784食目 ろくでもない兄妹
ASUKA中枢玉座の間への門が再び開いた。逆光を受けて一つの影がゆっくりと内部へと進んでゆく。
「ふっきゅんきゅんきゅん……待たせたなぁ」
それは、可能性の獣であった。エルティナが手にするは、彼女の顔ほどもある巨大なおにぎり。具は梅干しのようであり、エルティナの口は【米】の形に窄んでいる。
何故、このような緊迫した状況でおにぎりを喰らっているのか、これが分からない。
「エ、エルティナ!? 他の皆は!?」
「俺が食った」
「……え?」
エルティナの答えに唖然とするケイオックとゲルロイドであったが、即座に伸びてきた闇の枝に捕食され敢え無く命を落とす。
この場合は既に命の、そして、生死の概念は既に崩壊しているので正しいとは言えない表現であろう。
「シーマ……というか、エルダーさんはどうする?」
「私の存在を知っていたのか……というか、アザトースがバラしたな?」
「正確にはラトさんな」
「……あのクソガキ。今度会ったら取っちめてやる」
シーマの口から彼女以外の声が発せられた。それは高次元の神の声だ。
エルダーは表向きは神として一部のごく限られた者に認識されているが、実際は高次元における警察組織のようなものであり、エルダーとは【宇宙管理機関エルダー】に組する者全般を指す。
したがって、エルダーとは一人を指す人称ではない。
「私は任務があるのでパスだな。シーマもパートナーとして我らの下に連れて行く」
「ふん、こうなってしまえば一蓮托生だからな。その代わりに家族を頼む」
「そっか……分かった」
シーマはエルダーと出会い取引をおこなった時点で、この運命を聞かされていた。
エルダーがシーマと出会った時、エルダーはアザトースを追う途中の事故で負傷し瀕死の状態に。シーマは持ち前の不幸で花瓶を頭部に受けて割と重傷。
両者は生き延びるために一か八かの契約を交わす。そして、それは幸か不幸か成立したのである。
ソウル・リジェネーション・システム。ほぼ不死身になる事が可能な、ある意味で呪いと呼べる代物を駆使して、シーマは道化を演じながら、アザトースを追うエルダーと共に裏舞台で活動を続けることになる。
この契約が解除される条件は、エドワードと結ばれること。しかし、それはもう叶わぬこととなり、シーマはエルダーと共に高次元に赴くことが決定していた。
それは即ち、エルティナとの別れを意味する。
「ふん、昔っから、おまえは気に食わんかった。清々するくらいだ」
「ふっきゅんきゅんきゅん……気が合うな。俺もだ」
「「だから、今だけは、ちょっぴり仲良くしてやる」」
二人の声が重なり女神マイアスに対して戦いの構えを見せる。片方が全裸の変態でなければ、さぞ絵になったであろう。悲しいなぁ。
「エルティナ、我が子よ、よく来ましたね。歓迎いたしましょう」
「歓迎とは大盤振る舞いなんだぜ。でも、そんな余裕をぶっこいていて大丈夫なんですかねぇ?」
「ふふ、問題ありませんよ? 桃吉郎も妹と感動の対面を果たしてはいかがかしら?」
女神マイアスの余裕の態度に怪訝な表情を見せる桃吉郎であったが、彼女の言葉に素直に従いエルティナとの合流を果たす。
「エルティナ、よく来た。状況は芳しくない」
「ふきゅん、兄貴。桃太郎になってるじゃないですかやだ~」
「そこにツッコむとか、お兄ちゃん、こわれちゃ~う」
「そんなことより、服の予備無い? もう、ほぼ全裸」
「極々自然過ぎて、お兄ちゃん、違和感が感じなかったゾ」
この二人は合流させるべきではなかったのではないだろうか。色々と緊迫した空気が悲鳴を上げてぶっ壊れる有様に、流石の女神マイアスもがくりと脱力した。
再会といえば桃吉郎の元パートナートウヤだ。
彼は桃吉郎との再会の喜びよりも呆れの方が勝っており、取り敢えずげんこつを彼の頭に落とすべくエルティナの身体を操った。
「めごしっ!?」
「ふきゅん!? 身体が勝手に!」
しかし、エルティナの拳は桃吉郎の顔面に突き刺さり、彼の顔は【米】と化す。
「何も見えねぇ」
「なんというか……まさに手が滑った」
「トウヤさん、久しぶりの挨拶……凄いですね」
「それほどでもない。というか、転生していたなら連絡の一つくらいよこせ、バカ者」
「ひぎぃ」
まったく感動しない再会にエルティナも苦笑する。だが、今の彼女は極めて狡猾だ。
エルティナと同じく桃吉郎の様子に飽きれる女神マイアスの油断を突き、桃吉郎と共に襲い掛かったのである。
「しめたっ! 今だ踊れ~!」
「ヴォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」
「な、何をするぅぅぅぅぅぅぅっ!?」
このあまりにも酷いノリに、エルダーは出遅れてしまった。残念な事に、これが女神マイアスとの最終決戦だというのだから手に負えない。
「ある意味でアザトースよりも酷い」
「むむ、そんなにか? エルダー」
「アザトースの方がちょっぴりましだな」
「ヨバレタキガシタノデ」
「「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」
