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神様は、なんか私にも手厳しい!  作者: 守野伊音
第二章 始まりの町 終わりの仮面
36/81

35伝 終わらない点呼






 炎を纏った破片が空から降り注ぐ。建物に、地面に、何かに触れた端から掻き消えていく破片は実体を持たない。術で構成された結界だからだ。


 薄硝子が砕け散ったと同時に、うわんっと世界の音と気配が膨れ上がる。

 突如として現れた音と気配、実体を伴った集団に、アラインとリヴェルジアが驚くことはない。驚愕の声を上げてどよめいたのは突然現れた彼らのほうだった。


「リヴェルジア!?」


 教会がシャイルン内で張った結界の中に、まさか世界規模の指名手配犯がいようとは誰も思わない。



 数十人はいようかという騎士と聖騎士が血相を変えて剣を抜き、連れていた弟子達を後ろに追いやった。

 水色を基調とした服に白の装飾が入っている制服が騎士、その逆が聖騎士の制服だ。アラインのように私服を着ている者もいる。私服でも非番とは限らないが、今はそんなことはどうでもいい。皆一様に剣を抜き、じりっと輪を縮めている。


 結界によって遮断されていた聖騎士団をちらりと見て、リヴェルジアは肩を竦めた。先程までの饒舌さはぴたりと消え失せ、顔の全てに仮面をかぶったかのように表情一つ動かさない。

 リヴェルジアは無言で片足を持ち上げると、まるで踏み割らんとしているかのように強く地面に振り下ろした。足の裏が地面につくと同時に風が巻き上がる。そこに浮かんだ丸い紋様に誰かが叫ぶ。


「転移の門だ! 飛ばせるな!」


 一番近くにいるアラインがもっとも早い。一瞬で間合いを詰めて剣を振り抜いた。しかし、剣は宙を斬る。そこにはもう誰もいない。まるで檻のように大量に突き出していた根さえ消え失せ、捨て置かれた血だまりだけが点々と惨状を語るだけだった。





 アラインは小さく嘆息し、炎と剣を収めた。すっかり砕かれてがたつく石畳を避け、比較的無事な壁に背を預ける。一気に膨れ上がった人の気配と音が一部遠ざけられていくのが分かった。集まってきた野次馬を、弟子達が散らしているのだろう。


「あ、こらトロイ! お前足はえぇな!」


 知った声が聞き慣れた名を呼んだ。ゆるりと視線を向けると、目的の子どもより後方にいた集団がびくりと揺れたがどうでもいいとすぐに視線を外す。


「師匠!」


 波打って使い物にならない石畳。更に、その上に降り注いだ破片で足を取られた子どもがまろびながら駆け寄ってくる。一際大きく開いた穴を勢いのままに飛び越えたのはいいものの、足をついた先が崩れて後ろに大きく仰け反った小さな身体に手を伸ばす。マントの留め具に指を引っ掻けて手前に引き戻すと、トロイはただでさえ大きな瞳を零れ落とさんばかりに見開いた。

 しかし、すぐにぎょっと顔をこわばらせる。


「師匠、怪我を!?」


 ざぁっと青褪めた視線の先が、腹に当てた手に向かっている。アラインは嘆息した。


「報告は後で俺が書類を作る。六花を城に戻せ」

「あ、え? あっ……六花さん!?」


 質問に答えず、状況の説明もしなかった師の言葉を弟子が飲みこんだときには、既に師の姿は消えていた。







 突如身体を支えるすべての温もりが消えてへたりと尻もちをつく。柔らかな布の海は瞬きの間に消え失せ、咄嗟についた掌にはちくちくと石の破片が刺さる。

 呆然と自分を見下ろす子どもに、私はへらりと笑おうとした。しかし、ずきりと走った痛みに顔をしかめる。頬に触れようとそろりと持ち上げた掌は長い裾に隠れていた。足も同じだ。こうなってしまったら、転ぶ前に尻もちをついたことは僥倖だったのかもしれない。下手に動いてつんのめれば、力の入らない手足では顔面から突っ伏したかもしれないからだ。

