精霊神の涙、そして…
剣を構え、怒りに燃える瞳でオスクリタを睨みつける。
「生意気な視線を向けるね?貴様は。」
「それはこっちの台詞だぜ、よくも俺の仲間をこんなにしやがって・・・!」
ユーリルは左手で剣をなぞるように触る。するとそこから光が起こり、たちまち剣は炎に包まれた。
「炎の大精霊よ!フィアンマ!」
まるで最初から魔法が使えたかのように、ユーリルは魔法を詠唱し、火炎の剣で上級火魔法弾を打つ。
「やぁぁぁぁっ!」
「ちっ!貴様は魔法が使えないのではなかったのか・・・!?」
オスクリタが戸惑いながらも、魔法弾を退ける。
しかしユーリルはその言葉に一切動じず、絶えず魔法を放ち続ける。
「さぁね!どうだったかな!」
まるで彼は今までの彼ではないように、そう叫んだ。
そして、掌に白い光を浮かばせ、投げつけるように飛ばす。
「ちっ!闇に対して光、ってか?面白いじゃねぇか!」
光の弾に直撃し体勢を少し崩したものの、すぐに立て直し掌に闇の魔力を収束させた。
そして、ユーリルにこう言い放つ。
「光が闇に強いのは当然、だが、その逆も然り!」
掌に収束させた闇魔法をユーリルに目掛けて解き放った。
その魔力はユーリルにぶつかる直前に拡散し、闇の霧となって彼の身体を蝕む。
「ぐっ・・・この程度!」
辺りを包み込む闇の霧を振り払った。だが、わずかにその霧が青年の身体を切り裂く。
かすかに皮膚に血が滲み、風にさらされる。
それによって全身に走る痛みに顔を歪ませた。
だが、この程度の痛み、彼にはほぼ無意味だ。
「この位で怯んでるような俺じゃねぇ!」
剣を持ち直し、剣に火の魔力を宿してオスクリタに斬りかかる。
闇の精霊も対抗し、魔力を結晶の形に変換し剣を受ける。
「ふん、その程度の刃でこの私を傷つけられると思うなよ!」
「俺もこの程度の剣でお前をやれるとは微塵も思ってねぇよ!」
ユーリルのその言葉と同時にオスクリタの後方から風の刃が彼の左腕の法衣ごと皮膚を切り裂いた。
「まさかとは思うけど、先代の精霊神である君が僕の治癒能力を舐めてかかってたわけじゃぁないよね?」
その声にオスクリタが振り向くと、そこに見えたのは薄緑の法衣。青緑に光る髪、そして、胸元に金色の装飾に包まれた、瞳の色と同じ色に輝く宝珠。
緑の翼を持つ竜系の半獣族の少年を庇うように抱えながら、精霊神、フォルネアがそこにいた。
「貴様・・・!どこまでも私の邪魔を・・・!」
「今度こそ、君には消えてもらうからね。セルフォレスタ。」
フォルネアがオスクリタにそう告げ、何かを呟く。
すると、彼を包み込んでいた闇の魔力は消え去り、紫だと思われていた彼の法衣や髪は、
すべて緑であったのだ。そう、まるでフォルネアとそっくり、いや、瓜二つである。
「「セル・・・フォレスタ・・・?」」
フォルネアに庇われた姿のヴィリジアと、闇の精霊だった精霊族の青年の前に立つユーリルが同時に言った。
風の魔力の塊をセルフォレスタに向け、フォルネアは言い放った。
「僕は知ってるんだ。即位したばかりの兄さんは自分勝手じゃなかった、今の僕のように、全ての種族に平等に、争いが起こらないような世界を望んでたって!」
「黙れ、私にはもう何も聞こえぬ!貴様の言葉なら尚更な!」
「僕の兄さんはそんなこと言わない!」
セルフォレスタがフォルネアの言葉を一蹴するも、フォルネアはさらにその言葉を跳ね返す。
「いつもの兄さんはどこに行ってしまったんだい?僕の、あの優しかった兄さんはどこに行ってしまったのさ!」
フォルネアはなおも、セルフォレスタに話し続ける。ゆっくりと歩み寄り、さらには肩にも触れた。
「あの日、兄さんが豹変したことを真っ先に彼に話した。そうしたら、僕と二人で兄さんを封じるって言う結論が出たんだ。だから僕はあの時、兄さんを封じたんだ。」
彼の実の兄、セルフォレスタを抱き寄せる。
そして、フォルネアは初めて、他の種族に涙を見せた。
「ねぇ、返してよ・・・。」
涙ながらにか細い声で彼はそう言ったのだ。
だが、セルフォレスタはなおもきつい口調で彼を突き放す。
「ええい、鬱陶しい!寄るな!貴様の顔など2度と見たくなかったのだ!」
フォルネアを勢いよく突き飛ばすと、彼の身体は再び闇に包まれそうになる。
と、目の前でほぼ棒立ちの状態だったユーリルが身体を張ってそれを食い止めようとした。
「精霊神、こいつがあんたの実の兄ってことはよく分かった。だがな、今のこいつには何を言っても無駄だ!」
ユーリルが冷たい言葉をフォルネアに放った。
フォルネアはそれでひどく落胆したようだが、ユーリルはさらに続ける。
「神様になんてこと言うんだ、って俺でも思ってるがな、こいつはお前のことを毛嫌いしてる、いくらあんたがこいつに気持ちを寄せようともこいつは一つも受け入れやしねぇ!俺がここでこいつを抑えてる。お前ら二人は俺ごとこいつを吹っ飛ばせ!」
彼から放たれたのは、まさかの言葉だった。
そう、人間である彼ごと、セルフォレスタを吹き飛ばすなんて、そんなことをしてしまえば。
「そんなの、できるわけないだろう!」
先に叫んだのはヴィリジアだ。
仲間だと言って自分のためにずっと戦ってくれていたのに。
「俺がここから離れればこいつは力を解放して、俺たちはそれに巻き込まれる。どちらにしろ、お前たちだけでも助かったほうがいいだろうが!
