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神様は、なんか私にも手厳しい!  作者: 守野伊音
第一章 始まりの森 終わりの夢
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17伝 終転婆の権化





 天井が十六角形になった大きな部屋を覗きこむ。吹き抜けの天井に向けて緻密な細工を施された柱が伸び、色とりどりのガラスで覆われている。梁の間から落ちてくる太陽光は柔らかくも美しい。

 ぐるぐると目が回りそうな天井が、何故十六角形と知っているかというと。


「にー、しー、ろー、はー、とー」


 普通に数えたからだ。アラインに聞いたけれど、知らないの一言だった。数えたことがないらしいので、自分で数えた。また一つ賢くなってしまった……。



 開け放たれた、私の三倍以上はある扉の隅から中を覗き込む。

 通っていく人々が一瞬迷惑そうな顔をして、次の瞬間ぎょっと飛びのくのにも慣れてきた。順応。いい言葉だね、お母さん。まあいいやも尊いと思います。


 同じ柄の布で統一された丸机と椅子が何百と連なる様は圧巻の一言に尽きる。しかし、中は思ったより混雑していなかった。これだけ大きな城のお昼時。雪崩れ込むような人ごみを覚悟していたから少し拍子抜けする。急いでいなければ待つのは別に苦じゃないから、行列の中でお腹を鳴らしながらいつまでだって待つ覚悟だったけど、その必要はなさそうだ。

 食堂では、調理場と境部分の天井付近に品書きがずらりと並んでいた。その内、水色の花がついている物が何点かある。今日のおすすめ的な感じなのだろうか。食堂に入っていった人達は、上を見ながら少し考えて注文している。下の看板には、日替わりの説明が書かれていた。



「意外と座れそうだね。もっといっぱいかと思ってた」

『第四食堂だからだ。一般開放されている第一と、門から近い第二は座れない』

「これで第四!?」


 ここだけで何百人収容できるのか。そして、本当にこのお城の規模はどれだけなのか。これだけの人が収容できる食堂が少なくとも四つあるということは、それだけの人がこの中にいるということだ。それなのに、まったく手狭に感じない。


 凄いなぁと感心しながら扉に張り付いてトロイを探す。基本的にかちりとした服の、様々な服装の人々の中に子どもの姿は見つけられない。トロイだけではなく、子ども自体がいなかった。いるのは大人ばかりだ。まだ到着していないのかとほっとする。どうやら間に合ったようだ。


「トロイまだだね。よかった」

『どちらにしろ、部屋に持ち帰れ』

「へーへー。あ、そうだ。私お金ない」

『必要ない』

「え? タダ? やったね! タダより高いものはなし!」

『…………使い方を間違ってないか?』

「盛大に間違ってる。ごめんね」


 適当に言った自覚はあるので素直に謝る。

 確かに、お金を払っている人はいない。皆、注文して、忙しなく次から次へと用意される料理を受け取ってそのまま食べて帰っていく。お城ってそんなものなのだろうか。私の国でも、同盟国でも、お城の食堂はタダだった。おいしかった。




 食器がぶつかり合う音と、何かが焼ける音、液体が注がれる音の合間に聞こえる談笑。交り合う匂いと音を全身に浴びていると、こっちまでお腹が空いてくる。お風呂に入らなくて大丈夫でも、食事はとらなくてはならないようだ。得した気分である。

 財布の心配もなくなり、何を食べようかとまだ見ぬ異世界の食事にうきうきしていると、背後から聞き慣れた名前が棘に囲まれて飛んできた。



「そんなに急いだところで、お前の師なんて目覚めないほうが世の為だぞ、トロイ」



 張り付いていた扉から手を放し、ぐるりと回れ右する。食堂に向かう人々が行き交う廊下の先で人だかりができていた。不自然に固まった人の波に考えなくても足は動いていた。


「行け」

「はーい」


 反論する理由もなくて小走りで近寄る。ちょっとすみませんと人だかりを掻き分けていく。私に気付いた人からぎょっと飛びのいてくれるので大変通りやすかった。切ない。


 もろもろの事情ですんなり辿りついた場所で、トロイが幾人かの少年に囲まれていた。その年齢は様々で、トロイくらいだったり、私より年上まで色取り取りだ。髪の毛や瞳の色を見ると、比喩抜きでも色鮮やかだ。

 年齢によって微妙に違うけれど、全員トロイと同じような格好をしている。道中受けた説明によると、トロイの着ている服は騎士見習いの物であるらしいので、彼らはトロイと同じく騎士見習いなのだろう。


 一番前にいるのは私と同じ年くらいの男の子だ。太陽というより月明かりに近い淡い金髪だ。横髪に一本だけ編まれた三つ編みが髪の中に溶け込んでいる。淡い色なので髪飾りがなければ気づかなかった。正直、一番前にいなければそんなにまじまじと見なかったと思うので絶対に気付かなかっただろう。


