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神様は、なんか私にも手厳しい!  作者: 守野伊音
第一章 始まりの森 終わりの夢
19/81

18伝 はじめての友達(断固拒否)





 私を女の子扱いしてくれたグランディールを勇者として褒め称えよう。

 静まり返ってしまった廊下には、適当にお腹の辺りで拍手した音がぱちぱちと響く。何ともいえない眼でこっちを見ていたグランディールは、突如ぎょっと目を向いた。ここに来るまで散々向けられた目なので少し慣れてしまったけど、今更されるとは思わなかった。

 グランディールは柄から手を放し、私を指さした。人を指さしてはいけません、せめて指先揃えて示してくださいと言いたいけれど、思わずだと私もやってしまうから気をつけたい所存だ。でも、指先揃えて刺してきたお兄ちゃんもどうかとは思う。呼ぶなら普通に呼んでほしかった。痛かった。

 そんなどうでもいいことを思い出している間にも、震える指先が私の胸元を指す。


「お前……それは、なんだ」

「それ?」


 それとはどれだ。

 指の先を追って視線を落とす。今度は私がぎょっとする番だった。




 胸元に掌ほどの大きさの火球が浮かんでいる。

 気づいた瞬間、熱気と熱風が湧き上がり、私の髪を舞い上げた。燃やしながら弾く炎ではない。既に完成された炎が渦を巻き一つの球体が作り上げられている。

 胸元に浮かび上がる火球に何度も瞬きする。目を閉じれば消えていないかという希望を込めた訳ではない。純粋に熱さで目が乾いたのだ。

 ぐるりぐるりと炎が波打つ様に思わず見惚れる。こんな炎の動きを見たことがない。まるで生きてるみたいだ。龍のように優雅に波打つ様は、どんな宝石よりもきれいだ。

 でも、これは困る。


「トロイどうしよう! 私の胸が大火事大惨事!」


 見惚れはしたものの、その実かなり混乱していた。胸元から火球を引き剥がそうと両手をやってしまった。勿論、触る前に「あっつぅ!」と叫んで断念する。

 引き剥がすことは諦めて、胸を両手で押さえる。アラインが焼けてしまう。直接触ってないのに伝わる熱が手の甲を焼く。

 今の一瞬でアラインが煮立っていたらどうしよう。

 さぁっと血の気が引き、どっどっどっと心臓が早くなる。胸を押さえる指をじりじりと上げ、そろりと襟元から中を覗き込むと、火球よりも深い紅瞳がまっすぐに前を見ていた。

 少しくらい動揺してもいいのではないだろうか。そして、いつの間にそこに小さな穴を開けたのか。一応曲がりなりにも乙女の胸元。いくら自分の服とはいえ、乙女の胸元に穴を開けるのなら一言くれても罰は当たらない。

 それでも無事でよかったと安堵していると、突如として現れた火球に目を丸くしていたトロイが呆然と呟いた。


「…………師匠?」

「え!? これアラインがやってるの!?」


 安否の確認も何も、元凶はここにいた。思わず「おぉ……」と感嘆の声が出る。魔法凄い。他に何ができるのか今度教えてもらおう。




「あ、紅鬼がいるのか!?」


 引き攣ったグランディールの悲鳴のような声をきっかけに、周りが飛びのいた。私とトロイを中心に円が描かれる。火球が現れた時の比ではない反応だ。私にとっては、いきなり火球が現れたほうがぎょっとするし、飛びのく。でも彼らにとっては火球よりアラインが怖いらしい。

 皆、そろいもそろってアラインに引きずられたんですか? 頭引っ叩けばいいと思うよ! なんて口に出していいものか。引っ叩こうとした私は全身木屑塗れになったので、誰か成功してほしい。



 足並み揃えて壁際まで飛びのいた人々に、砂鉄に磁石を寄せた時に起こる反応の真逆だなと思った。学校の授業でやったものだ。ああいう実験が中心の授業ばかりだったら眠っちゃったりしないのに。

