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神様は、なんか私にも手厳しい!  作者: 守野伊音
第一章 始まりの森 終わりの夢
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22伝 善処努力終了のお知らせ





 まあ事実だから仕方がない。寧ろそれ以外の何だと思っていたのか。

 あの短い間に、シャムスさんとエーデルさんにも隠しようがないくらいばれてしまったわけだし、一応この世界で一番長い付き合いのアラインとトロイ相手に今更取り繕えるものは残っていない。


「会ってからそんなに経ってないけど、既にしっかりはっきりばれるくらいは馬鹿をやった自覚はありますが!」

「…………馬鹿の振りでもしているのかと思った」

「馬鹿でお得なことがあるの!? 是非教えてください!」


 馬鹿で馬鹿にされたことは多々あれど、得したことはなかった気がする。この馬鹿さを活用できる場があるのか。流石異世界。素晴らしい文化をお持ちだ。是非とも伝授して頂きたい。

 そわそわお得情報を待っていたら、アラインは嘆息した。


「……警戒されないようにしているのかと思ったが、分かった。お前は馬鹿だ」


 断言された。なんだ、お得情報ではなかったのかとしょんぼりする。けれどすぐに思い直す。馬鹿なら警戒されないということだ。そして私は正真正銘の馬鹿だ。ならば。


「つまりアラインは私を警戒しなくていいから、友達になれるってことだね!」

「嫌だ」

「なんでぇ!」


 わっと顔を覆う。


「…………下から丸見えだぞ」


 嘘泣きは一秒で見破られた。失敗失敗。今度からは下からも見えないよう顔をしっかり覆うことにしよう。

 見破られたからには仕方がないと開き直る。




「お友達からお願いします!」


 握手を求めるには大きさが違いすぎるため、指先を差し出す。当然のように捻り上げられた。落馬したら困るからか痛みはないけれど、捻り上げられたことに変わりはない。それでも痛みがないのをいいことに握手もどきを求め続けていると、裾が控えめに引かれた。


「……最終的にはどこに辿りつきたいんですか? い、一番弟子は僕のですからね!?」

「え? ………………親友?」


 深くは考えていなかったから特に答えがない。少し考えて答えを探すと、アラインは幾度目になるか分からなくなった嘆息を零す。


「お前は馬鹿か」

「馬鹿ですよ?」


 何とも言えない沈黙を返してきた彼こそ、今までの会話の何を聞いていたというのか。





 後ろから早馬が駆けてきたから、邪魔にならないよう馬を道端に寄せる。どうせこっちは急ぐ旅でもない。急げとも言われていないし、急げない。


 小柄な馬でも蹄は大きい。普通に歩かせているだけでも土を抉るほどの力があった。この道も一定期間を経れば均し直すのだろう。

 他人事ながら大変だなぁと思う。それなら最初から舗装してしまえばいいのだろうけど、ここは戦争が起こった際の最終防衛線に使われていた場所だ。埋めて通りやすくするわけにはいかなかったのだろう。

 例え、同盟が組まれて三百年。戦争なんて起こっていないのだとしても、過去のしがらみはそう簡単には埋まらない。

 だからこそ、今もこんなことになっているのだ。




「悪いな、ありがひぃ!」


 追い抜く際に礼を言おうとした若い男の人は、私とトロイの組み合わせに一瞬怪訝な顔をして悲鳴を上げた。一刻も早くこの場を離れようと鞭をしならせ馬を急かす。一回り以上大きな馬に乗ったその人は、土を抉ろうがお構いなしにとにかく大慌てで視界から消えていった。お城側から来た人だから、すれ違う人とは違い、私達が誰なのか分かったようだ。


 拭きぬけていく風で髪が乱れる。私は静かに微笑んだ。


「ふっ……知ってた!」


 ばっと顔を上げて髪を掴むと、適当に外套の中へ突っ込む。ぼさぼさになるのは構わないけれど、後ろにしがみついているトロイには邪魔だろうと思ったのだ。




 いい天気だなぁと二つある太陽を見上げる。正直違和感は大きい。それでもこれがこの世界なのだから、どうせその内慣れるだろう。この太陽を見慣れると今度は故郷の空に違和感を感じるのだろうか。それはそれでおもしろい。

 そういえば、太陽が二つなのは分かったけれど月はどうなのだろう。もう何日もこの世界で過ごしているのに、未だ月を見たことはない。月も二つあるのだろうか。夜空に輝く月二つ。その光景を想像してみる。

 ……明るい!

