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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第十九章 鬼退治
773/800

773食目 天晴見事

「雪希、炎楽、うずめ、やるぞ」

「ひゃん!」「うきっ!」「ちゅん!」


 獣臣たちにも過度な負担を強いる形態となるため、この形態には何度も変化することはできない。

 本来なら、マイアスお祖母ちゃん用に取って置きたかったのだが、ここで決めないと彼女の下に辿り着く前にこっちがGAMEOVERガメオヴェラっちまう。使い時を誤らない、これは基本中の基本だ。


 エリクサーを大量に抱えたまま、ゲームをクリアしてはいけない。いいね?


「我、全てを喰らう者! 真なる枝なり! 顕現せよ、【八岐大蛇】!」


 俺の呼びかけに応え、八つの枝たちが己の使命をまっとうするために、その力を解き放つ。俺はその力の全てを喰らい、その身を変化させる。

 膨張する身体を抑え込むのも一苦労だ。そのままにしておくと伝説上の八つの首を持つ大蛇へと変貌する。もっとも、俺の場合は一つ一つの首がハサミだったり、手だったりとわけが分からない珍獣と化すのであるが。


 そんなわけで、珍獣化はキャンセルだ。その圧倒的な力だけを頂戴し、大きさは人型に収める。これが大変なのだ。

 どれだけ大変かと言うと、トマトの種を一粒一粒、手作業で取り除くくらいに大変だ。


 その苦労の甲斐もあり、ここに全てを喰らう者の真の姿が顕現した。六本の黒角を生やし、全身を黄金の鱗で包み込む竜人の姿だ。

 だが、それだけではない。右腕は炎に包まれ、左腕は流水が纏われている。両足には風が纏わり付き、体の周囲には岩石がまるで盾のように浮いている。

 アクアブルーの瞳は光と闇のオッドアイと化し中二病患者を思わせるが、これにもきちんと意味があるのでツッコんではいけない。珍獣との約束だ。

 尚、俺の体内ではサインちゃんが駆け巡り、驚異的な反応速度を提供してくれている。身体がバチバチ言っているのはそのためだ。


 これだけチートな状態になると、獣臣たちも桃太郎形態を維持するのが難しい。しかし、彼らにはやってもらわなければならないのだ。

 さもないと、人型形態が一分と維持できない。いやぁ、きついっす!


「時来たれり! 我こそは【宇宙一の桃太郎】っ!」


 大きな口を叩くのは覚悟の証。構えるは月光輝夜。漲るは桃力。溢れ出すは無限の神気。


「桃太郎っ! おまえのような強者を……待っていたぁ!」


 全身を血で染め上げた虎熊童子が狂気の表情を湛えて突進してきた。吹き飛ばされるウォルガングお祖父ちゃんをデュリーゼさんが風の魔法で受け止める。ナイスです。


 最早、虎熊童子の瞳には理性が宿っていないように見えた。それは、俺という存在を認めたからだろう。


 瞬間、思い出されるのは、あの日の夏。もう二度と還ることの叶わぬ激動の日々。






 鬼の四天王が単身で攻め込んできた。その情報がもたらされたのは、むせかえるような夏の日。

 当時、既に並び立つ者無しと謳われていた俺は慢心し、一人で桃アカデミーを飛び出していった。


 その頃の桃アカデミーは設立されたばかりであり、現在のような便利な機能は殆どなく、古来よりの面倒臭い術での応答が常であった。

 したがって、単身で飛び出してしまうと発見するのが困難であり、救援が遅れてしまうので絶対に単独行動はしないよう厳命されていたのだ。


 だが俺は、そんなの関係ねぇ! 俺は行くね! とばかりに単独行動を取りまくっていた。

 それは、当時の俺が抱えていたトラウマからだろう。自分のために死ぬ者をもう見たくはなかったのだ。


 その身体に刻まれた決して消えない傷跡。傷を見る度にあの日の出来事を思い出せ、と訴えかけているようで見るのが怖くなっていた、と記憶している。


 瓦礫の山と化した渋谷の町に、その男はいた。金と黒の入り混じる髪の毛、褐色の肌、筋肉隆々の大男が金棒を片手に暴れ回っていた。

 町を、人々を護るために男に挑んだ多くの者は帰らぬ者へと変じている。そんな惨たらしい光景を見ても俺の心は揺れ動くことが無くなっていた。心が麻痺する、とはこのことなのだろう。