「…………通してください、グランディール殿」


 十秒ほど待とうと少年達はトロイの前から動かない。トロイは一礼して彼らの横を通ろうとした。


「先輩に話しかけられているというのに押しとおろうとは。お前の師は弟子に礼儀を教えぬらしいな」


 ぴたりとトロイの足が止まる。


「それに、女性を連れ込んだと聞く。神聖なる皇城を何と心得ておられるのか」

「あの人は師匠の片翼だと、双龍様が仰いました」


 少年達は目を瞠った後、身体を揺らして笑った。


「片翼! 人間が、何の力も持たない人間が!」

「やはり、忌み子についてくれるような片翼は人間だけと見えるね!」


 視覚でも嘲りが分かる。そんな笑い声を上げる少年達を嗜める者はいない。これだけ大人がいて、意味が分からない私にも侮辱だと分かる口調にも拘らず。小さな子どもを集団で取り囲む少年達を止める者はいない。

 せっかく綺麗な顔をしているのに、なんて顔で嗤うのだろう。


「師匠を侮辱しないでください」


 睨み上げるトロイに、少年達は再度声を上げて哂う。


「そもそも、忌み子が聖騎士などお笑い草だ。このまま目覚めぬ方が良いとは思わんか」

「然り然り」

「あれが目覚めぬだけで、どれだけの平穏がこの城に訪れていることか」


 嘲りが見て取れる彼らの口が、同じ単語を形作る。



 あの、忌み子が、と。





 声を揃えた蔑みの形に、トロイは唸るような声を上げた。


「師匠を侮辱、しないでくださいっ」

「侮辱も何も事実だからな。お前も哀れな奴さ。あのような男の弟子になるしかなかったとは」


 拳を握り、噛み締められた口からぎりりと歯が軋む音が絞り出される。


『トロイを連れてさっさと部屋に戻れ』


 動揺一つない声が淡々と指示を出す。そこには焦りも驚愕も存在しない。まるで、こんなことはいつものことだといわんばかりに。


「師匠は、聖騎士です。双龍様にも、聖騎士団にも認められた、正当な聖騎士だ。それを、僕と同じ騎士見習いである貴方々が侮辱するのは、それこそ礼儀知らずではないのですか。そんなこと、後輩である僕にも分かることです、先輩方。先輩方は、そんなことも師匠に教えては頂かなかったのですか」


 さっきの皮肉を盛大に含んで返された言葉に、かっと少年達の顔に朱が昇る。


「親も分からぬ捨て子の癖に、知った風な口をきくな!」

「僕の出自がいま何の関係があるんですか!」


 今度はトロイに朱が散った。


「犬猫のように箱に入れて捨てられていたくせに、分を弁えろ、トロイ! 学院の末端に席を置かせてもらっているのだということを忘れるな!」


 さわさわと囁く声が聞こえてくる。その中には、あからさまな嫌悪や、嘲笑、恐怖、同情、憐憫が練りこまれていた。

 私は、それらはもっと寒々しい色だと思っていた。決して目に見えるものではなかったのに、青や寒色系なのだとなんとなく思っていたのだ。

 けれど、ここにあったのは赤だった。子どもの首が、耳が、頬が、染まっていく。


「可哀相に……」

「捨て子だからって、よりにもよって紅鬼の弟子になるしかなかったなんて……」

「どうして双龍の御二方は、あの忌み子を城に置いておくんだ」

「全くだ。早々に城から追い出せばいいものを聖騎士の位まで与えて……」


 嫌悪に満ちた声と視線が、子どもの身体を染めていく。蔑みなんて風に乗るはずもないのに、驚くほど自然に蔓延する様が目に見えるようだ。視線が伝える言葉無き阻害、声無き嫌悪。降り注ぐ悪意のような言葉達。


 忌み子め、と。

 紅鬼が、と。


 どこかで聞いた単語だなと記憶を辿る。心当たりは一つだけだ。睡魔と大乱闘して敗北した宿屋での噂話だ。だんだん大変なことになっていった噂話を追いかけずに見送ったけれど、追いかけたほうが良かったのだろうか。その辺の判断をつけられるほど、この世界のことを知っているわけではない。知っていることはそんなに多くないのだ。知らないから、知っていることで判断するしかない。

 掌を握って、開く。私は何を知っているだろう。


「十にも満たぬ歳で、エグザム共を皆殺しにしたんだろう?」

「頭から血をかぶり、全身を染め上げても平然としていたとか……」

「草を刈るように首を飛ばす子どものほうが、犯人よりよほど恐ろしいではないか」

「いいや、あれはもう」


 音が、揃う。



「おぞましい、さ」



 酷く静かな声はとてもよく通った。それが世界の事実といわんばかりに、言葉を否定するものは誰もいない。真っ当で正当なものだと人々は頷いた。こんなに人がいるのに、こんなに綺麗な人達がいるのに、胸の中を冷たいブラシで擦りまわされるような言葉を世界に撒き散らす。言葉が空気に溶け込んで、吸い込んだ先から胸の中を痛めつけていく。

