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神様は、なんか私にも手厳しい!  作者: 守野伊音
第二章 始まりの町 終わりの仮面
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26伝 はじめてのお買いもの







「ねえねえ、これアラインに似合うと思わない?」

『やめろ』


 私が持ち上げているのは、ウサギの耳が生えたフードがてろりと可愛い寝間着か部屋着か今一用途が分からない服だ。

 掌サイズの人形を売っている店なので、服の大きさがちょうどだと立ち寄ってみたら可愛い服がそれこそ山ほどあって嬉しくなり、次から次へと持ち上げてみる。その中でもひときわ輝いていたもこもことした可愛らしい服を、いたずら一割本気九割で勧めてみたら、予想通り即答で拒絶された。


「師匠には小さくありませんか?」


 トロイは指を使って長さを測っている。大きさが合っていたら買ったのかどうか凄く聞きたい。





 店で売られている人形は、私の知らない不思議な素材で作られている。焼き物とも木彫りとも違う、いうならば粘土をそのまま固くしたようなつるりとした手触りでありながら、奇妙に柔らかい不思議な触感だった。

 術によって土の中から抽出された特殊な成分で作られているそうだ。そこまでアラインから聞き出したのはいいけれど、そこから先はちんぷんかんぷんだったから細かいところは覚えていない。なんかこう術で取り出した成分をなんやかんやと加工して、なんかこう、いい感じにしたらこんな感じになるそうだ!


 先日宿屋の風呂場で遭遇した謎の物体にも、その技術で取り出された素材が使われていたそうだ。あのぐにゃぐにゃしたシャワーというものは大変便利だった。今度は意識のある時に存分に堪能してみたい。




 柔らかいのに頑丈な素材のようで、指先まで精巧につくられた人形は生きているといわれても驚きはしない。指先をちょっと折り曲げたくらいでは折れたりしない。そもそも、曲げられるのが凄い。

 人形と同じく、人形に着せる服も細かな刺繍が施され、正直私の普段着よりよっぽどいい物だ。服にそこまでこだわりもないし、汚れても心痛まず存分に動き回れる方が好きなのでそれに関しては悔しくないけれど、すらりと長い手足は大変羨ましい。



 人形は、聖人が子どもに玩具として買い与えるほかにも、人間がお土産として買っていく。今の時期は特に、客が押し寄せていた。


「あの、すみません」


 ひっきりなしに店員さんを呼ぶ声が聞こえる。

 へい、らっしゃい。

 別に私が働いている店ではないけれどなんとなく店員魂に火がつく。店員をやっているとどうにも動きが店員になるらしく、全然関係のないお店でも「ねえちょっと店員さん」と声を掛けらることもあった。そう話しかけられとこっちも「はい、いらっしゃいませ」と他所のお店で答えてしまったこともある。うっかりうっかり。



 正式に働き出す前からよく手伝いで通っていたので、こっちでも働くなら慣れた販売員がいいなと眺める。

 あまり長居しても邪魔だろうと、トロイ監修の元、適当に何着か選んだ。正直、自分の服を選ぶより気合を入れたし、自分の服を選ぶより楽しかった。ウサギ服は惜しくも却下された。またの機会に捻じ込んでみたい。

 一息ついて視線を上げて、それに気付いた。



 店内は天井に近い部分にも棚が作られ、そこにもずらりと人形が飾られている。左右の棚が途切れた先、どの棚とも繋がっておらず、それこそ天井に引っ付いているのではと思う一番高い位置に綺麗なガラス棚が設置されていた。

 特別に分けられているのだとすぐに分かる。基本的に、人形も服も、客が直接手に取ることができるようになっているのに、それだけ脚立でもなければ誰の手も届かない高い位置に、更にガラスで仕切られて置かれているのだ。



 見たことのない美しい花の中に並ぶ黒白は、まるで対の鏡のように座っている。美しい細工が施された椅子に座り、足よりも長い髪を寸分の狂いなく対の角度に流していた。瞳は宝石でも使われているのか、光がよく馴染む。緑と紫の瞳の中でくるりと光が回り、外には出ずに瞳の奥へと消えていった。


