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神様は、なんか私にも手厳しい!  作者: 守野伊音
第二章 始まりの町 終わりの仮面
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24伝 はじめての帝都






 巨大な宝石の中にいるみたいだ。

 様々な形となって降り注ぐ光を捕まえようと手を伸ばす。しかし、実体を持たない光を捕まえることなど到底不可能だ。細く伸びた光は、私の手の形に添って流れていった。


「綺麗」


 讃えるにはあまりに単純で、例えるにはあまりに淡白な言葉しか出てこない。

 細長くなった青が、なだらかな円を描く赤が。きらきらと輝く菱形が、跳ねるような三角が。天上から壁から地面から、世界に飛び出して揺れている。それらは、色ガラスを通ってきた太陽の光であったり、不思議な力が籠められた石からであったりと様々だった。共通しているのは、どの色も形も、恐ろしいほど美しいことだけだ。


 星空とは全く違う。例えるならば光の雨だ。柔らかく穏やかな風にさえ揺れてしまう光はゆらゆらと降り注ぎ、世界と私達を彩った。



 城然り、町然り。どうして巨大な一つの建物のような造りなんだろう。高い位置で細長くなった空を見上げながら問う。空は遥か遠いのに、薄暗くないなんて不思議だ。

 周囲の喧騒で遮られるからか、返事は脳内で返ってきた。


『戦争になれば篭りやすい。最後は敵を引き入れた箇所から崩す』

「凄い物騒な理由だった!」


 こんなに綺麗なのになぁと見上げれば、何にも繋がれていない花を模した風車が、風もないのにくるくると空を舞う。中心は昼間でも薄らと分かる光を放ち、鮮やかな色を宙に散らせている。

 落ちてきた花びらのような光を掴もうと伸ばした手は、やっぱり何にも触れられない。瞳には鮮やかに映っているのに、その光を掴むことはできなかった。

 何の温度も感じない美しい光の花びらを見上げて、私は溜息みたいな感嘆の声を上げた。





 町一つをごっそりとしまいこんでいる巨大な宝石であり、実際は要塞だった中はとにかく広い。広く、恐ろしいほどの人が溢れていた。

 当然だ。ここは帝都であり城下町。しかも今は式典を間近に控えている。世界中のあっちからもこっちからも人は溢れ出て、この町に集中しているのだ。






 同盟から三百年の節目を迎える今回の式典は、長い歴史の中でも特別な式典だ。


 聖人の皇帝だけが扱える錫杖、クレアシオン。

 闇人の王帝だけが扱える錫杖、エンデ。

 教会の長だけが扱える錫杖、マルトダム。


 天がそれぞれの種族に与えた力が、正しい種族の元に還るのだ。


 同盟が組まれて百年、一つの節目に同盟が危ぶまれた時期があった。

 それ故、二百年前、力が巡った。

 クレアシオンは教会へ。

 エンデはシャイルンへ。

 マルトダムは月影へ。

 争う意思はないと、聖人と闇人にとっては最早失われた主の形見でもあるものを差し出した。


 百年前、力は巡った。

 クレアシオンは月影へ。

 エンデは教会へ。

 マルトダムはシャイルンへ。


 そして、三百年目の節目である今年。


 クレアシオンは聖人の元へ。

 エンデは闇人の元へ。

 マルトダムは教会の元へ。


 三本の錫杖は在るべき場所へと帰還する。

 長い長い間、厳重に頑強に保管という名の封印を施されていた三つの力が、正しき場所へと戻ってくる。その瞬間を一目見ようと、シャイルンには世界中から命が押し寄せていた。









 町中を彩る光そのものに色を付けた灯りは、夜になると一層美しいという。夜までには城に戻るから少し残念だ。地上に咲く光の花は、昼とは違ったまるで光りの世界を創りだすだろう。

 でも、どんなに目移りしても途切れない見慣れぬものに、残念な気持ちはあっという間に吹っ飛んで行った。

 見ても見ても興味が尽きないのだ。とにかく忙しない。目新しいものばかりが溢れ返り、あっちを見ては「うわぁ!」こっちを見ては「うおぅ!?」そっちを見ては「ぎゃあ!」。最終的にはどっち向いても「ねえねえアライン!」だ。




「ねえねえアライン! あれ何!?」


 店の軒下にずらりと並べられた色とりどりの瓶を指さす。雫型の瓶にとろりとした液体が入っている。店の中には男性客も多くいたけれど、その商品の前では女性のほうが立ち止まって手に取っていた。

