796食目 真なる約束の日
「終わった……の?」
リンダは、ようやく静かになった宇宙に漂いながら周りを確認する。そこには、見慣れた仲間たちの姿。モモガーディアンズの戦士たちは、誰一人欠けることなく、この最終戦争に勝利することができたのである。
「ひとまず、終わりってところだぁな」
リンダの隣にいたガンズロックが、ヤレヤレ、とくたびれた様子を見せ、愛用の両手斧を肩に載せた。そんな彼らの下に、デイル夫妻とどーもん夫妻がやってきた。
「よぉ、お疲れさん」
「これで、モモガーディアンズの役目も終了だね」
ライオットがプルルを抱きかかえて到着。戦いを終えてプルルは自重を捨て去ってしまったらしい。べったべたにライオットに甘える姿はリンダを刺激した。
「が、ガンちゃん! 私たちもっ!」
「斧があるからできねぇ」
「くき~!」
リンダ、怒りの宇宙地団太。宇宙はこの迷惑行為に、そこはかとない理不尽を感じ、ビックバンを起こした。だが、今となっては無意味だ。
「長かった戦いとも、これでお別れだと思うと感無量ですね」
「そうね……でも、お別れと言えば」
アマンダがフォクベルトに抱き付いた。彼女たちは薄々ながら勘付いている。終わりは始まりであり、新たなる未来が待っていることに。過去は置き去られ、生まれ変わることに。
「私、フォクベルト君の事、絶対に忘れないから」
「僕もさ、アマンダ」
二人は口づけを交わす。それが、永遠の誓いとなるように。そして、リンダもガンズロックにキスを強要。彼を大いに困らせた。
「おうおう、お熱いことで」
「きゅおん! 爆ぜろ! みんな爆ぜろ!」
ソロ活動中の戦士たちは嫉妬の力を一点に集中し、新たなる厄災を作り出さんとしていた。しかし、それは速やかに勇者タカアキによって退治され事なきを得る。
このように気が抜けて、半ばお祭り騒ぎになっているモモガーディアンズの面々であったが、その代表ともいえるエルティナは一切の喜びの表情を見せていない。
「……エル」
「ヒーちゃん、皆を次元戦艦ヴァルハラへ。タカアキ、後のことを任せたんだぜ」
「はい、わかりました」
悲痛な顔を見せるヒュリティアにモモガーディアンズを任せ、タカアキには後のことを託す。
最後の戦いが終わったというのに、これ以上彼女は何をするというのか。その答えは、彼女の兄である桃吉郎が答えを示していた。
「長かったな……だが、これで、全ての【神の欠片】が揃った」
黄金の玉座、それは輪廻転生斬にも、魔導機神メサイアの爆発にも耐えた。それを、桃吉郎は回収し喰らったのである。
それはすなわち、全てを喰らう者【カオス】の完全復活を意味していた。
「エルティナ、こっちの準備は整った。最後くらい、仲間と挨拶してきたらどうだ?」
「いや、もう十分、語り合ったさ。これ以上は未練を生むだけだ」
二人の【真なる約束の子】が向き合う。両者の間の空間がめりめりと歪み、やがて消失した。この二人の雰囲気に、戦士たちは「まさか」と慄く。
「そんな……冗談、だよね?」
リンダは震える口で、なんとかその言葉を絞り出す。だが、誰も彼女の言葉に応える者はいなかった。
皆が【真なる約束の日】の訪れを知らされている。だが、誰もその内容を知る者はおらず、知らされることはなかった。
ただし、関係者を除いては、だが。
その中でもイレギュラーな存在である者が、これから起こるであろう出来事を口にする。
「いや、これから、【最後の戦い】が始まる」
「ブ、ブルトン!?」
全てを喰らう者に食いつくされた過去の世界を、いくつも記憶する天空神ゼウスと神魂融合を果たした彼のみが、【真なる約束の日】がいかなるものかを理解していた。
それは気の遠くなるような昔の話。まだ、カオス神が世界に君臨していた頃の事。幾度ともなく滅びと再生を繰り返していた混沌世界の記憶。
「かつて【真なる約束の日】などというものは存在しなかった。歪みが生じていなかったからな。だが……歪みは生じた、それは正されなくてはならない」
グリシーヌがブルトンの丸太のような腕に抱き付いた。彼は震える彼女を慰めるように抱きしめる。
「これは避けられぬ戦いなのだ。全ての出来事は、このために存在していた」
「……そう。私たちは、エルをここにまで導く【約束の子】。その使命は果たされた」
ヒュリティアがブルトンの言葉を受けてモモガーディアンズの戦士たちの魂を回収する。そして、タカアキの誘導の下、次元戦艦ヴァルハラへと向かった。
次元戦艦ヴァルハラに帰艦したタカアキは、妻エレノア、娘ヒカルと別れを告げる。
「さぁ、これでお別れです。あなた方は未来にお行きなさい」
「タカアキさんは……タカアキさんは、どうするのですか?」
「そうです、父上は、いかがなされるのですかっ!?」
