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神様は、なんか私にも手厳しい!  作者: 守野伊音
第二章 始まりの町 終わりの仮面
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31伝 終うどん おいしい






 ん、と、い。ん、と、い。

 ぶつぶつと繰り返してそこから連想するものを考える。しばし考え込んだ私は、自信がないまま顔を上げた。


「…………おうどん?」

「…………何だ、それは」


 おうどんとは、小麦粉と塩と水を捏ね上げて作った麺料理である。母の故郷の食事で、母の好物なのだ。そぅば、なるものは原材料が見つけられず断念された。そぅば粉がないと作れないのだそうだ。


 私の家の年越しの食事は少し変わっていて、母の故郷の習慣である年越しうどんを食べる。父がおうどんの麺を打ち、母がつゆを作る。本来はそぅばを食べるらしいけど、そぅばはないので代替品だ。

 何故食べるかは定かではない。母曰く『健康になるか否か何事かそんな感じ!』ということだ。恐らく年越しに食べると健康になれるらしい年越しうどんは、普通に毎日の食卓にも現れていたがそれは気にしないことにする。


 そう説明をしながら、はっと気づく。幼い自分が『おうどん!』と叫んでいたのなら、続く言葉はもう決まっていた。


「おいしいだ!」


 おうどん、おいしい。

 これだ!



 少ない手掛かりから答えを導き出せた達成感に満たされる。何だ、やればできるじゃないかと自分で自分を褒めていると、何か言いたげな顔をしたアラインと目が合った。無表情破れたり。


「……お前は」

「ん?」

「その言葉を泣き叫ぶのか」

「その情報を先に頂きたかった。それなら『おうどん、食べたい』かな!」


 アラインの夢に出演していた自分はどれだけお腹を空かせていたのか。それにしても、知らない年上のお兄ちゃんに号泣しながらおうどんを要求するなんて、そんなまさかそこまで意地汚いつもりは……ありえないとは言い切れないのがつらいところだ。……おうどん食べたくなってきた。


 私はじっとアラインを見つめる。麺を打つのは力がいるからといつも父達男勢の仕事だった。アラインは力持ちだからこしのある麺を打てるのではないだろうかと真珠色の頭を見つめる。

 銀白の隙間から見える鮮やかな紅瞳に、静かに閉ざされた瞳を思い出す。あの子は、何か言いたいことはなかったんだろうか。




「そういえば、夢に一緒にいるのって片翼だから?」

「そうだ」


 あの子どもはアラインだった。

 じゃあ、あの人は?

 その疑問は飲みこむ。アラインから話しだすまでは聞くべきではないと思う。

 この、筆無精どころか話無精の青年が話してくれる可能性は酷く低いと分かってはいたけれど、私は別の質問を選んだ。


「じゃあ、なんで晃嘉と桜良のときにはいなかったの? おかげさまで私は一人、ダイフクに脅えちゃったよ」


 白くするりとした肌触りなのに、もちっとした神秘の肌触りの下に包まれたアンコ。薄茶色のアンコの中に燦然と輝く苺。飛び上がって喜ぶのならともかく、まさか脅えてしまうとは。悔しい思いを飲みこむ。

