闇の精霊
ヴィリジアの飛行能力で精霊の森の上空を飛びぬける。
その向こうには、黒い煙が空高く立ちのぼっており、そこがまさしく精霊村フォルセイアだということが分かった。
「あれは・・・!」
そこの瓦礫の影に見える二つの影。片方は浮遊し、片方は倒れている。
「フォルネア様!」
ヴィリジアが咄嗟に叫び、飛行速度を上げた。
そして、滅びたフォルセイアの地面へと足を下ろす。
「すまない、油断していたよ・・・。」
フォルネアは地面に這いつくばったまま苦しそうな声を出す。
どうやら相当なダメージを受けていたようだ。
「チッ、運がよかったな。まぁいい、気が変わった。こいつらから先に始末することにしようか・・・ククッ。」
闇の精霊オスクリタが冷酷に笑い、二人を睨む。
その鋭い視線に彼らは思わず身構える。
「そうはさせるものか・・・っ!」
フォルネアがそう言うと共に、光がオスクリタを包み込んだ。
「貴様・・・まだこんな力を・・・!!」
光が止むと同時に、オスクリタがフォルネアに近づき言う。
「これ以上君の好きにさせるものか・・・!!」
「しぶとい奴め!やはり貴様を先に始末しておくべきだったか!」
彼はそう吐き捨てると、掌に拳大の魔力の塊を生み出し、フォルネアにぶつける。
初級闇魔法、フォンセだ。
その魔力の弾はフォルネアにぶつかると、彼を包み込むように闇の魔力を解き放つ。
「ぐっ・・・!」
闇属性の魔力の塊が彼の身体を蝕む。いくら生命力が魔力であるからといって、異属性であれば既にそれは毒である。
それで限界が来たのか、フォルネアは気を失ってしまった。
「フォルネア様ぁーっ!!」
か弱い息遣いだけをし、ひとつも動かないフォルネアに二人は駆け寄ったが、背後から冷酷な言葉が聞こえる。
「無駄だ、私の前では精霊神もたかがこんなもの!不覚を食らったがこの程度、せいぜいかすり傷程度!」
「・・・お前だな。」
ヴィリジアが俯きながら立ち上がり言う。
「お前が狩人を唆して僕を殺させようとしたんだね?」
彼はどうやら村の前に現れたあの集団を思い出しているようだ。
「ククッ、やはり、気づいていたか。当然、私の仕業だ。いつも追われている貴様なら多少人員を増やそうが気づかれまいと思っていたのだが・・・。」
「目的が明らかに違いすぎるよ!いつもは僕の角や翼目当てだけど、あいつらは確実に殺しに来てた!お前の仕業だってすぐに分かるよ!」
ヴィリジアがオスクリタに言い放つと、彼は嘲笑うように高笑いをする。
「はははっ!さすがあのころに私を封印する手助けをしただけはあるな、私のすることはお見通し、ってところか。」
「当たり前だ!」
ヴィリジアが叫ぶ。すると、今まで話に混じれずにいたユーリルがオスクリタの前に出る。
「俺が完全に蚊帳の外だったみてぇだが、この村の人間として一つ言わせて貰うぜ!」
「ほぅ、人間ふぜいが私に歯向かうだと?面白い、言ってみせよ!」
オスクリタが舐めた様にユーリルを煽る。しかし、彼はそれにも動じず、冷静を保ちながら言い放った。
「俺は魔法も使えねぇ、ただの剣士の端くれみてぇな奴だが、仲間を傷つけられて黙ってるような男じゃねぇんでな。」
その言葉にヴィリジアははっとなる。初めて、人間に仲間だと言われたのだ。
構わずユーリルは続けた。
「それに、ずっと思い出そうとしてたんだがな、今やっと思い出したぜ。ヴィリジアの苗字の『ラックハート』ってのは『守護者』って意味だ。いずれお前がこの世界を再び支配したとしよう。あいつは確実に邪魔者になる。そう考えるのは容易なことだろう?」
この世界の苗字には、何かしらの意味を持ってつけられたものがある。
そう、ヴィリジアの苗字である『ラックハート』がいい例だ。
その昔、世界の種子と呼ばれ、大切にされてきた街を守護するために、その一族に付けられた総称がラックハートだという。そして、彼はその一族の末裔なのだ、ということを苗字が示している。
「フン、人間にしては察しがいいじゃねぇか、その通りだ。守護者と呼ばれる一族の、その中でも一番脅威なのがそいつさ。だからこそ、もっと早く始末しておくべきだったのだが・・・運のいい奴め。」
オスクリタが見下すかのように、吐き捨てるかのように言った。
「この一連の事柄に俺は直接関係ねぇが、村を滅ぼされちゃ、さすがに黙ってはいられねぇんでな!」
ユーリルがそう叫ぶと同時に、彼は不意打ちをしかけようとしたのだろう。
地面を蹴り、オスクリタに急接近する。
だが、彼が腕を振り下ろし、地面に叩き付けられる。
「この私に不意打ちか。少しは考えるじゃないか。」
「く・・・っ!」
片膝を付きながら、ユーリルは立ち上がる。
ふと見渡すと、ヴィリジアの姿がない。
「やぁぁぁぁっ!!」
空中で魔法を詠唱していたのだ。
完全にユーリルに気を取られていたオスクリタは、回避も迎撃もできず、ヴィリジアの放った土魔法の塊が直撃する。
「な・・・!?」
「守護者の名にかけて、お前は僕がここで終わらせてやる!」
ヴィリジアは、両手の甲に装備した鉄爪の刃を生やし、上空からオスクリタに突撃した。
「真正面から突っ込もうとは、愚かだな!」
「こっちを忘れんじゃねえ!」
オスクリタがヴィリジアを払いのけようと腕を振るおうとしたとき、体勢を立て直したユーリルが彼に斬りかかる。
「ちっ、完全にこちらが不利だな・・・まあよい。」
オスクリタが不敵な笑みを浮かべると、何かを呟く。すると、彼の背後に巨大な魔力の翼が生成された。
「ちょっとは私を楽しませてもらいたいものだねぇ!!」
彼の瞳が怪しく輝き、辺りが闇の魔力に包まれる。
そして、オスクリタは自らが持つ力のすべてを解き放つ―