タカアキはエレノアとヒカルに対し、穏やかな微笑を投げかけるのみだ。そして、彼女らを脱出ポッドに載せて惑星カーンテヒルへと向かわせる。
離れ行く次元戦艦ヴァルハラ。エレノアは娘がいる手前、決して涙を見せまいと気丈に振舞っていたが我慢の限界を迎え嗚咽した。
彼女は理解していたのだ。これが、タカアキとの今生の別れになることを。彼と未来に出会ったとき、彼女はタカアキとの日々を覚えていないであろうことも。
「さようなら……エレノア、ヒカル。私の輝かしい幸せの日々よ」
これが【残る者】が負う罰。
永遠となった者が背負う過去の記憶。これは決して忘れることができないのだ。過去の記憶に囚われつつも生き続けることを強いられる。
それは、まさに魂の牢獄そのもの。拷問を受けるも同然の苦痛を永遠にその身に刻む。
しかし、彼らは自らその道を選んだ。後悔する者はいない。そして、後悔したところで、もう引き返せない。
「よろしかったのですか? タカアキ様」
「えぇ、彼女たちを、私の我儘に付き合わせるわけにはまいりません」
艦橋に戻ってきたタカアキにプリエナが声を掛けた。全てにケリをつけたタカアキは、勇者として、【残る者】として、これから起こる最後の戦いの見届け人となる。
「エルティナ……桃吉郎……。お前たちの生きた証は、父である私が記憶しよう。それが、私に課せられた罰。背負ってゆくべき罪なのだから」
残る者としての道を選んだ吉備津彦は、二人の我が子の姿をその目に焼き付けた。過酷な運命から解放すべく、秘術を用いて転生させた結果が、さらなる過酷な運命を背負わせてしまうという皮肉に、幾度、運命を呪ったことか。
だが、これで全てが終わる。
「エルティナ、真なる約束の日は訪れた。もはや、後戻りはできない」
「あぁ、分かってるさ、兄貴。でも、最後にちょっといいかな?」
「何かな?」
「ありがとな、【おにいちゃん】」
「わが生涯に、一片の悔い無し!」
二人の神気が一気に膨れ上がった。それは、はるか遠くに位置する次元戦艦ヴァルハラに、その内部にいる者たちにも届いた。
「うあっ!?」
あまりにも強烈な神気に押し潰されそうになる者多数。だが、急に圧する力が弱まる。
「さて、ここからが、私の力の見せどころですね」
艦長席に着いたタカアキが船全体を【波】の力で覆った結果、エルティナたちが放つ圧する力を流したのである。そして、これこそが、現世における勇者タカアキの最後の戦いとなる。
そして、詠唱される聖なる言葉。終焉をもたらす理を、彼らは自ら体現する。
「「火は土を食い」」
エルティナからは炎のホビーゴーレムチゲが飛び出し、桃吉郎からは獄炎のモーベンが召喚される。
「「土は風を食い」」
巨大な熊グレオノームが咆哮を上げて召喚される。桃吉郎からは勇ましき怒号を上げて土石流のガッツァが顕現した。
「「風は雷を食い」」
白き牙ホワイトファングのとんぺーが召喚され、風を切り裂く遠吠えを放つ。暴風と共に出現したデミシュリスは主の命を待った。
「「雷は水を食い」」
やはり、最後の最後まで少女の姿のままのザインは、不貞腐れることなく雷の刃を構える。
対する雷怒のジュリアナは、ちょっぴりセクシーな衣装で対抗。最後の最後でボケをかましてくる彼女らにホッコリするのは大変に遺憾である。
「「水は火を食う」」
大いなるシーハウス、ヤドカリ君がその巨大なハサミを鳴り響かせ主に応える。濁流のベルンゼは三又の槍を掲げ、ようやく訪れた大一番に身を震わせた。
「「光と闇は互いを食い合い」」
光と共に赤髪の美しい女性、初代エルティナが。闇と共に小さな体に大きな勇気を持つ芋虫、いもいも坊やが飛び出してきた。
桃吉郎より出は、男の身にして妖艶なる色香を放つ閃光のバルドル。その相方となる魔性の美を撒き散らす一児の母、深淵のジュレイデ。
「「全ては竜が統べん!」」
エルティナから最強の宿敵にして、最高の宿敵、黄金なる怒竜シグルドが怒れる咆哮と共に現れた。
それに対するは、未来を視る者にして大いなる竜、エルダードラゴンのウィルザームだ。
「「汝、全てを喰らう者!」」
真なる約束の子に従いし八つの枝たちは、その身を光へと変え、己の主の周囲を激しい輝きをもって疾走する。
それは、繭だった。輝ける卵のようでもあった。そして、それは爆発的な力と共に砕け散る。
「神魂融合、カーンテヒル!」
エルティナをベースとし、白金の鱗、白き八つの角、四対の翼、太く長い尾をもつ竜人が生れた。
始祖竜カーンテヒルと神魂融合した全てを喰らう者、エルティナ・ラ・ラングステンだ。
「神魂融合……カオス!」
桃吉郎をベースとし、赤黒い鱗、黒き八つの角、四対の翼、鋭い爪と極太の尾を持つ竜人、木花桃吉郎が裂ぱくの気合と共に顕現した。彼こそが、真なるカオス神である。
この二人の出現と共に世界は一瞬にして消失した。真なる約束の日は、ここに成ったのである。