 疲労感も酷い。全身を膜のように包み、更に内から昏々と湧き出てくる泉のような疲労だ。




「六花さん……? あ、六花さん、怪我っ、怪我、大丈夫ですか!?」


 我に返ったトロイが再び真っ青になって狼狽える。血が出ていると聞いて鼻血かなと鼻を触っても鼻水だった。身振り手振りでおろおろしているトロイの様子を見るに、血が出ているのは殴られた頬のようだ。爪でも当たったのだろう。

 止血させる必要がない以上、触っても痛いだけだ。上げていた手を下ろそうとした私はぴたりと動きを止めた。そして、すぐにぱっとお腹に手を添える。アラインが動いたのだ。そうだ、場所が変わったということはさっきまで自分がいた場所にアラインがいるということである。

 つまり、なかなかに際どい。

 アラインの位置情報が頭の中からすっぽ抜けていた私は慌てて謝る。


「ごめん、忘れてた」


 返事は返らない。へそ下からへそ上へ、へそ上から胸下へとぽんぽんと衝撃が訪れるので黙々と登っているのだと分かる。

 せめて揺らさないでいようと背中を壁につけて固定すると、ずきんずきんと断続的に続く鈍い痛みに意識が集中してしまった。大変痛い。


 鎖が揺れた感覚が首に伝わってきて、アラインが定位置に落ち着いたと知る。当たり前のように収まっているので気づかなかったけど、いざ自分が体験してみるとかなり過酷なブランコだった。これからはもうちょっと丁寧に扱おうと心に決める。




「いてぇってばぁ」


 不意に周囲が暗くなったと思ったら、呑気な声と共に青年が降ってきて思わず跳ね起きる。胸元で鎖が激しく揺れて、さっきの誓いは早速反故になったと知った。





 頭の上にトロイ程の少年を乗せた深紫色の髪をした青年は、建物の上から飛び降りて難なく着地した。アラインより少し年上だろうか。高い背と均整のとれた体つきでアラインより余程健康的に見えた。

 男の人を見る基準がアラインになっている自覚はある。


 青年の髪の毛をぐしゃぐしゃに握っている少年は、まるで馬の手綱のようにその髪を引いて向きを変えさせると、視界に入ったトロイを見つけて爽やかに笑った。


「やあ、トロイ! ご機嫌いかがざます!」

「ライテン……師を馬代わりにするのはどうなの?」

「我が自力で移動するよりよほど早いので致し方ないざます」


 肩車から自力で飛び降りたライテンは、二つの三つ編みを一つに纏めた銀白色を指ではじいて背中に追いやる。身軽になった青年は、とんとんと腰を叩いてぐいんっと身体を伸ばした。


「もっと言ってやってくれよ、トロイ。こいつ師を敬うってことを知らねぇんだよ」

「失敬ざますよ、ロイセガン師。我はきちりと師を敬っているざます」

「どの辺りがだよ」


 胡乱な視線を向けたロイセガンに、ライテンは広げた左手でマントを払い、右手をつけた胸を張る。


「我がジャスティン家当主となった暁には、聖七家ジャスティン当主の師として然るべき待遇を得られることを約束するざます!」

「へい、坊ちゃま! 分家の俺を馬車馬の如くこき使ってくれていいんだぜ!」


 いっそ清々しいほどに下手に出た青年は、堂々と掌を返し、へこへこと頭を下げた。いつも通りの光景なのか、トロイはすぐに興味を私へと戻す。アラインへの態度を見ていると寂しがりの甘えんぼに見えたけれど、こういう所は結構師匠に似ているのかもしれない。


 私は飛びのいた勢いで立ち上がったままだ。今座り直すと立てなくなる気がしたのである。胸元に手を添えて、はっと我に返るとぱたぱた服の裾を払って土埃を落とす。


「どうも! アラインの友達の六花です!」

『違う』

「違うそうです!」


 即座にくらった否定を素直に暴露しつつ、手を差し出す。ロイセガンさんはちょっと驚いた顔をしたけれど、すぐに軽い笑い声を上げて手を伸ばした。癖のある髪がちょろりと前に垂れてきて、頭を振ることで後ろに追いやっている。


