青年ユーリル
「何だって?」
席に一人で座っていたサーモンピンクの髪色をした青年が立ち上がり、話をしていたある二人組に近寄っていく。
「おい、その話は本当か!?」
「精霊の森の上位精霊族が言ってたらしいから、間違いないと思うぞ。」
ちょっと痩せ型の背の高い男が言うなり、青年は呆然と立ち尽くす。
と、彼を見るなり、もう一人が声を上げた。
「あ、あんたまさか、そのフォルセイアから来たって言う剣士じゃ・・・」
「そのまさかだよ。」
もう一人の、いかにも平凡な体つきの男の言葉を肯定し、
視線を上に逸らしながら天井を仰ぐ青年。
彼がフォルセイアからこの港町ペルセトゥナへとやってきた剣士、ユーリルである。
「村人は全員無事みたいだが、村は跡形もなく焼き払われてたんだと、あの村を守護してた精霊神はさぞ落ち込んでいるんだろうな。」
二人組のうちの痩せ型の男が言うと、ユーリルは未だに天井を仰ぎながらも、拳を強く握り締めた。
「・・・探す。」
「・・・何だって?」
「俺の故郷をあんなにした奴を探す。探し出して、同じ目に遭わせてやる!」
あさっての方向をにらみつけながら彼は強調するように言った。
「あんた、ひとついいか?」
「何だよ?」
「まさかとは思うが、今のあんたの実力でそいつに勝てると思ってるのか?」
男の言葉に、ユーリルは感情を爆発させる。
「なっ、どういうことだ!」
「あの精霊神ですら負けたんだ、今のお前には到底勝ち目なんてないと思う、って言いたいだけだ。」
カウンターに置かれた酒を口にしながら男は冷静に答える。
その言葉を聞き、ユーリルも我に返った。
そう、精霊神ですらあの村を守りきれていないのだ。
彼一人では、まず勝ちが見えない。
それどころか、挑んだところで命はないだろう。
「この街を出て道なりに進み、分岐路を左に行けば自然に囲まれたパイルンという街がある。そこでまず情報を集めるといいさ。」
「街って言うには、ちょっと田舎っぽすぎるがな。」
「わかった、礼を言う。」
二人組が言うと、ユーリルはカウンターに硬貨を置き、マスターに言った。
「マスター、今日もありがとな!」
「あいよー、また来てくれ。」
軽くそんな言葉を交わし、彼は酒場をあとにした。
ペルセトゥナは、港町というだけあって人やものがよく行き交っている。
港には定期船が停泊しており、そこからたくさんの人々や荷物が降りてくる。
定期船をはさんだ向こうには、果てしない水平線が続いていた。
そう、どこまでも続きそうな、空と海との境目。
「・・・さて。」
そんな光景にくるりと背を向け、ユーリルは街の玄関門を見つめる。
「ここから出れば、もう戦場だ。」
腰にぶら下げた剣の鞘を手に取り、傷がないことを確認する。
鞄を手に持ち替え、彼は私服の上から赤紫の鎧を身にまとうと、鞘を背中に着けなおした。
街と平原をつなぐ門からわずかに青銅竜の姿が見える。
そう、この世界で安全な場所は、街や村などの集落しかないのだ。
「・・・よし、行くか!」
彼はそう言うと、門へと走り出した。
街の門をそっと開けると、目の前に広がる一面の草原。
空には先ほど見た青銅竜の他にもレッドジェル、マンドラメイジ、サクラマイマイなど、たくさんの魔物が徘徊していた。
青銅竜や鋼鉄竜といった金属竜という分類の魔物は、基本的に温和な性格で、こちらから仕掛けなければ襲われる心配はないのだが、マンドラメイジやレッドジェル等は別だ。人間の姿を見つけるなり、飛び掛ってくる。
「へっ!たかがスライムの分際でこの俺に立ち向かうなんて勇敢な奴だぜ!」
襲い掛かってくるレッドジェルを見て彼は言い、直後、真っ二つにされたそれが光となって消えるのが見えた。
「こりゃ、ちと時間かかっちまうな。」
そう言いながら彼は剣先に残った赤いジェルを指ですくい取ると、剣を鞘にしまい、鞄から取り出したビンにそれを落とした。
「これ、案外使えるんだよな。パイルンに錬金術師でもいるといいんだが。」
錬金術師。人間が持つ能力の中で、ある二つ以上のものを用いて新たな別のものを生み出す錬金術を自由自在に操ることができる能力を持った人のことだ。
「港の管理人から空きビンもらってて正解だったぜ。」
ユーリルはビンの蓋を閉め、鞄にしまった。
その最中、前から風の魔力を宿した塊が飛んでくるのが見えた。
「くっ!」
咄嗟に左腕に身につけた盾で防ぐが、少し反応が遅かったらしく、完全に防ぎきることはできなかった。
鋭い風が彼の右頬を軽く切り裂く。幸いなことにかすり傷程度で済んだが、直撃していれば傷はもう少し深かったであろう。
「やってくれるじゃねぇか、俺が魔法使えないってことをいいことにお前はひたすら魔法撃ってくるんだからなぁ!」
にやりと笑みを浮かべ、地面を強く蹴るように距離をつめる。
瞬く間にマンドラメイジの目の前へと飛び込み、そのまま剣を抜いて一刀両断する。
そして、跡形もなく光として消え去ったのを確認すると、再び剣を鞘にしまう。
「ったく、油断したぜ。」
傷を受けた右頬を左手で軽く払い、彼は呟く。
だが、ここで立ち止まっていてはいつまでもパイルンにはたどり着けない。
そう考えたユーリルは、パイルンに向けて走り出した。
妨害する魔物はすべて撃退し、いち早く自分の故郷を壊滅させた張本人を探し出すために、彼は平原を駆け抜ける。