785食目 運命の門
黄金の大蛇の背に乗る日本神話の神々。数多くいた彼らは既に三貴人を残し命尽きていた。
神とはいえ、この時代には既に神たる力を残してはいない。では何故、彼らはここにまで来たのかといえば、三貴人の盾となるべくこの戦いに参じたのである。
そんな彼らの行く手を阻む魔導騎兵たちもその質を落とし、中にはフレームのみで装甲を取り付けないで出撃している存在もあった。
総力戦は双方ともに甚大な被害と消耗を招き、終末の戦いは決着が見え始めていたのである。
「けつぁるよ! あと少しじゃて!」
「分かっておる! エルティナの下にまでそなたらを送り届けなければ、死んでも死にきれぬ!」
素戔嗚尊の励ましに、赤く染まる黄金の大蛇はその身をくねらせ、強引に魔導騎兵の壁を突破しようと試みる。何度これを繰り返したかは、もう彼にも分からない。
「うぬぁっ!」
「けつぁる!?」
ケツァルコアトルの片翼が吹き飛んだ。しかし、彼は決して退かない、竦まない、後ろを顧みない。あるのはただ、前へと進む、という執念にも似た信念と責任感。
「我に構うな! スサノオ!」
尚も強引に進み続けるケツァルコアトルであったが、強い意志とは裏腹に身体は付いてこず、徐々に突進力は減衰。やがて、行くも退くもできなくなる。
「ここで十分だ! けつぁる! そなたは十分にやった!」
「ま、まだじゃ! まだ終わらぬ!」
ケツァルコアトルは三貴人を降ろし、その巨大な鎌首をもたげた。その威容に魔導騎兵たちは手にした武器で攻撃を開始する。
「けつぁる!」
「見届けよ! 我の生き様をっ!」
魔導ライフルの一撃は、ケツァルコアトルの急所を貫き彼の命を奪った。しかし、それと同時に彼は明日への架け橋を作ったのである。
倒れ込む巨体は通路を塞ぐ魔導騎兵たちを押し潰し、先へと続く黄金の橋を作り上げた。
ケツァルコアトルの巨大な亡骸によじ登り、三貴人は先へと急ぐ。
「この恩、同じ太陽神として、決して忘れは致しませぬ」
「姉上っ! 急げっ!」
素戔嗚尊が天照大神の手を取り、天叢雲剣を振るいながら黄金の橋を進む。月読命は迫る魔導ライフルの破壊光線を術でもって防ぎつつ、先頭を行く素戔嗚尊に追従した。
黄金の橋を抜けた先には巨大な門。目指す先はそこだ。しかし、当然と言わんばかりに数多くの魔導騎兵とそのできそこないが道を塞ぐ。三貴人にとっては正念場と言えよう。
頼れる者はもういない。自身の手で道を切り開かねばならないのだ。
「どこまでやれるか……友よ、我に力を!」
素戔嗚尊の天叢雲剣を握る手に力が籠る。そして、彼らは躊躇することなく突撃を開始した。戦力差は三対二百、個々の戦闘能力にそこまでの開きはない。絶望とも言える無謀な戦いを彼らは強いられた。
貫かれる肩、抉れる頬、血に染まりゆく弟を術で癒すもまったく追い付かず、天照大神自身も血に染まってゆく。
それでも彼らは最後の使命を果たさんがために突き進んだ。
「あと少し……あと少しなのだっ! そこを、どけぇぇぇぇぇっ!」
素戔嗚尊が咆えた。魔導騎兵の魔導ライフルの一撃が彼の右腕を吹き飛ばす。失われたのは右腕だけではない、その手に握っていた天叢雲剣もだ。
攻撃手段を失い絶体絶命の窮地に陥っても、彼らは何かに取り付かれたかのように前進を強行する。
その執念にも似た意志の力に圧され、魔導騎兵は狼狽えた。しかし、ASUKA中枢管理システムは魔導騎兵に攻撃を強制する。
その強力な命令に、魔導騎兵たちは恐慌状態にもかかわらず攻撃を再開。三貴人のみならず同士討ちすら行ってしまった。
