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神様は、なんか私にも手厳しい!  作者: 守野伊音
第三章 始まりの絆 終わりの恋
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44伝 始ンカチ一枚





「アライン!?」

「うるさい」

「ちょ、私まだ何も言ってない!」

「うるさい」

「私の頭の中読んだ!?」

「お前が勝手に送ってきてるんだ」


 そんなわけあるか、お前の顔に書いてあるんだとの答えを期待していたのに、まさかの肯定が返ってきた。どこだ、どこから漏れ出てるんだと、とりあえず穴を塞いでみる。鼻と片耳を塞いだ私に、アラインは嘆息した。



『全部じゃない』

「全部だったら羞恥で飛び降りるよ!」

『お前、言ってることも思ってることも大して変わらないだろう』

「それと頭の中読まれてるとは別問題です!」

『お前が送ってるんだ。俺の、これと同じ状態で』


 これ、と言われて、ぱちりと瞬きする。

 これ、これとはなんだろう。頭の中が痺れるこれだ。いや、これは別に頭の中を痺れさせるためのものじゃない。じゃあ何だ。最初に比べたら痺れも大分慣れてきたけど、そもそもこれは、片翼同士で繋げられる会話の為のものだったはずだ。

 私は結局出来なくて、普通の会話のように口で言っていたけれど、アラインは口と頭の中を使い分けて話している。


 つまり。


 嫌な予感がして、口元が引き攣る。




「…………え? 私、知らない間にアラインと話してた?」


 話していたというよりは、一方的に思考を送りつけていた……?

 お願いだから否定して、何を馬鹿なことを言っているんだと言ってほしい。

 けれどアラインは、普通にさらっと頷いた。


「断片的に。感情が強くなった時、特に意識していないらしい思考、口に出しているものと全く同じ言葉でも送られてくるから、統一性がない。お前の中の何かの波長が合った時にだけ流れているんだろう」

「…………いつから?」

「部屋で食事をとった辺りから始まっていた」


 まさか町に行く前からだなんて聞いてない。


「言ってない」

「言ってよぉ! それと読まないでぇ!」

「お前が送りつけてくるんだ。……これ以前にも口を滑らせたが、お前全く気づいてなかっただろう。今度も気づかなければよかったんだ」

「いつ!?」

「自分で考えろ」


 そんな殺生な。気づかない時は気づかないし、気づくときは気づくものだ。頭の中身垂れ流しなんて、並の怪談よりよほど怖い。

 もう隠すつもりもないのか、垂れ流された部分で会話をしてくるアラインのマントになっているハンカチを指先で掴む。

 私、変なこと言って……思ってないだろうか。思ったかもしれない。何言ったっけ。何思い浮かべたっけ。全然思い出せないのがまた不安を煽る。


「……断片的って、どんな感じ?」

「ほとんど単語にもならない言葉の羅列だ。偶に単語、もしくは文章が聞き取れる程度で無意味語綴りばかりの時もある」


 それはさぞかしうるさかったことだろう。

 事態の異常さと動揺は凄まじかったけれど、思わず真顔になる。

 頭の中にぶつぶつと途切れた言葉が押し寄せてきたら、頭が破裂してしまう。それなのに、アラインは文句一つ言わず受け入れてくれていた。頭の中以外でも盛大にやかましかったほうは言ってくれたけど、自分ではどうしようもなかった方は甘んじてくれていたと分かる。本当に申し訳ない。

 思わず掴んだマントに額をつける。頭の中を垂れ流しで恥ずかしがっている場合じゃない。



「言ってよぉ……」

「術を使ったことのない人間に言ったところで何になる。俺が遮断できるようになればいいだけだ」


 アラインは私が掴んだマントをさっと回収した。殺生なと思ったけれど、マントを片手で押さえた小さな人が頭を下げたのに面食らう。


「勝手に聞いて悪かった」

「むりやり聞かせてごめんなさい」


 慌てて私も頭を下げる。

 どうしたらいいのだろう。頭の中に堰を作りたい。口まで垂れ流すような悪癖は偶にしかないはずだけど、口を通さず勝手に飛んでいってしまう言葉をどうやって堰止めればいいのか分からない。

 考えまい、考えまいとすればするほど、ぐるぐると思考が回る。


「あの……解決策まで押し付けて本当にごめんなんだけど……どうにかできる方法ある?」


 術やら、片翼やら、私には全く見当もつかないことでの問題だ。解決方法どころか、まず仕組みすら分かっていない。死ぬほど苦手だけど逃げずに勉強して解決策を探そうにも、その間悶々と考えて思考を乱雑にぶつけていたら本末転倒だ。

