半獣族の村カマルス
またあの道を行かねばならないのかと思ったのだが、どうやらそんな苦労はしなくていいようだ。
フォルネアが見につけている赤いペンダントには不思議な力があるようで、はめ込まれた赤い宝石を押し込むと光と共に自分と自分に触れているものを瞬時に半獣族の村に転送する装置になっている。どうやら、自分の身を案じた彼の妹が作り、彼に見に着けさせたようだ。
「さて、着いたよ。ここが僕たち半獣族が住む村、カマルスさ。」
雰囲気としては、パイルンよりもさらに自然が多いように見える。精霊族は見る限りではいない。その代わり、小鳥や小動物が多く生息している。
「ヴィリジアー!おかえりだにゃんー!」
村に入るなり、猫の姿をした半獣族が尻尾を振りながらこちらに駆け寄ってきた。背丈は彼の腰にも及ばないが、過ごしてきた年齢は大体ユーリルと同じか少し上程度だろう。
「ノワール!元気にしてたかい?」
「ノワールは全然大丈夫だにゃん!それよりもヴィリジア、ニンゲンなんかつれてきて、珍しいにゃん。」
あんなに人間を毛嫌いしているヴィリジアが、人間であるユーリルを連れてくるのだ。驚かれるのは無理もない。
「彼はユーリル。彼は僕を襲ったりなんかしないし、彼と僕はもう仲間だよ。」
ヴィリジアがノワールという半獣族の少女に笑みを浮かべて説明すると、
彼女は尻尾をさらに嬉しそうに振り、ウサギのようにぴょこぴょこと飛び跳ねた。
「ヴィリジアの口からそんな言葉が聞けるとは思わなかったにゃーん!やっぱりヴィリジアはノワールの自慢の家族、自慢の兄様だにゃん!」
「わぁっ!」
その言葉と共にノワールがヴィリジアに抱きついた。
「・・・兄様?」
「あぁ。よく間違われるんだけど、僕とノワールは兄妹なんだ。」
この二人が兄妹?
ヴィリジアに抱きついたまま離れないノワールと、まんざらでもなさそうなヴィリジア。
「半獣族は、両親の特徴なんて関係ないんだ。たとえ両親が犬とウサギだったとしても、子供が猫だったり、僕みたいに突然変異で半竜族になったりもする。僕らの間では当たり前のことなのさ。」
驚いたことに、半獣族では、人間のように親の特徴を受け継ぐようなことはしないらしい。平均して皆同じ身体能力を持ち、半竜族のみ飛びぬけた知能と身体能力、加えて魔力を持つと言うことだけだ。
「やっぱり、人間と半獣族じゃ概念が違うんだな。人間は親の特徴をしっかり受け継ぐし、親が戦闘能力を持たないと戦うことすらままならない非力だし、魔力を持たなければ精霊族を目視することもできねぇ。俺は今の両親のもとに生まれてきてよかったと思ってるぜ。」
ま、俺に魔力はこれっぽっちもねぇけどな!とユーリルは笑う。
が、それを見てヴィリジアは不思議に思う。
そう、何故彼に精霊族が見えるのに、魔力はないのかと言うことに。
「ねぇ、ユーリル。本当に魔法は使えないの?」
「あぁ、これっぽっちもダメだぜ。」
そう言って、ユーリルは母親が使いこなす初級魔法を唱えようとしてみた。
ほとんど、見様見真似なのだが。
だが、どこからも魔力の波動は感じられず、魔法が発動することもなかった。
「・・・これで信用してもらえたか?」
「どうやら、本当みたいだね・・・。」
未だに考えごとをしているヴィリジアに、ノワールが何かを差し出す。
「ヴィリジアが心配だから、ノワールが作った新しい武器だにゃん。今着けてるのはあ預かるから、これを着けてみるにゃん。」
彼がノワールから貰ったのは、竜の鉄爪。
竜のうろこを貼り合わせ、鉄のように硬いアイアンラットから取れる鉄毛を3本ほど組み合わせて作った頑丈な爪と呼ばれる武器だ。
「やっぱり、ノワールはヴィリジアのことが心配だにゃん。何せ、大事な家族だにゃん。」
「ありがとう、ノワール。僕は大丈夫さ。ユーリルも、あいつと戦う準備をしてきたらどうだい?」
鉄爪を装備するヴィリジアに言われ、ユーリルも近くにあった店に寄り、装備を整えることにした。
「二人とも、聞こえるかい?」
フォルネアの声がした。
「あいつの居場所を突き止めた。どうやら、フォルセイアに戻っていたみたいだ。」
「なんだと?あいつ、わざわざ戻ってきて何のつもりだ・・・?」
ユーリルがそう呟く。すると、フォルネアの声が再び聞こえる。
「まだ僕の気配には気づいてないようだ。もう少し監視を続けるよ。」
「でもそこにあいつはいるんだろ?フォルネア様、くれぐれもお気をつけて・・・」
ヴィリジアがそう言ったとき。
フォルネアの悲鳴と共に声は途切れるように消こえなくなった。
「フォルネア様ぁーっ!?」
ヴィリジアがいくら叫んでもその声は彼には届かない。
どうやら、気づかれてしまったようだ。
「くそっ!だからヴィリジアが言ったばかりだってのに・・・!!」
ユーリルは怒りと悔しさのあまり剣を抜き、地面に突き刺す。
ヴィリジアはその場に座り込み、言葉も出ないようだ。
「こうしちゃおられねぇ。ヴィリジア!早く精霊神のいるフォルセイアに向かうぞ!」
ユーリルがヴィリジアに言い、手をとる。すると彼はそっと立ち上がり
涙を拭うようなしぐさをすると、無言でうなずいた。
「二人とも、気をつけるにゃんー!」
ノワールのそんな声を背にし、村から出るアーチをくぐる。
村からいくらか歩いたところで、彼らは揃って前かがみに倒れそのまま動けなくなった。
「ぐ・・・っ!」
「これ・・・は・・・!!」
全身に走る強烈な電撃。ヴィリジアは平気だったものの、ユーリルは耐え切れずに気絶してしまったようだ。
彼は今起こっていることに心当たりがあった。そう、
「よぉ、半竜族の小僧、また会ったな。」
「お前は・・・!!」
首だけを動かしてヴィリジアが見上げた人物、それは。
「今度こそ逃がさねぇぞ?小僧。」
彼を執拗に追いかけてくる狩人の人間であった。