「はははっ! 紅鬼の片翼にしちゃ元気なのが来たなぁ。俺はロイセガン・ツウ・ジャスティン。聖騎士だ。ロイでいいぜ」


 ロイさんは、はたいてもまだ少し汚れている私の手を気にせず掴み、ぶんぶんと上下に振った。そして空いた手で自分を示し、片目を閉じる。俗にウインクという行動であるがどうやら苦手らしく、開けておくべき片目もぷるぷる震えていた。


「紅鬼がいなきゃ俺が史上最年少の聖騎士だったんだぜ。そんでもってこいつが俺の弟子ライテン・ジャスティン。本家次期当主様だ」


 親指で示された子どもは、優雅にマントを払い胸に手を当て、きちりと背を折った。


「聖七家が一つ、ジャスティン家長子、ライテンと申すざます」

「なんかいつでもざますってる奴だけど、まあ気にしないでくれな」


 直らないんだ、これ、と頬を掻いているロイさんを無視して、ライテンはくるりとトロイを向く。トロイは一歩引いた。ライテンが一歩詰める。更にトロイが一歩引く。ライテンが二歩詰める。トロイはぱっと身を翻すと、私の後ろに隠れた。

 どう好意的に見ても避けられているライテンは、地団太を踏んだ。


「好敵手である我から何故逃げるざます!」

「僕は普通に友達でいいと思う……」


 ぽつりと小声で返事を返したトロイに、細く綺麗なライテンの眉がぐわりと跳ねあがる。トロイはさっと両手で耳を塞いだ。


「馬鹿を言うなざます! 友達とはその者の為人だけを尊重した関係ざますが、我はお前をそんな位置で止めるつもりはないざます! 好敵手とは即ち全て! 為人のみならず、お前の実力を含めた全てを我の相手と認めているざます! どの試験でも我の上を悠々と走り抜けていくお前を好敵手と呼ばずなんとするざます!」

「君より下だったら怒るじゃないか……」

「当たり前ざます! 手を抜かれ、同情されての勝利など何の意味があるざますか!」

「……僕は、師匠にご迷惑がかからない成績だったらどうでもいいんだけど」


 子どもには子どもの世界があるんだなと、矢継ぎ早に繰り返される会話を聞いていた私は、うむと頷いた。

 今の間に何回ざますったのか数えていたけれど途中から分からなくなった。確かに凄いざますだった。見事なざますでしたざます。……移るな、これ。



 頬を掻こうとして、ずきりと痛む。ざますの勢いに飲まれて吹っ飛んでいた痛みを思い出してしまった。痛いざます。

 思わずしかめた表情に気付いたロイさんは、逃げるトロイに詰め寄っていくライテンの頭をぱしんとはたいて止める。そして、慌ただしく動き回る集団の中をぐるりと見回す。目を細めて何かを探していたが、目的の人物を見つけたらしく片手を上げた。


「おーい、ラン。こっち来い!」

「はっ!」


 野次馬の整備に回されている弟子達を統率していた一人がぱっと振り向いた。隣にいた同世代程の少年と一言二言交わし、その場を離れる。機敏な動作で駆け寄ってきた相手に、私は思わず声を上げた。


「ランちゃん!」

「グランディールだ!」


 知っている人がいて思わず嬉しくなった私に、グランディールが吼える。吼えられた私は、思わず上げた大声で痛む頬に呻いているので、正直それどころではない。

 触れても痛いが痛い場所には思わず触れそうになる。やり場のない手を彷徨わせて悶える私を見上げ、トロイもおろおろと両手を彷徨わせていた。






 グランディールは文句を言いかけた口をぐっと閉じた。

 一線の傷ある頬を腫らせ、唇の端も切れている上に、乱れた首筋に黒紫色の指の跡をくっきりとつけた六花の様子はあまりに惨めだった。戦闘も仕事の一つである騎士ならばともかく、いけ好かない相手であろうが傷ついた一般人の女相手に怒鳴り散らすほど、グランディールは子どもではないつもりだ。

