りの修正はおいおいしていくことにして、今回は私が前でトロイが後ろという形に落ち着いた。

 までは良かった。



 朝に出発して、一回お昼を挟んで二時間で目的の霧が出る場所から一番近い最寄町に辿りついた。最近ずっと晴天だったことで道も悪路になることなく、特に変わったことも困ったこともなく、大変順調だったのだ。

 最寄町は、活気づいている、とは言い難いものの、鄙びているというのも憚られる、どこかのんびりとした牧歌的な雰囲気だった。人は多くないけれど、滅多に見ないというわけでもない。これといって特筆すべき点もない、普通ののどかな田舎だ。

 アラインは、こうやってお城から出るときは目の色を変えるらしく、よく分からない術を使って、よく分からない理由で、よく分からない目の色になった。大変気に喰わないけれど、そのよく分からないなんたらかんたらの過程を経た結果、特にこれといった騒ぎもなく宿を取れた。初めて会ったときは、誰かと話す予定があったわけではなかったのでそのままだったらしい。


 アラインは、面倒がないほうが面倒じゃなくていいとどうでもよさそうだった。だが、私とトロイの頬は盛大に膨れた。それを不思議に思ったアラインによって同時に潰されるまでは。

 いきなり何の予告もなく、無造作に伸ばされた手に顔面鷲掴みにされたことに何か言いたい気はしたけれど、何故膨れたのかも、何故潰れたのかも全く分からないといった顔できょとんとしているアラインが可愛かったので許すしかなかった。とりあえず、頬は掴まれたら潰れることをアラインが学習してくれたので、世界はまた一つ平和になった気がする。




 霧の噂はそれなりに広まっているようで、宿のご主人が「よく出るって場所まで歩いていけるよー」と簡単に教えてくれたので、とりあえず今日は下見だけしようと馬を置いて歩いてやってきたら霧が出た。

 さっきまで晴天で気持ちのよい晴れ空を見せていたのに、空は急速に白くぼやけ、あっという間に隣りにいるアラインとトロイしか見えなくなってしまったのだ。

 順調すぎである。

 だけど、人生とはそうそう順調にはいかないわけで。





「すぐに晴れるんじゃなかったの!?」


 私は吼えた。

 かれこれ一時間はこの状態だ。トロイも最初は物珍しそうに周囲を見ていたけれど、十分を越えた辺りからアラインのマントを握って離さなくなった。ついでにいうと私も同じで、アラインは左右からマントを引っ張られている。アラインのマントを命綱にしているから、私とトロイ、主に私が動くたびにアラインのマントはびよんびよんと引っ張られていた。

 白しか見えない視界は闇と、大して変わらない。先日視界を闇で塗り潰された私が言うんだから間違いない。

白で塗り潰された視界に、闇で塗り潰された感覚を思い出す。あの、世界中から押し潰されるような圧迫感と恐怖がふらりと舞い戻ってきて、思わず掴んでいるマントに力を篭めた。



「二歩進むと、もう見えなくなっちゃいますね」


 ちょっと離れたトロイは、声はすれど姿は見えない。掴まれたアラインのマントがびよんびよんしていることしか見えない。私も一歩とちょっと離れてみる。トロイどころかアラインも見えない。でも、マントがびよんびよんしているのは見える。

 左右から引っ張られて広がったマントは、結構間抜けなことになっているけれど、アラインはそれを咎める気はないらしい。私とトロイがしたいがままになっていて、何だかお父さんを思い出した。

 私達にされるがまま引っ張られまくっていたお父さんもさることながら、全体重でぶら下がられてズボンが落ちた両親の友達のおじさんには大変申し訳ないことをした。兄弟全員の共同作業でした。

 兎パンツ可愛かったです。どうか土下座で許してください。







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― 新着の感想 ―
[一言] アリスちゃん、やっぱり柄パンツなんですね(笑)
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