 立ち止まった私の視線を辿ったトロイは、ああと見慣れたものに対しての反応を見せる。


「あれが二帝ですよ。昔はあんなふうに飾ったりするのは不敬だったと聞きます。けれど今は、条件を違えないことを原則としてあちこちで見ることができますよ。人形だったり、置物だったり、絵だったり、いろいろですけど」

「条件?」


 トロイは人差し指を立てて、とんとんっと歌うように説明を始めた。


「商品であれ作品であれ、決して片方だけ飾らぬ事、売らぬ事。二帝は常に一対が原則と心得よ。差を成すな、与えるな。己の中の忠誠を形とし、どちらも誰もが声を揃えるほど素晴らしいものとすること、です。あの……屋台のほうにあった二帝焼き買ってもいいですか? クリームと餡子で凄く美味しいんです」

「おやつ!? 食べる!」


 意識は物凄い勢いでおやつに飛んでいった。満面の笑顔を浮かべた私に、トロイは少し驚いた顔をする。


「六花さん、おやつ食べると怒るから甘いもの嫌いなのかと思ってました」

「食事代わりにすることに難色を示してるだけで、甘い物は別腹の勢いで大好きです」


 そんな誤解をさせていたとは。私は甘いもの大好きです、大好物です。嫌いだと勘違いされて、甘いものを頂く機会を逃してなるものかと慌てて言えば、トロイはぎょっとした。


「え!? 六花さん胃が二つあるんですか!?」

「物理的に別途用意されてるわけじゃないよ!?」


 比喩です、比喩。

 必死に説明しながらも、別に二つあっても特に不都合はないなぁと思う。誤解が凄まじい速度で進行するので、流石に思うだけに止めた。





 トロイが会計を済ませている間、邪魔にならないよう混雑を避けて商品の置かれていない場所を探す。丸くせり出した柱に狙いを定めて人ごみを抜け、背中をつける。角を丸く削った縦線で彩られた柱は、ぽこぽことしていてなんとなく撫でる。


 隅っこを選んだつもりだったけど、意外と店内を見渡せる特等席だった。

 店の中は色とりどりの髪をした美しい人々が溢れている。私の世界の住人も、お母さんの故郷に比べれば十分『からふる』だそうだ。だからだろうか、そこまで激しい違和感を感じることはない。美しい人々の中で疎外感を感じないわけではないけど、疎外感も何も完全に外の世界の人間なのだから仕方がない。



 店の特質状小さな子ども連れの客が多い店内は、相応の騒がしさがあった。甲高い子ども特有の歓喜の声に、駄々をこねる地団太、それを宥め諌める親の苦笑。

 親が子の手を引く。抱き上げて頬を寄せる。子は親に身体を預け、落とされたりしないという絶対の信頼の元、楽しげに手足をばたつかせた。抱かれる側だった時は絶対大丈夫、大人が子どもを落とすなんてありえないと心から思っていたけど、いざ自分が抱き上げる側になったら思う。

 暴れると落とすよ!? ほんと落とすよ!? 私の腕にそんな信頼求めても無駄だからね!? と。



 店にある人形のように可愛らしい女の子が、少し腰をかがめた両親と手を繋いで店に入ってくる。店の中を見た途端、きゃあーと声を上げて駆けだす。


「転ぶなよ」


 父親と思われる男性が苦笑して手を離すと、少女は転がるように駆け出して、実際そのまま転がった。


「あ」


 何人かの声が重なる。べちゃりと見事に転んだ少女は、自分に何が起こったのか理解できなかったのだろう。床に這い蹲って数秒間は動かず、次にそろりと身体を起こす。きょろきょろと両親を探し、その姿を捉えた瞬間、大きな桃色の瞳がみるみる間に潤みだす。


「わ、えっと……お前、頼んだ」

「もう、こういうとき男の人って駄目ねぇ。ほら、おいで」


 おろおろと狼狽える男性に苦笑した女性は、長いスカートの裾が床につくのも構わずしゃがみ、ぎゃんぎゃんと泣き叫ぶ少女を抱き上げた。涙でぐちゃぐちゃになった頬を拭い、頭を撫でる。