「随分と派手に暴れてくれたじゃねぇか」

「ほぅ、おまえが【傷だらけの桃太郎】か」


 俺は神桃剣を問答無用で引き抜いた。ヤツも金棒を構える。戦う理由などいらない、と雄弁に語り合った。これが、鬼と桃太郎の関係なのだ。


「九十九代目桃太郎、木花桃吉郎!」

「鬼が四天王、虎熊童子!」


「「いざっ!」」


 激しい戦いがあったのは間違いない。だが、残念な事にその当時の激戦の記憶の殆どが失われていた。

 兄貴が持って行っちまったのか、それとも激し過ぎて覚えていないかであろう。


 かつての俺が残した大切な記憶は、空っぽとなってしまった俺に虎熊童子との絆を半ば強引に蘇らせた。今思えば、彼はこの為に存在を維持し続けてきたのだろう。


 戦いは三日三晩続いた。これだけ戦いが長引くと戦場も特定される。援軍の桃使いたちも続々と駆け付けた。しかし、誰一人として俺たちの戦いに介入できる者はいなかった。最早、次元が違うという理由もあるだろう。

 しかし、最たる理由は、彼らは【俺たちの語らい】に入り込む隙間がなかったことであろう。


 俺の一閃は言葉として虎熊童子の身体に刻まれる。虎熊童子の拳は想いとして俺の肉体を軋ませた。

 戦いが始まってから、俺と虎熊童子は口を開いていない。言葉は不要だったからだ。


 痛いほどにヤツの渇きが分かる。狂おしいほどに滅びを求めるヤツの悲しみが分かった。

 滅びを求め、それを与える者と出会う事ができなかった葛藤。虎熊童子も延々と身を焦がされ続けていたのだ。この永劫の地獄の中で。


 恐らくヤツも俺の想いを理解しているだろう。多くの仲間を失い、それでも戦い続ける宿命を持つのが桃太郎なのだから。

 俺と虎熊童子は、陰と陽という相反する位置にいるだけで同じ存在なのだから。


 そして、三日目の満月が眩しい夜に、俺たちの語らいは終わりを告げた。

 最後は互いの武器を失い拳での決着。しかも、相討ちだ。


 最早、立つことも叶わない、互いに膝を突き身体を支え合う。それはスポーツマンが互いを称える姿にも見えた。だが、俺たちの場合は違う。


「……虎熊童子、我が強敵ともよ」

「……木花桃吉郎、俺を強敵ともと呼んでくれるか」

「次は必ず救ってやる」

「……待っているぞ、我が強敵ともよ」 


 虎熊童子の姿が虚空へと消え去る。鬼仙術だ。支えを失った俺はそのまま倒れ込む。

 目を覚ましたのは、それから三日後だった。白い天井が妙に眩しかったのを覚えている。


 まだ気怠さを残す拳を握りしめ、虎熊童子との約束を思い出す。いつまで生きていられるかは分からないが、それまでには虎熊童子との約束を果たそう、と決意を新たにしたことを思い出す。


