786食目 逃れられぬ定め
運命の門は開かれた。集いし者たちはその異様な雰囲気に唖然とする。
敵と定めている女神マイアスは別として、味方であるはずのエルティナまでもが敵意とも殺意とも知れぬものを叩き付けているのだ。
アルフォンスとフウタは今まで見たことが無いエルティナの様子に酷く動揺した。
そんな二人の心情を察した吉備津彦は心を痛める。それは、エルティナの事情を知っている桃先生ことエティルも同様だ。
しかし、彼女の内に宿る多くの魂を感じ取ったエティルは、既にエルティナが全てを喰らう者の使命を遂行していることを認める。そして、同時に後悔と罪悪感が込み上げてきた。
「(本当に大きくなりましたね。赤子だったあなたを腕に抱いていたのが、つい先日のように思い出されます)」
エティルは豊かな乳房に手を押し当てて感情を抑え込む。全ては苦難の果てに死んでしまった桃吉郎を労うための転生の秘術。
それは始祖竜たちの思惑に使われ、その結果、桃吉郎、エルティナは再び苦難の道を歩まされる形となってしまった。
幸せになってほしい、という思いやりが仇となってしまった形に、エティルならずとも吉備津彦も遺憾を覚える。
しかし、投げられた賽が戻る事はない。際の目が示す結果に全ての魂は向かってゆくのみなのだ。
「皆、よく来たんだぜ」
エルティナの殺気が膨れ上がった。それと同時に全てを喰らう者の枝が生え出し牙を剥ける。その様子に、いよいよアルフォンスたちも、ただ事ではないことを悟った。
「……冗談だよな?」
「この後に至って、冗談はないんだぜ」
エルティナが闇の枝をけしかけた。アルフォンスとフウタは即座に反応し回避を試みる。
反応できなかった星熊童子は一飲みにされ敢え無く姿を消した。その光景に、本気を出した全てを喰らう者の力に絶望する。
今まで苦しめてきた強敵ですら、赤子の手をひねるがごとく蹂躙する圧倒的な力の前に、小さな力でしかない彼らは抗う術を持たない。
「エルティナ、随分じゃないの」
「ユウユウ、言葉じゃ伝わらないだろ?」
「えぇ、だって……鬼だもの」
エルティナに対し、ユウユウとリンダが仕掛けた。鬼力【重】と【破】。全てを飲み込み破壊せしめる能力は全てを喰らう者となんら変わらないと思われた。
しかし、根本的に両者は違ったのだ。
「闇の枝」
「フキュオォォォォォォォォォォォン!」
ユウユウとリンダの能力を合わせて放った必殺の一撃は、闇の枝に意図も容易く貪り食われる。彼らにとって、全ての現象はエサに過ぎない。
「悪食はみっともなくてよ」
「ゲテモノほど美味いって、よく言われているじゃないか」
ユウユウとリンダに続かん、とプルルと熊童子も攻撃に加わる。容赦のない魔導ライフルの一撃は正確無比にエルティナへと命中。
しかし、その全てがエルティナのかざした手の平へと吸い込まれて消えた。
「正気を失っているのかい!? エルティナ!」
「いいや、俺は正気さ」
全てを喰らう者・風の枝が飛び出てきた。風の狼は目にも止まらぬ速さで戦場を駆け、運命に選ばれた者のみを喰らってゆく。
「は、早いにゃん!」
「ミケ大尉、二時の方向!」
「にゃんとぉ!」
ミケ大尉のニャンガーNXの左足が消し飛んだ。咄嗟に回避していなければ、機体が丸ごと消滅していたであろう。驚異的な反応速度であるが、他の者たちはそうはいかない。
『にゃ~ん! 早過ぎて見えないにゃ!』
「レーダーで予測するにゃお! 相手は直線的な行動しか……」
一機の量産型ニャンガーNXが消滅した。同時に床から無数の樹の根が飛び出してくる。
「にゃにゃっ!? ま、まさか、これも敵だというのかにゃん!」
全てを喰らう者・土の枝。全てを吸い尽す慈悲無き根が襲いかかってきた。それと同時に、ニャンガーNXのレーダーも異常をきたす。