 そんなどうでもいいことを思うのは現実逃避だろうか。人々の瞳に移る感情が驚愕から別のものに移行していく様が、やけに鮮明に見えた。瞳とは時に言葉よりも雄弁に語る。特に、言葉に出す余裕のない感情そのものを、あるがまま映し出す。心の鏡のようなものだ。


「……そうか、片翼ならば離れていても繋がっているのか」

「じゃあ、こいつは紅鬼そのものなのか!?」


 忌み子だの紅鬼だの、物騒にも程がある単語が飛び交う。

 人からこんな目を向けられた経験なんてない。いつの間にか渇いていた歯の裏を無意識に舐める。

 驚愕じゃない。そんな生易しい感情ではない。ここにあるのは嫌悪と恐怖だ。まるで自分が汚らわしい何かに代わってしまったのかと思ってしまう。


 猛烈な勢いで感情を叩きつけてくる視線を多数から向けられて、真っ先に現れた反応が困惑でよかったなと、緩慢に掌を開閉させる。汗はかいていない。その代り、背中を一瞬で覆った氷の塊が溶けて身体を芯から冷やしていく。感情が困惑で滞って本当によかった。もしも滑らかに作動していたら、泣いてしまったかもしれない。

 最初は気づかれないよう小さな深呼吸を。そして、顔を上げる勢いで大きく息を吸った。

 掌で押さえた胸を張る。


「アラインはいつだって私の胸にいるよ!」


 物理的にという一言は心にしまう。


「だって友達だから!」

『断る』


 即座に断ってきたアラインを少し平らにした掌で押し潰す。

 火球を引っ込めるよう指で合図を送ると、意図に気付いてくれたのか、気づいてはいなくても頃合いと思ったのかすぐに消してくれた。こんな状況でなければ、魔法だ魔法、もっと見せてとおおはしゃぎしていたのに、全く惜しいことをした。




「六花さん、片翼ですよ、片翼」


 慌てたトロイが服の裾を引いて訂正してくれる。


「うん、まあ、そうなんだけど、アラインと友達になりたいなと思いまして」


 かたよく、カタヨク、片翼。

 単語自体を知らないわけじゃないけれど、それで表されるような関係を知らない身としては、聞き慣れた単語で繋がる間柄のほうが嬉しい。片翼と呼ばれるより、友達になるほうがしっくりくるし、嬉しい。

 ぼろ雑巾にされたことは怒り心頭だとしても、なんだかんだと押せば会話に付き合ってくれるし、質問にも答えてくれる。仲良くなれればもっと色々話してくれるかもしれないし、笑った顔も見てみたいという打算もあった。

 要は、仲良くなりたいのである。


「師匠と!?」

「紅鬼と!?」

「あんた正気か!?」


 ただ、友達になりたいと言っただけでここまで驚愕される相手なのはどうしよう。弟子にまで驚愕されているのは本当にどうしよう。……どうしようもないね!

 どうしようもないことを解決するような頭脳は、あいにく持ち合わせていないのだ。そういうわけでそのままいこうと決める。


「そう! アラインと! だから、勝手に友達宣言して外堀から埋めていこうかなと!」


 気合は十分だ。意気込んだ私の頭の中で、今まで淡々としていた声に感情が籠もる。


『やめろ』


 心底嫌そうな声だった。


「即行で拒絶されました」


 握り拳で現状を報告すると、トロイがちょっと寂しそうな、けれど嬉しさのほうが勝る可愛らしい顔で頬を紅潮させた。肌が白いからすぐに染まるみたいだ。可愛い。


「僕、六花さんに友達になってもらおうと思ってたんですけど、師匠を差し置いて師匠の片翼と友達になるなんてできませんね! 分かりました、我慢します!」

「え!?」


 トロイはぴょんと飛び跳ねて、両手で私の手を握った。きらきらした笑顔で見上げられて思わず言葉に詰まる。


「でも、師匠と友達になったら次は僕の番ですからね! 予約です!」

「え、ちょ、あれ!?」

「多分、みんなそう言うと思いますよ? 片翼ってそういうものですし、相手が師匠ですし」

「アラインと友達になるまで友達零人決定!」


 私の友達計画は、百人どころか一人目で頓挫した。

 最初の壁が高すぎる!





