77食目 どん!
◆◆◆ エルティナ ◆◆◆
シアとの再会後、俺達は会場のフードコートにやって来た。
相も変わらず大勢の利用客でごった返している。
うん、興奮し過ぎて俺のぽんぽんが粗相を噛ましやがったのである。
ごぉるぎゅりっしゅ! …とこのようになぁ!
「いやいや、どんな腹の虫だよ」
とライオットの的確なツッコミだが、これを完膚なきまでにスルー。
俺の腹の虫について議論をすると三百年は掛かってしまうからだ。
「流石は食いしん坊。時間に正確だねぇ?」
「エルの腹時計は有名だからな」
「否定が出来ねぇ、くやちぃ!」
だが、これは仕方がないというものだ。
何故なら、ここには美味しそうな匂いが充満しており、常にこっちの料理はうぅまいぞぉ、と誘惑してくるのである。
だったら、鳴くだろう!? 腹の虫がよぉ!
おまけに、フードコートはアイスクリームやドーナツ屋、ハンバーガー店は勿論、ラーメンに丼物まで完備。
手軽に食べれる物は勿論のこと、どっしりと腰を据えて食べる定食までも抜かりない、という徹底ぶり。
そして、商店街にあるだけあって清潔感溢れる佇まいだ。
エクセレント! おぉ、エクセレント!!
「さぁて、何を食べようかなぁ?」
「エル、涎出てるぞ?」
おっと、イカンイカン!
じゅるりと、涎を飲み込み、きりっ、とした表情になるように努める。
「その表情で、涎流したら駄目だと思うよ?」
俺の表情を目撃したプルルが、ぷるぷる、と笑うのを堪えている。
薄情なライオットは既に笑っていた。後で鳴かす。
「努力はしたが結果が伴わなかっただけなのでセーフ」
「アウトだろ」
「おぉん!」
ライオットに止めを刺された俺は断末魔の叫びを上げた。
そして、凛々しい表情に努めることを諦める。
俺はもう、努力する事を止めるぞぉぉぉぉ! プルルゥゥゥゥゥゥ!!
我慢の限界に達した俺は、食事を求めカウンターへと駆け出した。
丼物なう。
色々と見て回った結果、俺達は丼物を食べる事にした。
俺とライオットは牛丼。プルルは親子丼だ。
「お待たせしました」と店員のお姉さんが牛丼を持って来てくれた。
流石、牛丼! 早い、美味い、安いは異世界でも健在だった!
ほかほか、と湯気を上げる牛丼は、それと共に良い香りを鼻腔に届け、否応無しに食欲を刺激する。
こ、これはたまらん!
腹の虫達も早く寄越せ、とせっついてくるではないか!
だが、慌てるな! まだ早い! 牛丼には、この紅ショウガを載せなくてはならない!
これこそ、黄金の組み合わせ! そのための紅ショウガっ!
「お? エルはそれか? 俺は卵を乗せるぞ」
「むうっ! ライ、それはYESと言わざるを得ないっ!」
実に手堅い組み合わせである。
それも捨てがたいが、今回は牛丼の味をしっかりと味わうために敢えて載せない。
とここで、プルルの親子丼も来たので皆で食べる事にする。
「「「いただきまぁす!」」」
俺は箸を使って食べる。
ライオットとプルルはスプーンだ。
まずは、しっかりと味がしみ込んでいそうな牛肉をぱくり。
うむ! 醤油だれの味が染みていて美味しい!
牛バラの脂身がジューシーで甘い! しっかりとした肉の味と調和している!
次は玉ねぎだ。
ほぅ、見事な甘みが出ている。
肉だけだとしょっぱくなるが、この甘みがある玉ねぎが加わる事によっていい塩梅となる。
また、玉ねぎの食感も残っているので、噛み締めるとシャリシャリと歯を押し返してくるのが楽しい。
紅ショウガも合間に、ちょこっと食べる。
ピリッとした辛味は口をさっぱりとさせてくれる効果がある。
俄然、食欲が増すと共に、ちょっとしたアクセントになるのだ。
続いてご飯と合わせる。
うんうん! これも良いぞ~!
少し、多め目に汁が駆けられている! これだけでも三杯はいけそうだ!
あっはい、今の俺では無理です。
だが、これなら生卵を落としても味がボヤけたりはしないだろう。
俺は、ガツガツと肉、米の順番で牛丼を平らげてゆく。
途中で面倒になったので同時に掻き込むのはご愛敬。
寧ろ、正しい食べ方である。
半分くらい食べたタイミングで、テーブルに置いてあった七味唐辛子を少し振りかける。
これで七味唐辛子の風味が加わり、残り半分をまた違ったで楽しめるようになるのだ。
七味唐辛子のピリッとした辛さが、更に食欲を増幅させるのは言うまでもないだろう。
刺激的な七味唐辛子の香りも、また良く牛丼に合うのだ。
「はふっはふっ、んぐんぐ……ごくん!」
うまぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!!
こういった丼物は、カツガツんぐんぐ、と食べるに限る。
ちょびちょび食べては、爽快感と満足感が得られない、と俺は断言しよう。
「ぷはぁ! ごちそうさまでした!」
無事に完食する。
少なめにしてもらったから余裕だった。
もう少し多くてもいけそうなのは、俺が成長している証であろうか。
「足りねぇ! 全然たりねぇよっ!」
ハングリーにゃんこライオットは、大盛りを食べたにも関わらず満足していなかった。
彼はどんだけ喰えば満足するんだ? ……丼なだけに。
いける! これは流行る!!