 飲み物なのか、洗剤なのか、香水なのか、入浴剤なのか、香油なのか。全く分からないけれど見た目が可愛いし、雰囲気につられてほいほい近寄る。


「飲み物? おいしい?」

「あれはお酒ですから僕はちょっと分かりません。師匠は飲んだことがありますか?」


 二人分の視線を受けたアラインは、記憶を探るようにしばし沈黙した。トロイの喉から、緊迫感溢れる音がごくりと鳴る。


「甘い」


 緊張がひしひしとこめられた視線を一身に受けたアラインは、凄く短い答えを返す。たった一言で返された答えに、トロイはぱっと目を輝かせて私を見上げた。


「六花さん! 師匠が、師匠が三回も連続で僕と話してくれました!」

「それわりと当たり前!」

「だって! 今日一日でいっぱい話してくれたんですよ!? 十日分くらいをこの二時間くらいで話してくれたんですよ!? それに、どうでもいいこと聞いても答えてくれたんですよ!?」

「それもわりと当たり前!」


 一体全体、普段はどういう状況だったんだと胸元を覗き込む。勢いよく覗き込んだ所為で一段と揺れたその人は、頑なに私を見上げようとはしなかった。


「ちょっと」


 布越しに指先で突っついてみる。ズボンはベルトで止めているから、万が一落下してもお腹で止まって大事には至らないだろう。そこまで考えて、ちょっと複雑な気分に陥った。

 袖丈はだぼだぼなのに、腰回りはベルトがなくてもずり落ちていく心配がなかったのだ。どれだけ華奢なのだ、どれだけ痩せているのだ。騎士なのに。そう、アラインは痩せすぎだ。私が太っているわけでは断じてない、そうであれ。




「六花さんはお酒飲めるんですか?」

「うーん……一応私の世界だと、お酒は飲めるようになったら飲んでいい年齢って感じなんだけど、お母さんの国だと二十歳になるまでは飲んじゃ駄目なんだって。だから、まあ、あんまり飲んだことないから分かんない。舐めるくらいしかしたことないけど、それでふわふわになるから、たぶんあんま強くないよ。この世界は何歳から飲んでいいの?」

「決まった年齢はありません。同じように、飲めるようになった年齢が暗黙の了解です。僕はまだ飲めません。にっがいです」

「ね、苦いよね。私、麦酒が苦手。アラインは?」

「師匠は枠です」

「せめて笊を通してください」


 枠と呼ばれるくらいお酒は飲めるのに、食事はとらないとはどういう了見だ。いっそ落としてくれようかとちょっかいが激しくなる。八つ当たりが混ざっているのは否定しない。初対面で私を散々引きずったアラインもアラインだけど、私も大概雑になってきている自覚はある。

 布越しなので捻り上げられないだろうとほくそ笑んで、調子に乗って突っつく。


「うげふっ……」


 鞘でつかれた。そうだった、これがあった。

 胸元を押さえて蹲る。小さいのに結構な馬鹿力がある上に、小さいからこその一点凝縮の衝撃だ。

 呻きながら蹲った私の前に、トロイも一緒にしゃがみ込む。


「僕も混ぜてください」


 真剣な顔でそう言った子どもの胸元を突くわけにもいかず、とりあえずその丸い頭を撫でるにとどめた。






 ここまで乗ってきた馬は、町外れで店を構える厩に預けている。

 そこには、色鮮やかで巨大な馬も、私にとって『普通』の馬も並んでいた。『普通』の馬は、主に人間が連れているのだそうだ。色も茶色や白、黒や灰といった馴染ある色だった。聖人や闇人が連れている馬のほうが体力も速度もあるという。天から授かった馬だからだそうだ。名前は『天馬』。天から与えられたから天馬。そのままである。


 しかし、だからこそ、人間が扱うには少々手に余る。

 それはそうだろう。私は、聖人の子どもが扱えるという小柄な天馬の手綱を握ってここまで来た。厩の人に手綱を預けながら納得した。大人しく素直な馬だったけれど、他所へと首を向ける力にかなり引っ張られた。

 あの馬は、聖人が扱う天馬の中では小柄な類で仔馬ではない。だから好奇心も仔馬ほどではなくて助かっても、それなりにはてこずった。これが成馬ともなれば、何かあったとき押さえられないだろう。




 どれだけ速度を出せようが、力が得られようが、人は己が御せない存在に手を出すべきではない。己が手に余ると判断したのなら、そのまま身を引くか然るべき場所に収めろと、父に教わった。


 とりあえず、子ども達の手に余るものは片っ端から父の元に集まった。

 見たこともない虫然り、食べられるか否か微妙な境の果物然り、変な人然り、宿題然り、母が『いやぁ、失態失態! こんな事態もある! そしてこれは何?』と途方に暮れた正体不明の謎の料理まで。