「泣かないで、私達の可愛い子。母さんあなたの笑った顔が大好きなの。ね?」


 何度も頭を撫でられた子は、しゃくり上げながらぎゅっと女性の髪を握り締める。何度か鼻を慣らし、へにゃりと笑う。


「ほら、可愛い」


 笑顔になった両親に、子どもはさっきまで泣いていたのを忘れてきゃっきゃっと楽しそうに声を上げた。




 店中の人が、微笑ましい家族の光景に頬を緩ませた。自分が転んだわけじゃないのに涙ぐんでいた小さな男の子も、ぱぁっと笑顔になる。可愛い。

 和んだのも私も一緒だ。しみじみと頷く。


「私もよく転んだなぁ」

「…………」

「転んだ私を助けようと駆け寄ってくれたお兄ちゃんも転んだなぁ」

「…………」

「それを起こそうと駆け寄ってくれたお母さんが一番派手に転んでたなぁ」

「…………何故だ」


 それは私が聞きたい。

 転んだ驚きと痛みでじわぁと滲みだしてきた涙で霞んだ視界。その前でべちゃりと転び、わんわんと大泣きする兄。地面に転がって涙する我が子の前でもんどりうって溝に消えていく母。カオス。


「最終的には全員お父さんが回収してくれたよ」

「…………お前、弟妹がいるんじゃなかったのか」

「数が増えても同じ光景が繰り広げられたことをご報告いたします」

「………………」


 どこの世界でも変わらない光景を眺めていた私は、ふっと視界の端に佇む子どもに気が付いた。結構な数を購入したけど、一つ一つが小さいためそれほど嵩張らなかった紙袋を抱きしめたトロイだ。

 どこか彼の師を彷彿とする表情で、笑い合う親子を見つめている。親子連れが多い店内で子どもが一人ぽつんと立ち尽くす姿は、酷く心細く見えた。まるで迷子の子どものようだ。傍に立つ誰かの存在がいない子どもは危なげで、寂しく、心許なさに襲われる。

 無意識に胸元にいる存在を手で覆い、はっと気づく。


「そういや私も迷子だった! トロイくーん!」


 アラインがあまり揺れないよう掌で支えてトロイに駆け寄った。はっと顔を上げたトロイの手を取り、特に意味もなく、くるりと踊る。


「次どこ行く? 三時のおやつにはまだちょっと早いけど、さっき言ってたおやつ食べに行っちゃう!?」

「二時四十八分のおやつじゃないんですか?」

「やけに細かいおやつの時間!」


 そのこだわりは一体どこから来るのか。

 私にとっての常識もトロイから見たら妙なところはあるだろう。その土地その国、その町その家、それぞれで文化があるからその辺りは別にどうでもいい。いいのだけど、そのこだわりがどこから来たのかは教えてほしいようなどうでもいいような。


 とりあえず食べながら考えよう。何はともあれおやつだ。おやつ食べて幸せになれば細かいことはどうでもよくなるだろう。おやつは大事だ。おやつ大好き。


「トロイ、餡子とクリーム半分こにしない!?」

「いっそ、他のお菓子も足して夕食にしましょう!」


 一緒にぴょんぴょん飛び跳ねたトロイを前に、私は靴底で地面を擦りながらぐるりと回る。捻った腰に右手を添え、左掌で顔を覆って不敵に笑う。


「その選択肢を選びたくば私を倒していげふっ……!」


 おやつに浮かれてスキップしていたら、まるで恋をしたかのような衝撃を胸に喰らった。ちょっと揺れ過ぎていたようだ。

 数度噎せてからごめんと真摯に謝る。うっかりしていた。これは完全に自分が悪い。

 だが、再度謝り、両手でそっと胸元を押さえ、できる限り揺れないようにスキップを再開しても貫かれたのはどうかと思う。


「痛い!」

「吐くぞ」

「ごめんなさい」


 全面的に悪いと自覚していたので即行謝罪した。






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