794食目 真の勇者
「それでは、少し出かけてきます。皆さんは、ここにいてください」
「タカアキ様、それでは……」
「いいのですよ、プリエナさん。これは、私の役目です。それでも納得できないのであれば……祈ってください」
「祈るんですか?」
「えぇ、祈りは力ですから」
勇者タカアキ、出陣。宇宙空間に生身で飛び出す肉団子はなんの冗談か。
単体で超生物にまで上り詰めたその男は、かつて誰からも疎まれる日本のオタクの少年であった。
そんなオタクの彼は二度、勇者として異世界を救っている。内、勇者と認められたのは、異世界カーンテヒルに置いてのみである。
それでも、彼は腐る事が無かった。それは、彼が人に認めてほしい、という願望から勇者的な行動をおこなっているわけではないからだ。
彼が【彼らしく生きる】。その行動の結果が【勇者的】になっていただけの事。
その集大成を、ここに問われる形となる。彼は偉大なる勇者として戦場に降り立った。
「勇者タカアキだ!」
「勇者……勇者が来たぞっ!」
ここ異世界カーンテヒルに置いて、タカアキを勇者と呼ばぬ者は皆無に近い。誰しもが彼の偉業を褒め称える。そして、無類の信頼を寄せるのだ。
「えぇ、私が来ました」
幾多の戦いを経て、タカアキは多くの魂を、その大きな背に負ってきた。彼が生きている限り、それが減る事はないだろう。
だが、彼はそれを苦としない。何故ならば……彼は勇者だからだ。
「勇者……タカアキぃ! 僕の邪魔をするのか!?」
「久しぶりですね、ミレットさん。天界で会った日、以来ですか?」
「母さんの選んだ勇者が、何故、僕の邪魔をする!」
「それが、マイリフさんの願いだからです」
分厚い眼鏡越しに伝わる揺るぎ無い意志の力にミレットは気圧された。幾ら強大な力を持つ魔導機神を操っていても、しょせんミレットは戦いに無縁な管理天使に過ぎない。
対しタカアキは正真正銘の勇者。誰しもが躊躇するであろう一歩を踏み出せる男なのだ。その精神力の差は明確な戦力差でもあった。
「嘘だっ! 母さんは……復讐を望んでいる! 世界が消えることを願っている!」
「それは、あなたの願望です」
「違う、違う! 違う違う違う違う違う違う違う違う違うっ!」
タカアキに見つめられたミレットはコクピット内で頭を振り、彼の言葉を全力で拒絶した。それを認めると全てが壊れてしまうからだ。
今の彼を支えているのは強烈な復讐心だ。燃え盛る黒い業火を糧として破滅へと突き進む。
故にミレットがそれを失った時、彼は破滅すら迎えられなくなる。彼は、それが何よりも怖かった。
「勇者タカアキ……僕の邪魔をするなら、おまえとて容赦はしない!」
「ミレットさん、お母さんの気持ちを理解していないのは、あなたの方なのですよ」
「黙れ!」
狂気に蝕まれるミレットに尚も声を掛けるタカアキ。エルティナたちはその姿を成り行きを見守る。だが、その裏でいつでも仕掛けられるように準備を怠らなかった。
残された時間は残り少ない。これが、最後の突撃になろうからだ。
「もういい、お喋りはこれまでだ。死ね、勇者タカアキ!」
「ならば断言しましょう。ミレットさん、あなたは復讐に囚われる限り、マイリフさんの力によって敗れ去ります」
「黙れ、と言ったぁ!」
堪えきれなくなったミレットがタカアキに対して攻撃を仕掛けた。魔導機神メサイアの手の平に消滅の能力が発生し、タカアキを握り潰さんと迫る。
「早い!」
モモガーディアンズの戦士の誰かが叫んだ。気が付いた時には魔導機神メサイアの手がタカアキを握り潰さんとしている。誰がどう見ても絶体絶命の危機。
しかし、勇者は慌てない。どっしりと腰だめを下ろし、迫る巨大な手に向かって張り手を突き出した。
それは、消滅の能力を打ち消し魔導機神メサイアの手を粉々に粉砕したではないか。
「なっ!?」
「ミレットさん、私の能力が一つだけだ、といつから錯覚しておりましたか?」
張り手の衝撃は手から腕に伝わり、徐々に魔導機神メサイアを崩壊させてゆく。これに危機感を覚えたミレットは魔導機神メサイアの右腕部を強制排除し、崩壊を全身に行き渡されるのを未然に防いだ。
「なんだ、その能力はっ!?」
「これは、【波】という能力でしてね。初めの異世界で宿敵に教わりました。この力は形なきものに対して干渉することができるんです」
続けてタカアキは手で円を描いた。そこに生じるのは歪んだ空間。そこに彼は身を投じる。
