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神様は、なんか私にも手厳しい!  作者: 守野伊音
第一章 始まりの森 終わりの夢
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15伝 階段の終わり





 窓のない廊下に一人ぽつりと佇む。本当は二人だけど、もう一人は見えないからぱっと見たら私一人が窓のない廊下に佇んでいた。

 本当に一人で放り出されていたら寂しいどころじゃない。意識がない状態で運び込まれたこの建物がどこにあるかどころか、外観すら分からない私は、一人幽鬼よろしくお城を彷徨うしかなくなってしまう。

 食堂は……食堂はどこじゃー……と呟きながら彷徨う幽鬼。腹ペコだ。食堂に辿りつけなかった無念で彷徨ってる幽鬼。そんなものが実在したら、お願いだから早く辿りついて、さっさと成仏して頂きたい。



「…………案内お願いします」

「…………この先の階段を下りきった先を直進。二つ目の角を右、三つ目を左、次を右、向かって左の階段を二階上がり、渡り廊下の先を右に直進して三階下りろ」


 迷宮かな?

 素直に片手を上げる。人間無理はよくない。これから共に過ごす時間が長くなる相手には尚更だ。挙手した私は、素直に告白した。


「最初の階段を下りた辺りから怪しいです」

「…………進め」

「はーい」


 特に断る理由もなく、指示に従って廊下を進む。

 いくつも並ぶ扉の前を何度も通ったけど、誰とも擦れ違わない。窓もないから他の音は聞こえてこなかった。扉が開け放された喧噪が背後から追ってくるだけだ。それだけなのに相当の喧噪だった。三百歳とは思えぬ喧嘩っぷり。お見事。



 長い廊下の突き当りにようやく階段を見つける。廊下の長さから考えると、とても大きな建物のはずなのに、階段は小さく細い螺旋階段。窓はないけれど、あの不思議な照明のおかげで昼間のように明るい。ようにも何も昼だったと思い出す。エーデルさん達の部屋にあった窓から見ていなければ、昼だという実感が湧かなかったと思う。


 急な階段で転ばないよう片手で手摺を掴んで下りていく。万が一転んでしまっても大丈夫なように空いた手で胸元を覆う。転ばないよう気を付けているのに、転んでしまった想像が止まらない。高所でも同じで、目が眩むほど高いより、二階や三階の中途半端に高い場所のほうが地味に怖い質なのだ。落ちた時の様子を思い浮かべることができるからだと思う。

 怖さは誤魔化すに限る。せっかくなので聞きたいことも聞いておこう。


「ねえねえアライン」

「…………」

「ねえねえアラ」

「何だ」


 早々に諦めたらしく、素早い返事が返ってくる。


「ここは人がいないからいいけど、他の場所で分からないことがあったらどうやって聞いたらいい?」


 ひとりごとをぶつぶつ言って変な人扱いされる覚悟で挑むべきか。それとも、目的地に偶然辿りつけるまで彷徨うべきだろうか。ところ構わず質問おばけと化していいのなら話は早いのだけど。……あれ? そうなるとやっぱり食堂目指す幽鬼になるしかないのかな。


 少し待っても返事が返ってこない。無視されているのか返答に困っているのかどっちだろう。

 判断がつけられずに立ち止まる。後ろから光に照らされてびよんと伸びた影がおもしろい。まるで星や太陽の欠片を詰めたような照明器具が照らす光は、実際の太陽より随分柔らかく風もないのに影を揺らす。段差に沿って歪になっている影を眺めていると、しんっと静まり返っているからこそ届く声が聞こえてきた。


「…………試してみるか」


 何をと問い返す暇もなく、頭の一部が痺れる。痛いような痒いような、足が痺れた時と似た感触が頭の中を走り抜けた。思わず頭を鷲掴む。当たり前に頭蓋骨で阻まれ、中を掻き毟ることはできなかった。


『聞こえるか』

「聞こえません」

「……お前もやってみろ」


 何故か咄嗟に否定してしまった。少し落ち着いて考え直せば非常に楽しそうだと気づく。

 頭の中で声がしたのだ。耳から仕入れた音ではなく、頭の中が直接痺れた感覚は不思議だけれど面白い。もしかすると、誰だって一度や二度や三度は憧れる魔法が使えてしまうのか。