 しかし、それは叶う事はなかった。鬼との決戦の時、俺は【憎怨】こと女神マイアスに深手を与え、一応の桃アカデミーの勝利をもたらせた後に【鬼】へと堕ちた。

 積もりに積もった負の感情が、それを抑え込んでいた陽の力を上回ってしまったからだ。


 痛恨の極み、そう言うしかなかった。しかし、対策をしていなかったわけではない。

 この結末は最初から分かっていたのだ。だからこそ、トウヤに辛い役目を押し付けてしまう。


 あいつは真面目で、口うるさく、激しいツッコミ屋であるが、誰よりも俺を理解し支え続けてくれた。そんな親友だからこそ、俺の退治を託しておいたのだ。


 ただ、誤算だったのは俺は一人の女性を愛してしまっていたことだろう。

 彼女の名は【輝夜】、後方支援担当の桃使いだ。黒髪がよく見合う色白の女性であり、儚げな印象が人目を惹き付ける。

 回復系の桃仙術が得意な輝夜は桃先生が出払っている時に、よく俺の治療を担当してくれた。


 互いに惹かれるものがあったのだろう、いつの日か俺たちは互いを求めあった。それは自然な流れであったのだ。

 だからこそ、悲劇が起った。俺は彼女に【いつか訪れる結末】を告げていなかったのだ。


 理由は簡単だ。怖かったのだ、輝夜に俺の最期を見せるのが。だからこそ、鬼に堕ちた時、トウヤにしか連絡をしなかった。

 しかし、彼女は多くの桃使いを引き連れて俺の下に参じた。きっと、まだ救う手立てがある、という固い決意の下、最後まで運命に抗おうとしたのだろう。


 その結末は、今手にしている神桃の枝【月光輝夜】が示すように、俺自身の手で彼女を殺める形となる。


 彼女は俺の手によって死に、俺はトウヤに殺された。結果としてはトウヤに多大な心の傷を負わせる形となる。

 そして、虎熊童子にも、深い心の傷を負わせてしまった。


 だが、ヤツは俺が死んでも尚、約束を待ち続けた。百年以上もその身を焦がし続けながら。

 いつの日か約束は果たされる、と信じて無限の地獄の中でもがき続けていたのだ。


 そして今、その約束は果たされんとしている。






 全てに決着を。あの夏の日の約束を、今ここに。 





「つぇいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 残る右腕で高々と金棒を掲げ、全力で振り下ろす。それを俺は右腕で受け止めた。右腕の炎は金棒を瞬く間に融解させる。


「ふはは! 鬼が鍛えし金棒を飴のように溶かすか!」

「虎熊童子……随分と待たせちまったな」


 流石の俺も、ここまで力に開きが生じるとは思ってもみなかった。あんなに早かった虎熊童子の動きが、今ではカタツムリのように見えている。

 この両目は全ての事象を捉え、己の都合の良いように見させる。そして、それを可能にするだけの力を秘めていた。

 事実、今は、俺だけが動ける。そう、俺は時を止めたのだ。


「真の能力を開放した全てを喰らう者を倒せるのは、同じく真の能力を開放した全てを喰らう者だけなんだ」


 動きが止まっている虎熊童子に風を纏わせた足で蹴りを入れる。瞬間、時は動き出し、虎熊童子は全身を切り刻まれながら機械の壁に叩き付けられた。


「ぐはっ!? な、何が起こった!」

「虎熊童子っ! 最早、言葉は不要だ! 全てを俺に叩き付けろ!」

「桃太郎っ! それでこそ、おまえは、俺の……!」


 これ以降、俺たちが言葉を挟む事はなかった。戦いは一方的。俺が、虎熊を蹂躙する。

 その光景に戦士たちは戦いを忘れ、成り行きを見守っていた。


「エルティナ……そなた、泣いておるのか」


 ウォルガングお祖父ちゃんの呟きが聞こえた。そう、俺は今、泣いている。

 ヤツの身体に一撃を叩き込むごとに、俺の心はズキリと痛む。心のダメージは虎熊童子の肉体に与えるそれを上回っているだろう。


「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 虎熊童子の渾身の拳は届かない。グレオノーム様の岩石の盾で自動的に防御される。例え、この身に当たったとしても勇気の鎧と黄金の鱗によって弾かれてしまうだろう。


 何故、俺はここまで強くなってしまったのか。

 何故、虎熊童子はそこまで強くなってしまったのか。真なる能力を開放しなければ勝てない、と思わせるほどに。


 俺の振り上げた拳が虎熊童子の右頬に突き刺さる。折れない砕けないはずの鬼の牙が砕け散る。それでも、彼は何度でも立ち向かってきた。それが、嬉しい、楽しいと言わんばかりに。

 百年以上も待ち続けた【約束】に向かって、彼は立ち上がり続ける。


「タイガーベアー様……」


 マジェクトは、そんな彼を自分と重ねたのだろう。悲痛な面持ちを見せる。彼はもう理解したのだ、虎熊童子は俺に勝てないという事を。だからこそ、彼の最期を見届ける。


『敵ながら見事。退治するには惜しい武人でござる』

『ザイン、惜しむ心は、ヤツにとって無礼に当たる』

『も、申し訳ござりませぬ』


 ザインの言い分も理解できる。だが、虎熊は燻る心をずっと抱えながら、この日を待っていたのだ。今更、手を差し伸べたところでなんになろうか。憤慨させて終わるに違いない。


 だからこそ、俺は……!