 部屋で食べますとお願いしたら、籠に入れてくれるらしい。頼んだものが籠に入って白い布がかけられて出てきた。隅っこをちらりと捲って中を覗いて見る。見慣れないものばかりだったけど、どれもおいしそうだ。食べたことがないから味が不明でそれもまた楽しみだ。


「おいしそう! 早く部屋いって食べよう!」

「……僕、あっちだけでよかったです」

「ケーキセットはデザートだし、チョコはおかずじゃありません。あ、すみませーん。ここの籠に入ってる……胡桃? なんか胡桃みたいなのもらっていいですかぁ――……りがとうございまーす」


 境台に置かれた籠に詰まれている、つるりとした殻に包まれた木の実について問うた相手から、帽子どころか首を振り落としそうな勢いで許可をもらった。寂しい。

 指で転がした木の実をしょんぼりと籠に入れる。食器の間をころころと無邪気に転がる姿に癒された。可愛い。


「あの、六花さん。師匠は?」


 さっきからきょろきょろと入口を見ていたのは、私が選択した野菜スープから逃亡を試みていたわけではなかったらしい。疑ってごめんね、謝罪の気持ちを籠めて野菜スープは大盛りにしてもらった。

 君のお師匠さんはここにいるよと言いかけて、慌てて口を噤む。


「えーと……私とこうなったのを調査? しに? 行ったって」

「え!?」


 確かこんな感じの事を言っていたと周囲の目を気にしながら伝えると、目に見えてトロイの顔色が消えていく。大きな瞳があっという間に水面に早変わりだ。あ、まずい。そう思った時にはもう遅かった。


「し、師匠、師匠に、置いて、置いてかれ」


 しゃくり上げ始めた子どもに、何かを言おうとして、あーだのうーだの言いよどむ。何を言っていいのか悪いのか分からない。こんなに人がいる中で失言なんてしたら目も当てられない。余計にトロイを泣かす結果になってしまうかもしれない。

 結局適当な言葉を見つけられず、とにかく部屋に行こうとその手を引いて歩を速める。


「泣かないで泣かないで泣かないで部屋どこ――!?」

「師匠に置いてかれたぁ……! うあああああん!」

「いやぁああ! 泣かないでぇ! いつもは置いてっても泣かなかったんじゃなかったの!?」

「誰から聞いたんですかぁ!」

「君に大泣きされて、いつもと違うって心なしか沈黙が倍になってる君の師匠ですが!?」

「師匠の前でそんな面倒な弟子って思われるような事するわけないじゃないですかぁ! 六花さんだけ遠距離の師匠と会話できてずるいです! それと僕が泣いたの言わないでくださいっ! 師匠に面倒って思われるのはやです!」


 大泣きする子どもに、思わずあいたぁと声を上げる。トロイ君、どうやらやってしまいましたよ、君のお師匠さんは君が大泣きしている現場にいて、心なしか困惑しておられますと言えたらどれだけいいか。

 慌てて胸元に手を突っ込んで、アラインごと首飾りを掴んで背中に回す。そして、おもむろに子どもを抱き上げて走り出す。


「部屋どこ――!」


 籠に入った食器が、がちゃがちゃとぶつかり合うのも構わず、私は鬼気迫る表情で走った。前から来た人がぎょっとしたけどそれどころじゃなくて全然気にならない。

 去り際までしっかりきっちりやかましかった私の雄叫びが消えるまで、普段は賑やかな食堂は水を打ったかのように静まり返っていた。








 二人の、実際には三人の姿が見えなくなった食堂に、ゆったりとした足取りの青と橙が現れた。その周りを側仕えが囲み、呆然と立ち尽くした人々に道を開けさせていく。

 先程の騒動で気力を失った人々は、その余韻でぐったりと視線を向け、ぎょっと弾かれたように姿勢を正す。生きた伝説とまで云われる存在が昼の食堂にひょいっと現れれば、誰だってぎょっとするだろう。