 星が瞬く夜空に、さんさんと輝く月二つを思い浮かべ、眠れるかなと心配になった。あれだけ眠った後だけど、眠れるか今から心配だ。でも、きっと眠れると思う。何せ昔は寝相の悪い兄弟に囲まれた子ども部屋でぐっすり眠っていたのだから。


 そもそも、さも繊細な人のように睡眠の心配をしてみたけれど、よく考えれば夜眠れなくて難儀した経験は皆無である。

 うむと頷いていると、アラインはもう一度ため息を吐いた。


「俺といる限り、お前は厭われるぞ」

「そうみたいですね」

「…………それだけか?」

「でも引っ付いているし」


 離れる方法があるなら是非ともお願いしたいけれど、下手に離れると爆散すると言われているのに離れる覚悟も勇気もない。爆散するくらいなら脅えられる方がましだ。

 それに、まあ、なんとかなるだろうと思ってもいるのだ。



 さっきの人が消えていった方向を見やる。見慣れぬ町並みが目的地だ。

 不思議な町並みだった。個々として建っている物は少なく、一軒一軒特徴はありながらも、一軒家とは違い、まるで部屋ようだった。全てが重なり合った一つの巨大な建物に見える。



 まるで一つの山のようで、さっきまで中をぐるぐる回っていたお城を思い出す。巨大な塊となったそこかしこにぱかりと開いた窓は穴倉のようだけど、そんな土臭い印象は一切受けない。美しい色ガラスの窓を光が通り抜けていく様子が遠目にも分かるからだ。

 高く巨大な塊となった町は、二つの太陽の光をあますところなく取り込んで、階下にまで届かせている。

 色んな場所から光が溢れだすその様は、さながら、一つの宝石だ。




「大丈夫だよ」


 幻想作家が描いた絵画のように、物語の挿絵のように、幻想的で非現実的な美しい町並みを眺めながら、私は笑った。


「お母さんが言ってたんだけど、どんなに文化が違っても、色んな習慣とか感性とか違っても、わりと平気だって。楽しく生きていけるって。確かに、お母さんいっつも楽しそうだしにっこにこしてたし、説得力満載だった」


 生きていれば食事をするだろう。食事をするなら、ちょっとでも美味しく食べたいと調理する。腹が満ちれば眠くなる。眠るなら少しでも寝心地良い方が嬉しいと寝床を整える。

 それはきっと変わらない。寝床の形や、寝間着の刺繍が違っても、洗濯方法が異なっても、変わらない。


 ちょっと部屋が寂しいなと思ったら花を飾るかもしれない。日差しが眩しいなと思ったらカーテンを閉めるだろう。そんな何でもないことでいいのだ。小さな小さなことでも、どうでもいいことでも、変わらない所を見つければ、いろいろ違っていても案外大丈夫なものだと母は教えてくれた。


「世界が変わったって楽しく生きていけるわけだし、少々悲鳴を上げられるくらいなんのその! だって私、馬鹿だから!」


 ぐっと拳を握った私を見上げて、アラインは僅かに眉を寄せた。訳の分からない、正体の知れない何かを見ている目だ。今更不審者扱いされたらどうしよう。


「…………それが今、何の関係がある」

「馬鹿は馬鹿らしく馬鹿さを発揮して、特に気にせず馬鹿をやる!」

「…………お前」

「…………六花さん」


 なんともいえない空気を感じ取り、私は首を傾げた。母の故郷では空気とは読めるものらしいけど、あいにくそんなとんでも能力は持ち合わせていない。なんとなく感じ取ることはできても、読めない読まない気にしない!


「せっかくかたっぽだか、からっぽだかで会ったんだし」

「…………片翼だ」

「そうそれ。それって一緒にいるもんだってエーデルさん言ってたし、だったら友達でいいんじゃないかなって思うんですよ。と、いうわけで、お友達からお願いします!」

「嫌だ」

「えぇ――……」


 一秒くらい悩んでくれてもいいじゃないか。お手本のように見事な即答だ。教本にだって使えるくらい素晴らしい即答だ。へこむ。

 でもめげない。


「世界まで越えちゃって引っ付いたんだから、これも何かのご縁! せっかく縁があったんだから楽しもうよ」


 望んだって叶わない夢物語。望んでないけど叶った荒唐無稽の非現実。

 それでも、これが目の前の現実なのだから仕方がない。




 私の眼前には見たことのない不思議で美しい町が待ち受けているし、乗っている馬はとても鬣が長くてまるで狼のように歯が鋭い。

 腰には小さな子どもがしがみついているし、胸元には小さな小さなかたっぽがぶら下がっている。

 のんびり歩を進める馬の上で受ける風は柔らかく、土と草が二つの太陽に照らされて温かく匂いを放つ。耳元をぷんっと飛んで行った虫は掌で払う。



 夢でも幻でもお伽噺でもないのなら、開き直って受け入れたほうがどれだけ楽しめるか分からない。幸い私はこんな状況の心得を知っている。絶対使わないよと思っていた知識や心構えが日の目を見るのだ。『待ってました!』と気合も入ろうというものである。まあ、別に待ってはなかったのだけどそれはまた別の話だろう。




 なんともいえない顔をした師弟を交互に見やり、はっと気づく。どうしよう。もしかすると、この訳の分からない騒動の真理に気付いてしまったかもしれない。

 口元を覆って戦慄く私に、トロイは慌てた。


「どうしたんですか!? 具合でも悪いんですか?」

「どうしよう、トロイ。私、気づいちゃった」

「え?」

「どうして私がアラインの友達に選ばれたのか!」

「片翼です。友達はまだです」


 冷静に訂正が入って少し冷静になる。混乱は伝染するものとは知っていたが、冷静も伝染するものだったのか。

 少し落ち着いたものの、凄い発見をした私はまたすぐに目を輝かせた。


「お前が俺の片翼の理由……?」


 僅かに怪訝な色を浮かべたアラインを見下ろす。


「そう! きっと私が馬鹿だから!」

「…………は?」


 アラインが間の抜けた声を上げる所を初めて見た。そして聞いた。私よりも長い付き合いでありながら、同じく初めて聞いたらしいトロイは、驚けばいいのか私の発言にぽかんとすればいいのか分からないようで盛大に混乱している。