「フオォォォォォォォォォォっ!」
八つの青い目を持つ白い大蛇が輝く粒子を吸い込んでいる。レーダーに反応する物全てを喰らっているのだ。
だが、真に警戒すべきはそれではない。全てを喰らう者・光の枝が捕食するのは【意識】だ。徐々に白くなってゆく頭の中を、強力な意志で繋ぎ止める。
それができない者はただちに動きが止まり、闇の枝と風の枝の餌食となった。
「こ、これが……全てを喰らう者!? 圧倒的じゃないか!」
フウタはいまだかつてない絶望と対峙し、これ以上ないほどの諦めを感じた。
何をしても効果が無い。何もない空間に虚しく拳を突いている、そんな感覚だ。
「妙に喉が渇く……! まさか!?」
アルフォンスは急激に喉が渇く感覚に危機感を覚えた。それもそのはずで、エルティナは全てを喰らう者・水の枝を使役し、この場にいる者の水分を無差別に貪り喰らっていたのである。
だが、一部の者たちは、その影響を受けていない。彼らは黄金のヴェールに包まれありとあらゆる現象から護られているのだ。
全てを喰らう者の能力から護るほどの力を持つ者が、果たしてここに居るのであろうか。
居るのだ、それはエルティナ本人。そして、全てを喰らう者の枝を統べる枝、竜の枝シグルドによる保護。
統べる者の命令は絶対、枝たちは彼の指示に従うしかない。唯一の例外は光の枝。彼女の八つの目は枝たちを監視し、間違いを正すことにある。
とはいえ、その間違いというのは、彼女らの主であるエルティナに対する不利益を指す。
「辛いですね、何もしてあげられないというものは」
「寧ろ、手を出す方が彼らを苦しめる。生き残った方が辛い目を見る」
吉備津彦はエティルを抱き寄せた。三貴人も戦士たちが全てを喰らう者に喰らわれてゆく光景を見届ける。
かくも残酷なこの光景、歴戦の戦士たちは独り、また一人と喰われてゆく。それは、この場に駆け付けた桃太郎たちも例外ではない。
「くっ……ここまで差があるとはね!」
「ユウユウ、もう無理だよぉ」
「泣き言なんて聞きたくないわ! それに……ダーリンが見ているのだもの! 無様な姿なんて見せられないのよっ!」
圧倒的な不利にあっても、ユウユウ・カサラは獰猛に笑って見せた。それは鬼の矜持か、はたまた女の意地か。その姿に竜の枝が動いた。
「ユウユウ!」
「ダーリン……愛してるっ!」
ユウユウが拳を拳を振り上げ踏み込む。砕け散る機械の床、うねりを上げて放たれる拳。
迎い撃つは竜の枝シグルド。エルティナから離れ黄金の龍と化した彼は、ユウユウの拳をその身に受ける。
だが、砕けるのはユウユウの拳だ。竜の姿を取っても、彼は全てを喰らう者の枝なのである。
「ユウユウ、もういい。我の下へ来い」
「うふふ……やっぱり、相思相愛だったのね、私たち。嬉しい」
シグルドはユウユウを抱擁する。消えゆくユウユウ、その最期を見届けたリンダは覚悟を決めた。向かうは水の枝。
「ヤドカリ君、私、強くなったんだから!」
今まで培ってきた力を全て吐き出すかのように水の枝に叩き込む。水の枝はその全てをその身で受ける。
水の枝ヤドカリ君は黙して語らない。ただ、リンダの全てを受け入れた。やがて、全てを出し切ったリンダは、その場に座り込む。
「私、がんばれたかな? ヤドカリ君」
いつか、そうしたように。水の枝はそのハサミをリンダの肩に載せる。
「うん、がんばった、がんばったよ……私」
リンダは霧のように霧散し水の枝に吸収されていった。その光景は残された者にとっては絶望以外の何ものでもない。
「こ、これが……エルティナさんだって言うのかよぉぉぉぉぉっ!」
史俊が叫んだ。だが、その言葉はエルティナには届かない。そして、エルティナも聞く耳を持たなかった。全ては己が使命を果たさんがため。
「魔法も通じない! 何をやってもダメだというの!?」