 ざわざわとさざなみのような驚愕が伝わっていく中、エーデルは常時浮かべている穏やかな笑みを深くした。


「未だに忌み子などという言葉を使っているのですか、貴方々は」


 穏やかに浮かべられた笑顔から放たれているとは思えぬほど、ひどく静かな声だった。


「皆が言ってるからいいとか、んな子どもみてぇな理屈が通ると思ってねぇよなぁ? そもそも、皆が言ってること自体間違ってるって忘れんなよ?」


 がりがりと頭を掻くシャムスに、誰かが恐る恐る口を開く。


「し、しかし、闇人の血を引いている者など……」

「口を慎みなさい」


 静かで穏やかな口調でありながら、相手に有無を言わせない絶対感がそこにはあった。エーデルは、三百年説き続けた言葉を繰り返す。


「その言葉はアラインだけでなく、先の皇と王をも侮辱したと同義です。貴方々は、その身をもって世界を支えてくださった両陛下を侮辱するのですか」

「決して、決してそのようなことはっ!」


 鋭利な視線にびくりと脅えながら、人々は偉大な双龍の前に膝をついた。仕える皇帝意外には決して膝をつかぬはずの騎士すら膝を付く程の二人なのだ。今まで一体どれだけの騎士が彼らの前に膝をついてきたのか。想像もできないほどだ。

 エーデルは、静かな声でその場にいる全員を諭した。


「過去を教訓となせなければ、その犠牲全てに何の意味も無くなってしまいます。学びなさい。そして悟りなさい。闇人への憎悪の無意味さを。貴方々が最後の皇帝を慕い続けるが故に、次代を立てないというのならそれもいいだろうと思います。ですが、エリシュオン皇帝の意思に反するというのなら、私達は次を選びますよ。次を立て、城を去ります。私達はあの御方にお仕えする臣下ですので、他の皇にも王にも従いません」


 表情も口調もあくまで穏やかままだ。しかし、有無を言わさぬその口調に全員頭を下げた。




 ずらりと下げられた頭に、エーデルは気づかれぬよう小さく嘆息した。

 三百年。三百年だ。

 眩暈がするほどの、悠久とも思える時が過ぎても何も変わらない。そう、変わらないのだ。人は己が代償を払わなかった犠牲などすぐに忘れてしまう。


「皆もです。そのような考えを続けていれば、いずれ大戦が繰り返される。それだけは、何があろうと避けねばなりません。繰り返してはならないのです。聖人闇人間の争いなど、もう二度と起こってはならない。あの厄災は、三百年前に終わったのです」

「はっ!」


 人は忘れる生き物だ。一秒一秒、一日一日が積み重なり、重なっていく日々を忘れ、そうして生きる生き物だ。

 それでも、エーデルは忘れない。彼の相棒であるシャムスも忘れない。彼らの耳には、今も残る声がある。この世全ての咎を背負い、血を流しながら泣き叫ぶ子ども達の声だ。

 ああ、そうか。

 エーデルは廊下の向こうに見えなくなった背を思い出し、静かに目を閉じた。

 あの三人の形は、あの子達に少し似ている。甘くもなろうというものだ。



 エーデルが何を考えているのか手に取るように分かったシャムスは、にかっと笑ってその背を豪快に打った。ばぁんと重い盆をひっくり返したような音が響き渡る。


「よし! 辛気くせぇ話は終わりだ! 昼食うぞ!」

「……聖騎士団長を訪ねるために出てきたと言っているでしょう馬鹿野郎が」


 うきうきと今日のメニューを確認していたシャムスは、本日二度目となる空中散歩を楽しんだ。ザズ達も、同じく本日二度目となる階段昇降全力運動を楽しむこととなった。






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