 今度現れたら物理的にも飲みこんでやると心に決めた私に、アラインは僅かに眉を寄せた。


「……誰だ?」

「え?」

「俺はその夢を見ていない」

「一緒の夢にいるんじゃないの?」


 驚いて見下ろして、同じように驚いた顔と目が合う。アラインが驚いたことに驚いて言葉を無くす。小さな手が私のシャツを掴んだ。


「何を見た」

「え、だって」

「繋がりを形成中の片翼が、一人違う場所で夢を見るなどあり得ないぞ。お前、何の介入を受けた」


 矢継ぎ早に問われて混乱する。アラインが疑問をぽんぽん投げてくることにも、未だ散らない夢にも。

 誰と聞かれても名前しか知らないのだ。

 とても綺麗な黒白とお茶をして、イチゴダイフクを食べて、お別れをした。決して交わらない黒白の世界で、それは美しい人達とまた会う約束をした。


「え、えっと、ケラソスって言ってた、と、思う。晃嘉・ケラソスと、桜良・ケラソスって。兄弟かな?」


 覚えていることを引っ張り出し、出来るだけ正確に片っ端から渡していく。自分では分からないので判断はお任せだ。


 長く綺麗な髪が、まるで光る川のようだった。黒白がぐるぐる回ってかくかく動いて、不思議な場所だった。天も地もなく、全ての黒白が動き続けて目が回った。晃嘉は女の子みたいだった。イチゴダイフクが山ほど現れたけれど、ほとんど晃嘉が食べちゃった。桜良と一緒に牛乳にいれたら素敵なものを語り合った。盛り上がった。アマルの蜜が美味しいって。



 そこまで一所懸命伝えると、それまで怪訝な顔をしていたトロイがぴくりと反応を示した。


「アマルの蜜って、最東の森で取れるっていう幻の蜜ですか?」


 甘いものが好きなトロイらしく蜜に反応を示した。桜良からもらった情報と同じことを言っていたので、ほっとして何度も頷く。


「そう、それだって。たしか……星色の花からとれるんだって。一回食べてみたいなぁ。すっごく美味しいって言って…………幻?」


 そんなこと二人とも言っていなかった。そんなに希少な物だったのだろうか。じゃあ食べるのは無理かとしょんぼり肩を落とす。


「最東の森は、三百年間閉ざされたままだ」

「え……?」


 次いで何かを言おうとしたアラインは、ぴたりと口を閉ざす。突然の話無精到来である。

 流石に突然過ぎて首を傾げた。いきなり無口に戻りたくなっただけかもしれないが、それにしたって不自然だ。聞いてもいいものだろうか。それとも触れずにいてほしい所だろうか。






「トロイ」

「はい、師匠」


 うんうんと唸っている六花を無視して、アラインはそれなりの量になった荷物を指した。


「一旦厩に戻って荷を預けてこい」

「え、でもまだ買い物」

「トロイ」


 完全に凹凸を失った声音に、トロイははっとなる。それまでの会話に凹凸が生まれていたことに気付いたからではない。

 周囲を見回したい衝動をぐっと堪え、自身が埋まりそうな荷を抱え上げる。元に戻った場合に備えて数着構えた六花の着替えが嵩張っているだけで、そんなに重くはない。子ども一人でも持ち上げることができた。

 トロイは、顔に出さないよう目元に力を入れた。





 慌てたのは私だ。一人では持ちきれない軽い荷だけ手伝ってもらうつもりだったのに、まさか全部持たれるとは。


「私も一緒に」

「大丈夫です。僕、ぱっと行ってきますから!」

「あ、トロイ!」


 駆け出した荷物にトロイがついていく、訳ではないけれど荷物から足が生えているようにしか見えなかった。

 伸ばした手をするりと避け、素早い動きで走り去った子どもに置いてけぼりを食らった私の手がへろりと落ちる。中途半端に浮かせた腰も寂しく下ろす。添えて差し出す相手が走り去ったのでもういいだろうと前も閉めた。



 手持ち無沙汰となり、二帝焼きが入っていた紙袋を意味もなく捩じる。ゴミ箱どこだろう。

 遠くで上がる喧噪を聞きながら、のんびり待機の姿勢に入った私の脳内に、淡々とした声が響いた。


『六花』

「ん?」

『仕事だ』

「ん!?」


 仕事と聞けば否が応でも背筋が伸びる。

 反射的にぴしりと伸ばし、胸元を押さえて顔を上げた。勢いで、折っていた裾が緩む。もう一度衝撃を加えれば落ちてしまうだろう。仕事ともなれば身嗜みだって重要だ。裾を気にして動かした視線の端で、少し離れた曲がり角から一人の青年が歩いてきたことに気が付いた。