「トウヤ! 輝夜!」

「いつでもいいぞ! エルティナ!」

『すべてを、あなたに』


 万感の思いを込め、桃力を月光輝夜に注ぎ込む。細かった刀身は何倍にも肥大化し、巨大な太刀へと変化を果たす。


「桃戦技もへったくれもない! このひと振りに……俺の生きてきた全ての想いを載せる!」


 輝く月光輝夜、八尺瓊勾玉に亀裂が走る。そして、破裂。役目を終えた神器は物体から純粋な力へと変じ、輝く勾玉へと変化。その能力を解放した。


 見えるか……虎熊童子! これが、【俺】だ!


 そこは機械の部屋にあって大宇宙であった。煌めく星は全てが魂の輝き、俺たちの魂の輝きだ。それを八尺瓊勾玉の純粋なる力で召喚したのである。


「輪廻……いや、違う。これが、おまえ……俺の還る場所か!」


 虎熊童子は既に満身創痍、肩で息をしている。傷付いていない部分を探すのが一苦労であり、おびただしい出血も見られる。しかし、尚も彼は猛々しい笑みを浮かべた。


「愉快痛快! 鬼の生の中、これほどまでに高揚したのは、いつ振りであろうか! なぁ、木花桃吉郎!」

「……こい、虎熊童子」

「いざっ! 鬼退治、見事成し遂げてみせよ!」


 もう、意識が混濁しているのであろう。彼は俺を【木花桃吉郎】と呼んだ。虎熊童子にとって、あの日の戦いは今日まで続いていたのだ。


 終わらせてやる。あの日の夏は、とっくの昔に終わっているのだから。


「トウヤっ! 輝夜っ! あの日の夏を……終わらせる!」

「応っ!」

『えぇっ!』


 あの夏を生きた、傷だらけの桃太郎はもういない。ここにいるのは、未来を掴むために歩き続ける新たなる桃太郎。


 だから、過去に囚われたおまえを、因縁を、未練を……全てを斬る!




「桃吉郎ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」


「虎熊ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」




 交差する鬼と桃太郎。時は止まったかのように両者は動かない。しかし、俺は決着の手応えをしっかり感じ取っていた。


「虎熊童子……!」


 その一閃は、桃力を越えた輝く刃は、虎熊童子の首を刎ね飛ばしたのだ。


 くるくると回る視界の中、彼は何を思ったのだろうか。だが、彼は頸だけとなっても尚も笑った。そして、万感の思いを込めて言い放ったのだ。


「天晴! 見事っ!」


 そして、彼の首が機械の床に落ち、その姿を光の粒子へと解してゆく。


「鬼が四天王、虎熊童子! 百代目桃太郎が打ち取ったり!」


 あの日の夏はここに終わった。もう、過去は取り戻すことはできない。人はただ、前に進む事しかできないのだ。

 そして、その先に、俺が……俺たちが望む未来があると信じるしかないのだ。


「虎熊童子、おまえがいなかったら、俺はここまで強くなれなかった。感謝する」


 惜しみの無い感謝、消えゆく虎熊童子を心に刻み込む。


 だが、戦いは終わりではない。まだ、トチと人面犬が粘っているのだ。もう、そんなに頑張らなくていいから。


「よし、他の連中の援護に……」

「その前に時間切れだ。おまえは休め」

「ふきゅん、トウヤ、もうか。結構ギリギリだったな」


 八岐大蛇形態を解除し、俺はだらしなく床に座り込んだ。途端に度し難い怠さが阿波踊りをしながら迫ってくるので、さぁ大変。


 こんなんじゃ、勝負にならないよ~?


「トウヤ、どれくらいで回復できる?」

「取り敢えず、神桃の実を食べまくれ。立てるほどに回復するまでに五十個だ」

「多いなぁ……」

「急に予定を変えるからだ、バカ者」

「ひぎぃ」


 トウヤのお説教でとどめを刺された俺は、めそめそしながら桃先生を口に運ぶのであった。

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