 トロイは唇を噛み締めた。ぎりりと噛み締められた唇が開く。私は、はいっと勢いよく片手を上げた。


「どうも! アラインと友達になりました迷い子の六花です! どうぞ宜しく――!」


 くーくーくー……。

 いつの間にか静まり返っていた食堂の高い吹き抜けにも語尾が響いていく。よく見れば食堂の入り口はここにもあったようだ。確かにあんなにも広い場所。出入り口が一つでは詰まってしまうだろう。

 そんなどうでもいいことを考えた私に、同じ色を浮かべた瞳が集まった。その色はさっきまでのどの色も映していない。ぽかんの一言に尽きる。





「りっ、かさん?」


 呆然と立ち尽くすトロイの横に大股で近寄り、やっほーと掌も開く。私は口を開くとうるさいと言われてきた類の人間だ。ついでにいうと、黙っていても目がうるさいと言われ、目を閉じても手がうるさいと言われるくらいだ。

 要は、何をしていてもやかましい。

 今はそれら全てが解放された状態である。ぱぁっと開き切った水色の瞳がトロイを映して嬉しくてやかましいし、掌どころか腕までぶんぶん振り回して手を振ってやかましいし、滑舌よく挨拶してやかましい。うるさくないはずがない。

 しんっと静まり返った人の中を、私は満面の笑顔を浮かべて走り寄りながらやかましかった。


「おはよう、トロ…………こんにちは、トロイ!」


 今は昼だったなと言い直す。

 上げた片手を元気よく下げ、その勢いのまま相手に差し出した。

 ぎょっとした顔が訝しげに変わる。引き留めようとしたトロイにウインクを返す。大丈夫だよ、トロイ。私、今までのやり取りでちゃんとこの世界の常識を学んだんだよ。見ててね!

 私は自信満々に息を吸った。大きく吸いこんだけど、さっきみたいに気持ち悪くない。これはただの空気だ。空気とはこうでなくちゃいけない。生きるためには絶対吸わなくちゃいけないのに、吸ったらしんどいとか酷過ぎる。あの空気があっという間に霧散した。どうやら静寂を好むらしい。ならば僥倖! 私のやかましさ万々歳!


「どうもはじめまして! これからここでお世話になることになりました迷い子の六花です。また会うこともあるかもしれませんが、その時はどうぞ宜しく、いじめっ子のグランディール殿!」

「……待て」

「他の皆さんもどうぞ宜しく! 六花です、迷い子の六花をどうぞ宜しく!」

「おい、待て!」


 ぽかんとしていた人々の中で真っ先に我に返ったのは、握手なのか振り回されているか分からぬ手をぶんぶんとされるがままになっていたグランディールだった。


「何だ、その呼び名は!」


 今度は私がきょとんとする番だった。何を怒っているのだろう。ちゃんとこの世界の流儀に則った行動をしたはずなのに、なんで怒るんだろう。


「呼ぶときはなんとか子って言うのが規則なんじゃないんですか? だってさっきからなんとか子って連発してるからそうなのかと。ちなみに、私の迷子の単位は世界規模です! 何せアラインのかたかただから!」

「片翼だ! それにそんなことは聞いていない! 何故僕の呼び名がそんな俗物な!」


 グランディールは顔を真っ赤にして怒っている。どうやら二つ名を間違ってしまったらしい。私はちょっと考えた。


「……嫌味っ子?」


 相手の眉間に皺がぐっと寄り、これも違うかと悟る。


「意地悪っ子?」


 眉間に山ができた。


「三つ編みっ子」


 山は深く連なり山脈と化す。どうやらこれもご不満のようだ。文句の多い男である。少ない語彙群から必死に単語を考えていく。頭の中の引き出しを引っ張り出してはとっ散らかせて、あ、と声を上げて両手を打つ。


「男の子!」

「喧嘩を売っているなら買うぞ」


 渾身の出来だったものが一刀両断されてしょんぼりと肩を落とす。流石異世界、いろんな文化があるものだと、用意していた最後の手札を切った。


「……女の子?」

「斬り捨てるぞ、女ぁ!」


 柄に手をかけたグランディールに、トロイも弾かれたように腰に手を当てた。同じように腰に手をやった者が出した音が一体となって響く。

 不自然な沈黙が落ちる中、誰かがごくりと鳴らした喉の音が聞こえた。

 顔を真っ赤にしたグランディールに、私は思わず真顔になっていた。凄い、この人。ぱぁっと笑顔が浮かぶ。


「私を女扱いしてくれるなんていじめっ子のグランディール殿は勇者だね! 男の子達からはいつも『お前が女である事実に絶望する』『お前なんて男友達だ』『いや、こんな友達も嫌だ』『よし! おい、馬鹿!』って呼ばれてたのに! ご近所さんからは『お転婆の権化』って呼ばれてたよ! ちょっと転びすぎたかな!」

「…………六花さん」


 しんっと静まり返った廊下に、トロイの声がぽつりと落ちた。

 その、悲しみとも憐れみともとれぬ声音に、とりあえずへらりと笑って誤魔化してみた。何の解決にもならなかったのはいうまでもない。






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