「僕にそんな選択、できる訳ないだろう!その立ち位置は君より僕が請け負ったほうが」
ヴィリジアは、必死にユーリルを説得しようとした。だが。
「口答えしてんじゃねぇよ!」
と、一蹴された。
「俺の過ごしてきた人生はお前らに比べれば、誰よりも短いし、これから先の人生もお前らに比べればそう長くはねぇ。だからよ、この先の未来が長いお前らを生かした方が、いいに決まってるじゃねぇか。」
「でも・・・。」
「あと何百年も生きられるお前らが生きたほうが、俺はいいと思ってるぜ。そうだろう?精霊神。」
ユーリルの言葉に、二人は黙り込む。ユーリルに羽交い絞めにされ、なおももがいているセルフォレスタのことはお構いなしに。
環境音すら聞こえなくなるような長い沈黙の末、フォルネアは決断を下す。
「・・・ユーリル、覚悟はできてるんだね?」
「・・・ああ。」
ユーリルのその返事を聞くと、フォルネアは掌に風の魔力を収束させる。
そして彼はヴィリジアにも促すと、ヴィリジアは自らの手に土の魔力を収束させた。
「僕の魔力よ、反逆者に鉄槌を。ヴィエーチル!」
「土の精霊よ、僕に力を!スオーロ!」
二人が同時に詠唱を完了させた。二つの魔力を混合し、風と土の上級魔法がセルフォレスタ、そして、彼を羽交い絞めにしたままのユーリルに襲い掛かる。
しばらくして、魔法によって引き起こされた砂煙が収まった。
ヴィリジアとフォルネア。二人がそこで見た光景は。
跡形もなく消し飛んだ、この村の瓦礫と、木々。
そして、上級魔法2種類の混合を受けてもなお、そこにただ残されていた、
碧き宝珠が埋め込まれた、金色に輝く神秘の剣。
その柄の部分には、使い込まれたからなのか、先ほどの魔法のせいなのかは分からないが、かすれているものの、間違いなくそこには古代クレトリア文字で持ち主の名前が刻まれていた。
それから数年後。
場所は変わり、荒地にぽつりと建つ寂れた小屋。
「へぇ、珍しいヤツもいたもんだね?」
「こらこら、勝手に覗き込むんじゃないよ。」
研究室のような施設で、助手と教授のような格好をした少年少女が二人。
「いやそりゃ気になりますじゃん?だって空からでしょ?」
「そこは関係ないでしょうに。って言うか空からじゃないから。」
彼らの前には、巨大なカプセルのような機械が一台。
たくさんのコードに繋がれ、中は青緑の液体で充満している。
「冗談だって姉さん。でもさ、いきなり知らない人が家の前で倒れてて、しかもこの機械の中で眠ってるなんて、そりゃ珍しいもんだろ?」
「だからって、そんなずっと眺めてるのもだめでしょう。」
「だって気になるんだもんしょうがないじゃないか。」
しきりにその機械の中をのぞき込む少年。
照明に邪魔をされ、機械の中に何があるかはわからないが、一瞬、少女によって光が遮られた。
その時、そこに見えたのは、サーモンピンクに輝く短髪。
どうも、作者のとらふぐと申します。
とりあえずこれで、ユーリルの故郷編は完結になります。
次回は、竜人アウルス・ウェストと半竜族編、で行こうと思います。
現時点では残酷な描写はないかと思うんですが、この辺りからちょっと酷くなりそうです。なのでひとまず残酷な描写ありと付けさせていただきました。
それでは皆さん、これでひとまず一区切りです。お疲れ様でした。