 ロイセガンは少ししゃがみ、反論を飲みこんだグランディールの肩に腕を回す。


「ここは俺が収拾つけるから、お前あの子連れて城に戻れ」

「は、いや、しかし、当事者が抜けると調書が」

「あの状態の女の子をさらし者状態でここにいさせる方が酷だろうが。いいから戻っとけ。報告書は後で紅鬼が出せばいいことだしな。ほら、行っとけ。お前の師匠には俺から言っとくから。……お前さんの師匠先通すと、夜まで付き合わせかねんからなぁ。流石に惨いだろ」


 グランディールは反論しなかった。

 純血を何より重んじる少年の師は、人間を聖人と同等に扱わない。家畜よりはましだがその程度だ。人間との間に生まれた合いの子さえ言葉を交わすことを嫌がるほどだ。

 ちらりと視線を向けた先では真っ白な顔色の六花がいる。見られていることに気付いた六花は、目が合うと同時にへらりと笑った。痛かったらしくうへぇと呻きながらへらへらと笑っている。

 グランディールは舌打ちした。ロイセガンと向き合い、胸に手を当てて軽く頭を下げると、ぐるりと六花を向いた。







「行くぞ、馬鹿」

「どこに?」


 名前は呼ばれずとも自分が呼ばれたと疑う余地はない。

 ひょこひょことグランディールに近づく。どうやら足も挫いたらしい。歩いて初めて気づくこの激痛。もっとこう、いいものに気づきたいものだ。ときめきとか、めきめきとか。


 片手で胸元を押さえ、片手で壁を支えにぴょこぴょこ破片を飛び越える。気をつけていても相当揺れてしまっているだろうに、掌の中の人は一言も発さない。具合を聞こうにも流石にこれだけの人が行き来して、尚且つこっちに注目している状態では無理だろう。気にはなるものの無言を通すしかない。

 慌てたトロイが手を貸そうとしてくれたけど、ロイさんは小さな身体をひょいっと担ぎ上げた。アラインの荷担ぎに涙ぐんでいたトロイだけど、今の様子を見るに他の人からの荷物扱いはわりと慣れているようだ。


「お前さんはこっちでお仕事だ。砂と化した教会兵の顔を思い出して照会手伝え」

「ロイセガン殿、僕は教会兵の顔を見ていませんが」

「んなこたぁ分かってるよ。教会兵が気にくわねぇのは紅鬼だから、ただ弟子であるだけの聖人の子どもに手は出さねぇだろうさ。お前のお仕事は、適当に立ち回って、そんなでもってこそっと抜け出して城帰っちまうことだよ。ライテン、お前ついてろ。先帰っていいからよ」


 すとんと下ろされたトロイの横で、ライテンは鼻息荒く拳を握った。


「了解ざますよ。貴重な時間をくだらぬ小競り合いで割かせていては、好敵手の名折れ! 好敵手とは、相手が些末事に気を取られ本来の実力を発揮できぬことのなきよう、手助けする関係ざます!」

「僕、普通の友達でいいってば」

「どうしてお前はそうやって高みを目指す道を最初から閉ざすざます!」

「どうして君は一人で目指さないんだよ……」

「一人で高め合える存在などないざます!」

「一人で頑張ってよ」

「寂しいざます!」

「え――……そんな理由なの?」


 熱意の高低差が非常に激しい会話を聞いていた私の首が絞まる。首を絞められるという初体験を得た直後だ。反射的にびくりと反応してしまう。慌てて振り向くと、外套のフードを引っ張ったグランディールが驚いた顔をしていた。

 慌ててぱたぱた片手を振る。


「あ、えっと、行く行く! すぐ行く! 飛んでく! 待たせてごめん! じゃあ、後でねトロイ! さあ行こう! ごめんね、ランちゃん! なんなら走るよ! すっごい走るよ!」