 駆け上ってきたわくわくで握り拳を作って、はたと気づく。


「どうやったの?」

「考えろ」


 初めての体験を何の説明もなく行えというのか。この男、師匠でありながら教えるという行為に全く精通していない。あんなに小さな弟子がいながらそれはどうなのだろう。あの小さな弟子に聞きたい。これが師匠で一体何がどうやったら師弟関係が成り立つというのか。それとも、師匠を大層慕っている様子から見るに言いたいことも言えずにぐっと飲みこんでいるのかもしれない。健気だ……。

 私は別に慕っていないので、言いたいことは言おう。


「分かんない」


 慕っていようがいまいが、分からないものは分からないと。

 しんっと静まり返る。廊下は木で出来ていたけれど、階段に差し掛かると石壁と石段になって、外部からの音が遮断されて冷たい静寂がしんしんと落ちていく。私の声が中で跳ね返されて反響する。偶に上階で披露されている見事な喧嘩っぷりが反響して通り過ぎていくのはご愛嬌だ。


「…………頭の中で思考することはそんなに難しいのか」

「…………それならそうと言ってください」

「言っただろ」

「言ったは言ったけどそうじゃない感満載です」


 足りないのは主語か、相手に伝えようという気持ちか、それとも私の物分りか。

 いろいろと言いたいことはあったけど、ここで押し問答してもちっとも前に進めないのでひとまず諦める。

 今度心と時間に余裕がある時に盛大に突っ込もうと決意して、ぐっと握り拳を握った。気合を入れる時はついつい拳を握ってしまう。友達に怖いよと言われてもなかなか治らない。殴るつもりはないので安心してほしい。


『ねえねえアライン』


 ドキドキしながら呼びかける。外にも内にも沈黙が落ちた。しまった。伝わっていないのか無視されているのかが分からない。


「聞こえなかったのと無視のどっち?」

「ない」


 奇妙な返答に首を傾げかけ、はたと気づく。まさかこの男、繰り返されるのも面倒だけど返事も面倒だからと、返事自体を最短に縮めたのではあるまいな。ないだけだと、聞こえ「ない」なのか、返事をしてい「ない」なのか分からないではないか。まさかのまさか。いやそんな、仮にもこれから仲良くやっていかなければならない相手にそこまでの物臭疑惑をかけてしまうのは心苦しい。そうだ、きっと最初の返事部分が聞こえなかっただけだ。そうだ、そうに違いない。だって彼はこんなにも小さな姿なのだ。それなのに自分はアラインに凄まじい物臭疑惑をかけてしまった。小さくなって一番動揺しているのは彼のはずなのに、その気持ちを思いやることもせずなんという酷い疑惑を。

 反省してしょんぼりと謝る。


「……ごめんね、アライン」

「……術を使うように頭の中で念じろ」


 一気に増えた文字数に感激しつつ心の中で謝罪を繰り返す。私は別に、それができなかったから謝っていた訳ではないんです、と。


「……術を使ったことがない場合はどうすれば」

「……口で言え」

「了解しました」


 こうして私は、昔憧れたかっこいい魔法を一方的に受け取ることに成功した。不思議なことに、あんまり嬉しくはなかった。

 術を使う感覚を説明する手間をばっさり切られたと気が付いたのは、もう少し後になってからである。





 とりあえず最初の指示である階段は下りきった。

 さあ下へと壁に手をついたままくるりと回ったら、床下収納と思われる扉があったのでここが一階のはずだ。やっと到着した。


「一階到着!」

「違う」

「え!?」


 まさか更に下があるというのか。うへぇと声を上げる。こういう扉の下にあるのは階段よりも梯子という経験が多かったからだ。


「出来れば木のほうがいいんだけどなぁ……縄は揺れるから下りにくいし」

「……何の話だ?」


 しゃがんで取っ手を掴む。鉄枠部分が大きく思ったより重かった扉を両手でよっこいしょと引っ張り上げた先にあったのは予想通り。

 ただの物置だった。

 木箱と樽の上に麻袋が詰まれている。埃が積もっていないし、結構頻繁に使われる物置みたいだ。隅の方にネズミ取りが置いてあったから、ネズミがいるのは分かった。


「………………おのれ、謀ったな」


 重たいものを中腰で必死に持ち上げたため、疲れて老人のようにしゃがれてしまった声音で文句を言う。意外とお茶目だな。でも、できればあまり疲れないいたずらが嬉しかった。