狂気がそこに生じ、敵味方関係なく滅びゆく光景に天照大神は終焉を感じ取る。最後の太陽神である彼女が命尽きる時、太陽もまた沈むのだ。
「悪夢です……これが終末というのですか? だとしたら、あんまりです」
彼女の大きな瞳から零れ落ちる滴は、素戔嗚尊の萎えかけた心に再び活力を与える。
「こんなところで、くたばれるかっ! けつぁるに……笑われちまう!」
残る左腕で天照大神を抱きかかえ、月読命と共に駆け出した。制御システムに異常をきたした魔導騎兵は敵味方関係なく襲い掛かる。誰が、誰を襲うかは、もう分からない。
「月読姉っ!」
「任せなさいっ!」
月読命が門の前に居座る魔導騎兵に向けて攻撃の術を発動する。輝ける帯が複数の魔導騎兵を捉え粉砕した。
しかし、次の輝ける帯が生成されるまでには僅かな時間がかかる。そこを狙われた。
「うぐっ!」
月読命の腹を貫く光線、彼女の口から大量の血液が吐き出され輝ける帯は霧散してしまう。
門の突破まで目前に迫っているのに、致命的といえる状況に追い込まれ、三貴人は手も足も出ない自らに嫌気がさす。
「ここまで来て……!」
素戔嗚尊の額に魔導ライフルの照準が定められた。その時のことだ。
その魔導ライフルを手にしていた魔導騎兵の出来損ないが爆散して果てた。それを切っ掛けに、魔導騎兵たちは次々に爆発と共に朽ち果ててゆく。この光景に三貴人たちは呆気にとられた。
「生存者、発見にゃ!」
『怪我してるにゃ~ん』
『いたそうにゃ~ん』
なんとも呑気な会話を交わす二足歩行の猫型ロボットが、魔導騎兵たちを駆逐していったのである。
少し遅れてゴテゴテとした装備のGDラングスが到着し、殲滅戦に加わった。
「生存者は……これだけかっ!」
「すみませんが、ヒーラーはいません! 自力での治療を!」
アルフォンスとフウタが三貴人を護るように銃を乱れ打つ。天照大神にはそれで十分だった。
「すみませぬ、よろしく頼みます!」
彼らに護られながら、天照大神は手早く治癒の術を発動し、月読命と素戔嗚尊の怪我を治療した。傷は塞がっても欠損した箇所は再生しない。エルティナのヒールとの性能差に天照大神は悔しさを滲ませた。
「十分だ、姉上。死んでさえなければ、儀式に差し支えは無い」
「ですが……」
「いいんだ。それに、肉体自体意味をなさなくなる。そう、教えられたではないか」
「……分かりました。月読、立てますか?」
「大丈夫です。はぁ、どうにも血の味は馴染めませんね」
口の中に残る血液を吐きだし、月読命は顔を顰めた。
アルフォンスとフウタ、ミケ大尉の部隊が合流したものの、それでも魔導騎兵は圧倒的な数を示す。一度殲滅したと思っても、即座に追加が投入されるのだ。
このイタチごっこに、殲滅は無意味であると悟ったアルフォンスは、三貴人の事情を知らぬままに、彼らのための突破口を切り開かんとした。
「フウタっ!」
「分かってますよ。最後の最後まで、お人好しなんだからっ!」
「だからこその、アルフォンス様ですね」
フウタとリマスは魔導ライフルを構えて発砲、魔導騎兵たちを寄せ付けぬように牽制する。ミケ大尉のニャンガーNXも、これに加わった。
「数がおかしいにゃん! どんだけの生産設備が整ってるにゃお!?」
『大尉、他の部隊が生産設備を潰して回ってるにゃん』
『でも時間が掛かる、って言ってるにゃ~お』
「堪らないにゃ~ん」
それでも、彼らは卓越した操縦技術で魔導騎兵を圧倒した。だが、彼らも列記とした生物であり疲労も蓄積する。
