大自然の街パイルン
立ちはだかる魔物たちを退け、分岐路にたどり着いたユーリル。
看板を見るに、話どおり左に進めば大自然の街、パイルンにたどり着けるようだ。
だが、道の先を見つめても、ただ地平線が広がっているだけで、建物ひとつ見えやしなかった。
「先はまだ長い、ってか。」
照りつける日差しに目を細め、額に手を当ててつぶやく。
あたりを見渡すだけでも十数匹の魔物がまわりを徘徊している。
「やれやれ、やっぱりそう簡単にはたどり着けそうにねぇな。」
鞘から剣を抜き構えを取ると、彼はあぜ道を突っ切るように走っていった。
集たかってくる魔物は撃退し、なおも彼は走り続ける。
地平線の向こうにちらりと見えた、風車のようなもの。
それは、何度も消失、出現を繰り返し、やがて消失することはなくなった。
「やっと着いたぜ!」
軽く息が乱れているものの、彼にとってどうと言うことはない。
村の入り口である巨大な門の前に立ち、そっと押す。
ギイという音と共に門がゆっくりと開き、その間を通り抜けるようにユーリルは村に入った。
そして、門が閉じた。
「確かに・・・街というか村だな。」
あたり一面に広がる木々や草花に、そう言わざるを得ないほどだった。
だが、それがここに精霊族が多い理由なのだろう。
そう、彼は精霊使いである母のおかげで精霊族を目視できるようになったのだ。
魔力はないものの、ある程度の階級の精霊族なら、不自由なく見ることができる。
上空にふわふわと漂うさまざまな属性をつかさどる精霊族。
風が多いようで、緑の羽衣の精霊族があちこちにいた。
あとは電気、光、水くらいだろうか。羽があるものもちらほらと空中を浮遊している。
「あら、ユーリルじゃない。」
「フェリオナ!こんなところにいたのか!」
つい大声を出してしまい、周囲の人々に振り向かれる。それもそうだ、大多数の人たちには彼女が見えていない。
何せ、精霊族なのだ。彼は声を小さめにし、フェリオナを手のひらに乗せて言った。
「少し、聞きたいことがあるんだ。」
「うっふふ、分かってるわよ。フォルネアのことでしょう?」
フォルネア。この世界を統べる精霊神の名前だ。
そして、フォルセイアを拠点とし守護していた風の精霊族なのだ。
「フォルセイアを守りきれなくて、とても落ち込んでいると思うの。きっと、またいつもの場所にいると思うわ。あなたなら分かるわよね?ふふっ。」
フェリオナにそう言われて、少し考える。
いつもの場所って、どこだったっけ?
「フェリオナ嬢、そういじわるなことを仰らずに。ちゃんと説明してやらないといけませんよ。」
「もー、ロクスウェルったらいつもそんな堅苦しいこと言うわよね。わかってるわよ。」
横からまたふわふわと飛んできた真っ白な外見の精霊族は、光の精霊族、ロクスウェル。
かなり上位の精霊族のはずなのだが、ユーリルにはなぜか目視できる。
「ユーリル殿、彼女の仰る"いつもの場所"とは、港町ペルセトゥナからまっすぐ南に進んだ、精霊の塔のことでございます。普段は立ち入りを禁じられているのですが、私わたくしが特別に許可いたしましょう。」
「ありがとう、助かるぜ、ロクスウェル。」
それにしても謎だよな、とユーリルは続ける。
「何故でしょうか?」
「お前、その印を見るに、かなり上位の精霊族なんだろ?何で俺みたいな魔力をほとんど持たない人間がお前を目視できてるんだ?」
「この印でございますか?」
ユーリルが会話の中で出した印。ロクスウェルがその右手の甲に刻まれた光を表す印を見せる。
その印は、白く淡く輝き、まるで脈動のように点滅を繰り返している。
「それだ。上位の精霊族にしか刻まれてないって話だが、何故俺はお前を目視できるんだ?印持ちの精霊族はお前しか目視できねぇぜ?」
「それは・・・。」
ユーリルの言葉に、声をつまらせたが、すぐに笑みをつくり彼に言った。
「何かの偶然、でしょうか。」
ロクスウェルに笑って誤魔化された気分になったが、彼に悪気はないようだ。
ユーリルも笑みで返し、話題を戻す。
「で、精霊神は精霊の塔にいるって話だな?」
「ええ。いつも何かあると頂上で水平線を見つめてるわ。」
フェリオナが彼に言うと、無言でうなずく。
「分かった、じゃ、準備してすぐに出発するか。」
ユーリルがそう言おうとしたとき、ちょうど木々の隙間から日が落ちるのが見えた。
それを見るや、ロクスウェルが彼に言った。
「今日はもう、休まれたほうがいいかもしれませんね。」
「そうだな、夜の魔物はより凶暴な上、昼間は温和なあの金属竜ですら夜になると豹変して冒険者に襲い掛かるらしいからな。」
彼はそう返すと、二人の精霊族に宿屋へと案内してもらった。
と、前に電気のごとく光り輝く・・・いや、電気か。
電気属性の精霊族、ラミエルが三人の前に現れた。
「ユーリルにフェリオナにロクスウェルじゃーん!って言うか、ユーリルいつの間にいたのさー!」
「ちょっと前だ。そうか、お前もここにいたんだな。」
ラミエルの飛びぬけて明るい口調には、少々疲れる。
電気だからこそ明るいのか、明るいから電気属性なのか。いや、前者だな。
なんてことをよく考えさせられる。
「これから宿屋に行くんだね、じゃああたしも連れてってよ!」
「ラミリア嬢はここで待ってて頂けないでしょうか?」
ロクスウェルがラミエルに言う。
すると彼女は不機嫌そうに頬を膨らませて言った。
「またそれー?あたしもついて行きたいー!!」
「あんたはことあるごとに何かやらかすからついて来ないで欲しいって言ってるの!」
フェリオナがずばっと言い放つと、ラミリアはしょんぼりとした様子で、「はぁ~い・・・」
と言い、そのままどこかへと行ってしまった。
「・・・さすがに、言い過ぎなんじゃないか?」
「あの子はあれくらい言わないと聞かないから。」
心配したユーリルがフェリオナに尋ねるが、彼女はかなりきつく言わないと一切意見を変えようとしないらしい。
「それはそれで厄介だな・・・。」
そうつぶやいてユーリルはため息をつく。
その間に、宿屋にはついたらしい。
「ここがよろず屋と宿屋を兼営してる建物よ。今日はここで休んでね。」
「ありがとな、フェリオナ、ロクスウェルも。」
「いえいえ、精霊神様のもとに行かれるのですから、これくらいのことは当然です。」
彼は二人に礼を言うと、建物の中へと入っていった。
「・・・本当に、言わなくてよかったの?」
「まだ、知るべき時では、ありませんから。」
フェリオナの問いに対してロクスウェルは、右手の甲に光り輝く印を見て、そう言った。