エルダーとシーマの会話にひょっこりと加わるアザトース。生みの親に「帰ってどうぞ」と言われ、傷心の内に異世界カーンテヒルに戻ってきたようだ。
そして、エルダーとシーマに妙に可愛らしい悲鳴を上げさせたアザトースはSAN値を回復させることになったが、マイナス百億ポイントに五ポイント加えたところで意味はない。
「あはは! えるるぅ! ただままま! あははは!」
「ふきゅん、もう帰ってきた! これで勝つる!」
「うほっ、良い幼女!」
「あぁ、もう滅茶苦茶だな」
「いつものことじゃないか、エルダー」
「それじゃあ、取り敢えず飯でも食おうぜ」
「「「「わぁい!」」」」
何度も言うが、これは決戦である。このわけの分からないやり取りに女神マイアスは耳を疑った。聞き間違いでなければ【飯を食べよう】と聞こえたのだから。
「まったぁ! この場面で、ご飯は無いでしょうに!」
「マイアスお祖母ちゃん。いつから、それがない、と錯覚していた?」
「なん……だと……!?」
奇妙なポージングで格好よく決めているところに悪いのだが、お客様だ。
「女神マイアスぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」
「うぬっ!? 超魔導騎兵ハルマゲドンかっ!」
玉座の間の機械壁を突き破り侵入してきた赤黒い超魔導騎兵が、もう一つの超魔導騎兵に向けて発砲した。
その不意打ちは不完全であったものの攻撃は命中し、超魔導騎兵ラグナロクの左腕部を機能不全に陥らせる。
「よくも、僕を騙してくれたなっ!」
「騙すとは人聞きの悪い。あなたの母は私ですよ?」
「だまれっ! 僕の母は……おまえなんかじゃない!」
大型魔導光剣を構え断言した復讐の天使に、女神マイアスはクスクスと、ケラケラと、やがてゲラゲラと大笑いし始めた。
「何がおかしい!」
「はぁ、久々に笑わせてもらったわ。いいこと? この世に私の子でないものは、一つの存在を除いて無いのよ」
マイアスは超魔導騎兵ラグナロクのツインカメラアイ越しに、その存在を睨み付けた。
それは木花桃吉郎、その中に存在するであろうカオス神だ。
「おまえが全てを狂わせた。おまえさえいなければ、この子も苦しむ事はなかった」
女神マイアスは憎悪の刃を形成する。超魔導騎兵ラグナロクの形相すら歪ませる負の感情は余すことなく桃吉郎、そしてカオス神に向けられる。
「全てが歪んだ原因は、おまえにある。それを正すのも私の使命なのよ」
「その末に、大切なものを失ってもか!」
「えぇ、それが女神マイアスなのだから」
女神マイアスはミレットの問い掛けに、揺らぐことのない自信が籠った返答を返す。
そのあまりに徹底した信念にミレットの決意がぐらりと揺れる。覚悟の量が違い過ぎるのだ。
ミレットの怒りはいわば刹那に燃え盛る炎。彼の一瞬の業火に対し、女神マイアスは永劫に燃え続ける暗い大火である。人はそれを、【怨念】と言う。
「ふふ、私はね……全てを失った時に誓ったのよ。何が起ろうとも、私の【子】を護ると」
「おまえと、おまえの行動は矛盾している!」
「そう感じるだけよ。結果としては【子】を護っているのだもの」
超魔導騎兵ラグナロクが、ミレットの駆るハルマゲドンに発砲した。不意を突かれた形のミレットであったが、辛うじて直撃を回避。胸部装甲の一部を削り取られるに抑えた。
「ふきゅん、この隙に茣蓙を引いて食事の準備に取り掛からなくてはっ!」
「そんなことをしている場合かっ!」
「トウヤ、バカなことを言うな! 食事以外に大切なことなんてないだろっ!」
「あはは! おかゆっゆ! あははは!」
「誰か助けてくださいっ!」
「諦めろ、エルダー」
玉座の間の中心で助けを叫ぶエルダー。しかし、助けは来なかった。あぁ、無常。
そのようにわけの分からないことをしているエルティナであったが、何も考えていないわけではない。ただ単にそのような事をしているだけであれば、即座にトウヤからのきつ~いお説教が炸裂するのだから。
「(トウヤ、三貴人は?)」
『(間もなくだが……魔導騎兵に行く手を遮られている)』
「(拙いな、どうにかならないかな?)」
『(大丈夫だ、アルフォンス殿たちが来ている)』
「(アルのおっさんが? まだ生きてたのか……流石だな)」
ぎゃ~ぎゃ~と騒ぎながら道化を演じているエルティナは、切り札とも言える三貴人の到来を待っていたのだ。それこそが女神マイアスを、憎怨を退治する切り札を運んで来る者たちであった。
「ふきゅん、さて……兄貴」
「何か用かな?」
「桃太郎……凄いですね」
「それほどでもない」
「謙虚だな~、憧れちゃうな~」
今更である。珍妙な兄妹は頷き合うと、エルティナの用意した重箱からお稲荷さんを手にして口に運ぶ。
まったくついていけないエルダーは、ヤケクソ気味に太巻きと鶏のから揚げを交互に口に運んだ。結局、食べるんかい。
かくして、女神マイアスとの決着は刻一刻と迫り、真なる約束の日もこっそりと迫ってきたのであった。