ミケ大尉の部隊の一機が、ちょっとした油断から魔導騎兵に取り押さえられてしまった。
『みゃ~! へるぷみ~、にゃん!』
「今行くにゃお!」
だが、ミケ大尉たちとは距離があり過ぎる。このままでは間に合わない。それでも、ミケ大尉は部下を見捨てることはしない。
メリメリと押し潰されてゆく量産型ニャンガーNX。猫の悲鳴は悲痛なものへと変わりゆく。だが、その命が失われることはなかった。
量産型ニャンガーNXを取り押さえていた魔導騎兵が、何者かによって蹴り飛ばされた。
蹴り飛ばされた魔導騎兵はきりもみをしながら他の魔導騎兵を巻き込み、玉座への門に衝突し弾け飛ぶ。
「いやねぇ、子猫を苛める無粋な連中というものは」
そこにいたのは鬼であった。真紅の異形なる鎧に身を包みしはユウユウ・カサラ。その相棒、リンダ・ヒルツ。
二人で一人の茨木童子が機械の天井を突き破って戦場に参上したのである。
「無茶にも程があるよ!」
「無駄無駄、存在自体が無茶なんだ。行動だって無茶になるもんさね」
『あなたたちだって、大概なんだから。あぁもう、急に二人の面倒を見れなんて無理だよぉ」
続いてプルルと熊童子が魔導ライフルを二丁抱えて発砲、彼女らの桃先輩であるトウミが情報の処理に追われて悲鳴を上げる。
「よっしゃあ! ばんばん、撃ってやるぞぉ!」
それに追従する形で星熊童子が魔導ライフルを構え魔導騎兵に放った。しかし、当たらないもよう。
彼女は金棒や拳を振り回して暴れる以外は殆どダメな子である。勿論、炊事洗濯といった家事雑務も致命的である。
「あっるぇ~?」
「照準を使え。的を中心に据えてトリガーだ」
「お、おう……あ、当たった!」
「その調子だ」
星熊童子の内に宿るオーディンのアドバイスにより、かろうじて戦力として数えられるようになった平たい族は調子に乗って魔導ライフルを発砲する。
しかし、命中率は二割程度なので戦力としては微妙なもよう。
「助かったにゃ~ん! 命の恩人にゃん!」
「あらやだ、可愛い」
機能を停止した量産型ニャンガーNXを放棄する決定を下したパイロットは、コクピットハッチを吹き飛ばして脱出を果たした。
身長が十センチメートルにも満たない猫獣人を抱き止めるユウユウは、そのあまりの可愛らしさに思わず表情が緩んだ。
「ありがとにゃお、ライーザ少尉はミケの後部座席に」
「了解にゃお」
ニャンガーNXのコクピットには、やはり可愛らしい猫小人の姿。ユウユウはわなわなと震え猫小人に手を伸ばさんとするも、それはリンダの手によって阻まれた。
「そういうのは、後々! 今は、やる事やってから!」
「ぐぬぬ……」
ユウユウは頬を膨らませて遺憾の意を示し、八つ当たりと称して魔導騎兵を蹂躙し始めた。魔導騎兵はいい迷惑である。
「おぉ……まだ、これほどまでの強者が残っていようとは!」
「素戔嗚尊様、我らの戦いはこれからですぞ」
「吉備津彦! そなたも健在であったか!」
素戔嗚尊は、桃力の輝きに包まれた吉備津彦の姿に希望を取り戻した。天照大神と月読命も同様である。
「この門の向こうに、我らの力を託すべき者がおります。さぁ、参りましょうぞ」
「うむ。いざ、終わりと始まりを司る者の下へ!」
玉座へと続く門がゆっくりと開かれた。ここに、全ての戦士たちがようやく集ったのである。
「「「エルティナっ!」」」
そして、終わりは始まった。全てを喰らう者が、彼らの訪れを認めたのだ。
エルティナは静かに彼らの訪れを祝福する。
「待っていたんだぜ」
だが、彼女のその笑顔は喜びとも悲しみともつかぬものであった。




