失われたはずの記憶
アモーレの放った氷塊は、青年の後頭部めがけて一直線に飛んでいった。
彼はその氷塊に気づいておらず、そのまま直撃した、ように見えた。
「火の精霊、我に力を。フィアンマ!」
突然そう叫んで振り返り、氷塊めがけて火炎弾を放つ。
氷塊は溶けて蒸発し、火炎弾も消えて無くなった。
その衝撃で辺りには砂煙が立ちこめ、周りの人々がざわつき始める。
「・・・何のつもりだ?」
「それはこっちの台詞よ。どうして私の名前を知っていたのかしら?」
メーベルとアモーレが互いに身構えつつ対話を続けた。
「・・・わかんねぇんだ。」
「・・・はい?」
メーベルはアモーレに呟くように答える。
「自分でも、何でお前の名前を知っていたのか、わかんねぇんだ。」
「どういうことかしら・・・?」
彼が俯いて言った。アモーレはその様子を見て、彼の事情を探ろうとする。
メーベルは、そんな彼女に近づき、囁くように伝えた。
「俺・・・これまでの記憶がねぇんだ。」
「・・・なんですって?」
彼女は驚きのあまり、手に持っている杖を落としてしまう。
そんな様子のアモーレにメーベルは話を続ける。
「お前の顔を見た時、今まで知らなかったのにどういうわけか、お前のことを前から知ってたように、ふっとお前の名前が出てきたんだ。」
二人が話していると、さっきまで呆然と二人を見ていたリリーとアルスが駆け寄り、声をかけてきた。
「え、えっと・・・二人は知り合いなの?」
「俺は覚えてねぇけど、そうだったみたいだな。」
「私はあなたの名前を聞いていないのだけれど、あなたと私は知り合いになるわね。」
アモーレが推測する。彼女の言葉にアルスがうなずき、こう返す。
「そうなんだ。オレたちと出会ったときにはもう、自分の名前すら思い出せなくて。だから名前を思い出すまでオレが付けた『メーベル』って呼ぶことにしたんだ!」
「メーベル、ね。いい名前じゃない。」
「へへ、ありがとな!」
仲よさそうに会話をするアモーレとアルス。
その様子を遮るようにリリーが尋ねた。
「彼について、他に何か知りませんか?」
「残念だけど、さっき言った通りよ。私は彼の名前を知らないし、まともに話したこともなかったわ。名前とこの姿だけは、誰かが彼に紹介したのでしょうね。私、これから依頼されたことを遂行しにいかなきゃ。じゃあね。」
アモーレはそう言い、この場を去った。
リリーとアルスは手がかりがつかめず、肩を落とす。
「まだ、落ち込むほどじゃないだろう?俺も思い出そうと努力する。だから、もう少しここで探してみようぜ。」
メーベルが二人の肩に手を置き、慰めるように撫でる。
おかげでリリーが元気付けられたようで、高く飛び上がり言った。
「よぉーっし!そうだね!まだ打つ手なしって訳じゃないんだし、もうちょっと探してみよう!」
その頃、アウルスはすっかりヴィリジアと打ち解け、彼も傷を完治させていた。
テーブルの前に向き合って座り、話をしている。
どうやら彼は誰かを探しているようで、テーブルの上にどこからか取り出した黄金色】に輝く剣を置いた
「この剣の鞘には僕の探している仲間、大切な親友の名前が古代クレトリア語で刻まれているんだ。
僕には読めないけど、確かに僕の大切な仲間の名前が。」
ヴィリジアに指差された場所を見てみると、確かに何かが刻まれたような跡がある。
古代クレトリア語なんて彼女にも読めないのだが、この跡が確かに人名であることは間違いないようだ。
「上級魔法を2発も受けて無事なわけないと思うけど、だとしてもせめてこの剣をあるべき場所に置いてあげなきゃ。」
そう言ってヴィリジアは剣を手に取り立ち上がる。鞘はなく、この剣だけを持っているようで彼はずっと持ち主を探していたようだ。
「ここに長居するわけにもいかないし、僕はそろそろ行かせてもらうよ。」
「待って!」
行ってしまいそうになるヴィリジアの手をつかみ、アウルスは引き止める。
急に手を掴まれ後ろに倒れそうになるヴィリジア。
「あなたが一人で行くのは、危なすぎるよ。」
「奴らに狙われるのはもう慣れっこだから、平気だよ。」
「そういうことじゃない・・・」
彼の手を握ったまま、アウルスは涙声で言う。
「あなたが一人で行って、その剣を持ち主に返せないまま死んでしまったら、意味がないもん・・・。」
「・・・でも」
「私もついて行く。あなたが無事にそれを持ち主に渡せるように、私があなたを守る。」
アウルスが強い意志を見せたが、ヴィリジアは最も重要なことに気づく。
「でも君には、お父さんが」
「行ってきなさい。」
背後から突然聞こえた声に二人は振り向いた。そこにはアウルスの父が立っており、彼はアウルスに何かを差し出した。
「母さんの形見の槍だよ。持ってお行き。」
「父さん・・・!」
父はアウルスに笑顔を見せて、こう言った。
「誰かを守る騎士になりたいと、母はよく言っていたよ。アウルス、母の気持ちを受け継ぎ、彼を命がけで守り抜くんだ。」
「父さん・・・!」
そして、二人は旅立った。
アウルスは魔力を集中させて浮遊し、ヴィリジアは翼を羽ばたかせて飛行した。
「ここからちょっと遠いけど、まずはコニリオスでも行ってみようか!そこなら狩人に襲われることもないし、人もたくさんいるからね!」
アウルスの提案にヴィリジアは賛成したが、長時間の飛行は狩人に目を付けられやすい。
ヴィリジアがそう思っていると、アウルスが何か魔法を唱えようとしているのが見えた。
「ステルスバリア!」
彼女がそう叫ぶと、二人は魔力の壁に包まれる。
ヴィリジアが壁を興味深く眺めていると、アウルスが彼に説明をする。
「精神を集中させて自分が持つ魔力を精霊族を介さずに具現化させて、自分の姿を見えなくさせる魔法なの。難しいけど、慣れれば簡単よ。」
これでもう狩人に襲われることはなくなったよ!とアウルスが言うと、ヴィリジアも安心した様子で再び飛行する。
「これは、君が持つべきものだ。僕なんかに持てるようなものじゃないよ、ユーリル。」
アルスの一人称を俺→オレに変更。