 私にとって父は魔法使いだった。歩く百科事典だった。何でも出来た。何でも教えてくれた。困ったことがあればとりあえず父を頼ったし、父はその信頼を違えることなく何でも解決してくれた宿題はやってくれなかった悲しかった。

 謎の料理は綺麗にその腹に収めたというのに、宿題は夜がとっぷり暮れても父の頭には収まらなかった。代わりにみっちり教えてくれた。泣いた。



 しかし、ここに父はいない。手に余っても持っていく先がないのなら尚更、己が御せないものからは手を引いたほうがいいだろう。


 天馬は人間の国にも全くいないというわけではないらしい。でも、そもそも扱える人間が限られるからどうしたって一般的にはならないのだ。

 逆に聖人は、早さも力も一段下がる馬を使う理由もない。私にとって見慣れた馬は、本来この国ではあまり見ないものだった。いまは式典を前にして世界中から人々が集まっているから見られるのであって、式典が終わってしまえばがくんと見る頻度は下がる。




 美しく切り分けられた石が丁寧に敷き詰められた大街道の両脇に軒を連ねる店を、店外から覗きながら通り過ぎる。冷やかしで入るには少々敷居が高そうだ。

 家は決してお金がなかったわけではないし、寧ろあったほうだと思う。しかし、宝石見ようが、帽子屋覗こうが、鞄に入れるのはその日特売の大根という母を持ったおかげで金銭感覚は狂わなかった。今ではとても感謝している。


 それに、私とトロイほどの年齢の子どもが二人だけでうろちょろ出来そうな雰囲気でもない。綺麗に磨かれた大きなガラスの中で、丁寧に飾り付けられた商品が光り、通り過ぎようとする人の目を引き店内へと誘う。行き交う人々も、質の良い生地の服を着た品のいい人が多い。店員も客に対して丁寧に頭を下げる。

 それなりに暮らしの余裕のある人達が通う店が軒を連ねる通りなのだろう。帝都の中心通りなのだからそんなものだと思うけど、中には値札を出していない店すらあった。近寄らないでおこう。

 宝石は綺麗だし、耳飾りも欲しいけれど、ガラス玉と宝石の区別どころか、宝石と飴玉の区別もつけられなかった私が持つと「鶏にダイヤ」になる。勿体ないにも程がある。

 どっちにしても、今の私は貯蓄も含めて所持金ゼロなので買えはしないけど。




 帝都の中心となる洗練された通りから幾つか道を変えれば、景色はあっという間に様変わりした。屋台がずらりと並び、店員は親しげに客を呼んで手招きしている。どこからともなく漂う花のような香水の香りは消え、揚げ物の匂いや鉄板からもうもうと上がる煙が充満する。店員も客に対して「ありがとよ!」と怒鳴るようににかりと笑う。


 あら綺麗ね、こちら頂こうかしら、なんて、上品な買い物に憧れがないわけじゃないけど、どちらかというとこちらの方が性に合っている。

 私は、子どものように目を回しながらもわくわくする気持ちを押さえられない。

 肉が焼ける匂い、油が爆ぜる音、しゃぼん玉を浮かばせる子どもを追いかけて吼える犬。店先で組んだ足の上に商品を乗せ、ニスを塗りながら煙管をふかす職人。

 パン屋が焼き立てを告げる鐘の音。吊り篭いっぱいに積んだガラス細工を売り歩く男。動く人形。飛びまわる光。ぽかりと浮かんだ雲に繋いだ紐を持って嬉しそうに笑う子ども。




「あれ何!? あれ!」


 小さな人形がかくかくと動きながら礼をしたと思うと、くるりと回って一輪の花となる。誰も触れていない風船が一人でにふくらみ、弾けた中から紙吹雪が舞い、鳥の形を作り出す。

 もう、何を見ても興奮する。あれやこれやに興奮してぴょんぴょん飛び跳ねる私が目立つことはなかった。

 今の時期は人間が多数訪れているからだ。私と同じように目を丸くしたり、手を叩いてはしゃいだり、きゃあと驚いたり。騒がしいのは大抵人間だ。それか子どもである。


 

 聖人達は、宝石や玉に術を籠めてこの不思議な光景を作り出しているという。それらの力はこのような娯楽だけにとどまらず、生活の面でも活用されていた。洗濯も洗濯機というものがあり、手で擦らずとも勝手に洗ってくれると聞いて飛び上がって驚いた。便利だ。ただ、お母さんと一緒に洗濯板で擦りながら適当に歌って騒ぐのも楽しくて好きだから、恨めしくはなかった。

 冬は温かいものが、夏は冷たいものが労力無く食べられると聞いたときは、きぃいとハンカチ噛み切るほど羨ましかったが。






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