 そんな師弟を置き去りに、世紀の大発見をはしゃいでいる私が一人。二人もいては堪らないと呟いたのはアラインかトロイか、それとも私の空耳か。


「私が盛大に馬鹿だから、少々悲鳴を上げられようがなんだろうが問題ないってことじゃない!?」

「絶対違うと思います」


 弟子からも即答が入った。何故だ。絶対に合っていると思ったのに。これ以上ない名回答だと自信満々だっただけに、諦めきれずにちょっと食い下がる。


「でも、ほら。アラインが無口だから、私にその横で馬鹿をやってろっていうお達しの可能性が!」

「そんな片翼聞いたことありません」


 何事にも初めはあるのだよ、トロイ君。

 無い髭を撫でる動作で似非紳士風を装いつつ、胸元に視線を落とす。


「アラインが無表情だから、その横でにへらにへら笑ってろっていう可能性も!」

「それはただの馬鹿だろう」

「せめて普通に笑ってください」


 師弟から揃って駄目出しを食らった。なんだか楽しくなってきて、あははと声を上げて笑う。

 片手で胸元を支え、手綱をしっかりと握り直して太腿を締める。鋭い一声を上げて馬を駆けさせる。素直な馬は突然の指示にも大人しく従ってくれた。声掛けという習慣を持たない師匠のおかげで突発的事態に慣れているトロイもしっかとしがみついているのを確認し、私は速度を上げた。


「アラインも一緒に笑わない!? なんかこう、にかっと!」

「そんな師匠想像できません!」

「じゃあ、にやっと!」

「きっと何か企んでる!」

「にへらにへら?」

「だからそれ、どんな笑い方なんですか!?」


 こんな笑い方―。

 振り向いてにへらと笑って見せると、前を見てくださいと怒られた。

 それもそうかと前を向き、しばらくなだらかな道が続いているのをもう一度確認して下を向く。すると、前ではなく上を見上げていた紅瞳と目が合う。今こそと片目をつぶってウインクする。


「嫌なところは出来る限り直すよ! 善処するよ!」

「馬鹿」

「おぉう…………」


 私を構成する根本から直さなければならなくなった。

 どうしよう。

 どうしようもなかったので、とりあえず笑っておいた。そうすると今度は頭の中で『馬鹿』と追い打ちをかけてきた。それはどう足掻いても改善の余地がないので、出来れば他の改善点をお願いしたい。



 へらりと笑って誤魔化して、今度こそ前を向く。

 土と草の匂いが絡まった風はやけに柔らかく、顔だけではなく髪の隙間も通り過ぎて頭皮を駆け抜けていく。あ、と思った時にはもう遅く、服の中に適当に突っ込んだだけの髪が躍り出てしまった。


「わっぷ!」

「ごめーん!」


 髪で溺れるトロイに謝り、片手で適当に纏める。馬に乗る前に結んでおけばよかった。でも、あいにく手元にリボンも紐もない。そういえばこっちに来るときに持っていた鞄をはどこにいったのだろう。後でエーデルさんに聞こうと頭の片隅に書きとめる。



 駆け抜けていく風の匂いが気に入って、思いっきり深呼吸した。肺まで一気に取り入れた風を吐き出さず、ぐっと飲みこむ。


 大丈夫。大丈夫だ。

 お母さんだって笑ってた。毎日楽しいって、大口開けて笑ってた。

 だから大丈夫だ。


 毎日毎日、全ての事に楽しさを見出す天才だった母の笑顔を思い出し、私は全開の笑顔を浮かべた。向かい風を受けて、目元がぴりりと痛む。目を細めて、また笑った。

 大丈夫だ。どこでだって大丈夫。どこでだって、楽しく生きていける。

 そう母が教えてくれた。だから、大丈夫。

 きっと、大丈夫。

 






 大きな口を開けて笑う六花を見上げる。ふと目が合って、どうすればそれ以上笑えるのだと不思議になる笑顔が更に深まっていく。何が楽しいのか分からない。アラインと目を合わせて笑う意味がさっぱり理解できない。

 それに何かが気にかかる。何かに違和感があった。

 どこだ、どこがおかしい。

 アラインは優秀と言われる頭脳を回す。しかし、答えは見当たらない。時々感じる違和感は、六花が家族のことを話している時に感じている気がする。そこまでは気づいた。だが、そこからが分からない。一般的な家族のことも分からぬ己に分かることなのだろうか。アラインはこの答えは自分が持たないものだと結論付け、ぶつりと思考を打ち切った。

 しかし、打ち切ったはずの片隅で子どもが泣いている。



『…………ん!』


 子どもが。


『…………い!』


 六花が、泣いている。






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