俺は心の中で、ガッツポーズを決めた。
しかし、決して口に出さないのがマナーである。
これを忘れると炎上するので要注意だ。
「んふふ、大食らいだねぇ、ライオットは。ほら、僕の口を付けたもので良ければ半分あげるよ?」
「うほっ! いただきます!!」
そう言うや否や、ライオットはプルるの半分残っていた親子丼を貰い、むしゃむしゃ、と平らげてしまったではないか。
しかしまぁ、食べるの早過ぎる。しっかりと噛んでるのであろうか。
……いや、あれは丸飲みだな。
「ふぃ~、ごっそさん!」
今度こそライオットは満足したみたいだ。
顔中に米粒を張り付かせているのは彼なりのギャグであろうか。
ふむ……ライオットは質より量のようだ。
これはしっかりと覚えておこう。
テーブルにちょこんと載っている、いもいも坊やには、桃先生の芽から数枚、葉っぱを頂いて来たので、それをあげている。
むしゃむしゃと、美味しそうに食べているいもいも坊や。
わんぱくでも良い、大きくなれよぉ?
俺は夢中になって葉っぱを食べている、いもいも坊やをまったりと見守ったのであった。
「さて、この後どうしようか? 練習用のリングも混んできたみたいだし……」
腹が満たされてまったりとした時間を過ごしていた俺たちに、プルルがこの後の予定を聞いてきた。
彼女の言うとおり、確かに練習用のリングには人だかりが出来上がっている。
「リングが無いと練習できないわけじゃないんだぜ。ここは、桃の聖域に行くべき、そうするべき、れっつらゴー!」
俺はそう言うや否や、いもいも坊やを肩に乗せ、ムセルと共に駆け出した。
「桃の聖域ねぇ……裏の空き地の事かな?」
「多分な」
俺の高性能なお耳は、後方のプルルとライオットの会話をしっかりと拾う。
ほれほれ! 置いてっちゃうぞぉ?
まぁ、本気で走られるとプルルにも負けるんだがな。
てなわけで、俺達は裏の空き地、改め『桃の聖域』に帰って来た。
「うわぁ……この子達はどうしたんだい?」
プルルが、聖域でゴロゴロしている野良ビースト達を目撃し酷く驚いていた。
そうもなろう、というものである。
「桃先生の徳に魅せられた哀れな野獣達だ。桃先生にかかれば、このくらいちょろいもん」
「なんで、エルが威張ってんだ?」
ドヤ顔で勝ち誇る俺に、見事なツッコミを入れるライオット。
ボケとツッコミを使い分けることができる貴重な人材ではあるが、どちらかといえばボケの傾向が強い。
「ふ~ん……ここは不思議な場所だねぇ? なんと言うか、凄く穏やかな気分になるよ」
「確かに気が和らぐな」
「そうなのか?」
じぇんじぇん、分からん。
確かに、のどかだなぁ、とは思うが。
普段のんびり過ぎて分からない、とかそういった原因であろうか。
「まぁ、エルだしな」
「んふふ、君らしいね」
「何気に、ひどぅい!」
俺が、ぷりぷり怒る、とそれを見てまた笑う二人。
おぃぃぃぃぃぃ! ビースト共まで笑うんじゃぬえ!
ちゃっかり、桃の聖域にいた野良ビーストまでもが、ぷひぷひ、と笑っていたではないか。
桃先生がいらっしゃるのに、これはとんでもない失態である。
「ま、それは置いといて、だ……ここで練習するのか?」
ライオットが桃の聖域を見渡して言った。
ぶっちゃけた話、ここは練習には不向きであろうことは一目瞭然。
デコボコの地面に、ゴロゴロ転がっている野獣共。
だが、逆に考えれば、この悪条件で戦えればどこででも戦える、ということになる。
俺は二人に、そう熱く説明せんとした。
「ここで勝つるっ!」
「何がっ!?」
「何となく、エルの言いたい事が分かるのが悔しいな」
理性的に行動するプルルと、勘で行動するライオットの差が出た瞬間だった。
仕方無いので、きちんと説明した。
かくかく、しかじか……いもいもいも……ぷぴっぷ。
「成程ねぇ……一理あるね。予選を突破すれば、様々な環境のリングで戦う事になる。この程度の環境で戦えなければ勝つのは難しい……か」
「うむ! ここならムセル達が超絶パワーアップするに違いない!」
俺は肯定的な意見をもらい、ドヤ顔で胸を反らせる。
「でもそれって、普段ここで生活してるムセル達に効果あるのか?」
「!?」
ここで、まさかのツッコミ。
ライオットに指摘された部分は実にその通りであり、否定しようがない案件であった。
ぶっちゃけてしまえば、いつも通り。
そして、悪条件に既に対応できる、という事にもなる。
結局、ムセル達は普段通りに練習を始めた。
そう、俺は一人で空回りしていただけだったのだ。ふぁっきゅん。
「んふふ」
頭を抱えて崩れ落ちる俺見て、プルルは生暖かい微笑を向けてくる。
その彼女の視線に、俺は悶絶せざるを得なかったのであった。