謎の力
村から離れているため、叫んでも声は届かない。
唯一身体を起こすことができたヴィリジアがユーリルを揺さぶるも、荒い息遣いのまま彼はひとつも動かない。
「無駄だぜ、小僧。この電撃罠は半獣族を弱らせるためにあるんだ、人間が受けて平気なわけがねぇぜ。」
狩人の男のその言葉を聞くなりヴィリジアは、苦しそうに荒い息遣いをするユーリルを肩に担いで立ち上がる。どうやら、この手の罠には慣れてるらしい。
「ここは一旦引くしかないか・・・!」
身に着けたペンダントの宝石を押し込もうとしたとき。
「面白ぇじゃねぇか・・・。」
真横で声がする。ユーリルが目を覚ましたのだ。
「なっ・・・!?」
「ユーリル・・・!」
彼は地面に足をつけるが、それはまだどこか安定しないようにも見える。
剣を杖代わりにして、ようやく真っ直ぐに立てるようになる。
今の電撃を受け、身体に相当ダメージを受けているはずである。だが、彼は今
そのダメージを感じさせないまでに堂々と立っている。
「生憎俺はその辺の人間よりも丈夫なんでね・・・今の電撃程度じゃ俺の意識は絶てねぇぜ・・・?」
そう、彼はあの時から既に意識はあったのだ。
だが、電撃によるダメージは少なからずともあったようで、受けた直後は麻痺して口も聞けない状態だったようだ。
「俺にここまで傷を負わせたのはお前らが初めてだぜ・・・俺に喧嘩を売ったこと、後悔するんじゃねぇぞ!」
ユーリルは群がる狩人たちに言うと、狩人たちは嘲った。
「お前一人で俺たちとやろうってか?はっ!無謀にも程があるぜ!やれお前ら!」
リーダーと思しき男が叫ぶと、その部下であろう男たちが一斉にユーリルを射ろうと弓を構える。
「はぁぁぁぁっ!」
杖として地面に刺していた剣を抜き、逆手に構えて彼らに突撃する。
真正面から突撃すれば集中砲火は免れない。
「ユーリル!」
ヴィリジアが叫ぶも、一斉に矢が放たれ、ユーリルを狙って一直線に飛んでいく。
そのまま矢は彼を貫く。かと思われたのだが。
「な・・・っ!?」
声を上げたのは他でもない、あのリーダー格の男だ。
放たれた矢はユーリルに触れる直前、何かの力で縦に割れその場に落下する。
ヴィリジアは当然、何もしていない。ただ、目の前で起きた出来事に心当たりがあるようだ。
「あの力・・・まさか・・・まさかとは思うけど・・・。」
彼は俯いて何かを呟いている。
狩人の男たちは、何が起きたのか理解できぬまま、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「俺の身はどうなろうと勝手だが、仲間を傷つけられて黙ってる性分じゃねぇんでな!」
そう叫び、ユーリルは空間を切り裂いた。そう、空間をだ。
ユーリルが振るった剣は直接彼らには届いていなかったのだ。
だが。
その刃は紛れもなく狩人の男たちに当たっていたのだ。
急所をかわし、かつ確実に彼らの身体を切り裂く。
血飛沫が舞い、辺り一面を紅く染める。だが、命に関わるような怪我ではないらしい。
「俺を恨むのは構わんが、こいつには手を出すな。永遠にな。」
地面に倒れた男たちを今度はユーリルが見下すように言い放った。
その表情は、いつもの彼ならまずしないような、冷酷な表情で。
「ひぃっ!」
中に魔術師がいたのだろうか。男たちの傷はすっかり癒え、彼らは一目散に逃げていった。
「ユー・・・リル?」
その様子を見ていたヴィリジアが恐る恐るユーリルに声をかけた。
声に反応して彼は振り向くが、それは先ほどの面影はまったく感じられない、いつもの彼がいた。
「悪い、ちょっとやりすぎちまった。」
ヴィリジアの方を向くなり、ユーリルは苦笑する。
先ほどの冷酷さなど微塵も感じられない。
「さて、ちょっと遅れちまったが、精霊神のところに急がねぇとな!」
「・・・よし、僕に任せて!」
ヴィリジアは、先ほどと今のユーリルの変わり様に戸惑ったが、彼の言葉で我に返った。そして、ヴィリジアは自らの翼を魔力で巨大化させ、ユーリルをつかんで羽ばたいた。
ユーリルをしっかりと抱えながら、ヴィリジアは考え事をする。
そういえば、人間の中でごく稀に、精霊族は目視できても魔力を使うことができない人間が生まれると言う。
まさか、彼がそうなのか?
だとしたら、僕なんかより、彼の方が危機に晒される可能性があるのに。
同胞ですら殺し合いが起きるこの世界で、彼が本当にそうだとすれば、真っ先に研究者に狙われる。
ヴィリジアは考える。
「呼び名・・・なんだったかな・・・?」
「どうした?」
呟きが聞こえたのか、ユーリルに声をかけられ、落としそうになる。
「うわぁっ!?なんだ、ユーリルか・・・。」
「考え事か?」
ヴィリジアは無言で頷くも、すぐに彼はこう言った。
「でも、たいしたことじゃないから、大丈夫だよ。」
「そっか、じゃあ急がねぇとな!」
「ああ。」
二人はそれ以降、会話はしなかった。
ヴィリジアが考え事をしていることを気にかけて、ユーリルが話しかけなかったのだ。
・・・しかし。
呼び名が思い出せない。
膨大な魔力を持っているが、自分で操ることができない人間。
ユーリルは当然、自分の正体なんて知らない。むしろ、知られてしまえば
彼はこの世界に生きることはできないのだ。
・・・そうだ、思い出した。
膨大な魔力を持っていても、それに気づけず、操ることもできない人間。
この世界で、神の従者と言う意味を示す・・・ソプデナンセ。
彼に精霊族が見えることはフォルネアから聞いていた。
だからこそ、ヴィリジアは確信した。
ユーリル・ラウニーマ、彼こそがあのソプデナンセなのだと。