「…………いつ謀った」

「一階じゃないって言ったじゃん」

「ここは四階だ」

「え、ごめん!」


 まさかの四階。しかし階段はここで途切れている。シャムスさんの壁駆け上がりは、まさか正しい昇降手段だったというのか。

 ここまでぐるぐると下りてきた階数を指折り数える。両手の指を要した階数を下りてきたというのに、まだ下があるというのか。


「ここ、十二階もあったの!?」


 道理で下りても下りても階段が終わらないわけだ。しかも、ようやく辿りついた先に続きの階段はなく廊下が伸びている。窓もなくどこか息苦しい。上階の部屋はあんなに大きな窓があり、シャムスさんが投げ出されていたというのに。なんとも奇妙な建物だ。


「二つ目の角を右」

「どうしてこんなへんてこな形なの? 不便じゃないの?」


 とりあえず指示に従って歩き出す。シャムスさん達の部屋とは違い、ここは階段と同じく石壁だった。靴底と石床がかつんかつんと響き合う。石は頑丈だけど寒々しく感じるし、実際冬は寒い。私は上階のように木材で作られた部屋のほうが好きだ。私の好みなんて誰も興味ないだろうけど。

 当然のように返らない返事に、すぅっと息を吸い込む。


「ねえねえアライ」

「千年以上前に建てられた城だから増改築を繰り返した結果迷宮のように入り組んだ形となった」

「へぇー。じゃあ、闇人のお城もこんな感じなの?」

「………………」

「ねえね」

「恐らくは」

「あれ? 行ったことないの?」

「地上の者が地界を訪れることは滅多にない」


 私も諦めが悪いけど、アラインも懲りない。根競べだ。しかしこの勝負、アラインには分が悪い。何故なら、私はこのやり取りを疎ましくも面倒だとも思わない、延々と会話の応酬を続けられる類の人間だからだ。

 どんどん横道に逸れていく傾向にはあるものの、いつまでだって話していられる。そういうところはお母さんに似た上に、どこまでだって付き合ってくれるけど口数が多かったわけじゃないお父さんのおかげで鍛えられた。

 つまり、会話の応酬でなくても一人で喋り続けられるのだ。その私が、返事が返るまで喋り続けると決めたのである。無言を貫くことで周囲が諦めてきたアラインに勝ち目はない。



 鼻歌交じりで二つ目の角を右に曲がる。

 長い廊下が続くのに誰にも出会わない。


「右!」

「…………右だ」


 独り言にまで返事を求めるつもりはなかったけど『ねえねえアライン』攻撃に疲れ切ったアラインは反射的に返事を返してくれた。

 指示通り角を幾つか曲がっていくと、そこは。

 行き止まりだった。

 廊下は唐突に壁となり、左右には等間隔で存在する部屋の扉しかない。


「…………おのれ、謀ったな」

『…………左の扉を開けろ』


 面白いけれど、脳が直接痺れる感覚には慣れない。一瞬鳥肌まで立った。まあこれも慣れだろうと振り払う。

 この部屋に用事でもあるのだろうか。


 一応ノックをしてみると、扉は自然に開き始めた。驚いて後ずさる。

 もしや魔法か。それとも、これが話に聞いた『自動どあ』なるものなのか!


 驚きを期待へと変え、どきどきと成り行きを見守っていた私の前に、二人の衛兵が立っていた。自動ではなく私にもおなじみの手動だった。がっかりである。

 しょんぼりと肩を落とした私に、怪訝な顔になった相手はすぐにぎょっと後ずさった。他人にここまで猛烈に脅えられたのは生まれて初めてだ。





 この国のことをほとんど何も知らない私が彼らを衛兵だと思ったのは、彼らの服が揃いである上に、その服装に装飾品が多かったからだ。

 どこの国でも、王城なり皇城なり国の中心となる場所では、使用人の服ですらそれなりにきらびやかになるものだ。目の前の二人も例に漏れず、刺繍は光り、あちこちからぶら下がる紐が玉を光らせ揺れている。そして、槍を片手に持ち、腰には剣が、背には弓があった。