 人が来る気配を察したから話題を切り上げたのかと納得しかけて、気づく。ならば仕事とはなんだ。私の仕事は秘すこと。街道の人ごみを歩き回っていたときはそんなこと言われなかったのに、何故いま、一人しか歩いていない通行人に対してその言葉が出たのか。

 問いたかったけれど、誰かがいる場所で胸元に話しかけるわけにはいかない。仕方なく飲みこんだ私の頭の中で、アラインは言った。


『時間を稼げ』

「……え?」




 上から下まですとんと長い深紫色の服と、その上に胸下まである長い襟が見える。腰の辺りを金色の帯で織り込み、裾と刺繍の糸も全て金色だ。両肩から足元まで垂らしている長い布も金色である。その布の先端部分の刺繍と、上着の裾で揺れる銀色の十字架が同じ瞬間にきらりと揺れた。

 闇に溶け込みそうな深い紫の中に、意地でも溶け込んでなるものかと主張する金色。

 目に優しくない。思わず目を擦る。


 衣装の奇抜さに気を取られている内に、その人物は迷いのない足取りで歩み寄ると、当然のように私の前に立っていた。



 たっぷりとした金髪を一つに編みこんでいる。三つ編みではなく四つ編や五つ編などの特殊な編み方だと一目で分かった。腰近くまである私の髪も長髪の部類ではあるけど、目の前の青年の髪は尋常ではなく長い。下手をすると引きずってしまいそうなほどだ。地面に触れる寸前まで長い髪は、痛んだ様子は欠片もなく、金糸のように美しい。

 けれど、これ以上に長くて、これ以上に美しい髪を私は知っている。今まで見た何よりも美しい人達だった。




「やあ、観光かぁい?」


 間延びした声は人から緊張感を奪う。なのに、私の背筋を怖気が走り抜けていった。

 アラインより少し年上だろうか、青年の顔は比較的整っている部類に入ると思う。でも、その目が。まるで爬虫類を思わせる動きでぎょろりと動き、思わず立ち上がって後ずさってしまった。

 為人も知らないのに、顔だけ見て脅えるなんて失礼千万だ。散々悲鳴を上げられた経験を踏まえて強くそう思う。こういう顔の人かもしれない。生まれつきこういう目の人かもしれない。そんなのこの人の責任ではない。それなのに脅えるなんて失礼にも程があるではないか。

 胸元を押さえたまま、逃げ腰になる身体をぐっと踏ん張る。


「いえ! 生活必需品の買い出しです!」


 元気よく世間話に乗りだし、はっとなる。買い出したはずの生活必需品は手元に一切残っていない。持っているのは捩じった二帝焼きの袋だけである。これが私の生活必需品。じっと手元を見つめる。切ない。

 ゴミを見つめていた視界に、ばっと大仰な動きが割り込んできて、びくりと視線を跳ねあげる。青年は、まるで戯曲でも演じているかのように右手で額を押さえ、左手を腕ごと大きく振った。


「ああっ、なんと勿体ない! ここは地上でもっとも美しい国シャイルンの、更に帝都! 我ら人間の短き生で訪れるを許された僥倖に感謝し、一時でも無駄にせぬよう与えられた限りある時間を目一杯使い、卑小なる我ら人間の眼に焼き付けるべきものが溢れているというのに!」

「はあ」


 大仰な身振りと声音にばかり気を取られ、肝心の台詞がほとんど頭に入らない。馬鹿にはもっと易しく話して頂きたいなと眉を下げた私の頭の中で、聞いたことのないアラインの声が響いた。


『避けろっ!』

「え?」


 思わず下げかけた視線を寸でのところで堪えた。視界を覆った影に目をみはる。

 空を請うかのように高く掲げられた青年の左手が拳を作り、そのままの勢いで振り落とされた。






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