 アラインは口元に手を当てて、何かを考えながら私を見上げている。


「繋がりの変化が原因なのは確かだ。俺とお前が、互いを正確に把握できれば何とかなるだろうが、交わうのはお前嫌だろう」

「まぐっ……!?」


 真顔でとんでもないことを言い出した。思わず噎せる。噎せた拍子にトロイが傾いて、慌てて支えて壁向きに倒す。ごめんね、トロイ。今は壁に凭れてた方が安全です。


 ついさっきまで、支えが無くなって危ないから起こそうと思っていた。今だって起こすべきかもしれない状況は変わってない。けど、ちょっと寝ていてほしい。

 起こしたらお互いに気まずいにも程がある話題が飛び出てきた。万が一「まぐわうってなんですか?」とか聞かれたら、私だけ死ぬほど気まずい。


 へっぴり腰のまま、起こさないようにそぉっと壁に傾ける。壁を枕にしたトロイは、不満なのかむずがった顔をした。いいこ、いいこだからねんね。心の中で鬼気迫って寝かしつける私の願いというか祈りというか、脅迫に近い念の甲斐あって、トロイは眠りの世界から帰還することはなかった。




 ほっと息を吐いた私の背後から風が駆け抜けていく。比較的風が静かな場所だから、渡り廊下で感じたような風じゃないのが救いだ。こんな不安定な場所で、アラインが小さいのにあんな暴風を受けたら吹き飛んでしまう。

 それにしたって、どうしてこんな場所でこんな話をしなければならないんだ。そもそも、何でこんな話をしなきゃいけないんだ。

 髪を纏めていてよかったと、なんとか救いを見つけ出して落ち着こうとしたけど無理だった。

 小さな人と向き合い直す。なんとなく正座してしまう。


「……何て言った?」

「まぐわ」

「あ、ごめん、もういいです」


 聞き違いであることを期待したけれど、最後の希望は打ち砕かれた。なんら変わらぬ無表情相手に照れるのも癪に障るような、しれっとしているとそれはそれで私の中の何かが終わるような。しれっとできなかったら、それはそれでいろいろ終わるし、八方塞がりとはこの事か。



「……えーと、嫌です」

「俺も嫌だ」

「何で言ったの!?」

「一番簡易に効果があるとされているからだ。次は口づけになる」

「なんでその手のものばっかりなの!?」

「肉体的接触のほうが精神を接触させるより安全だからだ。魂の根幹に位置している上に、下手を打てば廃人になるような精神面を接触させたいのか、お前は」

「おぉう……」

「俺がお前を攻撃しないと心底思えるのならともかく、試す意味すらない。接触を図る前に弾かれる」

「え? 思ってるよ?」


 何を言ってるんだときょとんとすれば、アラインが眉を寄せて私を見ている。まるで眩しい太陽を見ているようだ。私が太陽のように眩しいんですか? ……いや、違う。眩しいものを見ているより、何だこれと、未知なるもの、しかも変な物を見ている目だ。この怪訝な目。この、どっちかというと不審物を見る目!


「……何?」

「何が?」

「……お前は馬鹿か?」

「馬鹿ですよ?」


 何故ここで馬鹿の確認をされたのか。

 ちょっと考える。


「…………アラインは大丈夫だと思ってるよ?」


 話の流れ的にこれだろうと当たりをつけて、恐る恐る答えてみる。

 眉間に山脈ができた。皺になるよ? 

 というか、私もちょっと聞きたい。


「……ねえねえ、アライン」

「……何だ」

「……不可抗力とはいえ、この世界に来てから四六時中一緒にいて、一緒にお風呂入って、一緒に眠って、一緒にご飯食べて、同じ服着てるアラインから攻撃されるって思ってたら、私今頃泣くどころの騒ぎじゃないんだけど」


 泣き叫ぶでも足りるかどうか。四六時中威嚇して、精神が摩耗して倒れるかもしれない。それか、疲れてもうどうでもよくなるか……あれ? 結果一緒? いや、過程も大事だ。諦めと慣れは違う。たぶん。

 どう伝えるべきかと悩んでいると、視線が下がった。




「……慣れと信頼も違うぞ」

「……そんなのどうでもよくなるくらい、今すぐ対処法を試したい所存であります」


 私がいた場所にアラインがいる。突如として現れた巨人によってできた影の中で、私はなんともいえない気分で唯一の着衣であるハンカチをきつく身体に巻きつけた。

 確かにこれは心許ないにも程がある。ひょいひょい縋りついて申し訳ありませんでした。

 後、早く私の思考を遮断して頂きたいのであります。



 恥ずかしがるべきなのに、それどころじゃないような、それどころじゃないことにしちゃいけないような。そもそも何を恥ずかしがればいいのか。小人になってハンカチ一枚しか身にまとっていない事か、思考が駄々もれなことか、それら全部か。

 意味もなくハンカチを弄る。服を着たい。

 なんでこんなひょいひょい入れ替わらなきゃいけないのだ。入れ替わらなければならないのなら、せめて服を、服をまとった状態で入れ替えてほしい。瞬きの間に素っ裸にされる年頃の乙女の気持ちを考えてほしい。そして……乙女の男性型はなんていうのだろう。乙女が乙だから、甲男? 