すると、次の瞬間には魔導機神メサイアの胸部前にタカアキが出現していたではないか。
「なぁっ!?」
「【虚空穴】です。これも、私と死闘を演じた宿敵が私に遺していったものです」
タカアキは魔導機神メサイアの胸部装甲に平手打ちを叩き込んだ。それだけで、魔導機神メサイアの胸部装甲が、ごっそりと吹き飛んでしまう。
その異常なまでの強さにミレットは目を疑った。
「女神マイアスとは、別の方法で決着を付ける予定でした。彼女がこの世界を護り抜こうとした決意は本物でしたし、彼女の今までの行為は許されるものではありませんが、全てを否定できるものではありませんからね」
「黙れ! 女神マイアスは邪神だ!」
「だからこそ、決着はカーンテヒル様にお願いしようと思っていたのです。親が道を誤った時、それを止めるのは子の役目。その逆も然り」
「だから、なんだと言うんだ! もう母さんはいない! いないんだ!」
ミレットの悲痛な声に魔導機神メサイアが反応した。それはまるで、我が子を護る母のごとき力を生み出す。咄嗟にタカアキはその場を退いた。
抉れる空間、乱れる宇宙の法則。無が暴走を開始し、ありとあらゆるものが崩壊を始める。
魔導機神メサイアは、ミレットに仇成す者を排除するために、ありとあらゆる法則を消滅させたのだ。
「どうやら【言葉】を届けるには、もっと踏み込む必要があるようです。我が友、エルティナ」
「その言葉を待っていたんだぜ! モモガーディアンズ、突撃せよ!」
タカアキの合図で、エルティナがモモガーディアンズに最後の突撃を命じた。その一瞬に全てを込めて戦士たちが魔導機神メサイアに殺到する。
それに対し魂無き英雄たちが迎撃の姿勢を見せる。しかし、どういうわけか、彼らはモモガーディアンズに辿り着くことができない。
「祈る……それが私にできる唯一の事。だから、私は皆のために祈るよ」
それは、プリエナの幸運の加護であった。彼女の無垢なる祈りはモモガーディアンズたちを包み込み、ありとあらゆる厄災から護り通した。
それは彼女だけでは不可能な奇跡であった。しかし、彼女は、女神プリエナは一人ではなかったのだ。
そこには彼女を慕い崇拝する忠実な信徒四十名と、多くの鬼たちがいたのである。
故に、プリエナは自身さえ予想だにもしない強大な奇跡を発現させることができたのだ。
「見届けさせてもらうぜ……勇者タカアキ、真なる約束の子エルティナ」
「アランが認めた、あなたの選ぶ結末……見せてもらうわ」
マジェクトとエリス、鬼の姉弟が次元戦艦ヴァルハラの艦橋から、最後の激突を見守る。残りし者として、最後の聖戦を魂に刻み込むのだ。
「こ、こんなっ! 魔導機神が! 最強の機械神が圧されるなどと!」
「ミレット!」
「エルティナっ……! おまえが、おまえがぁぁぁぁぁぁっ!」
エルティナ、最後の獣臣合体。最後の桃太郎へと変化を果たし、神桃剣月光輝夜を構える。その横には傷だらけの桃太郎の姿。
兄妹の桃太郎は最後の鬼に対し桃太郎の奥義を発動させる。しかし、それには莫大な桃力が必要だった。現時点において、最終奥義【輪廻転生斬】を発動できるだけの桃力が生産されていない。
だが、彼らはなんの心配もしていなかった。ここで、最後の切り札を切るからだ。
「レイヴィさん! エルティナ様からの要請、来ましたっ!」
「あぁ、準備は整っている。俺たちの最後の仕事だ、抜かるなよ」
ここは月。月面のクレーターが開き、そこから巨大な砲等がせり出してくる。桃色に輝く砲台には既に火が入っており、いつでも発射できる状態になっていた。
ケイオックたちの決死の行動は無駄ではなかった。月に辿り着いた彼らは月読の説得により、最後の切り札の運用を託されていたのだ。その責任者としてレイヴィ・ネクストが任じられていた。
月内部の砲台制御室。銃の形をした操作レバーの引き金に指を掛ける、鋭い眼光の青年はその時を待ちわびた。
「ターゲット、ロック。エネルギー充填はどうか?」
「いつでもいけます、レイヴィ隊長」
「よし、サテライト・ルナキャノン……発射!」
レイヴィが迷うことなく引き金を引く。少しの間を置いて巨大な砲塔から桃色の光線が発射された。それが辿り着くのは果たして魔導機神メサイアであろうか。
答えは否。その莫大なエネルギーが向かう先は桃太郎の兄妹。
「桃力……来る!」
莫大な桃力が桃太郎の兄妹に命中した。その全てを二人は魂に取り込む。大いなる輝きが宇宙を照らす時、二人は桃太郎を超える桃太郎へと至った。