「そのとおりだ、時雨」
「と、桃吉郎さん! なんとかならないんですか!?」
「ならないし、してはいけない」
桃吉郎が、ひらりひらりと枝の攻撃をかわし続けていた時雨たちの下に音もなく接近し、彼女の腕を掴んだ。
「な、なにをっ!?」
「そらっ」
そして、そのまま時雨を放り投げてしまう。投げた先には闇の枝の咢。成す術もなく時雨は闇の枝の口の中へと消え去る。
「サンキュー、兄貴」
「手早く終わらせるぞ。あのリベンジボーイが。そろそろ危ない」
「おっと、感傷に浸り過ぎたか。これは、うっかりなんだぜ」
ここに、桃吉郎までが参戦してきた。全てを喰らう者が二人、これが意味するところは、どう足掻いても絶望である。
「どうなっているんだ!? きみは、正義のために戦っていたのではないのか!」
「そうだよ! エルティナさんは、そんな人じゃ……」
「俺は……今まで正義のために戦った事なんてないぞ」
「えっ?」
雷の枝がエルティナの腹部から飛び出してくる。それは史俊を巻き込んでロケットを粉砕、誠十郎は宙に放り投げられた。
「せ、正義のために戦ったことが無いだと!?」
「あぁ、俺は、俺の大切な人たちのために戦っていただけだ」
「そんな事はないだろう!」
「正義なんてもんは移ろい易いもんだ。勝てば正義、負ければ悪。くだらないもんさ」
誠十郎は強引に床に着地、衝撃で足を骨折してしまうも強引に立ち上がる。そして、刀を構えた。意味がない事は百も承知。しかし、彼にも譲れないものがある。
「(なんとしても、誠司郎は……!)」
「大丈夫だよ、誠十郎さん。誠司郎とガイは食べない」
「……なっ!?」
心を読まれた誠十郎はあからさまに動揺する。その隙を付かれ、敢え無く炎の枝に握り潰され捕食されることになった。
「エルティナさん……」
「誠司郎、おまえは可愛そうだよ。定めに弄ばれて、人として全うできなかった」
「いいんです。それが、僕たちの運命なのだから。それに、ただ弄ばれているだけなわけないじゃないですから」
「そっか、そうだな」
誠司郎の言葉に安心感を得たエルティナは、残る者たちの捕食を急いだ。既に残っている者はアルフォンス、フウタ、プルル、リマス、ミケ大尉だけとなっている。
「にゃ~! 捕まったにゃ!」
「もうお終いにゃん!」
ミケ大尉のニャンガーNXが桃吉郎に捕獲された。そして、彼女の部下同様、闇の枝によって一飲みにされてしまう。
「ふぅ、すばしっこいヤツだった。あとは、おまえらだけだ。さっさと、エルティナに喰われちまえ」
「ふざけるんじゃないよ! こっちは、まだ死ねないんだよ!」
桃吉郎の挑発にプルルが食って掛かった。彼女が死ねない理由は、夫ライオットと再会するため。その心情を読んだエルティナはライオットに協力を申し出る。
ライオットはこれを承諾、魂の守護者として表へと出た。
「プルル」
「……えっ? ライオット!?」
「プルル!」
完全に虚を突かれる形となったプルルは、熊童子の声に反応したものの一歩遅く、風の枝に喰われ消滅した。
彼女の呆気ない最期に残る者たちは、いよいよ後がなくなった、と自覚する。
「あと三人。アルのおっさん、そろそろ、観念してくれませんかねぇ?」
「やなこった!」
「そっか……なら、時間が無いからマジで行くぜ」
エルティナの神気が膨れ上がった。今までは恐怖を煽らないように抑制していたのである。それを感じ取った桃吉郎はエルティナの傍を離れた。
つまりは、それほどまでに危険な能力を使うというのだ。
「ちくしょう……どうしてこうなった」
アルフォンスは、出会ったばかりの頃の、エルティナの幼い姿を思い出す。それは果たして走馬燈であっただろうか。
その時、風が彼を包み込む。それは、とても優しい風であった。