 年頃の甲男の気持ちも考えてほしい。


 なんとなく視線を落として、捩じったり折り目をつけたりと無意味にハンカチを苛めていると、目の前に誰かが立っていた。裸足だ。深く考えず上げようとした私の目元を誰かの手が塞いだ。次いで、旗が風になびくような音がする。


「…………ん?」


 いろいろとおかしなことがあった気がする。

 動こうと思えば動けるけれど、なんとなく動いてはいけない気がして大人しく待つ。何の予告もなく手が離れて、私はようやく事態を把握した。


「……どうもこんにちは」

「…………」


 目の前には、同じ大きさになったアラインが、どこから出したのかマントみたいな布を羽織って立っていた。


「……それどこにあったの? ハンカチ?」

「……作った」

「へえ!」


 髪飾りと一緒で簡単な物なら作れるそうだ。便利。

 じゃあ、普段からそういう者を身につけているのかと思いきや、私やトロイにくれた物とは違い気を抜けば消えるらしい。ちょっとでも居眠りしようものなら全裸になるなんて、うっかりうたたねも出来やしない。そんな危険を冒すくらいなら、普通に服を着たほうがマシだ。

 それはともかくとして、どうしてこんなことに。


「…………人形の服、持って来てたらよかったね」


 せっかく買ったのに、まだ一度も役に立ってない。

 そもそもあれはどこにあるのか。トロイに聞けば分かるはずだけど、いま起こすべきか、起こさないほうがいいのか。

 アラインは、足元にある今まで着ていた服の大きなボタンが邪魔なのか、さっきまで私が着ていてアラインに入れ替わった服の上から離れた。


「いや、これだけ不安定だと着たところで戻れば弾け飛」


 きっと「ぶ」と続けたかったんだろうなと思う。思った。ぶだ。それ以上何か言葉を続けるつもりだったんならそれだけじゃないんだろうけど、たぶん続けたかったのはぶだ。

 凄くどうでもいいことを、そうと分かっていて頭の中で何度も繰り返す。

 私の掌にはハンカチが握りしめられていた。固定した視線の中には、同じように私の瞳だけを頑なに見つめる紅瞳が映っている。きっとその手には彼が作り出したハンカチもどきがあるのだろう。でも、絶対視線を下ろして確認しない。これ、絶対『しゅーる』じゃ収まらない。

 私と同じように瞬き一つしなかった紅瞳が、ゆっくりと閉じた。


「ぶっ……!」


 次にその瞳が開かれた時、一枚布を顔に押し付けられていた。何を考える間もなくそれを鷲掴み、身体に巻きつける。布は、暑い夏の日、からからになった喉を持つ身体の前に差し出された水のように見えた。うおおおと勢いのまま握りしめ、うおおおおと巻きつけて前を握り締める。


 目の前でも衣擦れの音がする。たぶん、似たような動作をしているのだろう。服ではないからボタンも何もない。ハンカチのような布の端をしっかと閉じあわせ、隙間がないように固定した私の耳に、ひゅっと息を飲んだ音が聞こえてきた。



「ぼ、僕何も見ていませんお邪魔ですよね申し訳ありませんすぐにいなくなりますからすみません本当にすみません僕何も見ていませんし気づいていませんからあの本当にすみません申し訳ありませんまさかお二人がそんなやっぱり大人なんですね僕そんなの全然思いも至らなくてあのすみませんお邪魔してすみません僕あのほんとにすみません!」

「「違う」」


 真っ赤な顔を両手で覆い、ばたばたと後ろを向いたトロイに、通常状態に戻った私達の声は揃った。


 通常状態、つまり人間サイズで布きれ一枚しか纏えていない私達は、そろそろ猥褻物陳列罪で逮捕されるかもしれない。マントくらいの大きな布を二つ作り出してくれたアラインは酌量の余地はあるかもしれないけど、何もしてない私は牢屋一直線である。どうか、どうか私にも酌量の余地を。不可抗力だったんです。正当防衛……は当てはまらないかもしれないけど、気づいたら裸だったんです。


 とにかくトロイの勘違いを解こうと手を伸ばした私がまとっていた布が消える。呆然としながら、ほとんど無意識に手元に残ったハンカチを身体に巻きつけた。隣でも、消えたのか消したのか分からない大きな布から、再び出したであろうハンカチサイズの布を纏ったアラインが疲れ切っている。


 急に影が消えたことに気づいたトロイが恐る恐る振り向いて、小人となった私たち二人に目を丸くした。誤解が解けたようで何よりです誰か助けて。





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