 戸を打ち破ろうと近寄ってくる者には槍を、組み合うならば剣を、逃亡する相手には矢を放つためだと父に聞いたことがある。そんな父は、家に押し入った強盗を鍋と芋で倒してくれた。真の騎士とは身近にあるものを武器にしてしまうのだ。かっこよかった。私は父が大好きだ。

 たとえ、何故その腰にぶら下がっている剣を使わなかったのかと問うた結果、そこに鍋と芋があったからというなんともいえない答えが返ってきたとしても。頭がいい人なのにどうしてその結論に至ってしまったのかはいまだ謎である。


 子ども達のおやつにふかし芋を作ろうとしていたのだから、目の前に芋があったことは不思議じゃなくても、何故それで強盗を殴ってしまったのか。確かに立派な芋だったけれど。

 強盗を殴った拍子にというより、鍋で止めを刺した際に力が入りすぎた父の力で粉砕された芋は、母の手で栗きんとんへと変身した。周りの餡全てが栗のきんとんも好きだし、餡は芋のきんとんも大好きだ。大変おいしかった。



 何はともあれ、その衛兵に飛びのかれるほど脅えられる謂れはない。中年の男の人二人は三歩も離れていってしまった。しかも、更に摺り足でじりじりと後ずさっている。


「あの」

『黙って進め』


 強盗に脅されているような指示が来た。


「不法侵入とかで斬られるのは絶対やだからね!?」


 思わず言い返して更に引かれた。おじさん達が遠い。

 傍から見れば突然ひとりごとを叫んだ変な人である。それは引かれる。仕方がない。かといって、ここにいるちっちゃなアラインと喋ってましたとは言えないので、これまた仕方がない。

 説明を諦めて、後ずさる二人を追うようにそろりと歩を進めた。衛兵はびくりと震え、その背をびたりと壁に張り付ける。少しでも距離を取りたいが守るべき場所から離れるわけにはいかない。そんな苦肉の策であると見て取れた。

 別に彼らを脅したいわけでも、追い詰めたいわけでもない。怖がっている姿を見て面白がってるわけでは断じてない。ただ単に、彼らが後ずさっていく方向が階段、つまり私の進行方向なのだ。


 これでもかと脅えられてはいるものの、今にも襲いかかってきそうな殺気は感じない。むしろ、早くここから去ってくれ、ここからいなくなってくれという切望をひしひしと感じる。

 相手を刺激しないよう、そろり、そろりと靴底を擦りながら前に進む。二人が場を開けたことによって開けた視界の先には二本の階段があった。


『左』

「……はーい」


 ぽそりと返事を返すと、蛙のようにびよんと跳ねるほど脅えられた。そうなると分かっていたけれど、散々返事を返せと繰り返していた自分が無言を通すのもどうかと思ったので仕方ない。

 二人の前を通る際に、そろりと両手を上げて敵意がないことを示す。


「あの……通っていいですか?」


 おじさん達から、震えているだけに見える小刻みな動きで肯定され、どうもと頭を下げる。どうもどうもと頭を下げ、そろりと両手を下げ、再びどうもどうもどうもと頭を下げる。

 斬らないで怒らないで。後、余裕があったら脅えないで。

 そんな願いを込めて擦り歩きでそこを抜ける。二人は壁と同化してがちゃがちゃ鎧を揺らしていたけど、制止をかけられることはなかった。早く行ってくれという圧力をがんがん感じる。


「早く行ってくれ……」


 感じるだけじゃなくて実際呟かれた。そんなに声音までぶるぶる震えなくてもいいんじゃないだろうか早く行きますすみません。

 一番緊張する場所を抜ければ少し落ち着く。階段を上りつつ、後ろを振り向く。まだ壁と同化していた二人が跳ねあがる。


「あの……私、六花です」


 この道がエーデルさん達の部屋に繋がっているのなら、これから何度も顔を合わせるかも知れない。彼らがここの担当だとすれば尚更だ。何かと顔を合わせる機会のある相手に訳も分からず脅えられるのは御免だし、挨拶は大事だ。


「これからよろしくお願いしますみませんでしたぁああ!」


 ぺこりと下げた頭を上げれば、二人の顔は今にも倒れそうな土気色をしていた。顔を覚えてもらうより、挨拶より大切なことがこの世にはある。


 今すぐこの場を立ち去ることだ。


 意味は分からずとも土気色の元凶である私は、全速力でその場を走り去った。





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