救出/暴走
静寂に響き渡る機械と水泡の音。
研究施設。そこにあるのは、蛍光色の溶液の入った機械。
同じ機械がずらりと壁際に並んでいて、その一つ一つに誰かが一人ずついた。
その多くが半竜族で、ときたま別の種族が混じっているようだ。
「被検体ナンバー008、異常ありません。」
そんな言葉がただ飛び交うだけの、感情のない空間。
彼も、当然その中の一つにいる。
(ここは・・・?)
自分に装着された機械のせいで、体を動かすことはできない。
頭部や顔、手足のさまざまな場所にコードのようなものが着けられている。
(そうか、俺は・・・いや、俺とあいつは奴らに・・・)
青年はそこまで考えたところで、意識を落とした。
「だいたい、こんな非人道的な被検体の確保の仕方をして、よく政府に処罰されないわ!」
「姉ちゃん落ち着けって!」
「ちょっと二人とも、黙っててください!」
無事に目を覚ましたリリーとアルスに話をし、4人は今、アモーレが一番怪しいと目を付けた研究施設へと向かっている。
この大陸でもっとも大規模な研究施設。
あの二人を収容できるスペースがあるのはそこしかないと、彼女は思ったのだった。
「ここからその施設に行くには、どれくらいかかりますか?」
「えっと・・・少なくとも1時間半はかかりそうね・・・」
アモーレが腕時計を見て呟く。するとアウルスは、全身に力をため、自らの持つ魔力の一部を解き放った。
「ニンブライト!」
彼女のその言葉と同時に、全員の身体が軽くなったように感じる。
「これは・・・」
「少しの間だけですが、これで少しは時間短縮できるかと思います!」
「よーし、さぁ皆、あの二人を奴らから取り返すわよ!」
リリーのその言葉で4人の士気は高まり、一斉に向かっている研究施設へと駆けだした。
鳴り響く警報音。施設内の研究員たちは慌てふためく。
その耳障りな警報音で、青年は再び目を覚ます。
(ん・・・何だ・・・?)
溶液の中にいるせいで、あまり外の様子は聞き取れないが、精神を研ぎ澄ませ、外で何が起きているかを聞き取るために全てを注いだ。
「被検体ナンバー025、鎮静剤の効果なしです!」
「くそっ!どうすれば・・・!」
どうやら、被検体の誰かが暴走しようとしているようだ。
ふと、全身に悪寒がする。
(いや・・・そんなはずは・・・)
直後。
ガラスが割れる音と、何かが破壊されるような轟音が響いた。
どうやら装置が壊されたようで、不具合で一瞬意識が飛びそうになる。
しかしそのおかげでコードが外れ、身体が動かせるようになった。
だが、顔の機械だけは、外すわけにはいかなかった。
何せ今自分は溶液の中にいる。外してしまえば呼吸ができなくなるだけだ。
「何が起きたのか知りたいところだが・・・うかつに動けないな・・・」
ふと、目の前を竜が横切った。どうやら、先ほど暴れだしたのはこいつらしい。
半竜族を竜化させようとしたのだろう。まだ面影がわずかに残っている。
だが。
「な・・・っ!?」
彼はその顔を見るなり、顔を青ざめた。
前方にうっすらと施設が見えてきた。だが、何か様子がおかしい。
「まさか・・・手遅れだったと言うの・・・?」
施設から研究員であろう人々が逃げ出し、内部から白煙が上がっている。
切羽詰った様子のアモーレにアウルスが尋ねた。
「どうしたんですか?」
「被検体の一人が・・・暴れているみたい・・・」
4人は悪寒がした。ヴィリジアは他の半竜族とは違い、かなりの行動力がある。そのせいで、今までに狩人に撃たれた毒薬の針は普通なら死んでいるレベルである。鎮静剤が効かなくてもおかしくはない。
そう考えたアモーレが下した判断は、突撃をかけるということだった。
「・・・皆が危ないわ!突撃するわよ、準備はいいかしら?」
アモーレが3人に尋ねたが、返答は3人とも同じ。
「はい、大丈夫です!」
「バッチリオッケー、って感じね!」
「あぁ、万端だぜ!」
「じゃあ、突撃するわよ!」
施設内は荒らされ、管理の類の機械はすべて壊されていた。
遠くで声と音がする。ふと、壁際に並んだカプセルの中で、二つほど、ガラスが割られているものがあった。
一つはこの騒動を起こしたものだとしても、もう一方は・・・?
そうして考えを巡らせるうち、並んだカプセルを全て見回っていたアルスが慌てた様子でアモーレの元にやってきた。
「やばいぜ・・・アモーレ・・・」
「アルス?何がやばいの?」
「あの二人・・・ここにいなかった!」
その言葉でアモーレは確信し、俯いた。
「・・・どうやら、一番起きてほしくないことが起こってしまったようね・・・。」
「どういう意味?」
破壊された機械から上がる白煙のせいで、視界が遮られる。
あのとき、咄嗟に機械を破壊して出てきたはいいものの。
「くそ・・・奴らが隠した俺の剣さえ見つかれば・・・!」
前方に気を配りながらも、他の部屋がないかと物色するユーリル。
だが、ちょっと目を離すと前方から竜化した半竜族に飛び掛られる。
「がっは・・・!」
そのまま壁に叩き付けられ、思わずむせてしまった。
「くそ・・・っ!やりづら過ぎるだろうがよ・・・!」
白煙の向こうから現れたのは、もう既に理性を失い、破壊の本能に囚われてしまったかつての仲間。
命をかけてまで自分を探そうとしてくれた、ヴィリジア・ラックハート。
「お前・・・本当に俺がわからないのかよ・・・?」
壁際に追いやられ、じりじりと距離は詰められていく。彼の言葉など、届いていない様子で。
目の前に立ちふさがる彼は、低い唸り声を上げ、長く鋭い爪を構え、ただ前にいる無防備なユーリルだけを狙っていた。
「はは・・・。俺もここまで、って所か。」
彼は諦めたようにそのまま目を瞑り、竜化してしまったヴィリジアの爪にただ切り裂かれるのを待った。
ふと、頬に何か暖かいものが飛んだ。と、同時に前方から少女の声がする。
彼は恐る恐る目を開けると。そこにいたのは、額に小さな角を生やしている。
そう・・・アウルスだった。