「…………グランディールだ!」


 乱暴にフードを跳ねあげて私の頭にかぶせたグランディールは、フードの先を引っ張って歩きはじめた。下に下にと引っ張られ、自然と視線は足元を向く。瓦礫ばっかりだ。土の匂いがぷぉんと上がってくる。


「あ、ちょ、ランちゃん待って! 転ぶ!」

「やかましい!」

「そんな殺生な!」


 ひょこたんひょこたんと飛び跳ねながら、外套の下で必死に胸元を押さえる。アラインが吐いたらどうしよう。いや、吐いたら洗濯すればいいだけだけど、吐かせたら申し訳ないし、アラインがしんどいだろう。

 精一杯跳ねないように努力するけれど、それでも限界があった。破壊された道から離れれば少しはましになったものの、どうしたって揺れてしまう。


 フードの先を引っ張られて俯いているのをいいことに、隙間から中を覗いた私は、びくりと跳ねて視線を前に戻した。フードを引くグランディールがそれに気づかないはずがない。

 眉を寄せて振り向く。


「何だ?」

「……ランちゃん」

「グランディールだ! 何だ!」

「帰りの馬は、私一人で乗っていい?」

「駄目だ。ロイセガン殿から僕がお前を託された。全うせねば騎士の名折れだ」


 下へと引っ張る力が弱まったので、そろりと顔を上げる。野次馬の視線が集まっていて、ああ、これを隠してくれていたのかと今更気づく。たくさんの視線の中で、一人顔を晒してぴんっと背筋を伸ばしているグランディールと比べ、自分はなんてざまだろう。背筋を曲げ、俯き、逃げたい気持ちでいっぱいだ。

 背中を嫌な汗が伝い落ちていく。

 私は、ははっと薄い笑い声を上げた。けれど、場はちっとも和まなかったし、私の心も大雨大嵐のままで、晴れる気配は欠片もなかった。


「……アラインが、喧嘩する気満々なんだけど」





 薄暗い服の中で、夕焼けのように煌々と輝く紅瞳がまっすぐに私を見上げ、ぱくりと開いた口がこう言った。


『俺は、仕事以外で誰かの口を割らせるのは初めてだ』


 頭と耳、両方で宣言された。あなたの初体験の相手になれて光栄です、なんて軽口すら出てこない。




 思わず逸らしてしまった視線をまっすぐ向けた先では、私と同じ顔色になった相手がひくりと片頬を歪ませた。きっと彼の背中にも同じ汗が伝い落ちていることだろう。


「………………き、騎士は、二言無き命であれ、と、騎士条にあるのであって」

「…………そんな縋るように唱えらえるとは、騎士条定めた人も思わなかったんじゃないかなって」

「…………お前、何歳だ」

「私? 十五歳。ランちゃんは?」

「…………十四だ。お前、年上だったのか」


 青褪めた上にかたかたと震える指がフードを引いていく。強引に世間話へと軌道を修正し、今の話題から逃亡を図った彼を誰が責められよう。


「……私情は部屋に戻ってからにしたほうがいいのではないかと、僕は思う」


 逃亡に失敗し、今度は相手の軌道を変更させようとした彼を誰が責められよう。果敢にも次の策を打ち出した彼はとても優秀な騎士となるだろう。

 私は、なんだか切なくなった胸を押さえ、静かに微笑み、掌をずらした。元凶、ここにいるんだった。


『六花』

「………………あのね、ランちゃん」

「…………何だ」


 へらりと笑った。失敗して、それはそれは無残な笑顔になったことも分かっている。


『六花』

「既に、開戦状態です」


 頭の中で終わらない点呼が続いている私の笑顔に、グランディールも静かな微笑みを浮かべた。綺麗な顔も相まって、なんだか少女小説の表紙を飾れそうだ。心中はともかくとつくけれど。


『六花』


 生まれて二十年にも満たぬ私達が、淡い微笑みと一緒に浮かべているそれを、人は諦念と呼んだ。






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